第百五十八話~毛利攻め総大将、六角義頼~
第百五十八話~毛利攻め総大将、六角義頼~
道意(松永久秀)との茶会を済ませた義頼は、正室であるお犬の方の膝枕で寛いでいた。
最も、それも今日だけである。 明日から改修を引き続いて行う観音寺城は無論の事だが、何より織田信長の居城である安土城本丸の天主閣を完成させなければならないのだ。
例え一朝一夕で結果が出ないとはいえ、物は信長の居住する安土城と安土城の詰めの城となる観音寺城の建築である。 手を抜くなど到底許される物では無く、同時に完成が急がれる物でもあったからだ。
「殿。 お客様にございます」
正室であるお犬の方の膝枕に頭を乗せつつ目を瞑っていた義頼が居る部屋の外から、彼の小姓を務める沼田頼光が部屋の外から声を掛けた。
お犬の方は、自らの膝で気持ち良さそうに目を瞑っている義頼に対して声を掛け様としたが、その目が開かれていた事で声を掛けるのを止める。 間もなく義頼は起き上がると、部屋の外に控える頼光へ声を掛けた。
因みに頼光だが、彼は義頼の家臣の沼田清延の嫡子である。 元服に際して、義頼の一字を貰っていたのだ。
「客とは誰だ」
「中務少輔(京極高吉)様にございます」
「真か」
「はい」
高吉来訪の報せに、義頼は訝しげな顔をした。
彼が訪問して来るなど、予定になかったからである。 何か急の用件でもあったのかと思いつつも、義頼は客間へ通す様に伝えた。
するとその時、頼光は客が一人ではない事を義頼へ告げたのであった。
「それから殿。 お客様にございますが、中務少輔様だけではございません」
「何? 息子の小兵衛(京極長高)殿でも一緒か?」
「いえ。 それが、織田家中で見た事のない御人にございます」
高吉が如何なる理由で同行者を連れて訪問したかは分からないが、態々義頼の元へ連れて来たという事はその者が訪問の理由という可能性がある。 しかも胡乱な者を彼が連れて来るとも思えないので、その意味での心配はあまりしていない。 とは言え、警戒だけはする事にした。
「頼光。 兎に角、客間へ通しておけ。 中務少輔殿もそうであるし、同行者の者もだ」
「御意」
頼光の気配が消えると、義頼はお犬の方を下がらせる。 それから、伴資定と伴資継の両名を呼び出すと甲賀衆に警護を命じたのである。
彼らに密かな警護を命じた義頼は、用意が整うと高吉らを通した筈の客間へと向かう。 するとそこには、頼光の言った通り高吉と彼に同行するもう一人の男が鎮座していた。
「や。 お待たせした様で申し訳ない」
義頼は部屋に入ると、少し悪びれた様な雰囲気で二人の客へ声を掛ける。 無論、甲賀衆を配置したなどおくびにも出していなかった。
「いえ、右少将(六角義頼)殿。 いきなり訪問したのは此方です、あまりお気になさらぬ様」
「そうか。 ところで中務少輔殿、そちらの御人はどなたかな? ついぞ見掛けた事のないお方だが」
「うむ。 此方は、小寺官兵衛孝隆殿と申します」
義頼が同行者について尋ねると、小寺孝隆を紹介した。
すると彼は、一つ頭を下げる。 それから改めて、自己紹介を始めた。
「中務少輔様よりご紹介に預かりました小寺官兵衛孝隆と申します。 播磨国人である小寺政職様家中の者にございます。 以後お見知りおきを」
「丁寧な挨拶痛み入る。 しかし小寺家の方か……何故、中務少輔殿と御一緒なのか?」
「右少将様。 拙者は小寺を名乗っておりますが、近江黒田に連なる者にございます」
孝隆の言葉を聞き、義頼も納得いくと同時に驚きも露わにした。
前述した通り、近江黒田氏は京極家の分家である。 京極家初代の佐々木氏信の孫に当たる京極宗満が、近江国伊香郡黒田村に領地を得て黒田の姓を名乗った事に始まったとされる家であった。
その後は、京極家一門としてでなく黒田家という自立した一門として栄えた一族である。 だが【応仁の乱】や京極家の家督を巡る御家騒動の【京極騒乱】を経て、消えたとされた一族であった。
いや少なくとも、義頼がそう教えられた一族である。 その近江黒田の一門に連なる者が、まさか今になって京極高吉と現れた事に驚いたのであった。
「何と! そうか。 まさか近江黒田家の者が生き残っていたとは……それも播磨でか。 まぁ、どの様な経緯で播磨に居るのか気になるが今はいい。 して、中務少輔殿に官兵衛(小寺孝隆)殿。 我が家を訪問した用件は何か?」
「実はのう。 右少将殿に、殿への口利きをお願いしたい」
「中務少輔殿。 それは、官兵衛殿をという事か?」
「その通りです」
義頼は少しだけ済まなそうに頼み込んでいる高吉と、彼の隣で平伏する孝隆を等分に見やった。
近江黒田家に連なる者であるならば、それは即ち佐々木氏の末である。 近江源氏の嫡流の義頼であるから、力を貸す事は吝かでは無かった。
また、高吉が同行している以上は僭称ではないであろうと考えられる。 その意味でも、口利きぐらいならば問題ない。
それに何より、播磨国の西南部に影響力を持つ有力国人である小寺家が織田家へ旗幟を鮮明にするのも悪い話しでは無い。 既に織田家へ付いている東播磨の有力国人の別所家と共に、播磨国内における織田家の影響力を強めるであろう事も容易に想像出来た。
「ふむ……良かろう、殿へ口添え致しましょう」
「おおっ 真にございます!」
「官兵衛殿。 流石に嘘など言わぬ。 それに近江源氏嫡流の家として、同族の頼みを忌避する理由はないのでな」
「感謝致します、右少将様!」
平伏していた孝隆が、勢いよく頭を上げると礼を言う。 そんな彼に頷きながら義頼は、書状を認める事にした。 勿論、書状を届ける先は信長である。 先ずは話を通しておきたいと考えたからであった。
「兎に角、急ぎ殿へ連絡します。 官兵衛殿は、報せをお待ち下され」
「真、忝くい思います」
「それで、宿泊先は中務少輔殿の屋敷でいいのかな?」
「無論」
孝隆の逗留先を尋ねると、頷いたのは高吉である。 彼が義頼のところへ連れて来た以上、最後まで面倒を見るのが筋と言う物だ。
元々、彼は高吉を頼って訪問したのである。 その意味でも、孝隆を放っておくなど出来る筈も無かったのだ。
何であれ逗留先を確認した義頼は、彼らに頷き返していた。
「分かりました。 では結果が分かり次第、某が赴きましょう」
『お願い致す(します)』
高吉と孝隆は、義頼に礼を言うと立ち上がる。 それから、六角館より立ち去る両名を見送った。
その後、信長宛の書状を認めると永原重虎の息子である永原頼重を呼び出す。 彼に書き上げた書状を託すと、頼重は急いで安土城へと向かい書状を届けた。
さて書状を受け取った信長がどの様な判断をしたのかと言うと、取り敢えず書状を最後まで読む。 それから暫く考えた後に、会ってみる事にした。 流石は、義頼の口利きと言える。 確かに高吉や長高では、この速さは出せないだろう。 義頼を頼ると言う高吉の判断が、功を奏した結果でもあった。
信長は、返書を貰う為に別室に控えていた頼重に孝隆と会う旨を連絡する様に伝える。 その報せを持って頼重は安土城を辞して、観音寺城下にある六角館へと戻ったのであった。
「二日後、か」
「はっ。 二日後に「登城しろ」との事にございました」
「分かった。 すまぬが頼重、京極家へ走れ。 中務少輔殿と官兵衛殿へ報せるのだ」
「御意」
義頼に命じられた頼重は、直ぐに六角館を出ると京極家の屋敷へと向かった。
そこで孝隆と高吉へ、信長が二日後に面会する旨を伝える。 まさかこんな短時間で結果が出るとは思ってもみなかった孝隆は、酷く驚きを表す。 その一方で高吉だが、あまり驚いた様子は見えなかった。
確かに、想定より早いと言えば早い。 だが、驚愕する程では無いというのが彼の思いだ。 織田家重臣であり信長の同腹妹を婿にし、また信長からの信頼も厚い義頼である。 そんな彼からの願いであり、かつ織田家の方針にも合致する様な案件であれば断るという理由が存在し得ないからであった。
兎にも角にも信長との面会にこぎつけた孝隆は、漸く喜色を表す。 だがこれからが本番であり、一頻り喜んだ後は気を引き締めたと言う。
それから二日後、京極家の屋敷を訪問した義頼は小寺孝隆と京極高吉と共に安土城へ登城する。 そして彼らは、本丸表御殿にある控えの間に入った。
そこで待っていると、控えの間に堀秀政が現れる。 その後、彼に先導されて、孝隆は漸く信長との面会を果たしたのであった。
待つ事暫し、義頼と孝隆と高吉が揃う部屋に秀政が上げた信長来訪の声が響く。 三人が平伏して間もなく、無遠慮に信長が入出する。 そして上座に座ると、いきなり三人へ声を掛けた。
「面を上げよ」
『はっ』
上座にある信長は、義頼と高吉を一瞥する。 それから、見掛けた事のない男である孝隆へと視線を向けた。
「してその方が、小寺の使いか」
「ははっ。 ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。 小寺加賀守政職が臣、小寺官兵衛孝隆と申します」
「ほう。 その方は、小寺の一族か」
「はっ。 養父が主の娘を娶っており、その際小寺を名乗るのを許されました。 元は黒田にございます」
「殿。 黒田家は、京極家の分家にございます」
孝隆が簡単に自らの出自を述べると、すかさず高吉が補足した。
その言葉で、信長も義頼と高吉が揃って口利きをしたのかを理解する。 佐々木一族の者であれば、義頼や高吉が手を貸すのも道理だからだ。
「なるほど。 佐々木の者か。 して孝隆とやら、用件は何だ?」
「参議(織田信長)様。 小寺家も、別所殿と同じく織田家へ臣従致します」
「ほう。 小寺は、毛利の手を払うと言うのか」
「はい。 それと今一つ。 我が居城たる姫路城を提供致します」
孝隆の言葉に、信長は眉を顰める。 それは、城の提供などと言い出した孝隆の意図が読めなかったからだ。
因みに義頼と高吉、それと秀政も信長と同じ様に眉を顰めている。
高吉の場合は、孝隆が言った意味が良く分からなかったからである。 しかし義頼と秀政は、信長と同様に彼の者の意図が読めなかったからであった。
「孝隆。 そなたの居城を提供だと?」
「はい。 拙者の城が、参議様が目指して居られる天下布武の一助となれば望外の喜びですから」
孝隆の言葉に、信長は笑みを浮かべた。
実は信長だが甲斐武田家を破った事で、西へ目を向け始めていたのである。 だからこそ、孝隆に会おうと言う気になったのだ。
その上、この男は拠点として自らの城を提供すると言う。 確かに播磨国に拠点となる城があれば、更にその先の毛利討伐を考えている意味からも渡りに船と言って良かった。
「わしの天下布武の一助としてか……よかろう。 小寺の臣従を認める」
「ははっ」
笑みすら浮かべて、信長は小寺家の織田家臣従を許した。
その理由に、自分の居城を提供するなどと言った孝隆が気に入ったからというものは大きい。 目の前の男は、自分の考えを読んだ上で城を明け渡すと言っていたからである。 もし小寺家からの使者が他の者であったなら、信長は小寺家の臣従を許さなかったかも知れなかった。
「孝隆。 これはその証明だ、持っていけ」
そう言って信長が差し出したのは、一振りの刀である。 銘を圧切長谷部といい、信長が粗相をした茶坊主を隠れた棚ごと切り裂いたと言う逸話を持つ名刀であった。
まさかそれほどの刀をいただけるなど思ってもみなかった孝隆は、少し震えながらも刀をいただいている。 すると信長そんな孝隆などには目もくれず、義頼へと視線を向けた。
「義頼。 そなたに任せた観音寺城の改修と安土の天主建築だが、その役はそのままにするが、実務は他の者に行わせよ」
「……はっ?」
まさかの言葉に、義頼は素っ頓狂な声を上げた。
ほんの少し前にも信長を案内して進捗状況を説明したばかりである。 その時点でも何か指摘された訳ではないのだから、事実上の解任と言える命を伝えられればその反応も当然だった。
そんな、信長からの言葉に困惑している義頼。 その様な彼に対し信長は、気にする風でもなくさも当然の様に言葉を続けた。
「その代わりにと言う訳ではないが、そなたに別の命を与える。 その方が総大将となり、毛利に攻め込め」
「そ、某が毛利へですか?」
解任に等しい命に対する困惑から抜けきらないうちに新たな命を受けた義頼は、表情に驚きの色を浮かべて問い返す。 すると信長は重々しく頷きながら、言葉を返した。
「うむ。 播磨を拠点として、中国を攻め取って来い。 与力として丹後の長岡藤孝と一色義俊、それから山名堯熙を付けてやる」
これは義頼へ、藤孝や義俊が率いる丹後衆と堯照が率いる但馬衆を付けると言う事に他ならない。 そればかりか、京極家は無論のこと藤孝の兄である三淵藤英や、他に細川藤賢などを付けると言うのだ。
更に、義頼自身も甲賀衆に伊賀衆、大和衆に丹波衆を率いているのである。 更に、播磨国の有力国人である別所家や今回臣従した小寺家も旗下に入るのは言うまでも無い。 兵力的に見て、毛利家と相対するのに遜色ない軍勢と言えた。
なおこの軍勢が真っ直ぐ播磨国へ向えるのかと言うと、実は問題ない。 と言うのも、つい先月の事であるが摂津国にて足利義昭へ最後まで忠節を尽くしていた伊丹親興と伊丹忠親が荒木村重に敗れたからである。
これにより摂津国は、本願寺のある石山を除いて統一されたのである。 その後、摂津国は村重が織田家へ降伏した際の約定通り村重が治める地となっていたのだ。
何はともあれ播磨国への進軍する事になる大体の面子が分かると、そこで義頼が信長にある事を尋ねた。
それば、義頼と共に毛利攻めの為に中国地方へ向かう者達に関してである。 具体的には、彼らに毛利攻めの為に連絡を取っても問題はないかと言う事であった。
彼らに連絡と取れば、その事が原因となって情報が敵方に知られる恐れを危惧してである。 だが彼らは、味方として毛利家へ攻め込む者達であるのだ。 そんな彼らとの関係を円滑に進める為にも、義頼は敢えて事前に通達だけはしておきたい。 言わば通達の許可を得る為に、信長へと尋ねたのであった。
しかしその返答は、了である。 義頼の危惧など関係ないとばかりに、酷くあっさりとした答えに一瞬驚いたぐらいであった。
そんな彼の顔を見た信長は、口角を僅かに上げる様な笑みを浮かべたのであった。
「何だ、その顔は。 俺が駄目とでも言うかと思ったのか」
「あ、いえっ! 決してそう言う訳ではありません」
慌てて釈明したが、よく考えれば断る訳が無いのだ。
此度の命は余程の事が起きるか、与力となる彼らが相当な失態でも犯さない限り先ず実行される。 小寺家の使者である孝隆の目の前で命じた事であるので、それは間違いないと言えたからだ。
「まぁ、良いわ。 連絡を取りたくば、お主の好きにするがいい」
「殿、ありがとうございます」
ここで話が一段落したので、信長は彼らに下がれと命じようとした。
だがその直前に、義頼が再度口を開く。 それは、どうしても信長へ聞いておきたい事があったからだ。
それは義頼が実務から外れる事となった観音寺城改修と安土城の天主建築である。 やはり義頼としては、これは聞いておかなければならない。 観音寺城の改修と安土城天主閣の建築は、彼が今まで心血を注いできたからだ。
出来うるならば、納得できる相手に実務を引き継ぎたいと言う思いがある。 その意味で言うと、義頼としては丹羽長秀に引き継ぎたかったのだ。
彼であれば、十分に許容範囲と言える。 しかし信長は、義頼の考えとは違う者の名を上げていた。
「いや。 そなたの甥である義定が居たであろう。 あ奴に道意を付ければ、可能ではないか?」
「あ、確かに……義定と道意が居れば可能です」
実は義頼、途中で自らの身に何が起きてもいい様にと安土城天主の建造と観音寺城改修に関して大原義定に自らの補佐をさせていたのである。 つまり義頼以外でほぼ唯一、観音寺城の改修と安土城天主の建築を完全に近い形で把握している人物と言って良かった。
その上で彼に安土城天主と観音寺城改修の手本としている多聞山城を設計・築城した道意が補佐すれば、義頼が意図した築城要件の全てを満たせると言っても強ち間違いなかった。
「であろう。 よって観音寺城の改修と安土の天主建築は、義定と道意に実務を引き継げ。 いいな」
「承知致しました」
「それと毛利攻めだが、来年の春以降でいい。 それに、春には俺も上洛する。 その時は義頼、その方も一緒に来い」
「御意」
「では、下がれ」
『はっ』
こうして信長と安土城本丸の表御殿での面会を済ませた義頼と孝隆と高吉は、京極家の屋敷へと向かった。
義頼が今現在屋敷としている六角館は、安土城から見ると繖山を挟んだ反対側にある。 何より孝隆が客として逗留しているのだから、京極家の屋敷に向かうのが一番効率的だった。
京極家の屋敷に着いた義頼と孝隆は、客間へと通される。 そこで出された白湯で喉を湿らせて一息ついてから、義頼が口を開いた。
「官兵衛殿。 どうやら、長き付き合いになりそうだ」
「右少将様。 そう……ですな」
此処に居る面子も含めて、西国の雄たる毛利家を相手するのだ。
毛利家を強大にした毛利元就は既に故人であるが、彼の薫陶を受けた二人の息子、即ち吉川元春と小早川隆景は健在である。 それに現当主の毛利輝元に関しても、過分に暗愚との話は聞かない。 これだけでも、侮る訳にはいかなかった。
その上、中国の国を複数擁しており国力も強大である。 また家臣にも有力な者が多く、その意味でも拙速な行動は憚られた。
「しかし、わしにはきついのう。 そなた達の様な、若い者に付き合うのは」
高吉の言葉に、義頼と孝隆は苦笑を浮かべた
最早、齢七十は数える彼であるから、間違いなく本音である。 実際、来年早々に息子の長高へ家督を継がせるつもりであったのだ。
「しかし、殿の命です。 意地でも頑張っていただかなければならぬな、中務少輔殿」
「分かっておりますぞ、右少将殿。 だが、きつい物はきついのだから仕方が無い」
「どの道、隠居しても数年は後見であろう。 小兵衛殿は、まだ若いのだ」
「それはそうだが……いや、代わりの者が居れば問題なかろうて」
「それは居ればだが、誰ぞ心当たりでも?」
「うむ。 目の前にの」
高吉はじっと目の前に居る男、即ち義頼を見る。 そんな高吉の視線に気付いた孝隆もまた、両手を打ち同意していた。
幾度か述べたが、義頼は佐々木氏の嫡流六角家当主である。 その彼が同じ佐々木一族である京極家の若き当主の後見を行うという考えが悪い条件だとは、孝隆としてもあながち思えなかったのだ。
「おお! 右少将様ならば、適任ですな。 何と言っても、佐々木の嫡流なのですから」
「き、貴公達。 ちょっと待て! 本気か!?」
「うむ、半分以上はのう。 実際、危急の立場にあった拙者や長岡殿を救ってくれた貴公であった。 それを考えれば、信用できるしのう」
高吉が言う危急の立場とは、足利義昭が行った信長包囲網である。 あの時、信長へ繋ぎを取り高吉ら幕臣を救ったのは間違いなく義頼なのだ。
もし義頼が動かなかったら、明智光秀が動いていただろう。 しかし実際に動いたのは義頼であり、高吉や藤孝などがある程度以上の信を彼に置くのは当然と言えた。
「だが、話は他家の家督の話だ。 必要以上に係わるのは、御免被る」
下手に係わり、お家騒動の仲裁などもう勘弁して貰いたいのである。 その様な事は、【観音寺騒動】だけで十分なのだ。
最もそれは、高吉としても同じである。 幾ら義頼自身を信用しているとはいえ、この件が後に引くなど考えたくもないのだ。
しかし、嫡子の京極長高の後ろ盾として義頼が居る。 そう思わせるだけでも、長高と言う若い当主に対する家中の対応は大分違って来るのだ。
故に彼としては、最悪の場合に備えて義頼の力を借りる確約を得ておきたい。 家の存続が最大の目的とも言える武家に取り、当たり前と言える事であった。
だからこそ彼は、祖父と孫と言ってもいいぐらい年が離れている年下の義頼へ頭を下げて頼み込む。 年上の高吉にこれだけの態度と覚悟を見せられては、彼の願いを無碍に断ると言うのも憚られた。
「……分かった、分かりました中務少輔殿。 京極家でもうどうにもならない時は、力をお貸しします。 ですから、先ずは頭をお上げ下さい」
「おおっ! それで十分ですぞ」
高吉にとってみれば、まだ元服して間もない保険として義頼が存在して貰いたいのである。 決して他家の手による乗っ取りなどを、望んでいる訳ではないのだ。
上々と言える確約を手に入れた高吉は、本当に嬉しそうな表情を浮かべる。 そんな彼に対してにこやかな笑みを浮かべている孝高であった。
そこで義頼は、一つ咳払いをして場の雰囲気を断つ。 そして孝隆へ視線を向けると、彼に話し掛けた。
「あー、話が脱線してしまったが……官兵衛殿」
「右少将様。 何か?」
「貴公は、これからどうする?」
「急ぎ国元へ帰ります。 この刀、圧切長谷部といただいた書状をもって」
書状は安土城を辞する前に、信長から渡された物であった。
小寺家が織田家へ臣従した事を許した書状と信長から孝隆が賜った圧切長谷部があれば、小寺政職は元より親毛利とも言える小寺家臣に対しても織田家が受け入れたと言う明確な証となる。 自分が播磨国を離れた事で万が一にも小寺家中の総意が毛利家へ臣従すると変わっていたとしても、再度織田家へ戻す切り札となり得るのだ。
無論、その様な事態になっていない方がいいのである。 だからこそ孝隆は、早急に戻ると義頼へ伝えたのだ。
「そうか。 少し話がしたかったが、急ぐ理由がありそうだな。 大方、播磨国内の情勢が関係していると言ったところか」
「……もしかして右少将様は、何か知っておられるのか?」
「まぁ、ある程度は。 毛利が暗躍しているとかならば、な」
流石に播磨国内の細かいところまでは把握してはいない義頼だが、大まかな流れぐらいは伊賀衆や甲賀衆から報告がされている。 その中に毛利両川の一人である小早川隆景が、山陽方面に色々と手を伸ばしているというものがあったのだ。
なお、この報せは信長にも報告済みであった。
因みに山陰方面だが、もう一人の毛利両川である吉川元春が担当している。 つまり義頼は、何れこの毛利両川を相手にする可能性が高かった。
「流石ですな。 まぁ、否定は致しません」
「ならば致し方ないな。 のう、中務少輔殿」
「お、おう。 そうだな」
「では、中務少輔様。 右少将様。 拙者は、播磨へ戻ります。 貴殿達を、播磨でお待ち致します」
こうして孝隆は、急いで安土を発つと播磨国へと戻って行った。
そして義頼はと言うと、六角館に戻ると義定と道意を呼び出して観音寺城の改修と安土城天主閣の建築についての話とそれに伴う一連の流れを伝える。 直接的に毛利攻めに二人は関係ないが、何れそれも近いうちに信長から正式な発表があると思われるのでその前に伝えたのだ。
義頼から聞かされた内容故に驚いた二人だが、事情が事情であり直ぐに了承した。
義定と道意に話を通すと、義頼は幾つか書状を認める。 内容は毛利攻めに関するものであり、宛名は信長が義頼の与力とするとした者達であった。
やがて書状を書きあげた義頼は、甲賀衆と伊賀衆を呼び出す。 彼らに書状を託し、それぞれの人物の元へ派遣した。
その一方で孝隆はと言うと、やがて到着した小寺家の居城である御着城で眉を顰めていた。
その理由は、彼が心配した通り小寺家内部で毛利家へ臣従するべきではないかとの異見が出ていたのである。 孝隆の養父である小寺職隆が御着城に逗留し、親毛利派とも言える小寺家臣を抑えていたのでまだ主流とはなっていない。 しかし力を持ち始めているのも事実であり、それに伴い政職の気持ちが動き始めていたのも事実であった。
「もう少し時が経っていれば、どうなるか分からなかった。 だが、これで抑えられる。 殿のお気持ちも、再度固まろう」
「はい。 直ぐにでもお目通りを願います」
「うむ」
面会を申し込んでから暫く、孝隆の願いは受理され彼は主君たる政職に会う。 その席で、織田信長からの書状と渡された名刀圧切長谷部を提出した。
流石に、書状と刀と言う孝隆から提示された二つの存在は大きい。 職隆が言った通り、政職の気持ちは再度織田家臣従で固まった。
小寺家当主の気持ちが固まれば、相対的に反対意見はしぼんでいく。 親毛利の小寺家臣が居なくなった訳ではないが、声高に主張する事も無くなるからだ。
何はともあれ、小寺家はこの様な経緯を経て織田家に臣従したのであった。
後書き 小寺(黒田)孝隆と信長の面会です。
その結果は、タイトル通りですが。
ご一読いただき、ありがとうございました。




