第百五十四話~信長、安土城へ~
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第百五十四話~信長、安土城へ~
【設楽ヶ原の戦い】の勝利を祝う宴会から数日後、武田家との戦における論功行賞が行われた。
そこで与えられた物の内容は、金銭や名物が大半である。 しかし、幾人かは領地をあてがわれた者もいる。 そんな幾人かの者の中に、義頼も入っていたのだ。
義頼がこの論功行賞で褒美として新たに与えられた領地とは、伊賀国名張郡である。 この褒美により義頼は、正式な伊賀国主となった。
この伊賀国国主の就任に伴って、伊賀国人は全員が義頼の家臣となる事に決まる。 実のところ、今まで伊賀国人の全てが義頼の家臣だった訳ではない。 名張郡が織田家直轄地であった事もあり、伊賀国人は義頼の家臣となっている者達と織田家より与力として六角家と今は六角家家臣となっている仁木家と北畠家に付けられた者達に分かれていたからだ。
しかし今回の褒美で義頼が名張郡を与えられた事で、今まで織田家直臣扱いだった名張郡の国人も六角家家臣入りをしたのである。
何はともあれこうして論功行賞を済ませた織田信長であったが、そのまま織田家家臣達を残らせた。
論功行賞で終わりだと思っていた家臣達は、訝しげな表情を浮かべている。 そんな家臣達を見て、信長は人を喰った様な笑みを浮かべたのであった。
「さて……そなたらに褒美を与えたところで、一つ言う事がある。 俺は、今日を持って織田家の家督を息子の信重……いや信忠に譲る!」
『!!!……信忠?』
信長が告げた寝耳に水の言葉に、事前に聞いていた織田信忠と義頼と丹羽長秀以外の者達は驚きを露わにした。
最もその反応が普通であろう、前置きも何も無かったのだから。
何時かはという思いは、勿論織田家家臣達にはある。 しかしこの場で、しかもいきなり告げられるとは思ってもみなかったのだ。
彼らの態度を見て、信長は更に笑みを深める。 そして信忠と義頼と長秀だが、彼らは苦笑を浮かべていた。 そんな中、いち早く我を取り戻した者がいる。 それは、佐久間信盛であった。
彼が気付けたのは、すぐ近くに居る義頼と長秀が苦笑していたからである。
「そ、その! お待ち下さい殿!」
「何だ信盛」
「家督を譲られるとは、真ですか!!」
確認の為であろう。 信盛が、信長に尋ねる。 しかしその言葉を聞くと、彼は浮かべていた笑みを隠すと少し不機嫌そうな表情をした。
そもそも信長が、この様な重要な案件で嘘をつく理由が無い。 幾ら織田家全体の動きについては引き続いて信長が舵を取るつもりであったにしても、事は織田家の家督相続なのだ。
「……嘘をついてどうする。 今日より織田家の家督は、信忠が継ぐのだ」
信長は、じろりと信盛へ鋭いまなざしを向けてから彼の質問に答える。 その視線と主から醸し出されている雰囲気に当てられた信盛は、萎縮してしまった。
「そ、そうですか……」
「そうだ。 それで聞きたい事は終わりか? 信盛」
逆に尋ねられた事で委縮が解けた信盛は、信長へ気になったもう一つの事を尋ねた。
「あ、しからば今一つ。 その、信忠……様とは若殿の事でしょうか?」
信盛の言葉を聞いた信長は、一瞬だけだが不思議そうな顔をする。 しかしその事で彼は、信重の改名について義頼と長秀以外の家臣には全く伝達していなかった事を思いだした。
「そう言えば言って無かったか。 家督を譲るに当たり、名を信重から信忠に改名させる。 今日より、織田勘九郎信忠だ! この事は、信忠も承知の上だ」
「はい」
信長の言葉に、信忠が返事をしながら頷く。 その仕草を見ればその事が既に決定済みであるのは、容易に想像出来る。 すると信盛は漸く納得いったのであろう、頷いてから口を閉ざした。
そんな彼の仕草から話は終わったと判断した信長は、視線を彼から義頼と長秀に向ける。 一連の間、微苦笑を浮かべていた二人だったが、視線に気付くと居住まいを正した。
「長秀、義頼」
『はっ』
「安土城の天主だが、完成したか?」
「いえ。 天主閣はまだにございます。 ですが、日頃殿が過ごされる御屋敷の方は問題ありません」
信長に答えたのは、義頼だった。
基本的に安土城に関しては長秀が担当し、観音寺城に関しては義頼が担当する事となっている。 しかし、安土城本丸に関してだけは少々特殊であった。
実は安土城本丸だが、義頼と彼が補佐とした大原義定と道意(松永久秀)が担当しているのである。 これは、本丸に天主閣が存在する事が関係していた。
何と言っても天主の設計と縄張りは、道意から築城の指導を受けた義頼が行っている。 その関係から、本丸全体の均衡と調和を考えての事であった。
無論、長秀と十分の上に十分な協議を重ねてである。 城は、本丸だけで成立している訳ではない。 他に二の丸や三の丸と言った施設が存在する以上、当然の仕儀であった。
「であるか。 ならば俺は、安土城に移動する。 この岐阜城は信忠、そなたに与える」
「はっ」
こうして織田家の家督は、信長から信忠へと譲られる。 同時に信忠には、柴田勝家の領地である西濃を除いた美濃国と尾張国が与えられたのであった。
それから数日後、信長は自ら持っていた宝物や名物などは全て信忠に譲った上で身の周りの物と愛用の茶道具だけを持って岐阜の屋敷を出る。 彼は岐阜城の新たな主となった息子の信忠に見送られて、安土城へと向かった。
そんな信長に同行したのは、近江国や近江国の西に領土を持つ織田家家臣である。 彼らと共にゆっくりと街道を進み、初日は大垣城に宿泊。 翌日は、佐和山城まで進むとやはり一泊。 その次の日に漸く信長一行は、安土城下へと到着した。
「皆の者、大義であった」
『はっ』
信長から言葉を賜った後で、彼と同行した家臣や与力達は更に西へと向かう。 安土城に残ったのは義頼と長秀、そして蒲生賢秀以下近江衆の武将達だけであった。
それから信長は、義頼と長秀に命じて安土城内を案内させる。 そんな彼らを護衛をしているのは、当然だが安土城に残った近江衆である。 言ってしまえば、この為に近江衆は安土城に残ったと言っても過言ではなかった。
近江衆は、親衛隊とまではいかなくとも信長に近侍する事になる者達である。 言わば信長直属の者達として、織田家に仕える事となるのだ。
因みに彼らを纏めている長は、今はまだ織田家の近江代官を務めている義頼である。 最も、信長が安土城に越して来た以上、この代官職がまだ必要かどうかは甚だ疑問ではあった。
何はともあれ彼らを引き連れて信長は、安土城内をくまなく探索する。 未だ建設中の櫓や屋敷などは無論の事、これから建築予定の場所。 はたまた、完成した城壁などの施設や家臣の屋敷などを見て回った。
その進捗状況は悪い物では無く、むしろ予定よりやや早い感じである。 その状況に笑みを浮かべた信長は、やがて彼の命で安土城内に追加建築された寺へと赴いた。
「さて、この寺の住職はそなただ」
そう言うと信長は、同行している一人の僧へと話し掛ける。 僧の名は尭照といい、尾張国津島にある午頭天王社の僧であった。 彼は信長に気にいられていたらしく、清州城から小牧城へ居城を移動した時に屋敷を与えられている。 その為か、今回の安土城への移動に関しても尭照を同行させていたのだ。
「この様な立派な寺の住職に選んでいただき、感謝致します」
実際、立派ではあった。
この寺に存在する三重塔や本堂などは、近隣の寺などから見栄えの良い物を移築している。 全てが新築ではない為に真新しさは感じないが、相応に年月を重ねた味の様な物が滲み出ていた。
「うむ。 寺の名は摠見寺とした。 これからの事は、そなたに一任するぞ」
「大変なご役目ですが、精一杯務めさせていただきます」
「うむ」
その後、摠見寺に尭照らを置いた信長の一行は、二の丸へと向かう。 二の丸の入り口に当たる黒金門を潜った一行の前に、まず表御殿が現れた。 その表御殿だが、大きく分けて信長が執務を行う御座敷と御幸の御間の二つに分かれている。 そんな表御殿の向こうには本丸があり、その天守台には建築途中の天主閣が佇んでいた。
未だ建築途中とはいえ、表御殿より遥かに背が高い天主閣は相応の見栄えと存在感がある。 その表御殿越しに見える景色に、信長は頻りに頷くのであった。
それから一行は表御殿に入ると、建物内を見学してから他の場所へと移る。 彼らが次に向った場所は、天主閣のある本丸であった。 建築途中故に危険も考えられるから多少遠巻きにではあったが、そのお陰で全体像が把握できる。 その出来は、完成を期待させるに十分な物であり、信長は楽しげな表情を浮かべていたと言う。
その後は本丸を離れ、三の丸へと向かう。 そこには、信長や家族が過ごす御座所が建築されていた。 また御座所の向こうのやや高くなっている場所には、もう一つ屋敷がある。 その屋敷と御座所は、多聞櫓によって結ばれていた。
こうして一通り安土城を見学した信長は、今一度表御殿へと戻る。 そこで彼は、義頼と長秀に褒めの言葉を掛けたのであった。
「中々いい出来だ、気に入ったぞ」
『はっ』
「完成が待ち遠しいぞ長秀、義頼」
『誠心誠意、努めさせていただきます』
義頼と長秀は、目配せした後で同じ言葉を告げる。 その言葉を聞いた信長は、満足そうに一つ頷いた。
「うむ。 ところで明後日だが、義頼。 その方に観音寺城の案内を命じる」
「御意」
「では、下がっていいぞ」
『はっ』
表御殿を辞した二人は、道すがら会話をしている。 そんな二人の表情からは、安心した様子が見て取れた。
最も義頼は、長秀ほど安心しては居ない。 何と言っても彼は二日後に、主君に観音寺城を案内しなければならないからだ。
信長から褒めの言葉を貰った事で肩の荷が一つ降りたと考えている長秀と、未だ仕事が残っている義頼であるからその差は仕方が無いと言えた。
「右少将(六角義頼)殿。 拙者は此処で」
「ええ。 お疲れさまでした」
「貴公も。 それと、明後日ですが拙者は問題ないと思いますぞ。 では」
「はははは。 ありがとうございます、では」
二人は別れると、其々の屋敷へと向かう。 とは言うが、義頼の屋敷は相変わらず六角館であった。 長秀の屋敷は既に安土城下に完成しているが、義頼の屋敷は六角館があるので後回しにしている。 これは義頼と長秀が話し合って決めた事であり、態と屋敷を作っていない訳ではなかった。
やがて六角館へと到着した義頼は、玄関から屋敷の中に声を掛ける。 すると間もなく、中から甲高い声が聞こえて来る。 やがて義頼の前に、甲高い声の主が登場した。
「父上! おかえりなさい」
「鶴松丸。 態々出迎えてくれたのか」
「はいっ!」
元気よく返事をする息子を見て、義頼は嬉しそうに目を細める。 同時にほぼ無意識に手が伸び、鶴松丸の頭を撫でていた。 父親から頭を撫でられた鶴松丸は、とても嬉しそうに声を上げながら笑う。 丁度その時、お犬の方と娘の結姫を抱いたお圓の方(井伊直虎)が現れた。
『お帰りなさいませ』
「ちち~、おかーなさい」
お犬の方とお圓の方、そして結姫が義頼に声を掛ける。 彼は、優しく鶴松丸の頭を撫で続けながらも彼女達へ返答した。
「おう。 皆も息災か?」
「はい。 私たちは問題なく過ごしておりました」
「ちち~。 あたちも」
安土城へ到着するとそのまま信長を案内した義頼であるから、当然だが六角館には帰っていない。 その為、今が帰宅して最初の会話なのだ。
そんな話の途中で、お圓の方に抱かれた結姫が手を伸ばしながら義頼へ何を要求して来る。 しかし、結姫が何を指してそう言っているのかが分からなかった。
「結。 どうしたのだ?」
「あたちも、なでてなでて」
どうやら結姫は、鶴松丸が撫でられているのを見て自分もして欲しくなった様であった。
愛娘が要求する意味を漸く理解出来た義頼は、小さく笑みを浮かべてから家に上がる。 そして、お圓の方の腕の中に居る結姫の頭を撫でた。 すると彼女は、とても嬉しそうに笑みを浮かべる。 それから結姫は、腕を差し出して来た。
その仕草に抱いて欲しいと当たりを付けた義頼は、お圓の方から結姫を受け取る。 望み通り父親に抱かれた結姫は、やはり嬉しそうに笑い声を上げた。
するとその時、視線を感じた義頼は足元に目を向ける。 そこには義頼の着物を掴みながら、じっと見上げている鶴松丸がいた。 そんな息子の仕草に小さく苦笑した義頼は、結姫を片腕に抱きながらしゃがみ込む。 そして空いた手を、鶴松丸に向けた。
「来い」
「はいっ!」
鶴松丸も結姫と同じ様に、義頼の腕に抱かれる。 正確には、自らの片手づつに息子と娘を座る様にして抱いていたのであった。
「あなた。 大丈夫ですか?」
「これぐらい、何でも無い」
「ですが無理はしないでください。 それでなくても、戦から帰って来たばかりなのですから」
「そうです、旦那様」
お犬の方に引き続いて、お圓の方も心配そうに声を掛ける。 だが義頼は、全くつらそうに見えなかった。 これは、別にやせ我慢などでは無い。 数え年で四歳の息子と二歳の娘を抱き上げたところで、義頼が重いと感じる筈もない。 伊達に日頃から、鍛えている訳ではないのだ。
「大丈夫だ。 お犬、お圓。 過信する訳ではないが、この程度は本当に大した事はない」
『ならば宜しいのですが……』
お犬の方とお圓の方は、全く同じ言葉を義頼に返す。 二人は思わず互いに見合ってしまい、その様子に義頼は笑い声を上げた。
「はははは。 二人とも仲が良いではないか。 家中に不和が無い、善い哉善い哉」
そう言いながら、義頼は子供を抱いたまま家の奥へと入る。 その後ろには、お犬の方とお圓の方が続いた。 そのまま義頼は、自らの部屋へと向かう。 そして部屋に入った後は、結姫と鶴松丸と共に遊び相手となった。
夕飯となるまで義頼は、二人の子供の相手をする。 鶴松丸と結姫は満足したらしく、夕飯を食べると眠たそうにしていた。
「鶴松丸、結。 眠いか?」
「ふぁーい……」
「…………」
鶴松丸は、母親の言葉に欠伸混じりに返答をする。 そして返事の無かった結姫はと言うと、お圓の方の腕の中で既に眠りの彼方へと旅立っていた。
「お犬、お圓。 鶴松丸と結を連れて行って寝かしつけてやれ」
「え?……あ、はい。 いきましょう、鶴松丸」
最早、返事をする事もままならないほど眠気に襲われている鶴松丸は、頷く事で母親の言葉を了承している。 それからお犬の方とお圓の方は、自らの腹を痛めて生んだ子供と共に寝室へ向うと寝かしつけていた。
そして部屋に残った義頼は、白湯を飲みながら仕事を行い始める。 戦に行っていた為に、書類が溜まっている為であった。 流石に根を詰めて行うつもりはないが、簡単な物を処理しておこうと考えたのである。 暫く義頼の判断がどうしても必要な書類から片付けていると、部屋の外によく知った気配を感じた。
「どうした、お犬」
「えっ? どうして!? どうして分かったのです!」
まさか部屋の外で気付かれるとは思っていなかったお犬の方は、驚きの声を上げつつも部屋に入る。 すると彼女は、入口の方を向いている義頼の前に座った。
「まぁ、気配ぐらいは探れる。 ましてや、我が妻の気配だぞ。 忘れる筈もない」
「あなた……嬉しいです」
本当に嬉しそうな微笑を、お犬の方は浮かべた。 そんな妻の微笑を少しの間見惚れた様に見つめた後、義頼は一つ咳払いしてから用件について尋ねる。 暫く逡巡したお犬の方であったが、やがて意を決すると口を開いたのであった。
「……実は先ほど言おうと思ったのですが、鶴松丸と結が眠たそうだったので言いそびれてしまった事がありました」
「それで、言いそびれた事とは何だ?」
「その……子が出来ました」
頬をやや紅く染めながら、お犬はお腹を押さえつつ子が授かった事を伝える。 一瞬呆けた様になった義頼であったが、やがて詰め寄る様に近づいた。 その勢いに思わず気圧されたお犬の方ではあったが、それでもやや上ずりながらも頷き返す。 すると義頼は、顔を下に向けながら体を震わせ始める。 そんな様子にお犬は不安になり、思わずと言った感じで声を掛けた。
その途端、義頼はいきなり顔を上げると、喜色満面な表情をしながらお犬の方を褒める。 その勢いが凄く、彼女は驚きの声を上げていた。
「きゃ!」
「あ、ああ。 済まん。 驚かせてしまったな」
「だ、大丈夫です」
「本当か?」
「はい」
居住まいを正しつつも、お犬の方は笑みを浮かべた。
その様子は、特に問題などある様には見えない。 その事に義頼は、安心した。
「と、ところでお犬! 今はどれくらいなのだ?」
「典医殿の見立てでは、四ヶ月ぐらいではないかと」
「そうか! お犬、無理はするなよ」
「勿論です。 それに二度目ですから、どうしたらいいのかも分かっています。 お圓殿もおりますから、あなたも安心して下さい」
「そう……だな」
男である義頼には、そう言葉を返すしか無かったのであった。
さてお犬の方の妊娠はおいておくとして、此度の【設楽ヶ原の戦い】における武田勢の惨敗と【中津川の戦い】において秋山虎繁が撤収したという戦の結果だが、その報せは西に影響を齎していた。
厳密に言えば、播磨国である。 その播磨国の南西部には、有力国人である小寺家があった。
小寺家は播磨国主であった赤松家の家老として、戦国の世となっても同家に忠節を尽くしていた。 しかし赤松家の重臣であった浦上家や別所家が台頭し主家の赤松家を凌ぐ様になると、小寺家も独自の道を模索する様になる。 その結果、半独立勢力として播磨国内に力を持つ様になっていた。
その小寺家の現在の当主は、小寺政職という。 彼は始め、織田家と言うより毛利家に近い立ち位置を取っていた。 だが、上洛した信長が徐々に勢力を強めて行く過程でこのままでいいのかと迷いが生じ始めたのである。 そこで重臣を集め、織田に着くかそれともこのまま毛利につくかで話し合いを持った。
但馬国と丹波国は既に織田陣営であり、隣国の摂津国も石山も含めて風前の灯に近い状態である。 そして西に目を向ければ、毛利家と宇喜多家が手を結んで圧力を掛け始めている。 ただこの毛利家と宇喜多家の同盟は、備中国で新たな兵乱を呼んでいる。 その為かまだ圧力は強い訳ではないが、それも備中国が鎮定されてしまえばどうなるか分からないと言った情勢であった。
その様なあり様からか、家中で意見が二分してしまう。 重臣同士で喧々諤々(けんけんがくがく)の話し合いをしたが、一向に話が纏まらない。 そんな最中、家老の一人で親織田と言える小寺孝隆が意見を述べたのであった。
「皆々方、このままでは話が進みませぬ。 そこで一つ、拙者から提案がございます」
「官兵衛(小寺孝隆)殿、何だ提案とは」
孝隆の言葉に、やはり小寺家重臣である小河良利が尋ねた。
「はい。 実は東で、織田と武田がそう遠くないうちに一戦交えるとの報せが入りました。 この戦の結果次第で、織田の実力を測っては如何でしょう」
一代の英雄であった武田信玄が亡くなっているとはいえ、武田家が鬼の如き強さを持っているのは周知の事実である。 確かに孝隆が言う通り織田家が勝ちを収めたとなれば、相応の実力を持っていると言える。 例え相手が西国の雄たる毛利家であろうとも、そう簡単には負けないと判断出来る事は間違いなかった。
「だが、勝てるのか? 前に貴殿から、織田と武田の両家が引き分けたとは聞いたが……」
「戦は水もの、勝てると断言はできません。 ですがもし勝てるとすれば、目安にはなるのではないでしょうか」
家臣の話し合いを黙って聞いていた政職だったが、孝隆と良利の会話が耳に入ると興味を引いたらしくそちらを注視する。 やがて話が切れたと判断した彼は、そこで口を開いた。
「ふむ、なるほど。 目安か……良利はどうか」
「確かにあの武田に勝てるとなれば、一つの選択かと思います」
「そうか。 善兵衛は如何いかに思う?」
政職が続いて尋ねたのは、孝隆や良利と同様に小寺家の重臣である江田善兵衛である。 主君から問われた彼は、暫く考えた後で返答したのだった。
「拙者も三河守(小河良利)殿と同じにございます」
「……相分かった。 官兵衛! その方は、情報を集めよ。 その報せを元に話し合う。 良いな!」
『御意』
こうして一度は家中での話し合いを止めた小寺家であったが、やがて【設楽ヶ原の戦い】や東濃で起きた【中津川の戦い】の顛末が孝隆より齎される。 その結果は、周知の通り織田家側の勝利であった。
これにより小寺家の動向は決まり、同家は織田家に臣従する事で家中が纏まる。 小寺家の使者は、言い出した孝隆が務める事に決まった。
「官兵衛、頼むぞ。 小寺の行く末を、そなたに託す」
「はっ。 必ずや殿の思し召しに叶う様に致します」
政職の書状を携えた孝隆は、小寺家の居城である御着城を出る。 そして一路、信長の元へと進むのであった。
どうにか、最新話が出来ました。
更新速度が遅くなっていますが、何とか頑張っていきたいと思います。
ご一読いただき、ありがとうございました。




