表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星彩の糸 ~引き裂かれた龍神と巫女の転生後の再会と顛末~  作者: ヴィルヘルミナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

第十四話 AI蝗害

 朝木に託された細密画六点は、瞬く間に私の顧客の手に渡った。あの日の記憶はなくても、元々、私に販売を任せるつもりだったらしい。細密画を手にした顧客が喜ぶ姿を見ている間は、自分の切羽詰まった状況を忘れていられた。


 眠ったままの文葉は、時折自発呼吸が止まるということで集中治療室へと移されていて、家族以外の面会は許されてはいなかった。焦る気持ちはあっても仕事は休めない。友達の命が掛かっているのに、私は冷淡過ぎるのかもしれないという罪悪感はある。仕事と友達の命を比較するまでもないと思いながらも、残りの有給休暇の日数を数えてしまう。


「おい、早く食え。料理が冷めるぞ」

 七神の言葉で私は現実に引き戻された。賑やかなイタリアンレストランの中、テーブルにはカプレーゼと数種類のピザやパスタが並んでいる。どの皿も大きくて二人で食べきれるかどうかは危うい。

 この店は数名で料理をシェアして食べる形式らしく、どのテーブルも笑い声に包まれている。


「ご、ごめんなさい。春人さん」

 食事中だったのに、すっかり別のことを考えこんでしまっていた。謝罪する私に向かって、七神は明るく笑う。

「気になってるのは友達のことだろ。今は安定してるから大丈夫だぞ」

「容体がわかるんですか?」

「ああ。俺のせいでもあるからな。責任持って護ってやるさ」

 自信に満ちた笑顔を向けられて、少しだけほっとした。方法はわからなくても七神なら何とかしてくれそうな気がする。


「……私、冷たい人間なのかもしれません。親友が命を落として、もう一人の親友の命が掛かっているのに、こうして普通に生活しているなんて……」

 私は〝捕縛者〟を探さなければならないのに、七神の電話での誘いに乗って食事にきてしまった。


「どこが? お前は十分優しいと思うぞ。優しすぎるから自分を責めて悩むんだ。大体、友達の命を助ける為に自分の生活壊すなんぞは愚策でしかない。友達を助けて、自分も護る。両方掴んでこその幸福だろ」

 ピザを切り分ける手を止めて、七神は好戦的な笑顔を見せる。


「最後は生き残れた奴が大団円(ハッピーエンド)で笑えたら問題ねーよ。……死んじまった奴は、時々思い出してやるくらいしか生きてる俺たちに出来る事はない。あんまり考え過ぎると、死者に引っ張られるぞ。前を向け、前を」

 どこか横柄な物言いでも、七神の言葉は優しい。


「俺の目下の問題は、二人でこの料理を食い切れるかどうかだな」

「……それは難しい問題ですね」

 テーブルいっぱいに並ぶ料理を平らげるのは絶対に無理だと思っていたのに、七神はワインを飲みながら次々とピザやパスタを胃に納めていく。成程、この食べっぷりなら先日の散らかった部屋の惨状も理解できる。

 勧められるまま口にした料理は美味しくて、チーズとオリーブオイルたっぷりの重さも気にならなかった。


「意外とあっさり解決したな。……もう一皿いくか」

「デザートじゃないんですか?」

 イタリアンならドルチェと言うべきだろうか。

「俺は甘い物が苦手だ。お前は頼んでいいぞ」

 そう言われて頼もうかと思った時、隣のテーブルに運ばれてきたティラミスの巨大さに閉口する。縦横二十五、厚さは十センチはありそうで、一人で食べきれるサイズではなかった。


「……桜大(おうだい)がいたら楽勝だったな」

 朝木の名を口にした七神の表情が一瞬だけ曇ったかと思うと、肩をすくめた苦笑に替わる。見たことのなかった寂しそうな表情に胸が痛む。

「私、珈琲にします」

「それじゃあ、俺はマルゲリータをもう一枚だな」

 不自然な程明るく笑う七神に、私は精一杯の笑顔を贈ることしかできなかった。

 

      ◆


 最後の一枚は七神の霊力によって発見された。七神の車で郊外にある場所へと向かっていると、徐々に人の気配がない家ばかりになっていくのを感じる。寂れた商店街は、ほとんどシャッターが降りていて近隣にコンビニすらない。


「教えて頂いた住所をネットで検索しましたが、新興宗教の施設ですね」 

 ネットの地図写真では入り組んだ細道とブロック塀に阻まれて、上空からの写真では建物の瓦屋根しか確認できなかった。設立は半年前。信仰すれば、誰でも億の資産家になれるという教義は動画サイトで流され、動画の有料登録をすることで入信完了。寄付やお布施もすべて動画サイトを通じて行われている。


 福々しい笑顔の中年男性が教祖で、日々、笑顔でいること、人の悪口を言わないこと、一円でも大事にすること、そういった習慣や説教を短い動画で説いている。動画は高級ホテルのような豪華な部屋で撮られていて、ホテル住まいなのかと思っていたら、撮影場所は自宅と書かれていた。


「ここからは歩くことになる」

 時間貸しの駐車場に車を止め、荒れ放題の細道を歩いてたどり着いた場所は、ブロック塀に囲まれた二階建てのアパート。紺色の屋根瓦に灰色の壁の建物はかなり古いものらしく、鉄で出来た階段は錆びていて今にも崩れ落ちそうで怖い。

「……ここ、ですか?」

「ああ。間違いない」

 綺麗で豪華な室内を映した動画から想像していた建物とは全く異なっていて、戸惑いしかない。七神の表情は鋭さを増していて、私には感じ取れない何かを視ているように思えた。


 一台のデリバリーのバイクがアパート入り口に止まり、ファストフードの袋を持ってアパートの奥へと走っていった。袋は扉の横の地面に直置きされ、配達者は何食わぬ顔でバイクに乗って走り去った。

(デリバリーって、対面だけじゃないんだ……)

 アパートの入り口で無造作に置かれた袋を驚きながら見ていると、扉が開いた。灰色のジャージ姿で現れた痩身の中年男性が、袋を拾い上げて、私たちに気が付く。


「誰だ、お前ら」

「お、拝み屋です。こちらで、何か怪異現象は起きていませんか?」

 鋭い目つきの七神が何か言う前に、私が答えてしまった。中年男性は視線を泳がせた後、私たちを部屋へと招き入れた。


 扉を開けると小さな土間があって、すぐに畳の和室。古ぼけた畳の部屋には鉄製の棚が置かれ、ぎっしりとパソコンが並び、巨大なモニタが複数壁に掛けられている。奥の部屋にはリクライニングされたゲーミング椅子がちらりと見えた。


「好きなところに座ってくれ」

 テーブルも座布団もなく、畳の上に男は胡坐で座る。迷いながらも、靴を脱いで上がった私は正座で座り、腕組みした七神は、土間で立ったまま柱に寄り掛かった。 


「俺は今までAIで稼いできた。生成したイラストはエロなら何でも売れたし、小説も短編なら秒で生成できて、一度でもページを開かれれば、それだけで広告料が稼げる。タイトルで釣れば中身なんて関係ない。複数のスマホ使って、仲間内で評価を入れればランキング上位独占も簡単だ」

 頬がこけた男性は、私たちの顔を見ることもなく、早口で自分のことを語り始めた。 男性の背後の棚の片隅に十台ほどのスマホが積まれているのが見える。


AI蝗害(エーアイこうがい)なんてクリエイターには恨まれてるが、世の中、稼げた者勝ちだ。稼げる方法が目の前にあるんだから、稼いで何が悪い。やらない方が馬鹿だろ」

 蝗害とは、イナゴの大量発生による災害。私自身は絵を描いたり小説を書いたりしないからわからないけれど、手間暇掛けて一から創造している創作者から見ると、ネット上のデータを学習して秒速で作られるAI生成群が、創作サイトを食い散らかしていくイナゴに見えても仕方ないと思う。現時点でのAI生成品は、過去の作品の学習結果でしかない。


 たとえ稼げるとしても、多くの創作者の恨みを背負うことは容易に想像できて、恐ろしさすら感じてしまう。


 男はさらに早口になり、まるで自分に言い訳をしているようにも聞こえてきた。自分は悪くないと、自分に必死で言い聞かせているように見える。


「まあ、俺みたいな奴らが増えたせいか、あちこちで対策され始めて、前ほど稼げなくなった。アフィリエイトも商材販売も新規参入が増えすぎて頭打ちだ。それで俺は思いついた。宗教で稼ごうってな。AI生成で完全無欠の教祖様を作って、それっぽい説教をAIに作らせて、AI音声でしゃべらせる。これがまた、ガバガバ稼げる。その辺のネット上の架空宗教じゃなく、宗教団体として公的に申請してるからな。収益化停止されても、公的書類があるから再開できた」

 人の心を救う為の宗教ではなくて、人からお金を奪うことが目的。ギラギラとした目が怖いと感じる。


「……二週間前、俺と同じように宗教作ってた仲間が死んだ。俺にAIでの稼ぎ方を教えてくれた奴だ。そいつが、俺に妙な御札を遺した。……何でも願いを叶えてくれる御札っていうが、その願いと引き換えに命を奪うって、ネットでよく聞く話だろ?」


「俺は一目見てわかった。この札に願い事なんかしたら、きっと死ぬって。だから願い事せずに、川に捨てた。そしたら、翌日、濡れた札が扉の前に落ちてた。俺は怖くなって、塩掛けてゴミ袋に突っ込んで捨てた。それでも翌日、扉の前に落ちてた。何度も何度も捨てたが、戻ってくるんだ」


「……その札は今、どこに?」

「昨日、神社の賽銭箱に入れた」

 七神の問いへ、声を震わせて男が答えると、扉の外から、ことんと何かが落ちる音がした。


「や、やっぱり戻ってきた! あ、開けるなっ!」

 悲鳴を上げた男を無視して、七神が扉を開くと、御札が落ちていた。薄汚れた赤い着物に、橙色の帯には白い糸が巻かれている。その表情は冷ややかに思えた。


「……これはこちらで対処する。もうここには戻らないだろう」

 七神はそっと御札を拾い上げ、白い布に包んだ。私は立ち上がって靴を履き、扉の外へと出ると、男が追って出てきた。


「代金はいくらだ?」

「必要ない。失礼する」

 冷たく突き放すような言葉を残し、七神は歩き出す。男はほっと安堵の息を吐いていた。

 

 車までの道を歩く中、私は疑問を七神に投げかけた。

「稼いでいるなら、何故もっと便利な場所に住まないのでしょうか」

「推測だが、人が来るのを恐れているのだと思う」

 成程。交通が便利なら、ネットの公開情報をたどって宗教施設を確認しに来る人もいるだろう。


「もう一つは……過去、あの男が流した嘘の健康情報で、複数の死者が出ている」

「え? それって、捕まらないんですか?」


「アカウントを作って稼いでは消し、再び別のアカウントを作るという手法で、被害が明らかになる頃にはその情報は消えていて、嘘を流した本人も生成情報の確認はしないから、死者が出たと知らないらしい。騙されたのは主に中高年の者たちだ。騙されたことを恥じ、親族にも真相を言えなかったそうだ」

「……そんな……酷い……」

 その情報はどこからと、疑問が浮かんだ。


「アパートの周囲を、多数の犠牲者の霊が取り囲んでいる。〝捕縛者〟がいなくなって嬉しいそうだ」

 犠牲者の霊を、七神はわざと祓わなかったと受け取っていいのだろう。男が引っ越さないのも、霊が阻止して閉じ込めているのかもしれない。

「後は、あの方と霊の皆さんの問題ですね」

 思いは複雑に絡み合い、その行為が良いとも悪いとも、安易な答えは出せないと正直に思った。


      ◆


 七神の部屋に戻ると、七神は戸棚から黒塗りの箱を出してきた。

「これが集めた〝捕縛者〟だ」

 艶やかな箱の中、紙に包まれた御札が現れた。同じと思っていた顔には微妙に表情があって、冷たい顔や優しい顔とさまざま。赤い服も帯も模様が異なっていて、すべての札には白い糸がしっかりと巻き付いている。

 七神は、回収した御札を箱の中へ並べた。冷ややかな顔だった御札は落ち着きを見せていて、害意を感じなくなっていた。


 これで六体の〝捕縛者〟が揃った。後は文葉が持っている物を回収しなければ。

「文葉の御札を回収した後、体はどうなりますか?」

「完全に生命維持装置頼りになる。回収後は速やかに収められていた神社に向かおう」

「……どうやって、御札を回収しましょうか」

 文葉の母親に連絡を取って、部屋の中を探すしかないのだろうか。どんな理由で切り出せばいいのかわからない。


「こちらにおびき出す」

「おびき出す? そんなことができるんですか?」

「〝捕縛者〟は星彩の糸で繋がっている。六体あれば召喚できる確率も上がるが、問題は場所だな」

「私の部屋ですか?」

 〝捕縛者〟は二度私の部屋に訪れている。春人には見られていても、冬登にはまだ部屋を見られていないと気が付いて、片付けておけばよかったと内心焦る。


「いや。もっと良い場所がある。朝木が住んでいるマンションは、ありとあらゆる点で最悪が揃っているから最適だ」

「え……タワーマンションでしたよね? そんなに最悪なんですか?」

 そのマンションは街中の好立地に建っていて利便性が良く、最悪の環境とは程遠い。


「ああ。そもそも、あの場所は古戦場だった。その後は処刑場となり、無縁仏や罪人の墓地として使われていた。そこを供養もせずに一気にブルドーザーで更地にしたのが五十年前の話だ。その後、商業施設が出来たが長くは続かなかった」

「うわ。ちょっと待って下さい。ものすごくアウトじゃないですか。よくマンション建てましたね」

「朝木の一族は霊を一切感じないし、信じない人々ばかりだ。合理的とでもいえばいいのか……その上、朝木自身は基本的に霊を寄せ付けない体質で守護霊もいない。……だから一緒に過ごしていても楽だった。背後の霊に気を遣うことが不要だからな」

 さらりと語られる内容が微妙に怖いような気がする。ふとした疑問が口から零れ出た。


「……私は?」

「知りたいか?」

「いえ。結構です。不要です。視ないで下さい」

 早口で返すと、七神が笑いをこらえながら肩を震わせる。


「笑うなんて意地悪ですよ。でも〝捕縛者〟は? 朝木さん、体を乗っ取られかけてましたよ?」

「あれは厳密にいうと霊ではないからな。ただの器だ。あと四、五百年経過すれば付喪神として霊になったかもしれない。霊を寄せ付けない体質でも、神の力でごり押しされれば影響を受けるという一例だな」

 〝捕縛者〟とは意思を持ち、怪奇を起こす器。それでも霊ではないのか。不思議なことばかりで完全理解は難しいと思う。


「……えーっと。雑多な霊が集まるというと、その……潰れた遊園地とか、廃墟とかどうでしょうか」

 朝木に連れていかれたあの遊園地や、動画でみた廃墟なら適合しないだろうか。

「屋外だと、不確定要素が多すぎる。何があるか予測不可能だ。屋内であれば、仕掛けも複数準備できる。……そんなに朝木のマンションが嫌なのか?」


「嫌という訳では……」

 朝木本人が忘れていても、告白されたことは気になっている。応えるつもりはなくても、意識してしまう。

「時間を掛けないように努力するから、我慢してくれないか。必ず私が護る」

 七神は、私の躊躇を全く違う意味に捉えている。その誤解を解く勇気もなくて、私はただ頷くしかなかった。


      ◆


 夢の中、私は緑広がる大地を見下ろしていた。私は、白く巨大な龍の五本の爪に護られた透明な玉の中にいて、青い空を飛んでいると気が付いた。眼下に広がる森を切り拓いた田畑の中、ワラや板の屋根を持つ小屋が二十ばかり集まっている。その中央にそびえる小山の頂上には、檜皮葺の神社。


『あれがお前の住む村だ』

 龍神の声がその巨体から伝わってきた。顔は見えなくても安心感に包まれている。

「……とても小さな村だったのね……」

 村を見下ろしながら、私は呟く。話に聞くだけの都よりは小さいだろうと想像はしていたのに、実際に見ると衝撃が大きい。


 白龍が空を飛ぶ速度は速く、あっと言う間に都の上空へと到達した。整えられたまっすぐな道が仕切る四角い街。それは平安京の昔の姿に見える。

『これが都だ。降りてみるか?』

「い、いいえ。見るだけでいいです」

 田畑や森に囲まれた村に比べ、巨大な屋根を持つ屋敷や、小屋が密集する場所を初めて見た迫力は興味よりも恐怖が上回る。何よりも怖いのは、通りを行き交う人の多さ。近隣の村の全員を集めても、比べ物にはならないだろう。


『そうか。都へ降りるのはお前が慣れてからにしよう。これから、どこへ行きたい?』

 どこでもいいから、遠くへ行きたい。村の外へと出たい。そう答えかけた私の脳裏に、帰りを待っていると告げた白い狩衣の男の背中がよぎる。


「……今日は夕方までに戻ると約束しているから……」

『わかった。この近くに美しい滝がある。そちらを見て帰ろう』

 人間の私を娶る為の準備は長引いていて、結婚の約束から半年が過ぎようとしている。誰にも言えず、歯がゆくても信じて待つだけ。


「龍神さま、私、――」

 意を決して、何かを言いかけた所で目が覚めた。


 白い天井を見つめながら、見ていた夢の欠片をすくってはみたものの、あっというまに零れ落ちて消えてしまう。

「えーっと。……外に出たい、って何?」

 ただ残ったのは、自由になりたいという思いだけ。あのアパートに閉じ込められた男に影響されたのか。夢の中、何をしていたのか、何から逃げたかったのかは全く思い出せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ