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第百十六話~丹後国平定~


第百十六話~丹後国平定~



 建部山城の搦め手では、長岡藤孝ながおかふじたか率いる元幕臣を中心に構成された軍勢と丹羽長秀にわながひで率いる若狭衆相手に一色勢が必死に防戦していた。

 搦め手門を破られるのはもはや時間の問題かと思われたその時、吉原義清よしわらよしきよ率いる丹後衆が搦め手に到着する。彼はその勢いのまま、織田勢へと襲い掛かっていった。

 このいきなり起こった敵の攻勢に、流石の長岡藤孝や丹羽長秀も驚く。まさかこの情勢で敵が打って出るなどとは思ってもみなかったからだ。その為、彼らの将兵に対する指揮に齟齬が生まれてしまう。この齟齬は僅かの間であったが、吉原義清はそこに生まれた隙を見逃さなかった。


「行くぞっ! 敵大将の首を取るのだ!!」

「させぬわっ!」


 武藤友益の姿を見た吉原義清は、槍を大きく振り回して牽制した。

 すると武藤友益は最小限の動きで避けると、お返しとばかりに吉原義清へ攻撃を仕掛ける。だが、彼の手にした長巻は敵将へと届かなかった。吉原義清が寸でのところで、受け止めたからである。さらに吉原義清は武藤友益の長巻を手にしていた槍で弾くと、掬う様に切り上げる。これには、大きく避ける他はない。体勢が整わないうちに相手の武器を受け止めるなど、まず出来はしないからだ。

 仕方なく武藤友益が距離を取ると、僅かの間であったが両者は睨み合う。その数瞬後には、二人はほぼ同時に攻撃を仕掛けていた。直後、両者の得物が中空でぶつかり合う。その威力はほぼ互角であり、まるで逆回しでも見るかのように武藤友益と吉原義清は再び距離を取っていた。


「やるな」

「そちらこそ」


 どことなく嬉しそうに言葉をかわすと、両者からまたしても同時に攻撃が放たれた。

 まず吉原義清の槍が振り下ろされたが、その攻撃を武藤友益は半身になって避ける。しかし反応が遅れたのか、彼の鎧の佩楯はいだてに傷が付く。武藤友益少し顔を顰めたが、敢えて気にせず顔面に向けて長巻を突いていた。

 その攻撃を吉原義清はかろうじて首を傾げる事で避けたが、彼の被る兜まではその範疇に入らない。兜の吹返ふきかえしを大きく傷つけられてしまうが、その吹返のお陰で吉原義清は怪我を負わずに済んだのであった。

 すると吉原義清は、武藤友益の胴鎧を蹴りつける。その為、彼はたたらを踏みながら距離を取らされた。しかし数歩退いたところで踏み止まると、長巻を構える。その視線の先では、吉原義清もやはり槍を構えていた。

 しかしてその時、お互いに不敵な笑みを浮かべる。それを合図としたかのように武藤友益は踏み込むと、手にした長巻を振り降ろす。しかし吉原義清は、即座に数歩分だけその場から離れた。

 すると一瞬前まで吉原義清がいたその場所に、武藤友益の長巻が違わずに振り下ろされる。もし一瞬でも吉原義清の判断が遅ければ、間違いなく斬り倒されていたであろう。そう思わせるだけの斬撃であったが、既に腹の決まっている彼が憶したりすることはなかった。 


「中々にやる。拙者は一色左京大夫義道が弟、吉岡越前守義清。その方は何者かっ!」

「おおっ! 左京大夫(一色義道)殿の弟か。我は若狭衆、武藤上野介友益! 相手にとって不足なし! その首、貰い受ける!」

「大言を吐くな!」


 その直後、武藤友益は長巻を振り降ろす。しかし吉原義清とて、ただ見ていた訳ではない。気迫を込めて言い返すと、槍を下から振り上げた。またしても中空で、激しく長巻と槍がぶつかり合う。しかし反発し合うかのように、こたびもお互いの得物は弾け合う。しかし両者は頓着せず、勢いを殺さずにそのまま回転すると横薙ぎに振り抜いていた。


『くうっ!』


 長巻と槍が、再びぶつかり合う。そこで三度、両者の得物が弾け合った。しかし武藤友益は、そのまま更なる斬撃を叩き込もうとする。だが吉原義清は、先程とは違う行動に出た。何と彼は、槍の石突きを地面に叩きつけたのである。そして吉原義清は、武藤友益の長巻を地面に縫い付けた槍で受け止めたのだ。

「このままでは弾かれた際に落としかねない」と考えた武藤友益は、柄を両手でしっかりと握る。かくして長巻は案の定弾かれたが、取り落とす事態とはならなかった。


「このっ!」


 その時、武藤友益は咄嗟に砂を蹴りあげた。

 体勢の崩れた相手に追撃を掛けようとした吉原義清だったが、突然目の前に砂が飛んで来たので思わず払い除けてしまう。その隙に武藤友益は、体勢を立て直すと長巻を構えていた。 

 幸いにして砂が目に入らなかった吉原義清であったが、軽く舌打ちをしてから槍を構え直している。そしてお互いの得物を構えたままじりじりと間合いを詰めていたが、ある程度まで間合いが近づくと吉原義清が動いた。

 彼は手にした槍で、武藤友益を突く。先手を打たれてしまったが、彼は冷静に対処した。吉原義清の槍を長巻で巻き込み上へと逸らすと、その勢いのままに自らの得物を手放したのである。体勢を崩された上に長巻の重さまで加わった状態では、吉原義清も槍を手許に戻せない。すると武藤友益はその隙をついて刀を抜くと、相手へ肉薄した。


「しまった!」

「貰った!」


 腰から刀を抜き肉薄した武藤友益は、相手に体ごとぶつかる。そして彼の切っ先は、吉原義清を捕えていた。

 ほんの一瞬、武藤友益の刀を受け止めた吉原義清の鎧だったが、体ごとぶつかって来た相手の刀を止め切る事は出来るものではない。鎧に当てたことで切っ先が欠けてしまったが、それでも武藤友益の刀は吉原義清の体を見事に貫いていた。

 目を見開き、武藤友益を見る吉原義清である。そんな彼に笑みを浮かべながら、武藤友益は力を込めて刀を突き入れた。


「ぐ……はっ!」


 やがて武藤友益が刀を離すと、吉原義清の体はゆっくりと倒れ込んでいく。その様子に勝負は決したと考え、彼は一瞬だけ視線をそらして脇差を腰から抜き首を取ろうとした。


「せめてうぬだけでも連れていく!」

「なにっ!」


 何と吉原義清は倒れ込む寸前に踏み止まると、未だ手放していなかった槍を持つ手に力を込める。そして文字通り最後の力を振り絞って、槍を突き出す。その突き出された槍は、まるで吉原義清の思いが乗り移ったかのように、寸分違わず武藤友益の心臓を貫いていた。


「ば、馬鹿な……」


 武藤友益は驚愕の表情を、そして吉原義清は不敵な笑みを浮かべながら両者は絶命したのであった。



 その頃、建部山城の大手門では丹波衆が先頭に立って攻め立てていた。

 先鋒は丹波の赤鬼こと赤井直正あかいなおまさであり、同じく青鬼こと籾井綱利もみいつなとしや荒木鬼こと荒木氏綱あらきうじつなと丹波鬼こと波多野宗高はたのむねたかという鬼のあだ名を持つ四人が務めていた。

 そんな四人が攻め立てている大手門に、漸く一色義道が到着する。彼はすぐ応戦に入ろうとしたのだが、正にその瞬間に大手門は破城槌による止めの一撃を食い破られたのであった。

     

「くっ! 間にあわなかったか!!」

「そういうことよの。左京大夫(一色義道)殿」


 破られた大手門を潜り、兵を率いている波多野宗高が現れる。そんな彼に続いて、やはり兵を率いながら赤井直正と籾井綱利と荒木氏綱が一式義道の前に現れた。

 丹波国を代表する猛将四人の雄姿に、丹波衆の気勢が上がる。それと引き換えにするかの様に、丹後衆の気勢は下がっていった。そんな味方の様子を見て、一色義道は内心で歯ぎしりをする。と同時に彼は、この場が死に場所だと悟っていた。


「丹波の四鬼が揃い踏みとは恐れ入る」

「ふむ。そうよのう。それはそれとして左京大夫殿、もはや勝敗は決した。早々に降られよ」

「そうはいかぬ。丹後国人の意地を見せるまでは……なっ!」

  

 そう言いきると同時に、一色義道は波多野宗高に切りつけた。

 もはや老齢といっていいほどに年齢を重ねている波多野宗高だが、彼が持つ丹波鬼の異名は伊達ではない。年齢を感じさせない体捌きで、彼はその攻撃を避けてみせた。


「手出し無用!」 


 波多野家の分家であり、また年齢からも四鬼の長老格といって申し分のない彼の言葉を聞き、一色義道の行動に得物を構えていた他の三人は動きを止めた。


「……よかろう。他ならぬ出羽守(波多野宗高)殿の申し出なれば、従うとするか」


 波多野宗高の次に年嵩の赤井直正が了承すると、残りの二人も頷く。警戒はそのままに、彼らは波多野宗高と一色義道から数歩分の距離を置いていた。


「すまぬ貴公ら……さぁ、こられよ左京大夫殿」

「……忝い、出羽守殿」


 波多野宗高の行動に一言礼を述べると、一色義道は刀を構えた。

 その一方で彼と相対する波多野宗高は、自然体で立っている。一見すると隙だらけにも感じるが、その実全く隙など見られなかった。


「流石は丹波鬼。我が最後の相手にふさわしい……行くぞっ!」


 小細工はなし。一色義道は、真っ向から大上段に切りつける。そんな彼の一撃を斜めに踏み込みながら紙一重で避けた波多野宗高は、一色義道の脇を抜けつつも刀を振り抜いた。直後、まるで時が止まったかのように、両者はその体勢のままで止まる。だがそれも数瞬であり、程なくして一色義道は脇腹を押さえつつ片膝をついていた。


「……届かな……かったか……」

「よき太刀筋であったぞ、左京大夫殿」

「感謝いた……す、出羽……守ど……の……」

 

 波多野宗高との一騎打ちの果てに地面に横たわる一色義道の目を、他でもない討ち取った波多野宗高が閉じさせる。そして彼の遺骸に手を合わせて冥福を祈ると、まるで見送る様に視線を上に向けた。

 そんな彼に倣う様に、控えていた赤井直正たちも空を見上げる。暫し顔を上に向けていた波多野宗高だったが、やがて視線をこの場に居る丹後衆へと向けた。


「一騎打ちにて、勝敗は決した。まだ戦うか! 丹後の者たちよ!!」


 波多野宗高の声は、決して大きかった訳ではない。しかし、迫力と勢いが籠った声に気勢と士気が落ちている丹後衆は武器を捨てて降伏する。ここに京を追放された足利義昭あしかがよしあきを、織田信長おだのぶながの書状に逆らってまで受け入れたことに端を発する丹後国討伐は終結した。

その後、父親を討った一色義定は、義頼たちと共に建部山城へ入城する。城に入った彼は、改めて丹後国人たちと織田勢を前に勝利を宣言したのであった。



 丹後国に再び平穏が訪れると、義頼は撤収に入った。

 まず国の抑えとして、甥の大原義定おおはらよしさだと大和衆を残す。そして、丹後国人に対しては小倉播磨守おぐらはりまのかみ矢野満俊やのみちとしに対処させるように手筈を整えてからの出発だった。

 道中問題なくやがて岐阜へと戻った義頼たち丹後侵攻軍の将兵は、岐阜城の大広間にて織田信長おだのぶながへ戦の報告を行った。


「丹後討伐軍。五郎(一色義定)殿以下、戻りましてございます」

「うむ」


 義頼たちに対して短く返答した織田信長は、目の前に置かれている首桶を改める。そこには、いうまでもなく一色義道の首が収められていた。確認後に首桶を下げさせた織田信長は、一色義定へと視線を向ける。果たして一色義定は、一呼吸置いてから口を開いた。


「弾正大弼(織田信長)様のお陰をもちまして、家中の憂いを取り除けました。つきましては予てからのお約束通り、丹後一色家は織田家へ従属致します」

「そうか。ならば、義定には奥丹後を任せる」

「はっ」


 奥丹後とは、丹後国にある五つの郡のうちで中郡と竹野郡と熊野郡一帯を指す地域である。なお残りの二郡であるが、長岡藤孝へ与えられることとなっていた。


「但し、その方の父に与した者たちの処分については分かっておろうな」

「無論にございます。して弾正大弼様、実はお願いがあります」

「願い? 取りあえずいってみよ」

「はっ。実は拙者、名を義定から義俊へと変えようと思います」

「……そうよの。こたびの件のけじめという意味でも良かろう」

「はっ」


 因みにこののち、丹後国内に置いて一色義定改め一色義俊いっしきよしとしと長岡藤孝の手による、一色義道に味方した者を対象とした粛清の嵐が吹き荒れることとなるが、それはもう少し先の話である。また、義頼と共に丹後国へ侵攻した丹羽長秀には褒美として金子か名物が与えられていた。


「義頼、そちには茶会を許す」

「はっ」


 そして義頼には、茶会を開くことが許された。

 すると織田信長は、茶器を持って来させる。小姓が運んで来た茶器は、道意どうい松永久秀まつながひさひで)が織田信長へ献上した九十九髪茄子だった。

 実は義頼とこの茶器には、少々因縁がある。室町幕府三代将軍の足利義満あしかがよしみつお気に入りの茶器であった九十九髪茄子だが、元を辿れば佐々木一族の一人となる佐々木道誉ささきどうよが所有していた茶器なのである。彼が足利義満に献上した事で、足利家所有となったという経緯を持つ茶器なのである。しかして今回織田信長から義頼へ下賜されたことで、九十九髪茄子は約二百年振りに佐々木一族が所有する茶器となったのであった。


丹波の四鬼、揃い踏みです。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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