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荘厳な王宮の広間には、冷たい空気が満ちていた。

高くそびえる天井に、金色の装飾が施された巨大なシャンデリアが揺れる。

壁には歴代の王の肖像画が並び、視線を向けられているような錯覚を覚える。


俺とレイは、広間の中央に立ち、王の前にいた。

その隣には父、リチャード・エルステッド伯爵。

そして、その向かいには、手錠をかけられたアルベルト・エヴァンスと、その息子アランが立たされていた。

アルベルトは予め王都に護送されていたようだった。

王座に座るのは、グラハム三世。

堂々とした体躯に、王冠を戴き、その視線は鋭く、すべてを見通しているかのようだった。


「さて……」


王は指で王座の肘掛を叩きながら、嘲るように口元を歪めた。


「どこの馬鹿が、このお粗末な提案を持ってきた?」


広間に緊張が走る。

——問題となっているのは、隣国からの『アラン・エヴァンスの身柄引き渡し』の要請だった。

彼らは、“アランは我が国の貴族であり、我が国の裁きを受けるべきだ”と主張していた。


「まさか、カイル・エヴァンスを害しようとした張本人を、呑気に隣国へ送り出せと?それだけでも重いものを……我が国を売らんとした者を?」


王の声には、明確な嘲笑が滲んでいた。


「ふん、全く……。で、この馬鹿げた要求を真に受けた者はいるのか?」


そう言って王が周囲を見渡すと、誰もが沈黙した。


「当然だな」


王は低く笑い、視線をアランに向ける。


「ところで、アラン・エヴァンスよ」

「……」


アランは微かに目を伏せたまま、何も答えない。


「お前は、いつから隣国の貴族になったのだ?」


その言葉に、広間がざわめく。

——そうだ、それが一番の疑問だった。

アランは生まれながらの王国貴族であり、エヴァンス家の嫡男だった。

隣国が彼の『身柄引き渡し』を要求するなら、それに見合う根拠が必要なはず。


なのに、その証拠は何一つ示されていない。


「……答えよ」


王が低く命じる。


アランは口を開こうとしたが——その前に、父であるアルベルトが苦々しく笑った。


「——戯れ言だ」


全員の視線がアルベルトに集まる。


「アランは、最初から隣国の貴族ではない。連中はただ、自分たちの都合のいいように言っているだけだ」

「ならば、なぜ隣国はそこまでお前たちを庇う?」


王の問いに、アルベルトは軽く肩をすくめる。


「簡単な話だ。連中は、我が家を“駒”として利用したかった。それだけでしょう」


まるで他人事のような口ぶりだった。


だが、それを聞いた父——リチャード・エルステッドが、静かに——しかし確実に怒りを滲ませた声を放った。


「とんだ内政干渉だな」


アルベルトは鼻で笑った。


「今さら何を。貴族同士の駆け引きに、国境の違いなど関係あるまい」

「貴様……!」


父の声が鋭くなる。

だが、王が手を軽く振ると、すべての音が消えた。


「もうよい」


王はアルベルトを一瞥し、冷たく言い放つ。


「貴様のような者が、この国の貴族だったこと自体が恥辱だ」


その言葉に、アルベルトは一瞬だけ、わずかに唇を噛んだ。


「……では、裁定を下す」


広間が静まり返る。


「アルベルト・エヴァンス——お前は国家反逆の罪により、伯爵位を剥奪する」


無情な──けれど、国家反逆罪としては驚くほど軽い──宣告だった。


「そして、貴族としての権利をすべて剥奪し——フランベルクの修道院に幽閉とする」

「……!」


アルベルトが目を伏せたまま、わずかに拳を握る。

そして——次に、王はアランを見た。


「アラン・エヴァンス」


その名を呼ばれた途端、アランの肩が微かに揺れた。


「お前は、父とともに修道院での幽閉とする」

「……」


アランは何も言わなかった。

それどころか——苦笑すら浮かべていた。


「……どこへ送られようと、同じさ」


そう呟く彼の顔には、すでに戦意も、誇りも、何も残っていなかった。


「以上だ。……下げよ」


王が手を振ると、騎士たちがアルベルトとアランを引き立てる。

二人は抵抗することなく、そのまま連行されていった。

そして、広間には沈黙が残った。


「……」


俺は、去っていくアランの背を見つめる。


アランは最後まで、こちらを振り返らなかった。


——こうして、エヴァンス家は終わりを迎えた。



裁定が終わった後、王は俺たちに目を向けた。


「フランベルク領主よ」


レイが一歩前に出る。


「貴公には、この度の騒動において多大な尽力をしてもらった。改めて礼を言う。その尽力に報いて、あの者らの身柄をそちらに引き渡すこととした。まあ、色々と漏れてはいそうだが……何、まだ国内の小競り合い程度で収められるだろう」


レイは静かに頭を下げた。


「光栄です、陛下。また、寛大なご処置に感謝を」

「……さて」


王は指で肘掛を叩きながら、軽く笑った。


「もう一つ、話さねばならぬことがある」


——その言葉に、俺はふと、背筋に悪寒を感じた。

王の目が鋭くなる。


「隣国の動きが活発化している」


……やはり、まだ終わっていなかった。

俺とレイは、無言で視線を交わした。


「フランベルク領主よ、カイル・エヴァンスよよ」


王の声が響く。


「この先の戦に備えよ」


広間の空気が、一気に凍りついた——。

——まだ、すべてが終わったわけではなかった。

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