第百五十三話~高天神城の落城と家督相続~
第百五十三話~高天神城の落城と家督相続~
美濃国、岐阜。
織田信長の居城岐阜城がある岐阜の町は、今まさに湧き返っている。 それと言うのも、徳川家の援軍として出陣していた信長が兵と共に凱旋を果たしたからだ。
都合、二度目となる織田家当主と武田当主との戦において、ついに明確な勝利を織田家……否信長が得たからである。 あの上杉と並んで評された武田家に勝ちを収めたとあれば、この騒ぎも分からなくもなかった。
そんな歓迎を受けて、信長に付き従って出陣した将兵の顔も綻んでいる。 あの武田家と正面から戦い、そして打ち破ったのである。 そして帰ってくれば、この歓迎ぶり。 彼らの顔に笑みが浮かぶのも、ある意味当然と言えた。
やがて岐阜城へ到着すると、彼らは出迎えを受ける。 それは織田信重と丹羽長秀、そして義頼であった。
彼らは信長の命を受けて東濃へ援軍として向ったのだが、東濃へ到着した頃には、既に秋山虎繁は引いていた。
援軍こそ間に合わなかったが、彼らが存在する可能性と【設楽ヶ原の戦い】の顛末による情勢の不利が虎繁に撤退を決断させたのだ。
その結果だけを考えれば、十分に役目を果たしたと言えたであろう。 とは言え、敵がいないのであれば何時までも東濃に彼らが居る必要はない。 そこで信重は、信長に先行する形で岐阜城に戻ったのである。 無論そんな東濃での経緯は、義頼から信長へ知らせが届いていたので何も問題は現れなかった。
「お帰りなさいませ、父上」
「うむ。 信重、報せは読んだ。 しかし虎繁めがさっさと引いたのは、惜しかったが……まぁいい。 結果として東濃を守れたのだから、よしとするか」
「はっ。 それから父上、宴席の用意も出来ております」
この宴席は、長秀と義頼が信重に進言して許可を得た後、彼らが先導して用意させた物であった。
因みに町の歓迎に関しても沼田祐光からの進言を受けた義頼が長秀に相談した上で信重へ話を持っていき、彼から許可を得てから手筈を整えたのである。 そんな事など露も知らない信長は、宴席が用意されていると知り笑みを浮かべた。
「気が利くではないか、信重。 ならば早速にでも始める……と言いたいが、その前にだ信重。 その方が報せて来た高天神城の件を聞こうか」
「分かりました」
「義頼と長秀もだ」
『御意』
それから城内に入った信長は、信重が先導して部屋に案内する。 そこで改めて、先に知らせた高天神城の対応について尋ねたのであった。
それは【設楽ヶ原の戦い】が終わって間もなくの事である。
戦が終われば、建前上は援軍である織田家の軍勢は長篠を後にする。 そんな織田家の軍勢を、家康は見送くると長篠から浜松城へと戻っている。 その二日後に家康は、浜松城を出陣して高天神城へ再度向ったのであった。
しかしその高天神城では、予想だにしなかった出来事が起きていたのである。
「な、何っ! 高天神城が落ちただと!?」
「はっ」
それは、武田信勝が率いる武田家本隊とは別に高天神城攻めを行っている穴山信君が率いる武田勢の分隊を監視する為に派遣した音羽宗重が率いる伊賀衆から義頼へ届けられた報せであった。
「そうか、落ちたか……分かった、ご苦労だったな」
「御意」
宗重の命により報せを持って来た伊賀衆が、義頼の前から消える。 すると義頼は、もう誰もいない部屋で一人目を瞑ると何かを考えているかの様に腕を組んだ。
それから程なく、義頼の口から言葉が漏れ始める。 どうやら意識してという訳では無く、無意識に言葉を紡いでいた様であった。
「高天神城が落ちた……となると、侍従(北畠具豊)様は退く事になる可能性が高いな。 まぁいい、取りあえずは若殿と五郎左(丹羽長秀)殿に知らせるとするか」
高天神城が落城したというの情報を手に入れた義頼は、事実上信長の代理となっている信重へ報告を上げた。
また、その報せは長秀にも伝えている。 その結果、義頼は信重の前で長秀を交え改めて報告する事となった。
「そうか……高天神城がのう。 やはり誤報ではないのか右少将(六角義頼)殿」
「ええ、五郎左殿。 少なくとも、今は穴山信君が城に入っている様です」
これは誤報でも何でもく、純然たる事実であった。
実は、一徳斎(真田幸隆)の策が齎した結果なのである。 彼の調略は、実のところ高天神城にも伸てびていたのだ。
一徳斎は調略するに当たって、配下の忍び衆を使って高天神城に居る将を調べさせている。 すると、一人該当する者がいる。 その者は、何と高天神城城主の小笠原信興と同じ小笠原の一族であった。
その者は、小笠原良忠と言う。 彼は常日頃は信興に警戒されない為に不満などは隠していたが、人がいなければ感情を爆発させる時がある。 丁度その時、一徳斎の放った忍びに見られてしまったのだ。
それ故、一徳斎は接触しようと考えたのである。 流石に一回目では無理だったが、二回・三回と続けば相手も気を許して来る。 やがて良忠は、一徳斎の会合に了承した。
彼が一徳斎との会合に応じた理由は、やはり不満が溜まっていた為である。 そして内応に対する見返りも悪くは無かったのだから、一徳斎に応じたのも致し方無かったと言えた。
「では、その時が来たらお願い致す」
「ところで、その約束は間違いないのであろうな」
「無論です」
「ならばいい。 その時が来たら、必ずや味方しよう」
一徳斎が出した条件とは、二つ。 一つは、武田家臣としての立場。 もう一つは、別の城の城主に据える事であった。
武田信勝の腹積もりでは、高天神城落城後の城将に岡部元信を任命し、軍監に横田尹松を任命するつもりである。 高天神城は最前線の城であり、降伏した元徳川家臣に任せられる城ではなったからだ。
その様な武田家側の事情は取り敢えずおいておくとして、一徳斎の調略に乗った良忠は徳川家の援軍の大半が長篠へ向かうと信君宛てに密使を送っている。 その密使が持って来た書状には、大手門を開けるので夜襲を行って欲しいとの旨が書かれてあった。
「この書状は、本物でしょうか」
「大丈夫だ忠時。 そなた達には伝えていなかったが、内応者が居るのは間違いない。 よって、夜襲を掛けるぞ」
『はっ』
その夜、穴山家有力家臣である馬場忠時を大将にした夜襲部隊が密かに行軍する。 幸い月明かりが道を照らしている為、どうにか進軍は出来たのだ。
音を立てない様になるたけ静かに進軍してるだけでは無く、槍の穂先などには襤褸切れ等を巻き月明かりを反射しない様に心掛けている。 そのお陰か、武田勢は徳川勢に気付かれる事無く城の大手門近くまで接近する事が出来た。
すると間もなく、武田信勝から穴山信君に付けられた武田家の忍び衆である三ツ者と、もう一人の男が近づいて来る。 三ツ者の顔は忠時も知っていたので、即座に接触する事が出来た。
「して、その御人は?」
「お初にお目に掛かる。 小笠原久兵衛良忠と申す」
「おお! そなたが!! ご助力、感謝するぞ」
「いえ。 これも約定なれば。 それよりも、既に門の閂はありません。 このまま攻め上がって下され」
「分かった……では、突撃ー」
『おおー』
鬨の声を上げて、武田勢が大手門に向けて雪崩れ込んだ。
事前の約定通り大手門は開かれ意味をなさない、そこに信君の武田勢が雪崩れ込んだのである。 如何に堅城の高天神城とは言え大手門を開けられては、城を守り切るのはかなり厳しい。 その上、良忠の手勢も武田勢に協力している。 これでは城へ籠り続けるなど、到底無理な話であった。
「最早、降伏しかないか……」
各曲輪に籠る者達が必死の防戦をしているが、それもそう遠くないうちに制圧されるのはまず間違いない。 元々兵数は、武田勢の方が多いのだ。 その上、裏切り者が出ているのだから兵数差はさらに広がっているのだ。
「待て。 弾正忠(小笠原信興)殿は、退去なされませ。 その時間は、我らが稼ぎましょう」
信興にそういったのは、信興の叔父に当たる小笠原清広である。 その隣には同じく叔父の小笠原義頼もおり、彼もその言葉には頷いていた。
「ですがそれでは、叔父上達『覚悟の上よ』の……」
信興の言葉を最後まで言わせずに、二人の叔父は言葉を被せる。 その二人の目には、確固たる決意が浮かんでいた。 そんな二人の叔父が示す覚悟に、信興は二の句を継げなくなる。 そんな彼に出来るのは、ただ頭を下げるだけであった。
それから間もなく小笠原信興は、二人の叔父の子供である小笠原義時や小笠原義信。 更に安西越前守や福島十郎左衛門などと言った一部の者達と共にからくも城を脱出すると、久野城まで撤退したのであった。
「惣兵衛(小笠原清広)殿、弾正忠殿は如何されましたか」
熾烈とも言える抵抗を行った清広らであったが、所詮は多勢に無勢。 高天神城も落ち、城将らは捕えられたのであった。
しかしその中に、信興の姿は無い。 脱出したのだからそれは当然だが、その事を武田勢は未だ知らない。 そこで久兵衛(小笠原良忠)が、信興の行方を清広に尋ねたのだ。
「残念であったな、良忠。 御城主殿は既に脱出しておる。 今頃は、久野城に居るであろう」
嘲りの笑みすら浮かべつつ、清広は良忠に答える。 その態度にいらついた良忠であったが、流石に手を上げる様な事はしない。 戦に勝ったという事実が、幾許かのゆとりを生んでいたからだ。
それでも気分を害した事に変わりは無い。 自らの気持ちを落ち着けるべく何度が息を吸い、それから吐くを繰り返し気を落ち着かせた。
「それならそれで構わぬ。 行方さえ知れればいいのだ」
「精々優越にでも浸っておれ、裏切り者が。 必ずや、弾正忠殿がうぬに罰を与えるであろう! せいぜい、楽しみにしている事だなっ!!」
「ほざけっ!」
捨て台詞を残してその場を立ち去った良忠は、本丸に入っている穴山信君へ報告する。 その報告に、信君は眉を微かに動かし不快感を露わした。
だが、彼の反応はそれだけである。 確かに信興を逃したのは不手際と言えるが、高天神城は落としている。 あくまで目的は城の攻略であり、城主の捕縛などはついででしか無いのだ。
「何を言おうが、負け犬の遠吠え。 言いたければ言わせておけ」
「……はっ」
「それはそれとして捕えた者達の処分だが、一応は勧誘をする。 応じなければ、命は貰うがな」
「御意」
こうして、信君自らによる降将の勧誘が行われた。
それにより、約半数の国人が徳川家から武田家に鞍替えする。 しかし小笠原一族の者は、全員が全員勧誘を拒否。 すると信君は、捕えた小笠原一族全員に対して切腹を命じた。
これは彼らを打ち首とするよりも、武士として死なせる事で今後の統治を少しでも行い易くする為であったという。
兎にも角にも此処に高天神城は落とされ、東遠江において周りが武田家に鞍替えした国人達から孤立した状態で数少ない徳川方の城として機能していた高天神城が武田家の軍門に下ったのであった。
「して、父上。 如何なさいますか?」
「放っておけ」
「よ、宜しいのですか!」
それこそどうでもいいかの様な信長の言葉に、信重は驚愕する。 しかし彼の後ろに控えていた義頼と長秀は、特に驚いた様子を見せなかった。
既に徳川家康からの援軍要請に答えて長篠へ兵を出した以上、織田家は同盟者としての義理を果たしている。 その上、【設楽ヶ原の戦い】は終わっており、徳川家単独で高天神城へ兵を出せる状態なのだ。
此処で徳川家が武田家に惨敗でもすれば改めて援軍の要請は出来るかもしれないが、今の余力がある状態でその様な事を行えば徳川家は間違いなく敵味方から侮られる。 三河国だけでなく遠江国やその先の駿河国まで何れはと狙っている家康にとって、敵はまだしも味方から侮られるなど絶対に避けたいのだ。
「武田の本隊は蹴散らした。 後は、徳川家の問題だ。 続いての援軍要請でもあれば別だが……家康もそこまで愚かでは無い。 間違いなく、具豊を撤退させるだろう。 だから放っておけ」
「……はい」
納得がいかないと言う感じのまま、それでも信重は頷いた。
実際信長の言った通りであり、高天神城に向けて進撃した徳川勢に高天神城落城の報せが届いたが、家康はそこで転身していない。 そのまま久野城まで向かい、徳川家への援軍として入っていた具豊に自ら礼と感謝の品を渡していた。
具豊も父親の信長から「帰れと言われたら退いてよい」との書状は受け取っていたので、表面上は残念そうに見えるよう心掛けながら礼と品を受け取る。 そのまま軍勢を纏めさせると、家康が久野城に入った翌日には城を発ち出立したのだった。
「ま、そんな他家の事よりもだ信重。 そなたに織田家の家督を譲る」
「え?」
『おおっ!』
信長から出たいきなりの家督相続の話に、信重は驚く。 そして義頼と長秀も驚いているが、二人の場合は喜ばしい出来事が起きた事に対する驚きであった。
そんな対照的とも言える、息子と家臣二人の態度に信長は小さく笑みを浮かべる。 しかしすぐに表情を引き締めると、厳かと言っていい雰囲気を醸し出したまま話を続けた。
「取り敢えず、信重には織田家の家督を譲る。 織田家全体としては、俺が動かすがな。 いきなり全てをそなたに押しつけんから、安心しろ。 何より天下布武は、俺が実現させる。 息子といえど、そう簡単には渡せん」
「それは分かります。 ですが父上、いきなりです」
「俺としてはそうでもないがな。 どの道、よほどの失態でもしない限りはお前に譲るつもりだった。 今ならば、まだ俺も十分健在。 そなたが若いうちに譲っておいて、損はなかろう」
つまり、ある程度は信長自身が信重を庇う気なのであった。
それほど目立った功績は無いかもしれないが、信重はそつなく父親からの命をこなしている。 その意味でも、家督譲渡にさほど心配していない信長であった。
「……分かりました。 この織田勘九郎信重、織田家の家督を継いでみせます」
「うむ。 それと信重、その方は名を変えよ。 家督相続の儀を行った際に、信重からから信忠にな」
「はっ」
平伏する息子を満足そうに見た信長は、後ろに控える義頼と長秀にも声を掛けた。
「と言う訳だ。 その方らも、俺への忠節同様に信忠にも忠節を尽くせ」
『御意!』
高天神城に関しては、徳川家が何かを言って来るまで不干渉とする事を息子に告げた信長は立ち上がる。 それから信重……否信忠を連れて用意された宴席に向った。
宴席を行う岐阜城の広間には、主だった家臣が着席している。 そんな彼らを一瞥してから、信長と信忠はそれぞれの席に座った。
なおこの場に居ない兵士達であるが、彼らには宴席ほどの豪華さは無いが酒と肴は振る舞われていた。
因みに義頼と長秀だが、信長と信忠が広間に入る少し前に到着していたので既に宴席に用意された席に鎮座していた。
「では……勝利を祝して」
『はっ』
信長の音頭で、全員が杯を持つと酒を飲み始める。 これには上戸、下戸関係ない。 それからは無礼講である、例え建前であったとしてもだ。
やがて宴もたけなわとなった頃、信長は部屋の有るところに目を向ける。 そこには、床に寝ているのか倒れているのか分からない者を含めた織田家重臣が集っていた。
その様子を見て信長は立ち上がり、彼らの元に近づく。 程なく、織田家重臣達へ声を掛けた。
「おう。 やっておるな」
『こ、これは殿!』
まさか信長に声を掛けらるとは思っていなかった義頼達は、慌てて頭を下げる。 しかし、そんな彼らに対して信長は、手をひらひらとさせた。
「しゃちほこばるな、酒が不味くなる」
『しかし……』
「いいと言っている。 そんな事より……あい変わらずか」
近づくとよく分かる。 寝ているのでは無く、酔いつぶれているのだという事に。 そして、今でも酒を勧められているにも拘らず、まるで水でも飲んでいるかの様に平然としている義頼を見た信長の言葉だった。
「ははは。 残念ながらその通りにございます殿。 右少将(六角義頼)殿は、あい変わらず酒に強うございます」
下卑た感じとならない笑みを浮かべながら、長秀が信長へ言葉を返した。
「五郎左(丹羽長秀)殿」
「事実であろう、右少将殿」
『確かに』
この場に居る他の者、即ち羽柴秀吉や佐久間信盛や滝川一益と言った者達も頷いている。 そんな彼らの反応を見て信長は、笑い声を上げた。
因みに柴田勝家はこの場に居ない。 秋山虎繁が再侵攻して来る事態も僅かだがあり得たので、東濃にて警戒を続けているからであった。
「はははは! さて、その方らも楽しめ」
『はっ』
彼らの前から立ち去る信長の背に、彼らは頭を下げた。
暫く頭を下げていたが、そこで頭を上げる。 その後は宴席を続けたが、その様な中において義頼にしては珍しく少しずつ酒を飲んでいる。 その様子に気付いた長秀が、訝しげな顔をした。
「どうした? 右少将殿」
「いえ、五郎左殿。 徳川殿も大変だと思いまして。 先々年の武田侵攻から漸く立ち直る態勢に入れたと思えば、長篠・設楽ヶ原での戦と高天神城の落城とは」
「確かにそうだな」
「ですが、これで徳川殿も一息つけるでしょう。 長篠での損害は大きいと思われますので」
将はそれなりに残った武田家だが、その引き換えとしてか兵の損害が思いの外大きい。 どうにか領国の防衛であれば可能だが、領外へ打って出るのはかなり難しい状況となっているのだ。
「だがその損害は、貴殿の大砲のせいだな。 あれには、拙者も度肝を一瞬抜かれたぞ」
「それであれば重畳です。 どの道、あの大砲は織田家で無ければ現在は運用しきれないでしょう」
新たな兵器とも言える大砲だが、命中精度は火縄銃や弓に比べると悪くかつ連射も難しい。 今も色々と試行錯誤させているが、どうなるかはまだまだ分からない兵器なのだ。
「まぁ、そうであろうな。 拙者も撃ってみたかったが」
「そのうちには可能……となるかも知れません。 火縄銃とて、当初は高額でした。 ですが今では、某や五郎左殿と言った織田家臣でも手に入る事は出来るのですから」
「なるほど。 言われてみれば確かにそうだ。 その何れを夢見るか……もしくは何門かは任される様に頑張るしかないであろうな」
「確かに!」
義頼が力強く返事をした後、二人は小さく笑みを浮かべつつ手にした杯を空けた。
その後は、宴席に参加している其々が気ままに戦勝の宴を楽しむ。 そして若い信重や酒にあまり強くない信長は、代わる代わる入れ替わる様に宴席に参加して悪酔いとならない様に心掛けた。
その宴席おいて義頼は、何人も潰れる中で急ではないといっても飲み続けている。 最後の方では、殆どついて行ける者など居なかった。
だが、必ず例外は居る。 この宴席にも、その例外に当たる人物がいた。
「相変わらずですな、右少将殿」
「慶次郎殿か。 貴殿も人の事はいえないであろうが」
「おや、そうですかな?」
話し掛けて来たのは、前田利益である。 この男もかなりの酒豪であり、その強さは義頼と伍すると言っていい。 彼もまた義頼と同じく、宴席が終わるまでまずは酔い潰れない男であった。
「まあ、言い。 慶次郎(前田利益)殿、先ずは一献」
「これは忝い」
義頼が酒を傾けると、利益が小さく笑みを浮かべながら杯に受ける。 その酒を一気に飲み干したかと思うと、彼が返杯をする。 すると義頼も、注がれた杯をゆっくりと空けた。
「流石はいい飲みっぷり」
「その言葉はお返ししよう、慶次郎殿」
その後、二人は酔い潰れたり酒精が過ぎたと感じて宴より用意された部屋に消えたりして大分静かになった宴席で、大分間隔をあけながらも飲み続ける。 と、その時、おもむろに利益が立ちがあると庭に面した戸を開いた。
「如何された、慶次郎殿」
「いえ。 折角の月ではございませぬか。 見逃すには惜しい、そうは思われませぬか?」
利益の向こうに見える庭は、冴え冴えとした月光に包まれている。 夜空に輝く月と共に、確かに見逃すには惜しいと感じさせる景色であった。
間もなく、その景色に魅かれる様に義頼と利益は縁側に出る。 夜気はいささか冷たいが、酒に火照った体にはむしろ丁度良いぐらいである。
こうして広間から縁側へと席を移した二人は、夜空に輝く月を愛でつつ月見酒と洒落込んだのであった。
よ、漸く更新出来ました。
ご一読いただき、ありがとうございました。




