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事態と言うのは改善するのは難しくても、悪い方向には恐ろしいほど早く進んでいく。

瞬く間に俺の実家がこのエヴァンス家を狙っているという噂は広がり、それは俺の力ではどうにも収拾することが出来なくなっていた。

そして事態の悪化はさらに続く。

もう一つの噂が、重ねられるように広がりだしたのだ。


それは俺がレイからアランに鞍替えをしてエヴァンス家を乗っ取るという噂だ。


『カイル様が……アラン様に?』

『そうらしいよ。何度も二人で密会しているって……』


使用人がそう話をしているのを聞いたとき、耳を疑った。

自分の名前が出てきたのは分かったが、その内容が理解できなかった。


――俺が、アランと密会……?


『それだけじゃない。アラン様と二人でエヴァンス家を乗っ取る計画に加担してるって話も……』

『嘘だろう?でも、最近妙にレイ様とカイル様の様子が変だしな……』


血の気が引く感覚がした。

今、確かに俺とレイの距離感はおかしくなっている。

そこに加えてアランの度重なる訪問に、俺への近づき。

それが噂を真実のように見せているようでならない。

アランと話すときは常に人がいる場所を選んでいるつもりではあるが……結局、疑いを持った人の目というのはそうにしか見えないものなのだと痛感する。

この噂がアランが広げてるものだとして、何を狙っているかさっぱりと俺には分らない。

そして、レイも相変わらず俺には沈黙を守っている。


「……しんど……」


俺は庭の木に凭れ掛かりながら呟いた。

邸内の俺の見る目は猜疑心と好奇心に溢れていて、居心地が悪く、外が冷えていても俺は外にいるようになっていた。

せめてエミリーが居れば良かったのだろうが……。

こうまで居心地が悪いと、レイの傍にいるのも正解なのか不正解なのか俺には分らなくなる。

好き、だけでは世界はどうやら許してくれないらしい。


「……帰ろうか、王都に……」


どんよりとした空を見上げながら、言葉が思わず出てきた。

リリウムが足元に寄り添ってくれるのが、唯一の慰めだった。


「カイル君、またこんなところにいるのか」


突然の声に振り向くと、アランが微笑みながらこちらに歩み寄ってきた。

その余裕たっぷりの表情に、胸がざわつく。


「……何の用だよ」


冷たく言い放つと、アランは肩をすくめた。


「そんなに警戒しなくてもいいだろう?君と話がしたいだけだ」


アランが俺に近づいてきて、わざと間を詰めてくる。

その動きが妙に馴れ馴れしくて、不快感を覚える。

この馴れ馴れしさが今の俺の立場を産んでいるのは間違いない。

……こんなところを見られたら、また何を噂されるものかわかったものじゃない。


「話って、何の話だ?」


距離を取ろうと一歩下がると、アランは微笑みながらさらに近づいてきた。


「噂の話さ。君も聞いているだろう?色々と。そう例えば君と僕が不貞を重ねているとかね」


その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。


「……お前がその話を広めたのか?」


思わず言葉が荒くなる。アランは驚いたような表情を一瞬見せた後、にやりと笑った。


「僕が?そんなことをする理由があると思うかい?」

「さあ?あるんじゃないのか……お前なら」


怒りを抑えきれずに睨むと、アランは困ったように手を広げる。


「それは君の勘違いだよ。でもね、カイル君……噂というのは不思議なもので、一度広まると止めるのは難しい」


その言葉には、明らかに含みがあった。俺は拳を握りしめ、アランを睨みつける。


「……お前が何を企んでるのか知らないけど……何かあればレイには話すからな」


そう言う俺に、アランの目が一瞬だけ鋭く光る。


「話すのはいいさ。でも……兄さんが君をどう思うか、君には本当に分かっているのか?」


その言葉に、心臓がひゅっと冷たくなる。


「お前の言葉には……何の意味がある?」


なんとか平静を装いながら問い返すと、アランは小さく笑った。


「ただの忠告だよ、カイル君。兄さんが君を本当に信じているのか、それは……君自身が確かめたらいい」


彼の言葉に反論しようとしたが、喉に詰まって言葉が出ない。その様子を見て、アランは少し満足そうに微笑むと、踵を返した。


「……僕は君を嫌っているわけじゃない。むしろ、興味があると言った方が近いかもしれない」


その言葉を残して立ち去るアランの背中を見つめながら、俺は唇をぎゅっと噛む。


「……興味がある?ならお前は人を弄ぶのが趣味なんだな」


俺の呟きは風に掻き消されてアランには届かなかっただろう。


――こいつが噂の出所に違いない。だけど、どうやって証拠を掴めばいい?


考え込む俺のそばで、リリウムが小さく鳴いた。

その鳴き声だけが、少しだけ俺の心を落ち着かせてくれた。



夜になり、レイの寝室を訪れる。

廊下の静けさが、胸の鼓動を余計に大きく感じさせた。俺は深呼吸をしてノックする。


「入れ」


低く響く声が聞こえ、俺は扉を開けた。

部屋の中にはレイがいて、机の前で何かの書類を整理していた。その顔にはいつものような余裕はなく、眉間に皺が寄っている。

少し前にここへと久々に戻ったときはこんな風じゃなかったはずなんだけどな……。



「……どうした?」


レイが顔を上げずに尋ねてくる。

その態度に少しだけ苛立ちながらも、俺は慎重に切り出した。


「昼間、アランと話したんだ。あいつが、また妙なことを言ってきて……」


俺が話し始めると、レイが顔を上げる。その目はいつもより険しい光を帯びているように見えた。


「妙なこと、とは?」


俺の言葉を促すレイの声が冷たい。胸の中の不安がさらに膨らんでいく。

なんか、おかしくないだろうか……領南でのあの夜は心が通じたはずなのに。

今のレイは恐ろしく遠く感じる。


「俺の実家がエヴァンス家を狙ってるって噂、あいつが広めたんじゃないかって思うんだ。それに……」


そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。アランが「興味がある」と言ったこと、それがどうしても口に出しにくかった。


「それに?」


レイが問い詰めるように声を低くする。

その瞬間、胸の奥に溜まっていた感情が爆発しそうになった。

それでも息を一つ吸って、心を何とか落ち着ける。


「それに……俺があいつに鞍替えするんじゃないかとか、そんな噂まで流れてる」


俺は自分の胸にあるペンダントをぎゅっと握りしめた。

レイは黙ったままだ。


「全部、俺や俺の家族のせいみたいにされてる。レイはどう思ってるんだ……?」


レイは短く息を吐くと、椅子から立ち上がり、俺の傍へと歩み寄ってきた。

その背の高さが、いつも以上に圧迫感を感じさせる。


「身に覚えがないのなら、それを証明する必要がある」

「証明って……何を?俺からアランに話をしに行ってるわけでもないのにか?」


思わず声を荒げる俺に、レイの目が鋭く細められる。


「……分かっている。しかし、アランがお前に近づいているのは事実だ。お前には注意しろと俺は何度も言った。それにお前の実家がエヴァンス家に手を出す計画を立てているなどと聞けば、周囲はそう簡単に納得しない」

「だからって……!お前まで俺を疑うのか?」


その言葉に、レイの瞳が一瞬揺れた。

それを見て、胸の中で押し殺していた感情が一気に噴き出してしまう。


「お前、俺を信じてるとか言いながら、最近ずっと距離を置いてるじゃないか!執務室で一緒にいろって言ったくせに……!寝室だってそうだろ⁈自分から寝室に戻れって言っておきながら……!」


レイは一歩近づき、低い声で言い返す。


「俺が距離を置いたのは、お前を守るためだ」


はぁ?

俺を遠ざけるのが俺を守るため?なんだそれ。

それまでは散々傍に色とか言っておきながらか?


「……俺が傍にいたらお前の迷惑になるってことか……?」

「違う!」


レイの声が鋭く響いた。俺は驚きで一瞬言葉を失う。

レイの拳が固く握りしめられているのが見えた。

けれど、俺も退ける状況では到底なかった。


「……もういいよ……」

「何だ?どうするつもりだ?」


レイが低く問い詰める声に、俺は胸の奥が締め付けられるようだった。

それでも、震える声で言葉を絞り出した。


「……王都に帰る。実家に戻って、全部はっきりさせるよ……それが一番の証明だろ?」


その言葉を聞いた瞬間、レイの瞳に怒りが宿るのが分かった。


「帰るだと……?」


その一言に込められた怒りが、空気を震わせるようだった。


「……そうだよ。どうせ、俺がここにいるのが迷惑なんだろ? だったら、俺の実家にだって話をつけてくるし、噂のこともはっきりさせてくる」

「黙れ!」


レイが俺の腕を掴み、乱暴に引き寄せた。

その力に抗う間もなく、俺はベッドまで引きずられ押し倒される。

レイが覆いかぶさる。その瞳には、理性を飛び越えた何かが宿っていた。


「お前が俺のそばを離れるなんて、絶対に許さない」

「……お前、何言って――っ」


言葉を続ける間もなく、レイが顔を近づけてきた。

息が絡み合うほどの距離で、彼の低い声が耳元に響く。


「お前がどれだけ俺を狂わせているか、少しは分かれ」

「……っ」


レイの熱に押されて、胸が高鳴るのを感じる。だけど、それ以上に怖かった。

領南の夜と似ても似つかない。

このままじゃ、本当に――


「待って……レイ、レイ……!」


必死に手を伸ばして、レイの肩を抑えた。その瞬間、俺の涙が頬を伝って流れた。

ああ、しまった。泣くつもりなんかなかったのに……。

溢れ出した涙はとめどなく、流れる。

レイが俺の泣くのを見て、一瞬だけ硬直した。でも、それは一瞬のことだった。次の瞬間、唇が俺の唇を塞ぐ。

力任せで乱暴なキスに俺は戸惑うしかなかった。

舌が無理やりに咥内へと入ってきて、遠慮なく動き回る。


「……んっ……」


俺が身を捩っても、それは続けられて、息ごと奪っていくようだった。


──なんでこんな風になってるんだろう……。俺はレイが好きでレイも俺を好きでいてくれて……おかしいだろ、こんなの……。


行為が深まるにつれ、二人の距離は近づいた。

それでも、言葉にできないものが胸の中に残っている。それを吐き出せないまま、互いに求め合う時間が過ぎていく。


「……なんで、こんな……」


呟きが漏れる。レイの動きには確かに熱がある。でも、それ以上に、何かが壊れているように感じた。


「……お前を信じているのに……」


レイが低く、しかしどこか震えた声で吐き捨てる。

その声に込められた感情が、俺の心を揺さぶる。

彼は荒い息の中で、俺の名前を何度も呼んだ。

レイの動きはいつもよりも乱暴で、俺を確かめるように触れてくる彼の手に、俺はただ身を任せるしかなかった。


「……離れるなんて言うな。俺のそばにいろ」


レイの囁きに、俺は何も言えないまま、ただ息を荒くする。

自分でもどうしたいか分からず、ただただ、熱がお互いを狂わせていくようだった。

読んでいただいてありがとうございます!

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