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第百五十五話~観音寺城改築の進捗~


第百五十五話~観音寺城改築の進捗~



 近江国、きぬがさ山。

 此処には、嘗て六角氏の居城であった観音寺城が築かれていた。

 この城は、繖山南側全てを城砦化した様な壮大とも言える規模を持っている。 何と言っても山城であるにも拘らず、総石垣によって建築されている。 更に山の稜線に沿って土塁が築かれており、曲輪などがあまり見られない北側からの侵入を容易くは許さない作りともなっていた。

 そして繖山の北側にある目賀田山(安土山)には、六角家重臣目賀田氏の城である目賀田城が存在している。 この城は、観音寺城の支城としての役目も持つ城であった。

 同時に観音寺城には、城割としての役目もある。 大小合わせて凡そ千以上はあると思われる城の曲輪には六角家家臣や近江国人、その家族などが居住していたのだ。

 因みにこの家臣や国人を観音寺城に居住させる策を大大的に実行したのは、義頼の父親である亡き六角定頼ろっかくさだよりであるとされていた。

 また近江国人は、元来独立意識が強い者達でもある。 その為、観音寺城は権威付けの様な政治色をも併せ持つ城でもあったのだ。

 この様に様々な要素を併せ持つ観音寺城だが、それゆえか何かに特化したとは言えない城ともなってしまっていたのである。 繖山全体を城砦化しているので防御力が低いと言う訳ではないが、政治色を併せ持った為に肝心の防御力を削らざるを得なくなってしまったのだ。

 やはり見た目を重視すれば、それだけ城としての防御力が下がってしまう。 これは、現在築城を進めている安土城にも同じ事が言えた。

 この防御力の甘さを原因としているのか、観音寺城は築城以来幾度も落城の憂き目にあっている。 その度に当時の六角家当主が奪還していたが、その歴史に終止符を打ったのが織田信長おだのぶながであった。

 当初、六角家は織田家と協調して上洛する手筈となっていたのだが、重臣の一部が三好家と繋がり反旗を翻す。 彼らは丁度、信長の使者が観音寺城に訪問した時を狙って兵を挙げたのだ。

 しかし、彼らが旗頭として据える気であった当時六角家当主を務めていた大原義定おおはらよしさだや義頼の兄である六角承禎ろっかくしょうてい。 それから、石馬寺に預けられていた六角義治ろっかくよしはるの確保に失敗してしまう。 彼らは甲賀衆の手引きにより観音寺城や石馬寺より脱出すると、当時義頼が城主を務めていた長光寺城へ落ち延びたのであった。

 こうした様々な紆余曲折の末、六角家と織田家は敵対してしまう。 その際、信長の手により観音寺城は落城したのであった。

 その後、義頼を当主に据えて決戦へと及んだ六角家。 数倍の兵力差をものともせず織田本陣まで攻め寄せ、義頼は信長と刃を合わせている。 しかしあと一歩のところで浅井長政あざいながまさに邪魔をされ討ち取るだけの時を浪費してしまい、首を取る事は叶わなかった。

 すると義頼は、自らの命を引き換えに戦に参加した六角家臣と近江国人の助命を降伏後に信長へ嘆願する。 これは信長自身が義頼を気にいった事と、何より浅井長政が義頼を南近江鎮定に利用出来ると口添えした事により本人の助命を含めて受け入れられたのであった。

 こうして新たに義頼を当主として再出発を果たした六角家の手によって、繖山の麓にあった六角家の館は再建している。 しかし、観音寺城の規模があまりにも広大であった為に、城自体はあまり手を入れられていない。 せいぜい主要と思われる部分を改修したぐらいであった

 しかし今回の安土城築城に合わせる形で、信長の命によって観音寺城の再建が義頼へ命じられたのである。 これは観音寺城に、安土城の詰めの城としての機能を期待された物であった。

 城の改修を命じられた義頼は、好機とばかりに繖山全山に広がる観音寺城を徹底的に改築していく。 彼がまず手を付けたのは、本丸の移転であった。

 実は観音寺城、山城にしては珍しく山頂に本丸が無い。 これは、この繖山に建立されていた観音正寺に理由があった。

 観音正寺は、古代にこの地を訪れた聖徳太子しょうとくたいしによって創建されたとの伝承をもつ寺である。 この創建に関しては、繖山に登った聖徳太子が山頂に立つと瑞雲が現れたとか、石馬寺はこの地へ聖徳太子が乗って来た馬が繋がれた場所だなどと色々な伝説があるのだが、詳しく書く事は割愛する。 何はともあれ観音正寺は、推古天皇の命を受けて聖徳太子が開基したとされていた寺である事は間違いなかった。

 そんな古刹たる観音正寺が繖山に創建されていた訳だが、山の頂上部には奥の院が建築されていたのである。 観音寺城の築城当時は観音正寺の力も強く、強引に事を運ぶ事が難しかった。

 しかし信長の観音寺城攻めの際に起きた戦火によって観音正寺自体が焼失した為に、皮肉にも本丸の山頂部移動が可能となったのである。 そこで義頼は、これ幸いとばかりに繖山山頂に本丸を造成する。 そして、同本丸内に天守閣を建てる為の天守台や屋敷を新たに建築したのであった。

 更に義頼は、繖山南側に千はあるとされた曲輪も整理している。 小さな曲輪は、隣接する曲輪と繋げて帯曲輪にしたりとより強固にした大きい作りにしている。 その他にも、堀を作る為に山肌を掘ったり削ったりしていた。

 実は今までの観音寺城には、高石垣はあっても堀は全く存在していなかったのである。 何故なにゆえに存在していなかったのかまでは分からないが、今後観音寺城は最悪の場合において守りの要となる城である。 敵の動きを阻害したり、遮断もできる堀を作らない理由は無い。 横堀や竪堀、堀切などを掘らせ、中にはいわゆる大堀切なども作成していた。

 義頼はそれだけでは飽き足らず、観音寺城に既に存在していた平虎口や城壁なども変更した。

 平虎口などは、全て桝形虎口や喰違虎口に変えて防備を固めている。 そして城壁は、多聞櫓などに作り変えていた。

 またそれだけで飽き足らず、各所に櫓などを新たに建築する。 これらの施設を城全体におく事で、城としての防御力を以前とは格段に上げていた。

 そんな新たな観音寺城建築の進捗状況を見た信長は、ただ鼻を鳴らすだけである。 彼は取り分けて褒めようともしなかったが、代わりに叱責もしていない。 ただ義頼に説明をさせつつ、建築現場を回るだけであった。  


「ところで義頼。 観音正寺だが、何処に再建するつもりだ?」

「はい。 麓に観音正寺の坊舎がありますので、その近くに建てようかと」


 六角館の東には、教林坊と言う名の坊舎が存在していた。

この坊舎は、観音正寺を創建した聖徳太子によってやはり創建されたとされている施設であり、そして義頼が言った通り観音正寺の坊舎であった。 

どうせ観音正寺を再建するならばと、同寺の施設でもある教林坊の近くにでもと考えたのである。 また義頼は、再建する観音正寺は元より繖山近くに存在する寺も防御施設として利用する気であった。

 幸いな事に消失していない桑実寺は無論の事、他にも観音正寺ややはり焼失した石馬寺を再建した上で観音寺城を守る拠点として利用するつもりであったのだ。


「ふむ……どうせならば安土城と同じにすると言うのはどうだ?」

「は? 安土城と同じにございますか?」


 思わず義頼は、同行している道意(松永久秀まつながひさひで)らと目を合わせる。 そんな彼らの様子を見ながら、信長は自らの考えを彼らに告げた。

 それはどうせ再建するのであれば、元々観音寺城の本丸があった場所に観音正寺を建築すればい言いと言う物である。 そんな信長の言葉に義頼は、はたと気が付いた事があった。

 実は嘗て観音寺城の本丸があった曲輪には、石馬寺方面に向かう道が存在している。 織田家と六角家が対立する切欠となった一部重臣による蜂起の際も、この道を通って六角承禎や六角義治や大原義定は捕えられる事無く逃げ遂せたのだ。

 ある意味、非常時の脱出口ともなっていたのである。 その場所に防御施設も兼ねた寺を置く事は、あながち悪い選択でもなかった。

 それに実際、安土城にも摠見寺という同様の機能を持たせた寺が存在する。 その事を考えれば、観音正寺を元の本丸があった場所に再建すると言うのは、十分検討するに値する物であった。

 結果としてその事を信長から指摘された形となった義頼は、現時点で追加の建築が可能であるかを思案する。 やがて考えが纏まったのか、義頼は口を開いたのであった。


「……それは…………確かに可能かと思われます……分かりました。 観音正寺は、元本丸があった曲輪に再建致します」

「うむ。 それと、他の城についてはどうなのだ?」

「はい。 和田山城と箕作城、それと佐生城の再建も同時に行っております」


 この義頼が手掛けている城造りだが、実は観音寺城だけに留まっていない。 観音寺城周辺に存在している支城にも、彼は手を伸ばしていた。

 とは言え、全ての支城に手を出しても仕方が無い。 そこで義頼は、和田山城と箕作城と佐生城を候補に上げている。 つまりはこの三城を、観音寺城の出城とするのだ。

 計画としては、それぞれの城に天守閣、若しくは代りとなる櫓を作る。 出城と言っても、実質的には城としても使える構造で作り上げるのだ。 そして観音寺城を中心に、四つの城でお互いを守る様にするつもりなのである。 義頼はこれらの城を、いわゆる一城別郭いちじょうべっかくの城とする計画であった。 

 勿論、この構想について命を出した信長も承知している。 そこで、どれか一つの城へ案内する様にと義頼に命じたのであった。 すると義頼は、距離や道筋などを考慮した結果、比較的今居る場所より近い佐生城へ信長を案内する事にしたのであった。

 さてこの佐生城だが、元々【観音寺騒動】で六角義治に誅殺された後藤氏の城である。 繖山の尾根伝いに建築された城であり、南東に伸びる山の尾根が丁度切れたところに立地している。 その立地条件から、繖山東端の防御を担っていると言っていい城であった。

 なお佐生城は二段に分かれているが、構造的には単郭式の城である。 他に候補としている和田山城や箕作城と比べても、あまり防備が高いとは言えなかった。

 そこで義頼は、城を拡張する気でいる。 その上で、佐生城を再建して防御拠点の一つとするつもりなのだ。

 その様な説明を聞く信長は、黙って頷いていたのであった。

 因みに今の佐生城だが、拡張の真っ最中である。 その為、現在は工事中と言う事もあり御世辞にも広いとは言えない状態であった。


「ふむ……案外狭いな。 義頼、対策は考えてあるのか?」

「はい。 城の敷地を拡張した上で、佐生城を再建致そうと考慮しております」

「そうか。 ならば良かろう。 では、そろそろ戻るか」

「しからば殿、六角館へとお寄り下さい」


 信長としては、別に今日中に観音寺城と関連する別の城全てを見聞する必要などなかった。

 どの道、観音寺城の改修は時間が掛かる。 どちらかと言えば安土城建築に重きを置いている事もあり、完成までにはまだまだ時間が掛かるのだ。

 それを考えれば、追々見ていけばそれでいいものである。 だからこそ信長は、今日のところは切り上げたのであるが、繖山南側に広がる観音寺城は確かに広かった。

 元々、繖山南側全てが城砦であると考えた方がいい様な城である。 その観音寺城をさらに拡張し、繖山全体を城郭とするべく改修しているのである。 敷地面積は、安土城より遥かに大きいと言える規模を持つこととなっていたのだ。

 最も安土城に比べると、今建築中の観音寺城は地味な印象を与える。 それは安土城に比べて、煌びやかと言える装飾等を排除している点にある。 それと城の構造が、安土城と観音寺城では対照的である事に理由があった。

 装飾の件は別として、安土城はいわゆる高層建築と言える様な印象を見た目から与える作りをしている。 望楼型で五層六階、かつ地階まである天主閣がそびえ建っている。 他にも二重や三重の櫓、多聞櫓と連結する隅櫓がある上、摠見寺にも三重塔があるのだ。

 その一方で観音寺城は、新たに作る天守閣も望楼型だが階層は安土城に比べれば少し低い。 また櫓の階層こそ安土城と同じであるが、城としての規模が大きい為にどうしても分散している様に見た目には感じてしまうのだ。

 その代わりと言えるかは分からないが、観音寺城は安土城よりどっしりとした安定感を持たせる城となっている。 安土山よりも標高が高い繖山の全体を城郭としているのであるから、ある意味当然とも言える。 つまり義頼は、煌びやかさと高層の建築物から与える印象と、その後ろに派手さはないが安定感を見た者に持たせる二対の城を演出したのであった。

 それは兎も角として、観音寺城が広い事に間違いは無い。 その観音寺城を信長は見聞したのであるから、子供の頃から観音寺城に慣れている義頼は別として少々疲れていた。 そこに、休憩をとの誘いである。 この誘いに、乗らない理由が無かった。

 信長が了承すると、そのまま六角館へと向かう。 やがて館に到着した信長一行をお犬の方やお圓の方、その他に鶴松丸つるまつまる井伊頼直いいよりなお達が出迎えたのであった。

 流石に、まだ幼いゆい姫は居なかったが。


「いらっしゃいませ、兄上」

「おう。 お犬も息災そうだ」

「はい」


 兄妹で軽く言葉を交わした後、信長はお圓の方や鶴松丸や頼直にも声を掛ける。 その間に汲んで来た水で小者に足を洗わせると、六角館に上がった。

 出迎えたお犬の方などとは別れ、信長は義頼の先導で部屋に案内される。 案内されたそこは、書院造の茶室である。 その茶室で信長は義頼の入れた茶を飲み、一服したのであった。 


「それで義頼。 俺を誘った理由は何だ? 茶だけではあるまい」

「……流石は殿。 実は、ある報告をと思いまして」

「報告? 何だ」

「お犬が、子を身籠りました」

「何? 真か。 ふむ、それは目出度いな。 では、直々に祝いを述べてやろう」


 信長はそう言うと、さっと立ち上がる。 するとそのまま、茶室から出ていった。

 彼は今までに何度かこの館に宿泊しているので、館内の構造を大凡ではあるが把握している。 信長にとって六角館とは、いわゆる勝手知ったる家なのだ。

 その為、彼は六角館内を迷う素振りすら見せずに歩きまわる。 そんな彼の後には、義頼が付き従っていた。 やがてお犬の方を見付けると信長は、すぐに彼女へ声を掛けて子供の妊娠を祝った。

 この言葉を聞いたお犬の方は、目を瞬かせる。 それと言うのも、まだ信長は無論であるが家族以外誰にも知らせていなかったからであった。 彼女は何処で知ったのかを兄である信長へ尋ねようとしたが、そんなお犬の方の視界に義頼が入って来る。 すると彼女は、情報の出どころを理解したのであった。  


「あなたが兄上にお知らせしたのですね」

「ああ」

「そうだ、義頼から聞いた。 しかし、真に目出度いなお犬。 せいぜい、無理はするでないぞ」

「勿論です、兄上」


 お犬の方の言葉を聞いた信長は、微笑みを浮かべる。 それから振り向くと、義頼へ戻る旨を伝えた。

 その後、信長は義頼や護衛の者を従えて六角館を出る。 しかしその足で安土城へとは戻らず、やはり建築途中である城下町へと向かう。 そこで信長は町並み、それから家臣の屋敷や長屋も見聞した。

 実は、安土城内とは別に城下町にも家臣の屋敷や長屋が存在する。 城内にある屋敷は、息子や信長の側近。 はたまた、織田家重臣の屋敷であったのだ。

 なお、例外的に浅井長政と徳川家康とくがわいえやすの屋敷も安土城内に存在している。 織田家の家臣以外では、浅井家と徳川家の家しか存在しない現状を鑑みるに、信長にとってもこの二家はやはり気に掛けていると言っていい家であった。


「……此方の進捗もまずまずであるな」

「はっ。 安土城完成の折には、この城下町も間違いなく完成している事でしょう」

「うむ」


 暫く城下町を見聞した信長は、やがて安土城へと戻った。

 彼は大手門から大手道を通り城内を進むと、やがて黒金門を抜け二の丸に到達する。 そして表御殿へと入ると、義頼や護衛をした近江衆へ労いの言葉を掛けた。

 漸く役目も終わり信長の前から辞去した義頼は、その過程において叱責も無かった事に内心で安堵する。 彼はその足で表御殿を出ようとしたが、その途中で丹羽長秀にわながひでに出会った。

 なお彼は、信長の観音寺城見聞に同行していない。 長秀は観音寺城の改築に一切係わっていないので、同行しなかったのだ。


「ふむ……どうやらその様子では、首尾は上々であった様だな右少将(六角義頼ろっかくよしより)殿」

「お褒めの言葉もありませんでしたが、叱責もありませんでした」

「ならば問題はなかろう、よかったではないか」

「まぁ、そうですな」


 信長は気に入らなければ、烈火のごとく怒りを表す男である。 そんな男から文句の様な言葉が一言も出なかったのだから、問題が無いと言う長秀の言葉に間違いは無かった。


「ところで小耳にはさんだのだが、お犬の方様が御懐妊されたとの事だが真か?」

「話が早いです、五郎左(丹羽長秀)殿」

「噂とは、その様な物であろう。 それでどうなのだ?」

「確かにお犬は子を孕みました」

「おお! それは目出度い。 よかったではないか」

「はい」


 長秀の祝いの言葉に、義頼は嬉しそうな顔をした。

 そんな義頼に笑みを返した長秀は、数日中に祝いの品を届けさせると伝える。 気を使わなくてもと言おうとした義頼であったが、彼がその言葉を口にする前に長秀は居なくなってしまう。 結局、声を掛ける暇など無かったのであった。

 しかしそう考えつつも、やはり嬉しいのであろう。 義頼の表情は、笑みとなっていた。

 祝われるのはやはり嬉しいし、それが以前から良くして貰っている長秀であれば尚更である。 何とはなしに笑みを浮かべつつ義頼は、表御殿を出ると六角館へと向かった。

 やがて館へと戻って来た義頼であるが、その時になってある事を思い出す。 それは【設楽ヶ原の戦い】が起きる前に道意へ約束した褒美の茶席であった。 そこで義頼は道意を呼び出すと、彼に褒美の茶席は、何時いつ行うのがいいかを尋ねる。 暫く頭の中で自身の予定などを考えた後で道意は、程なく思い付いた日付を義頼へと告げたのであった。


「そうですな。 では、翌月の中頃にでもで宜しいでしょうか」

「ふむ…………いいだろう。 突発的に何か起きない限りは、そこで一席を設けよう」


 こうして道意と茶席を設ける事について約束を交わした義頼は、安土に日々の仕事に邁進する様になった。

 安土城建築の総奉行である長秀や、石奉行などの者達と共に城造りに勤しんでいる。 そしてその合間を縫う様にして、領主としての仕事をこなしていくのであった。 

 その様に日々の仕事に邁進していた義頼であったが、 そんな彼の元へ訪問して来た者がいる。 誰かと思えばその人物とは、義頼の与力である森可成もりよしなりであった。


「三左衛門(森可成)殿、怪我はいいのか?」 


 義頼が心配するのも無理はない。

 彼は【設楽ヶ原の戦い】で馬場信春ばばのぶはると一騎討ちを行った際、負傷していたからだ。

 信春は信長を目指して一直線に進撃している際に対峙した可成を退ける為に、半ば強引に槍を刺したまま可成を振り回している。 その時彼は、自らの肩より嫌な音を聞いていた。

 その為かそれとも別の要素があっての事かは分からないが、可成の腕が動かなくなってしまったのである。

 そこで義頼は曲直瀬道三まなせどうさんを紹介して、可成に治療を勧めている。 その甲斐あってか、彼の怪我自体は癒えた。

 しかし彼の腕が、動く事は二度と無かったのである。 その為、義頼の問いに可成は数度首を横に小さく振る事で返答としたのであった。


「残念ながら、拙者の片腕はもう使えませぬ」

「何だと!? 真か!」

「はい。 曲直瀬殿も手を尽くしてくれたのですが、はかばかしい結果は得られませんでした。 この通りに」


 そう言ってから可成は腕を動かそうとするが、彼の片腕は一寸たりとも動く気配は見せない。 その様子に、義頼は一瞬悲しげな表情をした。

 「攻めの三左」というあだ名を持つ猛将でもある可成の片腕が動かない、それは即ち年齢的な意味合いも兼ね合って武将としてはほぼ終わりとも言えたからだ。


「それで、三左衛門殿は如何するのか?」

「拙者は、隠居しようと思います。 そして森家の家督は、嫡男の長可に譲ろうかと」


 義頼が森長可もりながよしに視線を向けると、彼はゆっくりと頷く。 どうやらこの親子の間では、既に話し合っていると思われた。

 そうであるならば、今更口を出す話でもない。 義頼は軽く頭を振ると、話を先に進めた。 それは、可成の隠居後についてである。 彼に対してどの様にするのかと尋ねると、問われた可成は自らの頭を撫でながら剃髪する旨を伝えた。

 既に決めていた事なのであろう、言葉に迷いなどはない。 むしろ、聞かされた義頼の方が少し寂しげであった。


「そうか……三左衛門殿には勝蔵(森長可)ともども、与力として俺を支えて貰いたかったのだが残念だ」

「その言葉は、何よりの贈り物ですな右少将殿。 しかしこの腕では、最早戦場の将としては無理です」

「で、あろうな」


 動く様子が全く見えない可成の腕を見ながら、義頼がさも残念そうに頷く。 そんな彼の姿を見て、可成は小さく微笑んた。


「なに。 拙者の代わりは、長可が務めます。 また拙者も、隠居しても森家に居るのです。 何時でもお尋ね下され」

「そう、だな。 その時は頼むぞ」

「お任せあれ」


 この後、可成は信長へ身の上に関する事情を報告した後で、隠居と剃髪の旨を伝えた。

 可成から隠居の話を聞き、流石の信長もやや悲しげな雰囲気となる。 何と言っても彼は信長の家督相続や尾張国統一の頃から尽力して来た男である。 それこそ信長家臣としては、柴田勝家しばたかついえよりも古参なのだ。

 言わば彼は、信長の黎明期を支えたと言ってもいい男の一人なのである。 そんな可成が、身体に障害が出たとはいえ隠居・剃髪すると聞いたのであるから信長の態度もある意味当然であった。


「そうか、隠居して剃髪するか」

「はい。 剃髪後は、心月とでも名乗ろうかと」

「良き戒名だ……心月! 長きに渡る忠節、ご苦労であった!」

「ははっ」


 こうして可成は、隠居後に剃髪。 森家の家督相続も信長が認めた以上は、文句が出よう筈も無い。 無事に長可へ森家家督が渡され、そして父親の役目であった義頼の与力としての役目も彼に引き継がれたのであった。

 そんな森家の出来事とほぼ前後して、義頼の与力家でもある不破家で葬式がしめやかに営まれている。 喪主は無論、【設楽ヶ原の戦い】で馬場信春によって討ち取られた不破光治ふわみつはるの嫡子である不破直光ふわなおみつであった。

 義頼はその葬儀に対して、積極的に協力する。 不破家が義頼の与力を務めている以上、彼としては当たり前の仕儀であった。

 当然ながら、義頼の家臣や同じ与力を務める森家や佐々家も協力する。 特に森家は、隠居して心月と名乗った可成が光治と同じ美濃衆であると言う事からか、義頼以上に協力したと言う。 

 こうした彼らの協力もあり滞りなく葬儀を済ませた直光は、いよいよ家督の継承を行う。 不破光治が討ち死にしている以上、当然の措置であった。

 また森家同様、信長からも承認された相続の儀であるので別段の問題が発生する事は無い。 直光は無事に、不破家の家督を相続していた。

 また彼に対しては、森家同様に改めて義頼の与力としての任が与えられたのであった。


観音寺城視察の話です。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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