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レイが邸内の侵入者を追うため、廊下の向こうへと駆けていった。

その冷徹な背中はいつもの推しらしく、思わず見惚れる……余裕が、あるはずもない。


「エミリー、これ……本当に大丈夫なのかな……?」

「どうかご安心くださいませ、奥様。旦那様は王国でも最強と名高い騎士です。侵入者程度、すぐに鎮圧されるでしょう」


エミリーの声は冷静だが、俺には分かる。

彼女の眉間がわずかに寄っている。昨日からの穏やかさが少し崩れているのだ。


「でもさっきから、様子がおかしくない?侵入者が入っただけで、こんな大騒ぎになるものなのかな……?」


俺がそう尋ねると、エミリーは少し言葉に詰まる。


「……確かに、単なる盗賊などであれば、ここまでの動揺は起きません。しかし、今回の侵入者には、何か特別な目的があるのかもしれません」

「特別な目的……?」


エミリーはそれ以上は何も言わず、軽く頭を下げた。


「奥様、今は安全な場所にいていただくことが最優先です。どうか部屋へお戻りください」


彼女に促され、俺は部屋へ戻ることになった。

だが、気がかりは消えない。

特別な目的……いやぁ、これやっぱ俺がらみじゃないかなぁ……俺と言うかカイルと言うか。どっちかはわからないが。

そんな風に考えつつ足早に戻る途中、俺は思わず足を止めた。

少し先の廊下の端で、何かが光を反射しているのが見えたのだ。


「エミリー、ちょっと待って……」

「奥様?」


俺は急いで光の元へと歩み寄る。それは小さな金属片だった。

指先でつまんでみると、何やら不思議な模様が彫られている。


「これ、何だろう……?」


金属片は薄く、硬貨のような形状だが、見たことのない記号が描かれている。


「奥様、それは……!」


エミリーが驚いたように声を上げた。

彼女の顔には、一瞬戸惑いの色が浮かんでいる。


「これ、何か分かる?」

「……いえ。ただ、旦那様にお渡しするべきかと存じます。危険なものである可能性もございますので」


エミリーの声が僅かに震えている。

それが気になりつつも、俺は拾ったそれを掌に握りこむ。


「旦那様にご報告いたしますので、どうかお部屋でお待ちくださいませ」


俺を部屋まで送り届けると、エミリーは深々と頭を下げて踵を返した。

扉を閉める時に、「旦那様がおられますからご安心ください」と告げられたが、俺の胸にはどうにも言いようのない不安が募っていく。

窓のそばまで行き外を見ると、庭園も騒然とした様子だ。


これ、絶対ただの金属片じゃないよな……。


先ほど拾ったものを掌に載せて見遣る。

何か文字が書いてあるそれは、どことなく禍々しくも感じた。


部屋に戻り、どれくらい時間が経っただろうか。

廊下の騒ぎが少しずつ収まり始めた頃、扉の外から静かなノック音が響いた。


「入るぞ」


低く響くその声に、俺はハッと息を呑む。


「レイ……!」


扉が開き、レイが部屋に入ってきた。

表情はいつもと変わらないが、わずかに額に汗が滲んでいる。


「大丈夫か?」

「俺は大丈夫。そっちは……?」

「侵入者は逃げたようだ。すまない……奴が何を目的にここに来たのか、まだ分からないので、そちらを調べているのだが……」


レイはそう言って、俺のそばまで歩み寄る。


「レイ……これって、事故とかと関係があるのかな……?」


俺が恐る恐るそう尋ねると、レイの目が一瞬だけ鋭く光った。


「お前は何か見たか?廊下で拾ったものがあると、エミリーが言っていたが」


――さすがエミリー、報告が早い。


俺は手に握ったままだったものをレイに差し出す。


「これ……廊下で拾ったんだ」


レイの表情が一瞬だけ険しくなる。


「これは……」


レイの手が金属片をひっくり返しながら模様を見つめる。


「レイ、それ……何か分かるの?」

「……呪刻符だな」


その言葉に、部屋の空気が一気に冷え込む気がした。


「呪刻符……?」


レイの瞳には明確な怒りが宿っているように見える。


「……お前が狙われているのは、ほぼ間違いない」


その言葉に、俺の心臓が強く打ち鳴らされた。

……やっぱ俺なのか。

胸の奥に広がる恐怖を抑えきれない。

俺は思ったよりも表情に出ていたのだろう。

レイの優しい手が、俺を宥めるように髪を撫でる。

温かさに触れながらも、頭の片隅で「何かが始まっている」ことを確信するには十分だった。


「レイ、それ……どんな効果があるんだ……?」

レイは手を止めると、その手を俺の肩に置いた。だが、すぐに答えず、少しだけ目を伏せる。

その仕草が、彼が何かを言い躊躇っていることを示していた。


「……言いたくないなら、いいよ」

「違う。お前に隠すつもりはない。ただ、正直……腹が立っている」


レイは静かに呟く。だが、その声には言葉通り怒りが滲んでいた。

推しがここまで俺を心配してくれている……いや、これはカイルへの感情だってわかってるけど、感慨深さはあった。


「レイ……俺、そんなに守られるような存在じゃ……」

「お前がそう思っていても、俺にとっては違う。お前は俺のすべてだ」


再び、その瞳がまっすぐ俺を見据える。

レイは手を止めると、その手を俺の肩に置いて、静かながらも重い声で説明を始めた。


「これは秘術に使われるものだ。普通の者には扱えない。ましてや、こんな場所に落ちているのは不自然だ」

「秘術……?それって、何かヤバいやつ……?」

「そうだ。呪刻符は、人に害を与える術に用いられることが多い。事故や病、あるいは……対象者を弱らせるための呪いだ」


――呪い?そんなファンタジーじみたもの、俺の中の現実感覚が「嘘だろ」とツッコむが、ここ……異世界でしたわ。そんなものが存在しても、おかしくない。

ゲームに出てきたかと言えば、正直なかったようにも思うが、やりこんだとはいえ、アイテムを細部まで覚えてはいないので自信はない。

というかだな。事故や病って、それって……。


「このせいで……事故に?」


思わず口にした俺の言葉に、レイの目が細められた。


「……ほぼ間違いない」

「……そんな……」


胸がざわつく。不安と恐怖が入り混じり、息が苦しくなる。


「だが、心配するな」


レイがそう言うと、金属片をしっかりと握りしめ、俺の目をまっすぐに見つめる。


「俺が守る。必ず、誰にもお前に指一本触れさせはしない」


その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

彼の目は、まるで誓いそのもののように真っ直ぐで――まるでこの世の全てを背負う覚悟があるかのようだった。


「レイ……」

「お前に何かあれば、俺の存在意義がなくなる。だから、これからは絶対に一人で勝手な行動をするな」

「……分かった」


それ以上、俺は何も言えなかった。俺が何者であれ、レイは本気で俺――いや、カイルを守ろうとしているのだ。レイは金属片を懐にしまうと、再び真剣な表情に戻った。


「俺はこの呪刻符の出所を探る。屋敷の警備をさらに強化し、お前には護衛をつけるよう指示を出す」

「護衛って……」

「それほど危険な状況だということだ」


流れから今がそう安穏としたもんじゃないと、そりゃ予想はついていたけれど……改めて言われて、俺は言葉を失う。何も分からないまま、ただこの世界に放り込まれた俺が、命を狙われている──そんな状況に置かれていることが、恐ろしい。あっちの世界だと、せいぜいプロジェクトを上司に横取りされるくらいの事態しかないからな、俺の身に起こることと言えば。


「レイも気をつけて。怪我とか、しないように」


俺がそう言うと、レイは一瞬だけ目を見開いた。そして、口元に柔らかな笑みを浮かべる。


「――お前にそう言われるのは、悪くないな」


そう言い残し、彼は部屋を出て行った。

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