第百四十三話~長篠へ~
第百四十三話~長篠へ~
武田信勝の元に、一人の男が畿内から戻って来た。
彼の名は、土屋昌続。 かつての伝手を使い、道意こと松永久秀と息子の松永久通に接触していた男であった。
「それで、首尾はどうだ?」
「お喜び下さい、御屋形様」
「では!」
「はい。 松永家の確約を得ました。 近日中に、松永家は反旗を翻します」
「よし! これで、勝利はより確実となった。 でかしたぞ!」
「はっ」
昌続が下がると、信勝は即座に出陣の命を出そうとする。 しかし彼が命を出す前に、武藤昌幸と曽根昌世が信勝の元に現れた。
「なんだ二人とも」
「実は……一つ懸念がございます」
「懸念だと? 言ってみろ」
「では。 その松永家の確約とは、真の事なのでしょうか」
昌世の言葉を聞き、信勝は訝しげな顔をした。
「何を言うかと思えば。 それでなくとも道意……いや松永久秀と言えば裏切りの悪名轟く男だ。 その男が、裏切りを約束した。 ある意味でこれ以上、信用できる物などあるか」
裏切り者が信用出来ると言う物凄く逆説的な言葉だが、それがまかり通ってしまう程の悪名を得てしまっていたのだ。
本人としては、とても不本意であろうが。
「確かにそうかも知れません。 ですがそれ故に、敵の策と言えるのではないかと我ら愚考したのです」
「だが昌幸。 そもそもこの策は、そなたの実父が考えた物だぞ」
「御屋形様。 確かに骨子は、父上による物です。 しかし父上の策に、織田家の将を寝返らせると言う物が無かったのもまた事実。 何故父上は、徳川家の将しか相手としなかったのか。 それもまた、気掛かりなのです」
実のところ一徳斎(真田幸隆)の策には、織田家の将に接触するなど一切無かったのである。 これは一徳斎の策を引き継いだ際に、武田家重臣達が追加項目として行った事なのだ。
味方を増やすと言う意味もあったので、信勝もこのいわば肉付けとも取れる策の追加を認めたのであった。
「む。 しかし、この策は悪くはあるまい」
「はい。 悪くはありません。 ありませんが、幾ら道意とは言えこの状況で裏切りに走る物なのでしょうか。 あの古狸が」
昌幸が懸念した通り、織田家を取り巻く環境は良い方向へ向かっていると言っていい。
石山本願寺は織田領内に孤立し、本願寺へ味方する畿内の者は殆どが織田家の勢力下にある。 それでも強いて上げれば、摂津国の伊丹氏と紀伊国中部に勢力を持つ湯浅氏、そして阿波三好氏ぐらいしか本願寺へは味方などしない状況下にあった。
しかし、伊丹氏は完全に居城の伊丹城へ押し込められた状態であり、湯浅氏も物資は兎も角、兵までは送ってはいない。 そして残りの阿波三好家だが、最近不気味なくらい沈黙を保っていた。
噂では、一門の十河氏が織田家へ接触しているという話もないではない。 最もこの話は、あくまで噂の範疇でしかなかったのだが。
「ふむ……とは言え、最早止められぬ。 既に賽は振られたのだ。 分かったら、直ちに兵の用意をせよ」
『……御意』
二人は不承不承といった感じで、信勝の言葉に頷く。 そして主君の前から辞すると、別の部屋に入った。
「御屋形様の言われる事も分かる。 だが、もし我らの懸念通りであったとすれば武田は手痛い損害を受けかねん」
「うむ。 なれば、せめて素早く撤退出来る様な体勢は整えておこう」
「そうだな、喜兵衛(武藤昌幸)殿」
二人は頷くと、彼ら独自に動き始めるのであった。
さて武田信勝を大将とした武田家本隊が、長篠へ向けて進軍を始めるか否かという頃、畿内の大和国にて松永久通が織田家へ反旗を翻す。 彼はいつの間にか義頼の傍から消え信貴山城へと戻っていた父親の道意と共に、旗挙げしたのだ。
この情報は、激震となって織田家内を走り抜ける。 特に岐阜城の織田信長は、怒りに激昂したとされていた。
最も実情は、そんな事など微塵も無かったのだが。
「さて景義。 そなたは、兵を率いて義頼の元にいけ。 その後は、義頼と行動をともにせよ」
「殿。 それは、松永家への懲罰ですか?」
「うむ。 表向きはな」
「表向き……ですか?」
梶原景義が疑問を呈すると、信長は彼を手招きする。 景義をすぐ近くまで呼ぶと、今回の松永家蜂起が実は武田家当主を呼び寄せる策である旨を伝えた。
「そ、それはっ! 真ですかっ!!」
「うむ。 それと、その方とは別に高吉と長高も合流させる。 故に、心して掛かれ」
「御意!」
居城の羽黒城に戻った景義は急ぎ兵を整えると、近江国の長光寺城へと向かったのである。 しかしてその長光寺城では、義頼の命を受けて兵が集まっていた。
大和衆は既に今回の策について説明を受けた筒井順慶が、兵を率いて信貴山城へと兵を押し出しているので城には来ていない。 城に集まっているのは、近江衆と丹波衆と伊賀衆と甲賀衆、そして京極高吉と京極長高の親子であった。
因みに京極長高とは、今年の頭に元服を迎えた小法師の事である。 彼は父親の高吉たっての願いを、義頼の口添えもあり受け入れた信長を烏帽子親として元服を迎えている。 その際に信長より一字を賜り、京極長高と称したのであった。
「さて、その方達に大事な話がある」
「大事な話……ですか? 右少将(六角義頼)様」
近江衆筆頭とも言える蒲生賢秀が、代表する様な形で義頼へと問い掛ける。 すると彼は頷き返すとこの場に呼び寄せた近江衆と丹波衆、伊賀衆と甲賀衆の主だった者達、そして高吉と長高の親子へ今回の討伐作戦の裏について告げ……様とした。
「と、そうだ。 ところで、保豊。 周りに敵の間者は居らんな」
「無論にございます」
義頼の問いに、藤林保豊は確り頷いた。
彼の言う通り、周りは伊賀衆と甲賀衆の精鋭が固めている。 幾ら富田郷左衛門や出浦盛清が率いる武田の三ツ者(忍び)とて、早々突破出来る物では無かった。
「そうか。 だが、念を入れるか」
義頼は部屋に居る者達を近くに呼び寄せると、何を聞いても声を上げない様に厳命する。 そして、今回の松永家蜂起が策の一環である事実を報せた。
近江衆と丹波衆の者達は驚きのあまり声を上げそうになるが、寸でのところで何とか声を上げずに抑える。 その一方で流石なのは、伊賀衆と甲賀衆である。 顔色を変えた物は何人かいたが、誰一人口を開こうとはしなかったのだ。
「……という訳だ。 いいな、この場の者以外には決して言うな」
『はっ』
小さく、だが鋭く彼らは了承する。 その態度に、義頼は一つ頷いた。
「それと出陣だが、何れ殿より使者が来るだろう。 その後に行う。 それ故、何時出陣してもいい様に用意だけはしておけ」
『御意』
果たして数日後、景義が信長の命と共に長光寺城へと到着する。 そして彼の口より、松永家討伐の命が伝えられた。
「六角右近衛少将義頼。 その方は軍勢を率いて、松永家討伐に当たれ」
「はっ」
その後、上座と下座を入れ替わった二人は、座るとほぼ同時に噴き出した。
「な、中々様になっていましたぞ源左衛門尉(梶原景義)殿」
「その言葉、そっくりお返し致す右少将殿」
二人は一頻り笑った後で、居住まいを正した。
「さて、貴殿は使者であると同時に援軍でもあると言う訳ですな」
「その通りです。 最も、貴殿が率いる総兵力に比べたら微々たるものであるが……」
「何を言われる。 十分心強いですぞ」
「まぁ、そう言う事にしておきましょう」
その翌日になると義頼は、長光寺城を発ち兵を率いて大和国へと向かう。 やがて大和国へ入ると、大和国内における居城である多聞山城にて一泊する。 そこで義頼達は、意外な物と言うか者を見て驚いたのだった。
「……もしかして具房か? 具教」
「はい、殿。 嫡子の具房にございます」
「あーその、何と言うか……見違えたな」
北畠具房はまだ北畠家が織田家と対立していた頃、「大腹御所の餅喰らい」とまで織田勢から揶揄されるぐらい太っていた。 それは降伏してからも変わらず、その上彼は馬にも乗れなかったのである。
だが六角家預かりを経て、六角家兵法指南役の家となった北畠家の嫡子がその有様では内外に対して示しがつかないとして、父親の北畠具教は息子を鍛え上げたのだった。
また、義頼を通じて師範を派遣して貰い、佐々木流馬術を親子共々学んでいる。 こうして徹底的に鍛え上げられた具房は、心身ともに一皮むけ一廉の将となったのであった。
「拙者など、殿や父上に比べればまだまだにございます」
「あー、そうか……」
何とも言えない空気が、辺りを包んでいる。 自らの手で鍛え上げた具教は兎も角、具房の以前を知る義頼や蒲生賢秀、それから蒲生頼秀達から見ると半端無い違和感が存在するからであった。
「殿。 如何されましたか」
「……いや、何でも無い。 そう、何でも無いのだ。 なぁ賢秀、頼秀」
『はぁ』
義頼や蒲生親子の態度に、北畠親子は揃って首を傾げる。 それから、思わずと言った感じで見合った。 そんな二人の様子を見て義頼は、気持ちを入れ替える様に両手で自分の両頬を打った。
「あっ痛……それで、具教。 具房の腕前はどうだ?」
「は? あ、それは十分に及第点を与えられます」
「そうか…………その様だな」
具教の言葉を聞き、義頼は具房を探る様にじっと見る。 彼から出ている雰囲気は、中々の強者であると思わせるに充分であった。
だからこそ義頼も、具教の言葉に賛同したのだ。
「よし、具房。 今日より藍母衣衆に加える、励め」
「御意」
多聞山城でちょっとした事件があったがそれはさておき、次の日になると義頼は大和国で義頼の名代を勤めている具教や彼の息子の具房をも加えて信貴山城へと向かう。 そこで順慶率いる大和衆とも合流すると、信貴山城を取り囲んだのであった。
そして当然だが、この「松永家立つ!」の報は間もなく武田家にも報告された。
本隊を率いて長篠城へと向かっていた信勝は、今一度喜んだと言われている。 そんな機嫌よく進軍する武田家の動きだが、何時までも秘密に出来る訳はない。 信勝率いる本隊の存在が、ついに織田家へそして徳川家へと報告された。
「これは一体……どういう事だ」
高天神城救援の為に漸く久野城へと到着した徳川家康だが、そこに服部正成から武田勢の奥三河侵攻の報が届けられる。 その書状の内容を見て、家康は思わず声を上げた。
「……そうか。 そうだったのか! してやられた! 殿。 これこそが武田の策、高天神城もそして東濃も言わば囮。 本命は長篠城です!」
「何じゃと! 真か、数正!!」
「はい。 間違いございません」
石川数正の返答に、家康は顔を青くした。
今率いている兵と共に長篠城へ向かえば、恐らく援軍にはなる。 しかしその場合、高天神城を見捨てる事になる可能性があった。
「どうする数正」
「……先ずは、織田様に援軍を頼みましょう」
「だが、受けてくれるか。 東濃は攻められておるし、畿内ではあの道意が兵を上げたと言うではないか」
「それでもです」
「……分かった。 書状を送る」
家康は援軍を要請する書状を認めると、信長へと送ったのであった。
届いた書状を読んだ信長は、小姓に命じて秀隆を呼ばせた。 やがて小姓に案内されて、河尻秀隆が現れる。 彼は部屋に入ると、信長へ平伏した。
「よく来た。 面を上げよ」
「はっ」
「さて秀隆。 そなたは権六(柴田勝家)への追加援軍の様に見せかけて、奥三河に行け。 そして、長篠城への援軍となれ」
「承知致しました。 必ずや命を果たして見せます」
「うむ。 行けっ!」
「御意」
こうして出陣した秀隆だが、途中までは東濃へ向かう様な動きをする。 だが徐に進路を変えると、奥三河へと向かって行った。
また信長は、息子の北畠具豊にも出陣の下知を出す。 すると彼は、揃えていた兵を率いて、直ちに出陣をした。
「……ふむ。 即座に援軍の要請をしなかったのならば、まだまだ使える様だな家康」
信長はそう独白すると、冷たいとも取れる笑みを浮かべる。 それから、徳川家からの援軍要請に答える形で長篠へ進軍するのであった。
織田・徳川勢と武田勢が長篠へ向かいました。
なお文中に出た京極長高ですが、史実の京極高次です。
ご一読いただき、ありがとうございました。




