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LEGEND OF NAVY BLUE

LEGEND OF NAVY BLUE:導く霊火、揺らぐ天秤

 堅牢で精密な木造の大講堂。あるいは、裁きの場でもある。


「……この世の中には」


 その講堂に立つのは『被告人』そして『裁判官』だけ。罪ある者に裁きを与えるのなら、それだけで十分である。


「一体いくつの罪が存在すると思うかね?」


 『裁判官』の少年がそう問うた。深い藍の混じった美しい銀髪と、同じく海のような藍の腕輪が特徴的な小さな少年である。


 だが、その少年の背丈に見合わず、その姿からは想像もできないほどの重苦しい気配を醸し出している。さながら、どんな些細な獲物ひとつをも見逃さない狡猾な龍のようであった。


「……」


 少年の問いに、『被告人』は答えない……いや、答えられない。


 少年がガベルを振り下ろし、カン! と高い音がこの講堂中に響きわたる。罪の清算の時が訪れた。


「――この名をもってここに宣誓しよう。貴殿に課す罰は」


 空間が平面のガラスのようにひび割れ、砕け散る。


「三日のおやつ抜き、だ」



 * * *



「ああ、えっと。またしょうもない裁判やってるんだね……」


 Motchiy(モッチー)がお茶を飲みつつそう呟いた。紺色の髪が月明かりを弾いて煌めき、ついで風で軽く踊った。


「しょうもないとは何かね。此方にとってあのプリンは相当の貴重品だったのだよ」


 空間がドロネー三角形分割的に歪むと、一瞬でそこに出現した少年――『最高裁(シュプリームコート)』がそう返す。その手には不機嫌そうな三毛猫が抱えられていた。その尻尾は二又に分かれており、ただの猫ではなく猫又という存在であることを示している。


 ここはとある寂れた街にある、ひとつの大きな建造物、そのバルコニーだ。


 もともとは巨大な大学であり、『最高裁』はこの創設者、それから長きにわたって教鞭を執っていた人物でもある。かつての戦争によりこの国ごと壊滅した後も、大学の建築だけは彼の住処として残り続けていた。近頃は平和が戻ったのもあり、観光に来る人間も少なくはない。


 本人にとっても、寂れた町が少し賑やかになってそれなりに良いことであるようだ。


 『最高裁』という少年について、神であるMotchiyもあまり詳しいことは知らない。もともと遠い異国で『正義の神』という大役を担っていたこと、そして部下の裏切りによってその座を追われたこと、その二つしか彼の身の上は聞いたことがなかったのである。


「にゅ~」


「仕方あるまい。君があれを盗み食いしなければよかった話だよ」


「にゃあ~」


 助けを求めるようにMotchiyのほうへ向く三毛猫。Motchiyは肩を竦めると、そのもふもふの背中を軽く撫でた。手元にはMotchiy持参のおやつがあるにはあるが、うかつにあげれば彼女自身まで裁判に巻き込まれかねない――判決はおやつの没収とか、その程度だろうけれど。


 Motchiyも自分を助けてくれないとみて、ひとしきり威嚇した後にどこかへ走り去ってしまった。


「それで、だ。わざわざこんな僻地にやってくるとは、なにか事情があるのではないかね? Motchiy君」


「その通りだよ。ちょっと探し物をしててね、(コート)が適任だろうと」


 探し物とは、と『最高裁』がカップをMotchiyの前のデスクに置いた。アイスティーの透き通った水面がわずかに揺れ、眠くなるような優しいハーブ、それからメープルの香りがした。


「自分が探してるのはね、『白銀の杖』――正式名称『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』だ」


 その名をMotchiyが告げた瞬間、『最高裁』の目が一瞬だけ見開かれ、その表情が強張る。


「……それを探すのは止めた方が良い。此方でも、そう迂闊に手を出せない代物だ」


「知った上でだよ。どうしても、それを集める必要があるんだ」


「何故と聞いても……はあ、日本の神様は答えてくれないのだろうね、その上頑固であるときた。ならば、それがなぜ危険なのか――正しく理解しているのかね?」


 空間が一瞬で重苦しく変化する。


 『最高裁』は、ここで、Motchiyを試す気だ。彼女よりもその『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』をよく知る者として、それを無為に追い死へ向かう凡愚なのか、それとも否か。


 Motchiyはその気迫に押されることなく、まっすぐ彼の瞳を見つめ返した。


「もちろん」


「当然、百点満点の理由は言えるのだろうね」


「触れたら死ぬ、見たら死ぬ、近づけば死ぬ。これまで断罪された者たちの執念によって」


「策は?」


「それをきみに聞きに来たんだよ。一人で抱え込むには、大きすぎる問題だからね」


 その答えを聞いた『最高裁』は、しばし顎に手を当て考えこんだ後、席を立った。


 書斎の中から一冊の本を取り出すと、ペラペラとめくって中ほどを開く。


「『想は現の黒鏡(ブリーチローダー)』――ふむ。これを受け取りたまえ」


 本のページが『最高裁』の能力(マジック)に合わせて光り輝き、そこから何かが具現化する。Motchiyへぽい、と軽々しく投げてよこされたのは青く美しい剣だった。


 まるで青空を切り取ったかのような、澄み切った青色だ。特に中央部に埋め込まれた球状の宝石、そしてそこから剣先まで伸びたラインが温かい魔力を持っている。


「『恒等ソード=typeJ(タイプジェイ)』だ。少なからず邪気を払いのける力がある」


 『最高裁』の視線は、興味深そうに剣を眺めているMotchiyから、その腰にある黒い鞘へ向かった。


「君の愛刀には悪いが、その佩いている刀では『白銀の杖』の持つ力に対抗できないだろう」


「代わりに今回はこれを振るうことになるんだね」


 どうやらMotchiyにとって愛刀と苦難を共にできないのは、そう嫌でもないらしい。実際、必要に応じて銃や弓なども扱っているのだし、今更という話ではあるか。


「その通り。武器のバランスが馴染まないならこちらで調整もできるが。どうするかね? 刀と同じように振るえるとは保証しかねるが」


「お、それは助かるよ。じゃあよろしく」


 また渡された空色の剣を見て、『最高裁』は深く頷いた。



 * * *




 パチ、パチと小さな石同士がぶつかる小さな音がする。


 『最高裁』は椅子に座りながら、手元に転がるいくつもの石――それぞれ少しずつサイズの違う直方体をしている――で遊んでいた。おそらくただ遊んでいるわけではないだろうが、傍から見てもよく分からない。彼の姿が子供のように見えるのもひとつの要因かもしれない。


「ニャー」


「おや、カレイ」


 先ほどの三毛猫とは別の、艶やかなグレーの毛並みを持つ猫又が彼の足元にやってきた。カレイ、と呼ばれた猫又はジャンプして机の上に飛び乗ると、間近で積み石の様子を観察する。


「その石、猫ちゃんに近づけるのは危なくないか?」


 Motchiyの後に訪れた別の来客――山本(やまもと)が、少し不思議がる様子を見せた。


 雪のような白髪に鮮やかな赤目のコントラストが美しい少女だ。黒のコートに身を包み、『最高裁』から少し離れた椅子に腰かけている。


 普段なら挑発的ともとれる不敵な笑みを絶やさない山本だが、今回は少し緊迫した雰囲気を纏っている。


「大丈夫さ。カレイもウマトマも丈夫だよ、君が思っているよりね」


 山本が観察する限り、あの石はそれぞれが膨大な魔力を秘めている。まあ『最高裁』の言う通り、ちょっとやそっとで爆発するほどの危険物ではないが……下手に触ると、その魔力にやられて気絶、ということも十分ありうるレベルだ。


 そんな山本の心配をよそに、カレイも石のひとつを手先でちょいちょいとつつき、転がして遊び始める。楽しそうだ。


「Motchiyが来たんだろ?」


「君は彼女を探しているのかい?」


「いや――まあ、半分そうとも言えるか」


 どこか含みのある言い方に、『最高裁』は首をかしげた。とはいえ、山本自身も些か言葉選びを迷っているらしかった。


「三分の二くらいはお前に用があってきたんだ、シュープ」


「その呼び方は未だに慣れないね」


「わざわざ毎回『シュプリームコート』なんて呼ぶ奴はカイハくらいしかいないだろ。それと……あのお方? それぐらいかな」


「あのお方?」


「桃色の、名前を呼んじゃいけないあのお方、さ」


「……」


 コホン、と『最高裁』が咳払いをする。そろそろ本題に入れということらしい。


「ああ。単刀直入に言うと、『肆方石(しほうせき)』のひとつが割れたのさ」


「またかい」


 やれやれという様子の『最高裁』。


 山本の話した『肆方石』は封印のしるしである。かつての遥か昔、当時の神がとある邪神を討ち果たした。その時に相打ちに持ち込まれてしまったため、邪神を滅ぼすことはできず、最後に神力を纏う水晶で封印を築くしかなかった――という伝承がある。


 実際のところどういう戦いが繰り広げられていたのかは山本も今は知らないが、いくつかの考証から伝承は若干の誤りを含む可能性が高い、ということは分かっていた。


 そんな封印の要の肆方石であるが、封じられているのは曲がりにも強力な邪神であり、しばしば割られる。それでも即座に脱出されるほどやわではないし、当たり前だが残り三個もあるため、すぐにそこそこ以上の能力者が再度封印を施せばいい。


 それがいつものことであったが。


「本題はここからさ。その肆方石……が、意図的に、外部の人間に割られた可能性が高いんだ」


「……ほう? つまり恒例の、邪神の大暴れでは無いということかね」


「その通りだよ。俺も詳しくは知らないけどさ、きっと――Motchiyの探す『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』にも関わりがある。ていうか、十中八九それ絡みだ」


 山本がそう言ったのを聞いて、『最高裁』は「自分が動く必要があるね」、と積み石をひとつ、乱暴に弾いたのだった。



 * * *



 Motchiy、『最高裁』が共に追い求める『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』。


 かつては厳正なる裁きを執行した、偉大なる神の持つ杖であった。だが永い時を経れば、その持ち主も移り変わる。そうして、ひとりの悪しき心を持つ者の手により、『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』も黒く染まってしまった。


 『最高裁』の記憶も朧気であるが、彼と面識のある神が一度『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』を倒し、封印したのを見届けた事はあった。


「そう――ちょうどこんな静かな雨の日に」


 『最高裁』が腕を勢いよくスライドさせると、虚空がドロネー三角形のように歪み、一冊の星空のような色合いの書が出現する。その背表紙には『六法』の文字があった――どうやら、法律の本らしい。


 山本もライフルに銃弾がしっかり装填されているのを確認すると、軽快にチャカチャカと音を鳴らした。


「下手に動かないでくれたまえよ。君の本気がいか程か、此方はそう知らないがね」


「Motchiyには劣るくらいさ」


「あいにく、此方も彼女と手合わせしたことはないのだよ」


 二人は現在、彼らの住まう地からは遠く離れた無人の地を訪れている。


 鬱蒼とした深い陰樹林に囲まれているが、ここだけは褐色の石の層が表出し、森の中にぽっかりと穴が開いたようになっている。


 森には暗い空から静かに雨が降り続けているが、この空間だけは雨が届かない。どこにでもありそうな景色でいて、その場に立つ者になにか言葉にできない感傷を抱かせた。


 その奥に、まるで台座のような形の凸部が存在する。本来であればそこに、薄暗い明かりを放つ大きな水晶が浮かんでいるはず、なのだが。


「……本当に割られているね。しかもこの魔力のタイプは――」


「『白銀の杖』、だろ」


「いかにも。君の言っていたことは本当だったらしいね」


 山本にはイマイチ感じ取れなかったが、どうやら『最高裁』は『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』の力の痕が分かるらしい。正義の神として、その世界に少しでも身を置いていたが故だろうか。


 荒み、歪んだ正義により命を奪われた者たちの恨みは濃い。それらがずっと封じられ続けてきたため、非常に強い突き刺すような感触があるそうだ。


「そして同時に、『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』が自立活動を再開したことも確定してしまった」


「ああ……やれるか? 正直言って俺は当てにならないけど」


「さあね。Motchiyには対応策も伝えたけれど、その策がやすやすと通用するとは考えない方が良いだろう」


「ふーん。じゃ、長時間経って強化されてる可能性は?」


「無くはない。が、今のうちに叩くことが出来ればさして問題はないはずだ。少なくとも今はその楽観に縋るしかないだろうね」


 淡々と危機的状況を話す『最高裁』。


「カミサマが運頼みなんてなぁ」


「神もサイコロを振るのだよ。確実な法則で未来を縛るのは、案外難しいものだ」


 砕けている肆方石の欠片が、少し黒ずんだオーラに包まれている。それを辿りながら、足早に、でも慎重に追跡をしていく。


 この台座のある平原を抜け、森に入っても痕跡を追い続ける。足跡などはないためやはり山本には感じづらいが、『最高裁』の進む道にはいくつかの折れた枝、斬られた蔦などが散らばっていた。


「聞いてた感じだと、杖は杖だろ?」


「十中八九、近くにいた誰かを支配したのだろう。悪いが静かにしていてくれたまえ」


「ああ、ごめんごめん」


 山本はライフルを構えつつ、警戒しながら『最高裁』を追いかける。


「……」


 それから五分ほど歩いてもあまり進展はなく、山本が口を開きかけた、その時だった。


「――『白金添えしは望む為ロード・グレイフォールン』」


 突如、空から姿を現した何者かが『最高裁』へ斬りかかったのだ!


 想定はしていたのか、すぐさま身を翻す『最高裁』。その横から山本の弾丸が三発、炸裂した。


「ッチ、『磔へ向え(フェターファイト)』! 当たれッ!」


 パパパン! と激しい発砲音と共に鉛の三連弾が標的へと飛びかかる。


 が、それに弾丸は当たらなかった――躱したのでも、狙いがそれたのでもない。すり抜けたのだ。


「マジか……」


 現れたのは、ひとりの青年だった。生気のない碧の瞳と、髪はくすんだベージュ色。服装は黒いワイシャツと到底戦闘に向いた風ではなかったが、その手にはひとつの杖が握られていた。


 白銀の淡い光を放つ、美しい細工の杖だ。間違いなく、『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』そのものであった。


「ふむ、あちらから姿を見せてくれるとはね。手間が省けた――と言いたいところではあるが、なんせ此方は戦闘は不得手なもので」


「よく言うよ、フォニィ!」


 スタイリッシュにライフルをクルクルと回し、今度は魔力を強く纏わせてトリガーを引く。


「『想は現の黒鏡(ブリーチローダー)』」


 突如として空中に具現化された超電導のレールが、弾丸を空中でスピン、加速させる。瞬く間に超音速まで到達した弾丸は、相手に認識する暇さえ与えずその胸部を撃ち抜く。


 『最高裁』の能力(マジック)は『想は現の黒鏡(ブリーチローダー)』――書物に記された物品を具現化する能力。今、彼の手の上には六法のかわりに、いつの間にか電磁気学に関する高度な学術書が握られていた。


 杖に操られた青年が激しく血を吐いた。


「がふっ――」


「魔力があったら当たんだな! 手こずらせやがって『磔へ向え(フェターファイト)』ッ!」


 そして、山本の能力(マジック)磔へ向え(フェターファイト)』は、誓約により無限の強化を獲得する力。当たれと宣言して当てればよく、殺すと宣言して殺せばその勝ちに乗じて無限の追撃を可能とする。


 今回の誓約は『ぶち抜く』、そしてその誓いは果たされた――六発分だ!


 勢いよくぶっ飛ばされたのを見て、山本はさらに蹴りとゼロ距離ショットによる追い打ちを仕掛ける。


誓いの湾の護り手(コースト・ホルダー)、我が名において命ず――術式構築」


 そして『最高裁』も後方で封印の大魔術を構築し始める。


 杖の再封印は、思ったよりも楽に進んでいる。



 * * *



「――『白金添えしは望む為ロード・グレイフォールン』」


「甘いっ!」


 Motchiyは、突如出現したひとりの青年の攻撃を剣で弾き返した。


 ここは山本らのいる場所からそう遠くない崖の上。Motchiyもまた、独自に『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』の気配を追跡し、この場へ至ったのだ。


「……妙だね」


 勢いよく振るった衝撃で襲撃者はもんどりうって地を転がる。Motchiyの手の中の恒等ソード=typeJがカシャカシャ、とからくり音を立てながら構築を最適な形状に変化させた。


 だが、戦闘が優位に進みだしたにもかかわらず彼女は訝しげな表情だ。その原因は、あの杖から、そしてその保持者から感じられる力がとても弱々しいことにある。


「ガァ、アア……!」


「『月の観手(ムーンサイター)』、放て」


 獣のように雄たけびを上げる青年の腹を、Motchiyの放った光の矢が容赦なく貫いた。彼女の矢は魔だけを穿つ、血は零れても大傷には至らない。


 ショックにより吹っ飛ばされ、手を離れた白銀の杖をMotchiyが掠めとる。


「……これは――どういうことだ?」


 そして、その杖は瞬時に霧散し――残ったのは、幻術魔法特有の、煙たい魔力の残滓だけだった。


 つまりこの杖、そして使用者と思われていた青年はただの幻術によって生み出されたフェイク。


「――!」


「訳が、分からないな……!」


 いったいどういうことだ、と思う間もなく、再び刺客が襲い来る。やはり白銀の杖を握りしめていたが、これも確実に本物ではない。


 再び斬り合い、蹴りで崖の下に叩き落とす。そしてまた新たな襲撃者が現れる。再び突き落す……。


「キリがないな……!」


 Motchiyは大地を全力で踏み込むと、前方の斜面、そしてその奥の密林に向かって全力で加速した。こちらには『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』の魔力の残滓が続いている、幻術が何時までも続くのなら、本体を叩くしか選択肢はない!


「『雅透式(ワゥンズ・ワン)』――『剣に迷い無くディシンヴァーク・スロウン』ッ!」


 狂気的なまでに増幅した衝撃が、暴力が、ひとつの彗星となりMotchiyを加速させたのである!



 * * *



「……チィ、拍子抜けって思ってたらそういうことか! やんなるぜ……」


 同じころ、山本も無数に踊りかかる白銀の杖の正体を看破していた。『最高裁』は未だ魔法の構築中で、下手に中断すれば爆発するため動くこともできない。


 不幸中の幸いか、山本のライフル攻撃で十分戦えるほどの強さしかない敵だが、そう長くはもたないだろう。


 山本は額に流れる汗を拭い、ブレそうな照準を合わせて弾丸を放つ。今現在、二八六発の連続命中ストリークは途切れていない。そのため彼女の放つ弾丸には異常なまでの威力バフがかかっていたが……残念なことに、本人のスタミナは回復してくれない。


「がぁあっ!」


「ごく……チッ、『磔へ向え(フェターファイト)』!」


 エネルギー回復性能の高い白羽根印のカフェオレを一パック飲み干し、また次のイリュージョンをぶっ飛ばす。正直、好みのはずのカフェオレの味もよく分からなくなっている。


 山本は、後方で荒れ狂う魔力の波を操っている『最高裁』に向けて叫んだ。


「シュープ! まだなのか!?」


「……」


「まだなのか、いつまで待てば――クソ!」


 ――ガキンッ!


 杖の重い攻撃をパリィしたライフルが半ばでへし折れ、ジャムって爆ぜる! 脊髄反射的なスピードで手を放していたためダメージは免れたが、ストリークが途切れてしまった。バフはリセットされる!


 すぐさまヤクザキックによって距離を引き離すと、スペアのライフルに弾を込めた。


「こんな時に!」


「グォオオッ!」


「グオオじゃねーよドラァ!」


 蹴りでぶっ飛ばす!


 が、それで少しバランスを崩した山本に、後続の攻撃が迫る。


 やはり生気のない目をした男が、虚空から白銀の杖を振り下ろし――


「『雅透式(ワゥンズ・ワン)』、『剣は静かに語る(ダンス・パレット)』」


 突如割り込んだ龍の如き清流が、その杖を弾き飛ばした!


「――Motchiy!」


「待たせたね、山本に、(コート)!!」


 少し、山本は安堵した。気を抜くまいとしつつも、疲労困憊で膝の力が抜け、倒れてしまう。白羽根印のカフェオレを新たに一パックがぶ飲みし、それでもまだ力が足りない。


「Motchiy、どれくらい稼げる!? 時間を!」


「休んでていい!」


「なら、そうするよ!!」


 目の前でMotchiyの激しい戦いが繰り広げられていく。煌めく流水を纏った剣は緩やかに敵を飲み込み、鋼のような風を纏った剣が瞬く間にすべてを斬り尽くす。


 山本は取り出した小型の注射器、その中に満ちた金色の液体――正式名称は『ニーベルンゲンⅣ型・プロト』――を自らの動脈に注射した。急速に体力の回復を計れるが、この薬剤が身体に馴染むまで行動が制限される諸刃の刃だ。


 この状況で山本に攻撃が仕掛けられたなら躱す術はないが、それだけ山本は目の前のMotchiyという少女を信頼していた。


「『剣と舞うは翡翠空リボルヴ・リボルヴ・レイアウト』!」


「ごァアアッ――!」


「『剣の裂く常夜帳(レインレス・サンデー)』っ!」


 Motchiyの振るう剣は五元の力を纏う。


 彼女の能力(マジック)は『雅透式(ワゥンズ・ワン)』――その溢れんばかりの神力を、最強の自然の力と成し、そして万象を意のままに操る能力である!


「ぐ……かぁ……!」


 名前通り未だプロトタイプである『ニーベルンゲンⅣ型・プロト』の副作用により、山本の心臓に痛みが走る。が、同時に震えて動かなかった足に、腕に、力と活力が戻り始めた。


「……少し、弱まってきたみたいだよ」


「やるね、いい……調子だ」


 Motchiyが既に百以上のイリュージョンを消し飛ばしてきたからか、少しずつ幻影の弱体化も始まっていた。


 つまりそれは、本物の『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』の力も削がれつつあるということ。


 再びひとつのイリュージョンを斬り捨て、口角を上げたMotchiy。


「ふう、次は――」


 刹那、その心臓が貫かれた。


 Motchiyの顔が驚愕に染まり、口から赤い血がごぼごぼと零れだす――。



 * * *



 ――裁きとは、正しくなければならない。


 なぜか? 正しくなければ、それは裁きとは呼べないから。もはやソレはただの、独り善がりの遊戯に過ぎない。


 ――正義とは、中立でなければならない。


 なぜか? 中立でなければ、それは片側から見た幻想でしかないから。争いが起きるたびに、そこには両極の正義が存在するのだ。


 ――故に、神々は正しく、中立でなければならない。


 なぜか?


「なぜだろうね」


 正しく、中立でないのならば、それは狂気だ。


「それは違うさ」


 真理が違うことはない。


「ふ、過去に囚われた幻影だというのに、生意気なことだ」


 真理に則らないのならば、他者を裁く資格はない。


「その資格は誰が与えると思っているんだい?」


 この世が定める。神々をも超越した、世界という力により定められる。


「そうかい」


 故に、裁く者は狂気にとらわれてはならない。


「それは肯定しよう。だが、此方にもひとつ言わせてもらおう――」


 ――ドッ、と、深き紺を帯びた魔力が見えるまでに溢れ出す。


 世界規模で描かれた巨大な魔法陣、その中心に立つ少年が、左腕にガベルを握った。モノクルがキラリ、と魔力の光を反射する。


「神も、独り善がりの遊戯で遊ぶのさ」


 愚かな。


「さて、開廷だ――此度も最後まで付き合ってくれたまえよ、『正義の画定者』スフェクル!」


 ――世界が割れた!


 一瞬にして世界が青いステンドグラスの如く砕け散ったかと思うと、すべてが大法廷へ塗り替えられる。


 判決者――『最高裁(シュプリームコート)』。


 被告――『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』。


 実際にその場に立たなければ、想像もつかないほどの重圧が互いの魂を締め付ける。だが、『最高裁』にとってその圧は絶対なる裁きへの責務であり、誇りでもある。


「っ……!?」


 『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』、その青年が、身動き一つできないことに目を見開いた。


「まず、君の正体を当てて見せよう。裁かれた魂の集合体、それが融合して成したある種のネットワークだ」


「……! ははっ、はは……」


「残念だが、君たちは二度裁かれる。ほかでもない、この此方によって」


 ――カァン!


 重々しいガベルの音が、幾度もこのフィールドにこだました。


「弁明はあるかね?」


「……っ、テメェらのせいだろうが……! もとは、テメェらが――」


 ――カァンッ!


 言葉を遮るように再びガベルが打ち鳴らされた。


「残念だが、現行法では自力救済は認められていない。さて、君の行いは立派な罪だ」


「そんな理屈が通用すると思うなァ! 偽善者が!!」


 碧眼の青年が、唾を飛ばしながらまくしたてる。その手に握る彼の本体――『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』を振るおうとも『最高裁』には届かず、その力も絶対的な裁きの場においては通用しない。


 正義という、無二至上の力がすべてを統制する。


「これは少々歪んだ考えであることは自覚しているけれど、力ある者が最終的には勝者だ。君が猛威を振るっていた時代、確かに君は正義だった」


 怒りに震える『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』をよそに、『最高裁』は飄々とした態度を崩さずに語る。


「今ここにおいての実力者が誰なのか、正義の制定者がどちらなのか、賢い君にはもうわかるだろう?」


「ふざけんじゃねェ、ぶっ殺してやる! 降りてきやがれッ、俺をその眼で見下すなァ!!」


「この領域で、あらゆる暴力行為は不可能だよ」


「舐めた口を――!!」


 ――バキン!!


 全力で振るわれた『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』が、ついに正義の束縛を脱し、『最高裁』へと襲い掛かる。


 だが。


「我が名において、君を裁こう」


「っ!?」


「安らかなる死を齎さん――」


 空間が割れた。


 ひずんだ漆黒の虚空から、あまりにも大きく、鋭い龍の爪が出現する。


「止めろ――やめろやめろやめろ止めろォオオオオオ!!」


「次に会う時は、敵ではないことを祈るよ」


 その爪が、『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』に向かって振り下ろされた。


「尤も――君はその頃には、もう覚えていないだろうがね」


「嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだ――アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッッ!」


 ――神の遊戯が、幕を閉じた。



 * * *



 ――『最高裁』の、自室。


「お土産だ。ぜひ食べたまえ」


 すっ、と差し出された焼き鳥を、Motchiyはぱくりと食べた。濃すぎない塩味はとても定番だが、この風味は彼女の良く知るそれとは少し違う。


「よくお土産を買う暇があったね……自分、まだくらくらするんだけど」


「くらくら程度で済んだことを喜ぶべきだ。山本君はまだ、全治まで二週間はかかる見込みだそうだよ」


「山本は……無茶するからね」


「君も大概ではないかね」


 未だ、Motchiyは貫かれた心臓が万全に戻ってはいない。その場での山本の応急処置、それから『最高裁』による討伐後の迅速な治療によって一命を取り留め、おそらくもうこれが原因で何かが起こることはないだろう、という具合まで戻ることはできた。


 だが、ズキズキと傷跡は痛む。しばらく動きたくないし、ずっと眠っていたいが、痛みのせいでゆっくり眠ることさえままならない。


「そのくらい、此方にとってはいつものことだ。カレイにウマトマがすぐにたたき起こしてくるものだからね、八時間以上寝れた経験は無いのだよ」


「あー……それはまあご愁傷様。でもずっとやってたら慣れるでしょ、さすがに?」


「そうだ。だから君も慣れるべき、と言いたいのだよ」


「……」


 妙に納得してしまいそうな弁舌でMotchiyは丸め込まれてしまった。すこしムカついたので、焼き鳥をすべて食べ尽くす。


「ところで、悪性を失ったあの杖についてだがね」


 『最高裁』は焼き鳥のことは気にしていない様子で、大事な話を切り出す。


「すっかり忘れるところだった」


「何のために君がここに来たんだい。……『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』だが、かなり弱体化したようだ。長時間のかけたことで融合し、半ば核となっていたあの魂が失われたためだろうが、それで良いのかい?」


 Motchiyはその報告を聞いて、少し考えこんだ。


「うーん……いや、強さが必要なわけじゃないからね。『往日の咎罪の白銀杖ドルチェ・ン・リゾルート』、という物品が手に入れられれば何も問題は無いよ」


「ふむ……」


 今度は『最高裁』が訝しむ番だ。


「……Motchiy君、最後にひとつ問わせてほしい。君は、あれを使って何をするつもりなんだい」


「……」


 真剣な眼差しも半端な笑みにはぐらかされる。Motchiyに、その問いに答えるつもりはなかった。


 若干だけ、彼女の先行きに靄がかかっている――『最高裁』は、そう感じた。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 キャラのイラストもあるにはあります。ググったら出てくるんじゃないかな。

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