38
——ドンッ!!
突如として、耳をつんざくような爆音が響いた。
同時に馬が甲高い悲鳴を上げ、馬車が大きく揺れる。
俺はとっさに上手で座席にしがみついたが、それでも衝撃で視界が回った。
「カイル!」
レイが手を伸ばし、俺を支える。
その一瞬の間に、衝撃で開いた馬車の扉の向こうから敵の兵士たちが向かってくる。
黒い装束に身を包んだ間者たち——彼らの目標は、明らかに俺たちだった。
アランのついでに、といったところだろう。
「くそっ……!」
レイが敵の剣を弾き、素早く間合いを詰める。
同時にエミリーが短剣を取り出すと、それを振るった。
「奥様、ここはお任せください!」
一人の敵がその場に崩れ落ちる。
その間に俺たちは馬車の外へと出る。
しかし、敵はそれでも動じない。すぐに別の兵が馬車を包囲し、俺たちを狙ってきた。
「お前は下がれ、カイル!」
レイが振り向きざまに叫ぶ。
だが、下がれと言われても、敵がすでに俺たちのすぐ近くまで迫っている。
「どこへ——っ!」
言いかけた瞬間、視界の端に何かが見えた。
岩陰がそこにはある。
俺がこのままここにいても、足手まといになるだけだ。
ならば、せめて自分の身だけでも安全な場所に移さなければ。
「……分かった、俺は下がる!」
俺は荒い息をつきながら、岩陰に身を潜めていた。
「……なんとか避難はできたけど……」
そう呟き、遠くの戦場を見渡す。
レイとエミリーが隣国の間者と激しく交戦していた。
剣と矢が閃き、敵の兵士たちが次々と倒れていく。
「レイなら大丈夫だ……エミリーもいるし……」
自分にそう言い聞かせる。
今の俺には、戦うだけの力がない。無理をすれば、レイに余計な心配をかけるだけだ。
しかし——
「……っ!?」
視線の先、アランの馬車が、敵の奇襲を受けて傾いている。
それは炎に包まれつつあった。
馬車の扉はこじ開けられ、アランが乱暴に引きずり出されていた。
──このままじゃまずい……!
考えるより先に、足が動きかけた。
——でも、本当に助けるべきなのか?
俺の中で、一瞬だけ迷いがよぎる。
アランは俺を拉致し、利用しようとした男だ。ここで死んでも、自業自得だ。
むしろ、こいつが消えた方が、レイにとってもフランベルクにとっても都合がいいかもしれない。
——それでも。
「……ちくしょう!」
俺は歯を食いしばり、迷いを振り払った。
アランがどんな奴でも、生きて罪を償わせる。
そのためには、ここで死なせるわけにはいかない……!
「おい、お前ら!!!」
俺は叫びながら、燃え盛る馬車の前へ飛び出した。
敵たちが驚いたように俺を見る。
「……なんだ?こいつ」
刺客の一人が眉をひそめた。
俺はアランと敵の間に割って入り、腕を広げて立ちはだかった。
「こいつに死なれちゃ困るんだよ……!」
俺がねめつけながら叫ぶと、敵の一人がニヤリと笑う。
「ハッ、いい度胸じゃねぇか」
次の瞬間、鋭い剣閃が俺に向かって振り下ろされた。
俺は反射的に後ろへ飛び退く。
——けど、体が思うように動かない。
「っ……!!」
腹の奥が重く、息が詰まる。
視界がぐらりと揺れ、膝が折れそうになる。
(まずい……!)
「邪魔だ」
刺客の男が短剣を抜き、俺の胸元を狙って突き出した。
——避けられない!
その時——
「カイル!!」
レイの叫びが響いた。
鋭い音が鳴り、俺の目の前で男の剣が弾かれる。
敵の剣が砕け散るのを見て、俺は驚愕した。
「っ……な……?」
レイが俺の横に立っていた。その剣には血の跡がついている。
「動くな」
低く、冷徹な声が響く。
レイの剣が閃くと、敵の男は呻き声をあげて倒れた。
それを見ていた他の刺客たちは、焦ったように後退する。
「——撤退するぞ!!」
誰かが叫ぶと、刺客たちは一斉に森の中へと逃げていった。
エミリーが弓を構えて追撃しようとするが、レイが軽く手を挙げて止める。
「深追いするな。こいつらの目的はアランの始末だ。俺たちが邪魔をした以上、今は撤退するしかない」
エミリーは渋々、弓を下ろした。
「……ふん。ですが、また仕掛けてくる可能性は高いですね」
レイは無言で頷き、俺の方へ振り返る。
「お前……無茶をしすぎだ」
「っ……」
レイの腕が、そっと俺の肩を支えた。
その体温に安堵すると急に力が抜ける。
「お前がいなければ、アランは死んでいたかもしれない。でも……」
その瞳に宿るのは、安堵と……怒りに似た感情。
「お前まで死にかける必要はなかっただろう?……カイル、お前が死んだら、俺はどうすればいい?それに……お前はもう一人じゃないだろう」
静かな言葉だった。
だけど、それがどれほどの感情を込めたものなのか、痛いほど伝わってくる。
「……ごめん」
俺は俯きながら、小さく謝った。
レイは何も言わず、俺を抱き寄せた。
「もう、無理をするな」
「なるべく。気を付ける……」
そう言うと、レイはカイルの額にそっと手を当て、長く息を吐いた。“まったく、お前は……”とでも言いたげな目をして。
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