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21-3

森を抜けて最寄りの宿にたどり着いた頃には、すっかり日が暮れていた。

古びた木造の建物だけど、中は意外に清潔そうだった。

俺とレイは同じ部屋に案内される。

部屋に入るなり、レイがドアを閉めた音がやけに響く。俺はベッドに腰を下ろしたけど、どこか居心地が悪い。

その時だった。レイが鋭い声で言った。


「なぜついてきた?」


予想してた質問だったが、いざぶつけられると返事に困る。

しばらく視線をさまよわせたあと、俺は意を決して口を開いた。


「だって、お前を放っておけないからだよ」

「……放っておけない?」


レイは低い声で繰り返しながら、俺をじっと見つめた。その視線には、怒りだけじゃなくて別の感情も混じっている気がした。


「俺だって、お前の力になりたいんだよ。何もできないなんて思われるのは嫌だ」


その言葉を聞いたレイは、短く息を吐いて壁に寄りかかった。


「お前の無鉄砲さが……俺を不安にさせるんだ」


声の調子が少しだけ弱くなっている。レイがこんなふうに本音を漏らすのは珍しい。

どう返事をすればいいのか分からずにいると、ドアが軽くノックされた。

俺がドアを開けると、アランが立っていた。いつもの飄々とした笑顔を浮かべているけど、どこか計算高い目つきが気になる。


「少し話がしたくてね、カイル君。少しだけ付き合ってくれるかな?」

「……俺?」


ちらりと後ろを見ると、レイが険しい顔をしてアランを睨んでいる。


「兄さん、そんな怖い顔をしないで。カイル君と少し話したいだけだよ」


アランが軽く手を振って見せた。レイは何も言わないけど、視線が突き刺さるみたいに俺の背中に感じる。

レイと話すにせよアランと話すにせよ気が重い。

しかし目の前のアランを無視することもできず、俺はしぶしぶアランについていくことにした。



あまり部屋から離れるのはレイの疑心を生みそうだ。

アランに部屋の近くでなら、と条件を付けて俺は後ろを歩く。

廊下を歩きながら、アランが口を開いた。


「君は本当に面白いね。兄さんの命令を無視してまでここに来るなんて」

「……面白い?」


俺は眉を寄せながら問い返したけど、アランは気にする様子もなく軽く笑った。

空いているラウンジに案内されると、アランが俺の正面に座った。


「兄さんが君を特別扱いしているのは分かるだろう?でも、カイル君、それが君にとって本当にいいことだと思うかい?」


突然の質問に、俺は言葉を詰まらせる。


「……どういう意味で?」


アランは真剣な顔つきで俺を見つめた。その瞳の奥には、何か底知れないものが潜んでいる。


「兄さんの執着が君を縛っているとしたら、君はそれでも幸せかい?」


俺はぐっと拳を握りしめた。


「俺は、レイが好きなんだ。レイがそばにいてくれるなら、他のことなんてどうでもいい」


アランが微かに息を吐いた。


「……その純粋さ、兄さんが大事にしたい理由がよく分かるよ」


その言葉に皮肉の気配は感じなかったけど、アランの笑顔には何か別の感情が混じっているように見えた。



アランとの話を終えて部屋に戻った俺を、レイが鋭い視線で出迎えた。

部屋の空気が冷たく感じるのは、気のせいじゃない。


「アランと何を話していた?」


開口一番、低い声でそう問いかけられた。俺はドアを閉めながら、言葉を選ぶ。


「ただ、少し話をしただけだよ」

「具体的に何を?」


レイは俺の答えを待たないように一歩近づいてきた。その視線の強さに、俺は無意識に視線をそらす。


「俺がお前に縛られているとか、そんな話だよ。でも……」


言いかけて、俺は口をつぐんだ。レイの眉がピクリと動く。


「でも、何だ」

「俺は、その、……そんなことレイがいればどうでもいいって答えただけだ」


それを聞いた瞬間、レイの表情が微かに揺れるのが分かった。いつもは冷静で無表情な顔が、少しだけ感情をにじませている。


「……それを信じるべきなのか、俺には分からない」


レイの言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。俺の想いが届いていないわけじゃない。それでも、彼は俺を信じきれていないんだろう。


「それで? 他には何を話していた?」

「……だから、ただの話だって。別にお前が気にするようなことじゃない」


言いながら、自分でもどこか歯切れが悪いのが分かる。レイの目は嘘を許さない。

嘘をつくつもりはなくても、余計に追い詰められた気分になる。

アランとの会話はいくつかしたが、その他はどうやって来たのかとか「今聞くようなことか?」と思うほどにくだらない話だったのだ。


「気にするようなことじゃない? あいつが俺の領地に何をしに来たのか、お前もわかっているだろう」

「それは……」


返す言葉が見つからない。アランがここにいる理由は分かっているけど、それをレイにどう説明すればいいのか、自分でも整理できていなかった。


「俺に何か隠しているのか?」


レイの声が少し低くなる。その声にこめられた感情が痛いほど伝わってくる。


「隠してなんかないよ! 俺は……」


俺は言葉を詰まらせた。レイにとって何が聞きたくて、俺が何を言えばいいのか、分からなくなってしまう。

沈黙が流れる。部屋の空気が重たくなり、胸が押しつぶされそうだ。俺は思わず視線をそらし、ベッドの端に腰掛ける。


「……俺が何をしたら、そんなに信用できないんだ?」


気づけば言葉が口をついて出ていた。レイを見上げると、彼の表情が微かに揺れるのが見えた。

突然レイが動き俺のそばまで来る。そして俺の腕を掴んだ。驚く間もなく、俺はベッドに押し倒された。


「ちょ、何して――!」


抵抗しようとする俺を、レイはその力強い腕で押さえ込む。

彼の顔がすぐ近くにあり、その目が俺を捉えている。


「お前が勝手なことをするからだ。俺の知らないところで……!」

「やめろよ、こんなの!」


俺は必死に身をよじるが、レイの力にはかなわない。彼は俺を押さえつけたまま、その瞳で俺を貫いてくる。


「話せ、カイル。アランが何を企んでいるのか、俺に隠すな」

「何も隠してない! お前が勝手に俺を疑ってるだけだ!」


必死に叫び返す俺の言葉に、レイの目がさらに険しくなる。


「俺が疑っているのは、お前じゃない。アランだ。だが……お前があいつの側にいることが、俺を不安にさせる」


その言葉がどこか弱々しい響きを持っていたからこそ、俺は思わず動きを止めた。


「……不安?」


俺がそう聞き返すと、レイは目を逸らすことなく答える。


「お前が俺のそばにいないかもしれないと思うだけで、俺は正気でいられない……!」


その言葉に、一瞬胸が詰まる。でも、だからって、こんなやり方は間違ってる。


「だからって、こんな風に俺を押さえつけるのは違うだろ!」


俺は再び力を振り絞って抵抗する。すると、レイが俺を抑えていた手を少しだけ緩めた。


「……お前が俺の命令を無視して動き回るからだ」

「俺だってお前を守りたいんだよ!」


思わず叫んだ言葉に、レイの瞳が見開かれた。

「……守りたい?」


レイは俺の顔をじっと見つめながら呟いた。


「そうだよ。お前がどれだけ強いか分かってる。でも、それでも、全部お前一人で背負わせるのは嫌なんだ」


そう言うと、レイはゆっくりと俺から離れた。その顔には複雑な感情が浮かんでいる。


「お前が……そんな風に思っていたとはな」

レイが少し距離を取ったことで、俺もようやく呼吸が楽になった。でも、レイの視線はまだ俺を捉えたままだ。険しさは薄れているけれど、その代わりに何か思い詰めたような表情をしている。


「……すまない」


低い声が静かに部屋に響く。俺は思わず目を見張った。レイがこんな風に謝るなんて、滅多にない。


「お前を責めたかったわけじゃない。俺が不安になるのは、お前が俺のそばにいなくなるかもしれないと思うからだ」


言いながら、レイがゆっくりと手を伸ばし、俺の頬に触れる。その手のひらは思っていたよりも暖かくて、さっきまでの怒りを忘れてしまいそうになる。


「……レイ?」


名前を呼んだ俺の声が少し震えたのは、自分でも分かる。レイの触れ方があまりに優しくて、胸がざわついてしょうがない。


「お前がここに来たのは愚かだった。でも……」


言葉を切って、レイが俺の目をじっと見つめてくる。俺はその視線から逃げることができなかった。


「お前が俺のために来てくれたと思うと、怒るべきなのか、嬉しいのか分からなくなる」


俺は思わず息を飲んだ。普段は冷静で厳しい彼が、こんな感情をあらわにするなんて、想像もしていなかった。


「俺だって、お前のそばにいたいんだよ」


自然と口をついて出た言葉に、自分でも驚く。でも、これが俺の本音だ。レイを守りたい、支えたい――その気持ちだけでここまで来たんだ。


レイが短く息を吐き、俺の髪を軽く撫でた。その仕草があまりに優しくて、不覚にも心臓が跳ねた。


「お前は、どうしてそんなに俺を動揺させるんだろうな」


そう呟きながら、レイが俺の顔に少しだけ近づいてきた。その目が俺の唇をちらりと見たのを、俺は見逃さなかった。


「レイ……?」


「もう勝手に危険な場所に行くな。俺の命令を守れ」


その声が低くて、どこか甘くて、俺は返事をするのを忘れてしまう。

部屋の空気がどんどん濃密になっていく気がする。

レイが俺の頬に触れている手をゆっくりと離した。


「今日はもう休め。疲れているだろう」


急に距離が戻ったことに、少しだけほっとしながらも、どこか名残惜しい気持ちが胸に残る。

俺も俺で……もう少しこういう時に積極的になるのも大事なのかもしれない。

変な意味ではないが、レイを安心させるためには……。

俺は意を決してベッドから立ち上がり、レイの隣にそっと腰を下ろした。彼がこちらを見る前に、俺はその手を取った。


「……レイ」


名前を呼ぶと、レイが少し驚いたように眉を上げた。その視線が俺に向くけれど、いつもの威圧感はなくて、どこか頼りなささえ感じる。


「お前が不安になるのは分かる。俺が勝手なことばかりしてるからだよな。でも……俺は、ただお前の力になりたくて」


ゆっくりと俺はレイの手に口付ける。


「だって、俺は……レイが好きだからさ」


意識して言葉に出すのは少し恥ずかしかったけど、それでも俺は目を逸らさずにレイを見つめた。彼がどう思うのか、不安と期待が交錯していた。

レイが一瞬目を閉じ、短く息を吐く。そして、次に俺が感じたのは、彼の唇が触れる感覚だった。ふわりと触れるだけのキス。それなのに、胸の奥が甘く締め付けられるような感覚が広がる。


「カイル」


俺の名前を呼ぶ声が近くて、瞳がまっすぐに俺を捉えていた。その瞳の中に、不安も執着も全部入り混じっている。俺は彼の手を取って、もう一度握りしめた。


「安心して、レイ。俺はお前のそばにいるから。死んでも離れない」


その言葉を聞いた彼が、少しだけ微笑んだ。それは先柔らかい、でもどこか切ない笑みだった。


「……死なれたら困るな……」


レイの手が俺の肩を引き寄せる。その力は優しくて、それでも俺が逃げられないような強さがあった。


気づけば、俺たちは絡み合うようにベッドの上へと倒れ込んでいた。

レイの腕に抱きしめられたまま、俺は彼の体温を感じている。


「カイル……お前が俺を信じてくれるなら、俺もお前を信じる」


低く呟くその声が耳元に響き、全身が熱くなる。俺は震える手で彼の背中に触れた。その瞬間、レイの体が僅かにこわばるのを感じる。


「……大丈夫だよ、レイ」


そう言って、俺は彼を安心させるように笑ってみせた。レイが僅かに眉を下げ、また唇を重ねてくる。

それからは、時間の感覚が曖昧になった。ただお互いの体温を感じ、言葉以上に気持ちを伝え合う。彼の不安が消えるように、俺は自分がここにいることを何度も何度も伝えた。

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