表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/284

第百五十七話~播磨黒田氏~


第百五十七話~播磨黒田氏~



 伊賀国から観音寺城下にある六角館に戻って数日した後、義頼は館の敷地内にある茶室に居た。

この茶室は、元から六角館にあった訳ではない。 去年の中頃に、信長から茶会の開催を許された義頼が自ら設計して建てた四畳半の広さを持つ茶室であった。

 茶室が完成後、彼は一人落ち着きたい時などに茶室を使用する事が多い。 そして偶には蒲生頼秀がもうよりひで藤堂高虎とうどうたかとら、義息の井伊頼直いいよりなおなどと言った茶の湯の弟子と共に茶を楽しんだりしていた。

 さて今回の使用目的はと言うと、道意(松永久秀まつながひさひで)との約束を果たす為である。 【設楽ヶ原の戦い】に付随する形で行われた武田家による織田家への離間工作、その矢面に立ったのは他でもない道意であった。

 武田家が彼に白羽の矢を立てた理由は、以前に繋がりを持ったからである。 その時に出来た伝手を使い織田家を翻弄しようとしたのだが、既に道意は織田家と言うより六角家を裏切る気が無かった。

 そこで彼は、武田家の返事を伸ばして時間稼ぎを行うと同時に義頼へ報告している。 その後、織田信長おだのぶながへこの件を報告した義頼だが、そこで道意に対して茶を点てる約束したのであった。

 とは言え 茶会を開くのはもう二刻ほど先である。 義頼は最終確認も兼ねて茶室に居たのだが、やがてそれも終わり彼が茶室から出て来た。 するとそこに、道意が現れたとの報せが入る。 約束よりも早い道意の到着に、義頼は首を傾げた。

 先ほども述べた様に、茶を点てるにはまだ二刻近くはある。 確かに、約束に遅れないというのは良い事ではあるが、幾ら何でも早すぎるのだ。

 しかし来てしまった以上は、迎えるしかない。 義頼は気持ちを切り替えると、道意の通された客間へ向かった。

 此度、道意は家臣では無く形の上では義頼の客である。 その為、主君と家臣が目通りをする際に順番まで待たされる控えの間では無く、道意は客間に通されたのであった。

 しかし両者が、主君と家臣と言う関係である事に変わりがある訳ではない。 道意の主君たる義頼が部屋に入ると、彼は平伏する。 その時、義頼の目に道意の脇にある包みが目に入った。

 その大きさは、およそ一尺ぐらいはあるだろうか。

 その様なそれなりの大きさを持つ何かが、風呂敷に包まれて置かれているのだから目を引くのも当然であった。


「待たせたな……しかし、まだ二刻はあるぞ」

「実は、茶会でお願いがございます。 そこで、早いと分かっていましたが推参致しました」

「願いだと? 何だ言ってみろ」


 今になって願いとは何であろうと内心で考えながら、義頼は先を促した。

 だが、訝しげに眉を寄せながらである。 疑問に思った事が、思わず顔に出てしまったのだ。 しかし道意は、その様な様子などまるで意にも介さず話を進める。 義頼の表情に気付いたのか、それと気付かなかったのか分からないであるが。


「実は、今日の茶でこれを使用していただきたく存じます」

「これか?」


 義頼は、道意が差し出した風呂敷に包まれた物をしげしげと眺める。 よく見ると包まれている訳では無く、物の上に掛けられただけの様だった。 

 話から察するに、これは茶器なのであろう。 名物茶器を収集していると名高い道意である。 さぞ良い物であろうと推察した義頼だったが、風呂敷を外された茶器を見て彼は目を見張った。

 それもある意味、当然である。 道意が持参した茶器が、何と古天明平蜘蛛こてんみょうひらぐもの茶釜であったからだ。 義頼も、平蜘蛛の茶釜を間近で見たのは初めてである。 その為か、いささか気もそぞろとなっていた。

 何と言っても古天明平蜘蛛の茶釜は道意が門外不出の品として織田信長にすら献上を断った茶器である。 いわば名器中の名器と言う様な存在であり、茶会に使用する茶器は名器でなければだめだなどという様な拘りを持っていない義頼でも、その特異とも言える形もあって目を引く茶釜であった。


「はっ。 今日の茶会に際しまして、この平蜘蛛を使っていただきたいのです」

「なっ! この平蜘蛛をか!」

「御意」


 義頼も、一応目利きは出来た。

 幼き頃から茶の世界に関わっていた義頼であり、茶器に関しても一廉の人物と言っていい。 だからこそ、この茶器の価値は理解出来たのだ。

 しかし、手放しで喜べない事でもある。 何と言ってもこの古天明平蜘蛛は、信長をして垂涎すいぜんの的でもあるのだ。

 もし義頼が使用したと知られでもしたら、どの様な事が起こるか分からない節がある。 なまじ重臣として、そして義弟として数年信長の近くに居ただけに、それが完全に否定できないところがあった。


「……殿? 如何されました?」


 義頼の気持ちを知ってか知らずか……恐らく気付いていないだろうが、道意が尋ねて来る。 しかし義頼はその問いには答えず、腕を組みつつ目を瞑りながらも顔は天井に向けていた。

 そんな彼の顔には、様々な表情が浮かんでは消えている。 やがて何かを思いついたのか、義頼はいきなり天井に向けていた顔を平蜘蛛の茶釜に向けると、目を見開いた。

 その行動に、流石の道意も目を丸くする。 すると義頼は、そんな彼へ視線を向けると同時に口を開いた。


「道意。 年明けに殿を招いて茶会を行おうと思う。 その方はどう思うか?」

「茶会ですか……宜しいのではありませぬか? 許しを得た方も、あまりおりませんし」


 織田家重臣でも、信長から茶会を開催できる許しの証明と言える茶器を与えられた者は少ない。 織田家筆頭家臣である佐久間信盛さくまのぶもりや、彼と並び称される重臣の柴田勝家しばたかついえすらも与えられてはいないのだ。

 その中にあって、義頼や丹羽長秀にわながひでは茶会を開く許しを得ている。 他にも家督を譲られた織田信忠おだのぶただ武井夕庵たけいゆうあんなどが許されているが、それでも極僅かであったのは間違いないのだ。


「そうか! そなたが賛同したのならば話は早い。 その茶会に当たってだが、その方に茶頭を命じる」

「はぁ……って、はあっ!? 拙者がですか?!」


 寝耳に水と言うか藪から棒と言うか、なんであれあまりにも唐突な言葉だっただけに思わず道意は頷き掛ける。 しかし言葉の意味あいを理解した途端、驚きの声を上げた。

 すると義頼は、彼に対して静かにだが力強く頷く。 その仕草を見て、これは断れないだろうと内心で考える。 それと同時に道意は、義頼が言い出した事の理由に漸く思い至った。 

 まず間違いなく、信長に対する物であろうと。

 道意自身は、義頼が信長から与えられた九十九髪茄子つくもなすの他にも茶器をそれなりの数献上している。 それ故に、理解したとも言えた。


「……なるほど。 そう言う事ですか……」

「まぁ、そう言う事だ」


 道意は、武野紹鴎たけのじょうおうに師事した男である。 千宗易せんのそうえき長岡藤孝ながおかふじたかと同門と言える存在であり、茶事を司るかしらとして茶頭を務めるには十分な経歴を持っているのだ。


「分かりました。 その件については、仰せに従いましょう」

「そうか! ならば頼むぞ」

「はっ」


 こうして道意より同意を得てから二刻後、六角館の茶室には義頼と道意が居た。

 無論、彼より願いのあった九十九髪茄子の茶入れもある。 それから、道意の持参した古天明平蜘蛛もある。 そして他の茶道具だが、割と控えめな感じの物が多かった。

 これは義頼の学んだ志野流が、そもそも侘び寂びの茶である事にも由来する。 だが何より、義頼が慣れ親しんだ陶器とは信楽焼であるのだ。

 信楽焼は素朴さの中に日の本の風情を露わした物として、侘び寂びに通じるところがある。 これ風情は、義頼の領地で生産を行っている伊賀焼や丹波の焼き物も同様であった。

 最もこの三か所は、中世から続く古い陶器の生産地である。 故に、作風が似るのは当然なのかもしれないが。

 何であれ、こうした素朴や質朴と言う様な言葉が合う茶器が揃っている茶室で義頼が点てる茶を道意が見ている。 そんな彼の手なみは、武井夕庵が唸ったと聞き及んだ事も納得できるものであった。


「……結構なお手前にございました」


 茶を飲み終わった道意は、まるで何かを味わうかの様に暫く間を空けた後でそう言葉を紡いだ。

 それは、義頼が主君だからとかは関係ない。 全く極自然に出てきた、道意の素直な言葉であった。 

 また、それだけでは無い。 この茶室の雰囲気も道意は気に入っている。 嘗て多聞山城に建てた茶室とは、似ている様でどこか違うところなどが特にだ。

 道意は婆娑羅の雰囲気を持つが、同時に侘び寂びも理解している。 それでなくては、紹鴎に師事などしていなかった筈だ。


「……そうか。 では、褒美となったか? 道意」

「十分にございます、殿」

「それは何よりだ」


 義頼は、にこりと衒いのない笑みを浮かべる。 その笑みを道意は、同じ様に笑みを浮かべる事で返したのであった。





 さて、その頃。

 安土城下に新築された京極家の屋敷、そこには客が一人訪問していた。

 その男の名は、小寺孝隆こでらよしたかと言う。 元々は京極氏の分家に当たる黒田家の血を引く者であるが、諸々の事情があり今は小寺の姓を名乗っていた。


「中務少輔(京極高吉きょうごくたかよし)様。 お目通りを叶えていただき、感謝致します」

「そう固くなるな、官兵衛(小寺孝隆)殿。 しかし……黒田の一門が播磨国に居るとは、少々意外だったの。 何故、播磨に京極家の分流にあたる黒田が居るのか聞かせては貰えぬか?」

「そうですな……分かりました。 お話し致しましょう……」


 そう一言断ってから、孝隆は話し始めたのであった。



 話は、孝隆の祖母の時代まで遡る。

 近江黒田氏は京極家の分流であるが、嫡流の京極家から独立した存在となっている。 黒田氏は、室町幕府奉公衆であり、評定衆を務める名門と位置付けられていた。

 しかしこの頃の京を含む畿内は、混迷の度合いを含めていた。

 その理由は、当時絶大な力を擁していた細川政元ほそかわまさもとが暗殺された【永正の錯乱】と後に呼ばれる様になる事件に端を発した争乱にある。 この騒乱は、細川氏宗家の家督相続や当時の足利将軍の後継者問題もはらみ畿内中を巻き込んだ大乱へと発展する。 いわゆる【両細川の乱】であった。


「……三管領の一家であり、半将軍とまで言われた右京大夫(細川政元)殿ですらも討たれてしまう。 そればかりか、右京大夫殿の死を呼び水として畿内では相次ぐ騒乱が発生した。 この様な情勢では、我ら一族も危ういかも知れぬな」


 この相次ぐ争乱にあって当時の黒田家当主は、お家の断絶を危惧する。 そこで彼は、防ぐ手を打つ事にした。 

 やがて、彼に呼ばれて一人の女性が現れる。 彼女は、黒田宗家の血を引く自分の娘であった。


「お呼びでしょうか」

「ああ。 実はな……そなたには京を出て、備前に移動して貰いたい。 そこで、黒田の血を残して貰いたいのだ」

「はっ? 黒田の血、にございますか?……しかし私は女の身にございますれば、婿を迎える事ぐらいしか出来ません」

「それで構わん。 備前には、佐々木の流れを汲む宇喜多の家がある。 彼の家を頼れば、何とかなろう」


 宇喜多氏の始祖に当たる宇喜多宗家うきたむねいえが、佐々木氏の流れを汲む児島高徳こじまたかのりの曾孫を娶っている。 つまり女系となるが、宇喜多氏は佐々木氏の分流とも言える一族なのだ。

 それに、彼女とて昨今の京が、否畿内が非常に危うい事は理解している。 そして父親が、黒田家の家名を守る為に自分を京より逃がそうとしている事もまた理解出来た。


「……分かりました、父上。 備前へ参ります」

「すまぬな。 本来であれば、わしが見つけた婿に嫁入りをさせたかった。 しかし京がこの有様では、それもままならぬ」

「……父上。 そのお気持ちだけで、私は十分にございます」


 黒田の姫たる彼女は、護衛も兼ねる武士達と自分付きの侍女複数人と共に京を出ると備前国へ向けて出立した。

 せめてもの親心か、彼女は父親が手筈を整えた陸路よりは危険が少ないと思われる海路を使って移動を行う。 首尾よく備前国へ到着した一行は、そこで浦上家重臣で当時の宇喜多家当主ある宇喜多能家うきたよしいえの庇護を受けたのであった。


「よくぞ参られた、歓迎致しますぞ」

「感謝致します、和泉守(宇喜多能家)様」

「何、お気になさるな。 我が家と思い、安心されるがよい。 それから、姫の婿も探しましょう」

「重ね重ねの御好意、誠にありがとうございます」


 こうして宇喜多家の助力を得た一行は、能家の伝手を使い備前国人を紹介して貰った。

 また相手としても、畿内の名門である黒田の姓を名乗れるとあればさほど困る事は無い。 この様な経緯を経て、孝隆の祖母に当たる姫は備前の国人を婿にしたのであった。

 これで漸く一安心と考えた彼女達であったが、戦乱の世は容赦なく彼女達にも襲いかかって来る。 彼女が嫡子たる息子を生み、その息子も元服して黒田重隆くろだしげたかを名乗った頃、能家と仲の悪かった浦上家家臣の島村盛実しまむらもりざねが宇喜多家の居城である砥石城を突如急襲したのだ。

 まさか味方から奇襲を掛けられるとは思ってもみなかった為、碌な体制を整えられていない。 そんな状況下では、宇喜多家は防戦するしか無かった。

 だが能家も一廉の武将であり、そして息子の宇喜多興家うきたおきいえも無能では無い。 彼らは絶対的な不利な情勢の中で何とか一回は盛実の兵を撃退する。 しかし、所詮は多勢に無勢でしかない。 もし今一度攻められれば、再度撃退するのは難しかった。

 そこで能家は、一族の者などを逃がす事を考える。 先ずは、息子の興家を呼び出した。


「何用でしょうか、父上」

「興家。 そなたは妻子を連れて落ちろ。 そなたの妻の実家であれば、匿ってもくれるだろう」

「……本気で言っているのですか?」


 能家の言葉に、興家は目を丸くする。 それから覗きこむ様に父親の顔を見るが、そこには能家の厳しい顔しか見えない。 その表情に、父親が本気で言っている事を察した。 


「無論、本気だ。 家を残す為に、そなたを落ちさせるのだ。 それに、盛実の標的はわしであろう。 このわしが城に居れば、落ちるそなたにまでは手を出すまい」

「…………分かりました……家の為に今は耐えまする」

「うむ。 では早速にでも、城を落ちるのだ」

「分かりました……父上、今生の別れとなりましょう」

「そう……だな」

「では、御免!」


 そう言って立ち上がり、踵を返す興家。 その振り向きざまに光る物が数滴落ちたが、興家も能家も何も言わなかった。

 そのまま部屋を出て行く息子を見送った能家は、目に残った息子の後ろ姿を焼き付けるかの様に目を瞑る。 それからどれほど経っただろう、能家は唐突に目を開けると立ち上がった。

 そのまま部屋を出ると、彼はある部屋に赴く。 そこには、客として城に居る重隆やその母、そして彼の家臣の者達も居た。 

 因みに彼らも、防衛戦には一役かっている。 自分達を庇護して貰ったという恩義もあるが、それより何より嫡子の重隆を逃がさない内に城が落ちでもしては困ってしまうからだ。


「入っても宜しいかな」

「こ、これは宇喜多様! ど、どうぞ」


 いきなり現れた能家に、重隆と彼の家臣はいささか動揺しつつも部屋に入れる。 そんな彼らに頓着せず、能家は部屋に入った。

 そして座ると、重隆にある提案をしたのである。 その提案は、息子と同じであった。


「……つまり、我らを逃がすと?」

「そうだ。 貴公らには、播磨へ落ちて欲しい」

「播磨ですか……分かりました」


 どうせ落ちるのであれば、何処に向かっても一緒である。 それに宇喜多一族であればともかく、半ば客将扱いの重隆達を追って盛実の軍勢が国外まで来るとは思えなかったからだ。

 こうして行われた二つの試みは成功し、能家の嫡子たる宇喜多興家や孫に当たる八郎は何とか落ち延びている。 また、重隆達も落ち延びる事に成功していた。

 やがて首尾よく播磨国へ到達した黒田家の一行であるが、彼らは姫路に腰を据えたのである。 取り敢えず姫路に落ち着くと、彼らは生きる為に先ず金を儲ける事を考えた。

 幸いと言うか、重隆の母は黒田家に伝わる家伝の薬の作成方法を知っていたのでその薬を製造・販売を行う事にする。 借りた家の一角を使用して作成されたその薬は、玲珠膏れいしゅこうの名で売り出されたのであった。

 この薬の販売で財を成した彼らは、その財力を使い雇った兵の力を背景に時間を掛けながらも徐々に勢力を伸ばしたのである。 しかしこれに困ったのは、御着城主で姫路も勢力下においていた小寺家だった。

 小寺家は播磨赤松氏の分家であり、赤松家に付く数少ない有力家として赤松宗家に忠節を尽くしてきた一族である その小寺家の力は中々に侮りがたく、彼らをもってすれば重隆の持つ軍勢を打ち破る事は可能ではあった。

 しかしそれには、相応の被害も覚悟しなければならない。 赤松家を下剋上した浦上家の事を考えれば、小寺家として力を減退させる事は避けたかった。


「さて……どうしたものか。 義直、何か案はあるか?」


 主である小寺政職こでらまさもとに問われた小河義直おごうよしなおは、暫くの間思案に耽る。 やがて何かを思いついたのか、漸く視線を主へと戻した。

 義直が思案に耽っている間、静かにしつつもやはり考えていた政職は義直を注視する。 主からの視線を真っ向から受け止めつつ、義直は自分の考えを述べた。


「御屋形様。 ここは黒田殿に協力をさせましょう」

「黒田に協力させるだと?」


 実は小寺家臣に、黒田を名乗る一族が居る。 彼らは一応赤松氏の分流に当たり、播磨国多可郡黒田庄を本貫地とする者達であった。

 やはり赤松氏の分流である小寺氏とは、同族と言える。 最も、力は小寺氏の方が上であるが。

 それはそれとして、義直はその黒田の名を利用する事を考えたのであった。


「はい。 同じ黒田ですから、養子縁組をしては如何かと」

「養子縁組? 義直、具体的に説明せい」

「では……」


 そう前置きすると、義直は自らの考えを政職へと語った。

 要は、重隆の息子である万吉を播磨黒田家当主の嫡子として縁組をさせるのである。 しかしそれだけでは、播磨黒田家も不満が残ってしまう。 そこで政職の名から、播磨黒田家の当主に一字を与えるのだ。

 更に、政職へ小寺家より養女を嫁入りさせる。 そして彼らに、小寺の姓を名乗る事を許す……と言うのが義直の考えであった。

 それにこれだけの厚遇を与えれば、先ず文句は出ないと義直は自信満々に言い放つ。 そんな義直を見ながら、それはそうだろうと政職は思った。

 しかし自分に代案が無い以上、反論も出来ない。 内心で溜息を一つ付くと、政職は頷いた。


「分かった。 そなたの考えを採用する」

「はっ」

「では、義直。 早速、両家にいって話して来るのだ」

「はっ……はぁ? 拙者がですか!?」

「当然だろう。 そなたが言い出したのだ、最後まで責任をとれ」

「……承知しました」


 この後、義直は両黒田の家に向かうと、それぞれにこの政職との話を伝える。 この提案を聞いた、重隆は最終的には乗る事にした。

 何と言っても、播磨有力国人である小寺家に重臣として迎えられるのである。 その上、小寺一門に名を連ねる事が出来るのだから、乗らない理由がなかったのだ。 

 また播磨黒田家だが、此方こちらも此方で提案を断りづらい。 主家からの話と言う事もあるが、養子縁組をする事で得られる物が魅力的なのだ。

 畿内の名門である黒田の家名が手に入るだけでなく、小寺の一門衆ともなれる。 更に、政職から偏諱へんきを与えられるとなればそれは尚更であった。

 此処ここに三家の思惑は一致を見、重隆は小寺家家臣となる。 また重隆の嫡子である万吉と養子縁組を行った播磨黒田当主は、約束通り政職の名から職の字を偏諱としていただき、同時に政職の養女を妻とする。 そこで彼は名を改め、小寺職隆こでらもとたかと名乗る様になった。

 更にこの後、職隆は姫路城城代にも任じられている。 偶々姫路城城代が居なかった事と、姫路城の城代を小寺一族の者が代々任されているという経緯があったので、今回の件で職隆が小寺の一族となったので丁度良かったという事情もあった。

 因みに旗印は、小寺家の旗印である藤橘巴から図案化した藤巴を小寺家よりいただいている。 また佐々木氏の流れを汲む近江黒田家の血筋から、佐々木氏の旗印である四つ目結を併用して使う事にしていた。 

 何はともあれ、こうして近江黒田家の流れを汲む播磨黒田家が新たに生まれたのであった。



 小寺孝隆からじっと話を聞いていた高吉は、彼が話を終えると労いの言葉を一つ掛けた。


「……なるほど。 中々に苦労した様だな」

「祖母と父は、苦労致しましたと思います。 拙者は、さほどではありません」

「そうか。 では、本題に入ろう。 黒田、いや小寺であったな。 小寺官兵衛殿は、拙者に何用なのだ?」


 漸くその話になったかと、孝隆は内心で安堵する。 それから気持ちを引き締め居住まいを正すと此度の訪問の目的、即ち織田信長への謁見を口にしたのであった。

 その言葉に、高吉は少し眉を顰める。 それは僅かな変化であったが、孝隆はその変化に気付き高吉へ問い掛けた。


「中務少輔殿。 如何されましたか?」

「う、うむ。 実はな、殿へ口を利くのはいい。 だが、少々時が掛かるやも知れんぞ」

「な、何故なにゆえにございます!」

「京極家が織田家に付いたのは、つい最近じゃ。 確かに息子の長高が殿の御傍に仕えているが、逆に言えばそれだけとも言えるからのう」

「そ、そんな……」


 高吉の言葉に、孝隆には衝撃を受けた。

 実は彼には、信長との謁見を急ぐ理由がある。 その理由とは、別所家と毛利家対策であった。

 と言うのも別所家は割と早く織田家に付いている事を理由として、いまだ態度を鮮明にしない播磨国人へ攻撃を仕掛けているのだ。

 また、それだけでは無い。 播磨国の東側を抑える別所家の攻勢だけでも十分危機的状況とも言えるが、更には中国の雄である毛利家も播磨国には触手を伸ばしているのである。

 今はまだ良い。 少なくとも政職は、孝隆に賛同しているのだ。 それに、実父の重隆も養父の職隆も居るので今すぐにどうこうという事は無いからだ。

 しかし織田家との交渉で進展が無ければ、小寺家の他の家臣から異見が出るのは間違いない。 即ち、毛利家を頼ろうという動きであった。


「な、何とかなりませんか中務少輔殿! 下手に時を掛けてしまうと、小寺家の旗色が変わるかもしれないのです!!」


 やや焦ったかの様な声を上げて、孝隆はにじり寄る。 すると高吉は、人を喰った様な笑みを浮かべながら孝隆を押し留めた。


「まあ待て。 これから貴公を、ある男の元へ案内する。 さすれば、その問題も一気に解消するであろう」

「その男とは?」

「六角右少将義頼。 現六角家当主にして、信長公の義理の弟だ」


播磨黒田氏の顛末です。

あくまで、私の話の中での事ですが。


ご一読いただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ