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第百二十五話~加賀侵攻~


第百二十五話~加賀侵攻~



 杉浦玄任すぎうらげんにんが率いる加賀一向衆の撤退は、朝倉景鏡あさくらかげあきらから浅井長政あざいながまさへと知らされることとなる。既に出陣していた浅井長政は、朝倉景鏡からの情報を齎した宮部継潤みやべけいじゅんへ尋ねていた。

 因みに浅井家のもう一人の知恵者である浅井政元あざいまさもとだが、彼は同行していない。越前国に残り、弟の浅井政之あざいまさゆきと共に越前国内の一向衆に対して睨みを利かせているのだった。


「まだ越前国内にいるようだが、ひとまず玄任は引いたそうだな」

「「一定の勝利を掴まねば、簡単には撤退は出来ぬ」そう考えてのことでしょう」

「なるほど。ならばわれらは、なおさら負けられぬというものだ」

「はい」

「となると今後だが、どうする善祥坊(宮部継潤)」

「……今一度、式部大輔(朝倉景鏡)殿に動いていただきましょう」


 暫く考えてから宮部継潤はそういうと、浅井長政へ策を伝える。黙って策を聞いた彼は、その策を了承する。浅井長政は急ぎ書状を認めると、吉崎山へと送った。やがて彼の地で書状を受け取った朝倉景鏡は、使者に了承の返事をすると兵を集める。そして翌日には、吉崎山を下っていた。

 この朝倉景鏡の行動は、その日のうちに杉浦玄任へと報告される。漸く再編成も終わったところで齎された情報を聞いて、彼は地団駄を踏んでいた。


「おのれ! 我らを甘く見るか!! 許せぬ!!」


 奇襲を受けて間もないということもあってか、杉浦玄任は怒り心頭となる。彼は、朝倉景鏡に負け戦へのしを付けて返すべく再び吉崎の地へと進軍した。やがて、吉崎山の麓に布陣する朝倉景鏡率いる越前衆と加賀一向衆が対峙する。しかし時刻は既に夕刻であり、幾ら怒りがあろうが戦に入るほど愚かでもなかった。


「良いか! 夜襲に備えよ」

「はっ」


 杉浦玄任も流石に一度奇襲を食らえば、警戒もする。以前とは比べ物にならない数が動員され、夜襲に対する備えがなされる。しかし警戒した夜襲はなく、無事に朝を迎えたことに杉浦玄任は安堵していた。


「無事に朝を迎えましたな」

「ああ。そうだな、才之助殿」


 そう杉浦玄任に話し掛けた男は、堀才之助ほりさいのすけと言う。彼は杉浦玄任や七里頼周しちりよりちかと同じく、加賀一向衆を率いる者であった。


「こうなれば、我らの勝ちは必定です。何といっても、数はわれらの方が上なのですから」

「そうだな。何としても、雪辱を果たさねばならない「大変です!」」

「……何があった」

「側面より、敵襲です!」

「何! 相手はだれか!」

「旗印は三つ盛亀甲! 浅井長政率いる兵かと思われます!」

『な、何だと!!』


 完全に予想していなかった相手からの奇襲であり、杉浦玄任と堀才之助は驚きを隠せなかった。



 帯陣していた浅井長政の元に、加賀一向衆が動いたとの情報が齎される。彼はわざと夕刻まで待ってから、旗下の軍勢を動かした。やがて日が暮れて暫くした頃、遠くに加賀一向衆の陣が見えるところまで進撃するとそこで留まる。そのままじっと、浅井長政は軍勢と共に朝日が昇るのを待っていた。


「殿。夜明けにございます」


 宮部継潤の言葉通り、徐々に太陽が昇っていく。ゆっくりと夜の帳が消えていくそのさまを、浅井長政は暫くの間見つめていた。やがて彼は、ゆっくりと手にした刀を振りあげる。地平より太陽が完全に出ると同時に浅井長政は、手にした刀を振り下ろした。


「突撃ー!」

『おおーー!!』


 先鋒を承った加藤光泰かとうみつやすが、浅井長政の命に従い突撃した。

 彼は元々斎藤龍興さいとうたつおきの家臣であったが、彼が美濃を追放されると近江国へ逃れている。同地で加藤光泰は暫く隠棲したあと、同じ藤原北家の末である雨森清貞あめのもりきよさだに仕官した。すると加藤光泰は、みるみると頭角を現す。そこで雨森清貞は、彼を主君である浅井長政に推挙したのだ。

 その理由は加藤光泰がまだ斎藤家に仕えていた時に、織田家を相手に活躍した事を雨森清貞が伝聞していたからだともいわれている。何はともあれ、こうして加藤光泰は浅井長政の直臣となったのであった。その加藤光泰から奇襲、それも側面からの奇襲を受けて流石の杉浦玄任も慌てる。だが皮肉にも、朝倉景鏡の軍勢に夜襲を掛けられたという経験が加賀一向衆を助けることとなった。

 杉浦玄任はすぐに気持ちを落ち着けると、全軍の掌握に務める。その為、混乱による指揮系統の寸断は短時間で回復したかに思えた。しかしそこに生まれた隙を、敵が見逃す筈もない。朝倉景鏡は、即座に攻撃の命を出す。その命を受けて、山崎吉健やまざきよしたけ山崎長徳やまざきながのり魚住景固うおずみかげかたの越前衆の先鋒が加賀一向衆に攻撃を仕掛けた。

 鬨の声と共に、先の三将が突撃する。側面から攻撃へ受けてまだ完全に立ち直っていない加賀一向衆へ向けて、正面から攻撃を仕掛けたのだ。

 側面と正面から攻撃されている現状に小さく舌打ちした杉浦玄任は、兵を二つに分けて対応しようと試みる。しかし一向一揆勢では既に逃亡が発生しており、下手をすれば軍勢の崩壊もあり得る事態となっていた。


「所詮は農民。戦いの専門家ではない、そういうことだな」

「殿、そうですな」

「では、止めを刺すとしよう」

「はっ」


 既に逃亡の始まっている加賀一向衆に対して、浅井長政は越前衆と共に執拗な攻撃を加えていく。これでは、いかな杉浦玄任でも立て直す暇などない。彼は致し方なく、苦渋の決断を再度せざるを得なかった。


「致したかない! 国境を越えて引くのだ!!」


 総大将たる杉浦玄任の言葉が一向衆に知れ渡ると、彼らは雪崩を打ったかのごとく国境を越えて撤退したのであった。





 越前国内で起きた浅井家と加賀一向宗の戦についてのあらましを聞終えた義頼は、本多正信ほんだまさのぶへと話し掛けていた。


「それで備前守(浅井長政)殿は、撤退した加賀一向衆を逆撃して侵攻したと」

「はっ。大聖寺城に入った模様にございます」

「ふむ、そうか。ところで正信、備前守殿はこれ以上進軍すると思うか?」

「……軍勢を止めるとは思いませんが、さりとて拙速には侵攻しないと思います。恐らく時間を掛けて、徐々に制圧していくのではないかと」


 加賀国と越中国、この二つの国は他の国とは違い一向宗が永らく押さえて来た国である。そんな地を一向宗と対立している織田家に従属している浅井家が素早く抑えても、即座に反乱が起きるのは目に見えていた。だからこそ浅井長政は、加賀国制圧を拙速に進める気は全く持っていなかったのである。 


「ま、そうだろうな。ところで、越前一向宗は動かなかったのだな」

「そのようにございます」

「そうか。分かった、出掛ける」

「どちらへ?」

「妙覚寺だ。備前守殿のことだから、殿(織田信長)へ報告はしているとは思う。だが情報を手に入れた以上、報告はしておこうと思うのだ」


 そう本多正信に答えた義頼は、藍母衣衆を連れて妙覚寺へと向かう。寺に入ると暫く控えの部屋で待たされたが、やがて無事に織田信長と謁見していた。


「どうした。兵を駐屯させている地で、何か問題でも起こったか」

「いえ、ご懸念されたような問題など起きておりません。皆、軍律を守っております」


 嘘ではなかった。

 義頼の言う通り、京の郊外に駐屯した将兵は軍律を守っている。過去に何度か「一銭切り」を実行されているのだ、彼らが守るのも当然といえた。


「では何だ」

「これを」


 そう言うと義頼は、本多正信の持って来た書状を差し出す。織田信長は受け取ると、書状を広げ読み始める。やがて最後まで目を通すと、視線を義頼へと戻した。


「なるほど。越前と加賀での一件か」

「はっ」


 この越前国と加賀国で起こった浅井家と加賀一向衆の戦については、義頼が予想した通り浅井長政も書状にて織田信長へと知らせている。そこに書かれていた内容と義頼が報告した内容に、ほぼ差はない。図らずも織田信長は、浅井長政の書状に嘘が無いことの確認をしたのだ。


「ふむ……義頼、その方は長政が侵攻を早めると見るか?」

「いえ。時間を掛けると思います」

「その理由は?」

「加賀という場所の問題にございます。一向衆が長らく当地を治めていたと申してもいい加賀にございますれば、織田家に従属している浅井家が拙速に兵を進めますと後方にて蜂起が相次ぐやも知れません。ならば時を掛け、じっくりと腰を据えて攻略すれば宜しいかと存じます」


 義頼の言葉を聞いた織田信長は、にやりと笑みを浮かべた。

 彼の言った内容こそ、正に浅井家の方針であったからである。浅井長政は、これからの動きについても、織田信長への書状にて伝えていた。そこには概略が書かれていたのだが、要約すると義頼の言葉と大差ないのである。そしてその考えに織田信長は、反対する気などなかった。


「俺からすればいささか手ぬるいとは思うが、加賀を長政に任せたのだ。よほどの失策や情勢の変化が無ければ、口出す気などはない。もっとも時を掛け過ぎると、一つ懸念が出て来るのだがな」

「懸念……越後上杉家ですか……」


 実は上杉謙信うえすぎけんしんだが、彼は越中国へ侵攻するつもりであった。

 足利義昭あしかがよしあきの仲介で和解した越後上杉家と石山本願寺であるが、上杉謙信自体は一向衆を嫌っている。これは彼の父の代から続くものであり、実際に上杉謙信の父である長尾為景ながおためかげが越後国内で一向宗を禁教にしていた。そしてこの禁教令だが、上杉謙信と石山本願寺が和解するまで続いていたのだ。

 しかし和解により、越中国での懸念はあらかた消えている。残るは、始め上杉家に付きながらあとになって裏切り武田家に付いた椎名康胤しいなやすたねだけであった。

 そしていざ越中国へと思った矢先、関東の北条家が動いたのである。北条氏政ほうじょううじまさが、いきなり上野国へと侵攻したのだ。このことを知った上杉謙信は、出陣先を越中国から上野国へと急遽変更したのであった。

 その為、越中国への越後上杉家の侵攻計画自体が自ずと立ち消えとなってしまう。だが上杉謙信は、越中国侵攻を諦めたわけではない。足利義昭から依頼された足利家及び幕府の再興を果たす為にも、越中国はどうしても押さえておく必要があるからであった。


「そうだ。だが謙信が出てくるならば、こちらからも兵を出すつもりだ。とはいえ、全てはまだ仮定でしかない。謙信は、もしかしたら出て来ないかも知れん」

「まぁ、確かに」


 一寸先は闇。昨日の敵が今日の友であり、そして明日の敵となりかねない戦国の世である。懸念がある以上は気にする必要があるが、その懸念に囚われて動けなくなるのもまた問題なのだ。


「警戒だけはするが、今はそれだけだな」

「はっ」

「さて、義頼。そなたは洛外に戻り、一益たちに兵を整えるようにと伝えろ。数日のうちに京を発ち、岐阜へと戻るゆえな」

「御意」


 織田信長との面会を済ませた義頼は、部屋を出る。護衛の藍母衣衆が待っている控えの間に戻る途中で、彼は見知った顔に会った。

 一人は明智光秀あけちみつひでであり、もう一人は彼の家臣である斎藤利三さいとうとしみつである。しかし、二人と共にいるもう一人については義頼にも覚えがない。彼らは小姓に先導されており、その様子から自分と同じく織田信長に謁見するのが目的と思われた。

 やがて彼らとすれ違った義頼は、軽く会釈をする。その際、何となく気になり彼らの後ろ姿を見送ったが、間もなく視線を切ると控えの間へと戻った。そこで待っていた藍母衣衆と合流してから洛外へ戻ると、織田信長から言われた通り滝川一益たきがわかずますたちに岐阜へと戻る旨を伝えていた。


「確かに。このまま京にいても、仕方ありませんな」

「そういうことです、彦右衛門(滝川一益)殿」

「ならば、さっさと準備を始めますかな」


 この駐屯地にいる将の中で一番年嵩の安藤守就あんどうもりなりの言葉に、皆頷く。それから撤収の準備をする為に、彼らは自らの陣へと戻った。なお義頼の兵の内、丹波衆と大和衆は織田信長の出立に合わせて各国へ帰る事になっている。その為、近江へ向かうのは近江衆と伊賀衆であった。

 それから数日後、織田信長は京を発ち岐阜へと向かう。坂本城で一泊すると、建築して間もない浄厳寺に宿泊した。

 さて浄厳寺だが、この地には元々慈恩寺威徳院があった。しかし織田信長の観音寺城攻めの際に、この寺は類焼している。この慈恩寺、義頼の先祖に当たる六角氏頼ろっかくうじよりが母親の菩提を弔う為に建立した寺であった。 

 そのような理由から義頼は、領地として甲賀郡を得ると織田信長へ再建を奏上している。 そして暫くしたのち、許可を得られたので甲賀郡に同寺を再建していた。その為、慈恩寺は廃寺となっていたのだが、織田信長は今回の安土城築城と観音寺城改修に合わせて新たに寺を建てることにしたのである。織田信長が指名したのは、木村高重きむらたかしげであった。

 こうして安土城や観音寺城より先駆けて完成した浄厳寺に入った織田信長は、そこで数日程宿泊する。その間に、安土城の築城現場と観音寺城の改築現場を検分した。安土城は丹羽長秀にわながひでから、観音寺城は義頼から説明を受ける。彼らの説明と現場の進捗状況に信長は、満足そうな笑みを浮かべていた。

 その翌日、織田信長は兵を率いて浄厳寺を出立する。佐和山城と曽根城にてそれぞれ宿泊したあと、岐阜城へと帰城したのであった。

 一方で六角館に残り、織田信長が率いる軍勢を見送った義頼だったが、彼は夜になると望月吉棟もちづきよしむね百地泰光ももちやすみつを呼び出す。彼らは義頼の出陣には同行せず、この近江国へ残っていたのだ。

 元々義頼は、安土城築城と観音寺城改修が始める前から彼らに密かな監視を命じている。工事現場全てに自分の目が届く訳ではないし、何より敵の間諜などに入られても困るからだ。この旨は織田信長と丹羽長秀、それと本多正信にしか知らせていない一件であった。


「して二人とも。我が離れている間、何か問題はあったか?」

「いえ。殿に命じられた大原様たちは、職務に邁進していました。問題はないと判断出来ます」


 義頼の問いに、望月吉棟が答える。彼の隣では、百地泰光も頷いていた。

 そんな二人の反応を見て義頼は、笑みを浮かべる。それから表情を引き締めると、百地泰光へと問い掛けた。


「して泰光。敵の間諜などを入れてはおらぬだろうな」

「無論にございます」

『我ら伊賀衆、そして甲賀衆の名に掛けて』


 望月吉棟と百地泰光が、異口同音に答える。すると義頼は立ち上がり二人に近づくと、彼らの肩に手を片手ずつ置きながら声を掛けていた。


「そうか。あい分かった。引き続き、頼むぞ」

『御意』


 義頼からのねぎらいを受け、望月吉棟と百地泰光は小さく笑みを浮かべたのであった。


浅井家、逆侵攻です。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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