第百十三話~その名は銃槍~
新装備の名称が確定します。
第百十三話~その名は銃槍~
火縄銃の新たな装備について意見を聞く為、義頼は北畠具教へ訪問したい旨を記した書状を出した。それから間もなく、書状が戻ってくる。そこには、訪問を待っていると書かれていた。
そんな北畠具教からの書状を受け取った義頼は、小さく笑みを浮かべる。それから、正室のお犬の方と嫡子の鶴松丸と会ってから彼は伊賀国の居館を出立する。街道を通り伊勢国へと入った彼の一行は、特に問題もなく北畠具教のいる三瀬館へと到着した。
やがて、三瀬館内で面談した義頼と北畠具教は、お互いに挨拶を交わす。その後、北畠具教が義頼へと話し掛けた。
「拙者の隠居所の下見以来であるな、左衛門佐(六角義頼)殿。して、何用か?」
「ええ。実は、剣豪として名高い中納言(北畠具教)殿に折り入ってご相談がありましてな」
「ほう? それは何かな?」
興味深げに尋ねて来る北畠具教に対して、相談を持ち掛けた義頼は小さく笑みを浮かべる。だが、すぐに浮かべていた笑みを消すと相談ごとについての話を伝えたのである。相談を受けた北畠具教は、話を最後まで黙って聞いている。やがて義頼が全ての話を終えると、彼は小さく溜息をついていた。
「何ともはや……左衛門佐殿は面白いことを考えるのう。火縄銃を、槍としても扱えるようにするというのか」
「はい。しかしことはそう簡単にいきません……穂先を固定するという問題が出ました」
「ふむ……後付けする穂先の固定のう……ん? どこかで聞いたような話だな」
『真ですか!』
北畠具教の言葉に、義頼と彼に同行していた杉谷善住坊と城戸弥左衛門は揃えて声を出す。因みに義頼は、北畠具教へ詰め寄っていた。
「あ、ああ。落ち着いてくれ、左衛門佐殿。今から思いだす」
「あ。も、申し訳ございません」
義頼は少し赤面しながら北畠具教から離れると、ひとまず居住まいを正す。そんな彼の仕草を見て北畠具教は小さく笑みを浮かべたが、すぐに表情を引き締めると自らの記憶を浚い始めた。
暫くの間、部屋の中に静けさと沈黙が流れる。しかし義頼も杉谷善住坊も城戸弥左衛門も、その空気を苦にするほどせっかちでもない。彼らの内心はどうか分からないが、表面上は静かに出された白湯を飲みつつ北畠具教の思考が終わるのを待っていた。
「……おお! 思い出した!」
「真ですか!!」
「うむ、左衛門佐殿。拙者は上泉(上泉信綱)殿とも交流があるのだが、彼の弟子の一人に蔵人佐(丸目長恵)殿と申す男がいる。して蔵人佐殿は九州出身なのだが、その九州に大友家があるのは知っておろう」
「ええ」
「その大友家では、少し特殊な薙刀を使用しているらしい。何でも櫃と呼ばれているこう……輪になった金具で薙刀の穂先を固定するのだそうだ。それだと、穂先が外れても別の物に取り付けるのも簡単だということらしい」
「ほう。輪になった金具で固定ですか……なるほど。これは、応用できるかもしれません。中納言殿、貴重なご意見感謝致します」
「そうか。役に立って何よりだ」
この後、のちに丸山城と名づけられることとなる隠居館の建築進捗状況などを彼に話した義頼は、北畠具教の好意で三瀬館に宿泊する。そして翌日、義頼一行は早い時間に宿泊した三瀬館を出立すると伊賀国へと戻った。
そのまま義頼は、その足で鉄砲鍛冶の棟梁の元を訪れると、彼とも相談してさらなる試行錯誤を続けていくこととなった。まず現物が欲しいと考えた義頼は、京に滞在する六角承禎を通して角倉了以に櫃の現物か若しくは櫃が装填された武器を取り寄せるようにとの依頼を行う。依頼を受けた角倉了以はすぐに了承し、間もなく依頼者たる義頼の元へ現物の薙刀が届けられる。それは、筑紫薙刀と名付けられている薙刀であった。
「ほう。これは珍しいな」
義頼はその薙刀を持って庭に出ると、振るってみる。彼は免許皆伝とまではいかなくとも、当時から陰流をも修めている。その為か、その動きは中々さまになっていた。一頻り薙刀を振るい続け、感触を確かめる。やがて急に動きを止めたかと思うと、突然庭に植えられている木へ力を込めて突きを入れる。それからおもむろに薙刀を抜き取ったが、穂先が木に残るようなことなどなかった。
「ふむ……悪くは無いな」
「外れませぬな」
「そうだな、善住坊。これなら、大丈夫だろう。では、さっそく続きといこうか」
「御意」
こうして再び始まる火縄銃の新装備についての試行錯誤だが、それは実に足かけ半年以上にも及ぶこととなる。漸く形となったのは、先年の暮れが近づいた頃である。それはちょうど、足利義昭との戦が終わって間もなくのことであった。
「これが、そうか」
大和国での仕事を終えてから伊賀国へと戻ってから暫く、改造を施した火縄銃が完成したとの連絡が届く。程なくして義頼のもとへと届けられた火縄銃には、本体と比べてやや大きめかと思われる槍の穂先が取り付けられている。しかし義頼は、まるで躊躇うこともせずに手に取っていた。
しかしてその火縄銃であるが、銃身の先に槍の穂先が追加された分だけ少し重く感じる。だがそれは、取り回しができないという程の重量追加でもなかった。火縄銃を構えたり、何もないところに対して突きを見せるなどして、取り回しを確認する。やがて一連の動きを止めると、火縄銃を持ってきた杉谷善住坊へと尋ねていた。
「それで、使用に関してだが問題はないのか?」
「はい。特に問題はありません。槍の穂先については着脱式ですし、また銃身への取り付けとなっております。その為、懸念した銃口を塞ぐなどということもありません。また、そのままでも火縄銃を撃つことは可能ですし、玉込めも可能です」
杉谷善住坊と城戸弥左衛門から問題として指摘された二つも問題なく解決されていたことに、笑みを浮かべる。それから義頼は、杉谷善住坊の案内で場所を移動する。そこは、弓でも銃でも射撃できるようにと整備された射術場であった。
するとその射術場には、既に城戸弥左衛門がおり、彼は新式の火縄銃を持ってたたずんでいる。だが射術場へ現れた義頼たちを見付けると、片膝をついて彼らを出迎えていた。
「殿。お待ちしておりました」
「では弥左衛門、頼むぞ」
「はっ」
義頼からひと声掛けられた城戸弥左衛門は、ゆっくりと立ち上がる。それから、自身が手にしていた新式の火縄銃を取りまわしていった。最初に、火縄銃の銃身へ穂先を付ける手順を披露する。すると取り付けた穂先をそのままにして、射撃を行った。最後に城戸弥左衛門は、安全の為か火縄銃から穂先を外す。その後、彼は、主君である義頼へ頭を下げていた。
「以上にございます」
「なるほど……特に問題があるようには見えぬか。ところで弥左衛門、取り回しであるが感触としてはどうなのだ?」
「はい。やはり、今までとは違う箇所もあります。それゆえ、多少は扱いづらいといいますか……こう、違和感を覚えますな。しかし、いずれは慣れましょう。そうなれば、違和感を覚えることなど気にもならなくなります」
「……そうだな。人間慣れるからな」
なおこの新式となる火縄銃だが、前述の通り槍の穂先が取り付けられるようになったこともあって、どうしても槍の修練が必要となってしまった。その為、はじめは火縄銃を扱うことに慣れていた鉄砲衆であっても苦労していたのである。無論、人並み以上に槍を扱える者がいないという訳でもない。だがあくまで個人で扱うのが上手いのであって、誰かに教えるというのが得意という訳ではなかった
また義頼自身、打根を使うがあれはむしろ弓術に準ずる武器である。扱いとしては手槍のようにも使用できるが、厳密には槍ではない。また、前述したように義頼は陰流をも学んでいるが、個人的な取り扱いは兎も角として、誰かに教える程槍に習熟している訳でもなかった。
だが、義頼が大和国に領地を拝領してからは、その懸念もなくなったといえる。何といっても大和国には、槍の流派となる宝蔵院流があるからだ。その宝蔵院流と六角家は、別に敵対などしている訳ではない。寧ろ北畠具教が間に入ったお陰で、険悪な関係とはならず良好といっていい関係を築けている。つまりこれにより六角家で槍を教える、若しくは扱う人間にこと欠くことがなくなった。
因みにこの新装備の名称についてであるが、のちに杉谷善住坊に請われた義頼が思案の末に銃槍と名付けていた。
さて……話を丹後国へと戻す。
一色家家臣である由利助之進が率いている軍勢について、銃槍を装備した鉄砲衆で迎え撃った訳だが、そこで終わる筈もなかった。
そして一色家側も襲撃をまさか鉄砲衆だけで止められるなど想定していなかった為、動揺が収まらない。そんな一色勢に対して六角勢が、ついに追撃の手を伸ばす。六角勢を率いる義頼は、鉄砲衆を挟んで向かって右側より、若いながらも家老を勤めている鈴木重好が率いる井伊衆を動かす。同時に左側より、山中幸盛率いる尼子衆が躍りかからせていた。
それでなくてもまだ現状が理解できていない一色勢であり、そこに満を持した者達が襲いかかったのだからたまったものではない。一色勢は混乱し右往左往した挙句、敵がいないと思われる後方へ向かって逃げ出し始めていた。
当然だが義頼の軍勢は、即座に追撃へと移行している。とはいえ、鉄砲衆が追撃に入るなどといったことはない。しかし追撃の命を受けた尼子衆と井伊衆は、当たると幸いに次々と一色勢を蹴散らしていった。
このような乱戦の中、一色勢を率いていた由利助之進は鈴木重好と共に出陣した井伊衆の近藤秀用によって討ち取られてしまう。彼は井伊衆が井伊谷より出る直前に、父親の近藤康用より家督を譲られていた近藤家の現当主である。つまり近藤秀用が近藤家の家督を継承してから最初の戦であり、その節目といえる戦で手柄を立てたことに対して彼は内心では安堵していた。
その一方で被害を被りながらも何とか追撃の手を逃れたかに思えた一色勢であったが、彼らが無事に建部山城へ帰りつけたのかというとそうでもなかった。その理由の一つに、一色勢が壊走したという事実がある。当然、組織だった撤退などできる筈もない。まさに烏合の衆と化しており、碌な反撃もできなかったのだ。
しかし何より、逃げを打った一色勢の向かった先に明神山城から出陣していた丹羽長秀の率いる若狭衆が塞いでいたというのが最大の理由であろう。これでもう逃げ道もないという状況に至った一色勢の反応は、主に二つに分かれた。
大多数の者は丹羽長秀に降伏して、自身を含めた一族の命と自分を長らえさせるという選択をする。しかし、一部の者はそれを持ってよしとはしなかったのだ。彼らは無謀にも、満を持して待ち構えていた丹羽長秀の軍勢に突っ掛かり、攻撃をしたのである。とはいえこれは一色家側の死を覚悟しての突貫である。その為か丹羽勢は一瞬だけでも虚を突かれてしまったのだった。
しかし、所詮は多勢に無勢でしかない。丹羽長秀の采配で僅かの間に体勢を立て直した丹羽勢へ、少しの被害を与えただけである。その代償が命であり、彼らは等しく全員、丹羽勢に討ち取られてしまった。程なくして、一色勢を駆逐した丹羽長秀が軍勢を率いて義頼の元を現れる。するとそこには、今回初導入の運びとなった銃槍という新装備の実戦結果を義頼が確認していた。
「これはこれは、五郎左(丹羽長秀)殿。して、首尾の方はいかがですかな?」
「問題ない、大丈夫だ」
義頼からの問い掛けに、丹羽長秀は笑みすら浮かべつつ答えていた。
もっとも当の丹羽長秀も、壊走してきた一色勢全員を捕えた、若しくは討ったなどとは全く思っていない。それは義頼とて同じであり、彼もまたそれ以上は追及することはなかった。
「そうですか。それは何より」
「うむ……ところで左衛門佐殿。その火縄銃だが、見せて貰いたい。よろしいか?」
「ええ。構いませんよ、五郎左殿」
別に義頼にしてみれば、隠し立てをして新式の火縄銃を六角家内の秘儀などにする気は毛頭ない。それに織田信長へ報告は既にしているし、彼に実物も見せているのだ。何せ今回の運用は、銃槍が有効か否かを見極める最後の試験である。しかしてそれは、織田信長への報告や新装備の提示という意味合いをも持っていたのだ。
「…………なるほど、なるほどのう。これが、そうか」
矯めつ眇めつ眺めながら漏らした丹羽長秀の一言を、義頼は聞き逃さなかった。
確かに六角家で秘匿するつもりなどないが、まだ義頼は織田信長ぐらいにしか銃槍の存在を知らせていない。それであるにも関わらず、まるで銃槍という存在を知っているのではと連想させるかのような言葉を丹羽長秀が呟いている。そんな彼の様子に義頼は、織田信長から命を受けているのは彼であるとの当たりを付けていた。
「しかし……これは思いもよりませんでした、殿」
「うむ」
丹羽長秀の隣脇では、丹羽家の重臣となる山田高定もいる。そんな彼も、実に興味深げに眺めている。彼らの様子を見た義頼は、自身の家臣に命じて予備の火縄銃を持って来させた。言わずもがなだが、その銃には当然のごとく銃槍が取り付けられている。そんな火縄銃を受け取った義頼は、丹羽長秀へ新たに持ってこさせた火縄銃を差し出していた。
「五郎左殿。貴殿に、拙者からこれらを進呈します」
「何と!……宜しいのか? 左衛門佐殿」
「はい。五郎左殿には、日頃からお世話になっております。そのことを考えれば、これくらいは当然かと」
「そうか。では遠慮なく、いただくとしよう」
「それと取り扱いについてでございますが……杢右衛門はいるか」
「はっ。ここに」
「済まぬが、五郎左殿へ火縄銃の説明をして欲しい」
「御意」
義頼に呼ばれて現れたのは、六角家の筆頭鉄砲奉行である杉谷善住坊と、次席鉄砲奉行となる城戸弥左衛門。そんな彼らを、補佐する役を持つ男である。彼の名は、原田杢右衛門と言った。
兎に角、義頼から命を受けた原田杢右衛門は、了承すると丹羽長秀に近づくと挨拶を行った。
「原田杢右衛門と申します。丹羽様、お見知りおきを」
「そうか! 拙者は丹羽長秀である。それでな……」
さっそく丹羽長秀は、原田杢右衛門に対して新装備となる銃槍が取り付けられた火縄銃に対してあれこれと聞き始める。その質問に、義頼から説明役を仰せつかった原田杢右衛門は粛々と答えていった。
因みに一色家の軍勢を蹴散らした丹羽家の将兵であるが、この場に到着する直前に丹羽長秀からの命を受けた丹羽家家臣の桑山重晴が纏め上げていたので何も問題は起きていなかったのであった。
と言う訳で、新装備の名は銃槍でした。
ご一読いただき、ありがとうございました。




