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20-1

最初にアランが訪れたときは、「事件の後始末とか報告に来たのかな」と思っていた。

父親の失脚の件で、エヴァンス家の事情は色々と複雑そうだし……まあ、仕方ないよな、と思っていた節はある。

でも、それが1週間に1、2度でも多いところが、次第に「週にほぼ毎日」になったあたりで、俺も「何かおかしい」と思い始めていた。


「……また来たのか」


執事が訪問を告げた瞬間、レイが溜め息をつく。

俺も横で肩をすくめた。


「そんなに頻繁に来るって、何しに来てるんだろうな」


俺は相変わらず執務室で過ごすように言われていて、今やレイの横に堂々と一人用ソファを用意されて座っている。

時折、レイが俺にちょっかいをかけてきて…というような日々が日常になって来ていた。

俺がそう言うと、レイは椅子に背を預けながら俺を見た。


「お前を気に入ったのだろう」

「は?」


突然の言葉に、思わず俺は声を上げる。


「いやいや、気に入るとかないだろ? レイの従兄弟なんだろ? それに俺、お前の伴侶だし……」

「そういったことに頓着しない性格なのだろうな。…貴族らしいと言えば貴族らしい」


レイの声がいつになく低い。


「そもそも、アランが父親の失脚後に突然“フランベルク領の視察”を口実に頻繁に顔を出すようになったのは、何の理由もなくではない」


そう言われると確かに気になる。

最初の頃は領内の様子を確認するだの、父親の知人への謝罪だの言っていたけれど、最近では「ただの立ち寄り」としか言わなくなっていた。


「……レイ、あいつってどういう奴なんだ?」


俺が尋ねると、レイは少しだけ言葉を選ぶようにしてから口を開いた。


「表向きは穏やかで礼儀正しいが、内面は計算高く、手段を選ばない性格だ。父親の影響を受けたのか、俺に対する執着も強い」

「執着?」

「エヴァンス家の長子相続制で、奴は当主になれなかった。それが全てだろう」


レイは淡々と説明するけど、その横顔は少し険しい。

つまり、アランは“俺たち”に絡んでくることで何かしら狙いがあるってことか?


「でも、だったらお前に直接絡めばいいんじゃないか? なんで俺なんだよ……」


俺がそう言うと、レイが俺をじっと見つめる。


「お前は俺の伴侶だ。弱点になると思っているのだろう」

「弱点って……いやいや、俺なんて別に……」

「お前は俺にとっての最も大切な存在だ。それを奴は知っている」


レイがさらりと言うもんだから、俺は思わず言葉に詰まった。

ところでこんなまじめな話にも関わらず、「大切な存在」とか、推しに面と向かって言われると心の中が沸き立って仕方ない。


「……なんか俺のせいで面倒なことになって申し訳ない気もするけど……」

「面倒なことなら、俺が対処する。お前は気にしなくていい」

「流石に気にしなさすぎだろ」


軽く突っ込むも、レイは至って真面目だった。

そしてその日の夕方もやはりアランはやってきた。

執事が案内するとき、俺はふと彼の表情が微妙に曇っているのに気づいた。


「……執事さん、なんか気になることでも?」


俺が尋ねると、彼は少し困ったように口を開く。


「いえ、ただ……最近のアラン様は以前と違い、妙に軽い印象を受けまして」

「軽い?」

「はい。何と申しますか……目的が不明瞭というか、以前のご訪問はもっと堅い理由があったはずですが……最近は『ただ近況を話したい』といった軽い内容ばかりで……」


そう言いながら、執事は少し申し訳なさそうに付け加える。


「それでも、エヴァンス家のご親族ですから、無下にはできず……」

「なるほど……」


俺は何となく胸騒ぎを覚えた。

アランの対応をするために出ていく執事の背中を見送りながら、俺はまた軽くため息をつく。

レイの言う通り、「お前を気に入ったのだろう」という言葉がなんとなく頭をよぎるけど、それがどんな意味なのかはっきりしないのが気持ち悪い。


「……執務室に来るかな?」


俺が自分に問いかけるように呟いた時、レイが書類を片付けながらこちらを見た。


「来るだろう。あいつは無駄な手間をかけるのが好きだからな」

「無駄な手間……?」


レイは一度目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。


「直接、俺に何かを仕掛けるより、まずは周囲に揺さぶりをかける。それがアランのやり方だ」

「周囲に揺さぶり……つまり、俺?」


俺が尋ねると、レイは眉を寄せる。


「奴にとって、お前が“俺を揺さぶるための最も効果的な手段”に見えるのだろうな」

「……厄介な奴だなぁ……」


俺が呆れたように言うと、レイは淡々と首を横に振った。


「放っておけばいい。お前は俺のそばにいれば安全だ」

「そばにいるだけで何もできないのも、正直退屈なんだけどな……」


ぼやく俺に、レイはちらりと視線を送ってくる。

その目が一瞬だけ鋭くなったのを見逃さなかった。


「お前が退屈だと思うなら、後で俺の世話でもしてもらおうか」

「は、はぁ…⁈」

「退屈なんだろう?」


そう言いながら、俺の膝頭を指先でするっと撫でる。

お、おまえ…どうしてそういうことをそんな真面目な顔で…!


「いやいや、そんな重労働求めてないって!」


やや赤くなって突っ込む俺の声を遮るように、扉をノックする音が響いた。


「レイ様、アラン様がお見えです」


その言葉に、レイが再び溜息をつく。

そして、俺に一瞥をくれると、まるで「離れるな」と言いたげな視線を送る。


「入れ」


低く落とされた声の直後、扉が静かに開かれた。

相変わらず黒いロングコートを身にまとったアランが、いつものように穏やかな微笑みを浮かべて入ってくる。


「レイ兄さん、今日はお忙しいところ失礼するよ」


礼儀正しいその態度は、初対面の人間なら騙されそうなほど品が良い。

しかし、俺はその奥に隠れた狡猾さをもう感じ取っていた。


「……何の用だ?」


レイの冷淡な声にも動じることなく、アランは執務室の中を見回す。

そして、すぐに俺の方に視線を向け、にこりと笑った。


「君もここにいたのか、カイル」

「……コンニチハ……ここで過ごすように言われてるので」


俺はどこかそっけなく答える。


「それにしても、兄さんの執務室にこんな風に堂々と居座っているとはね。少し驚いたよ」


アランの目が俺を探るように細められる。


「兄さんはずいぶんと甘いんだな」

「お前には関係ないだろう。元々カイルは俺の手伝いをしている。今は静養中だが情報の見分は必要だ」


レイが冷ややかに返すと、アランは肩をすくめた。

てか、そんな理由俺は聞いてないけどな!


「いや、ただ感心しただけだよ。伴侶をこんなにも大切にする姿勢にはね」


その言葉に、俺はかすかに眉をひそめた。

一見すると褒めているような言葉だが、その声色には皮肉が混ざっている。


「アラン、用件を言え」


レイが苛立たしげに言うと、アランは微笑みを深める。


「ちょっと近況を聞きたくてね。それと……その伴侶殿とも少し話をしたかったんだ」

「……カイルと?」


レイの声が低くなる。


「兄さんの伴侶がどんな人なのか、興味が湧いてね。それに彼とは我が家は縁が薄いものの、同じエヴァンス家だ。親交を深めても悪くないだろう?」


アランの視線が再び俺に向けられる。

その目は、まるで俺を値踏みするようで、居心地が悪い。


「俺なんて普通の人間なので……。特に話すことなんてないですけど?」


俺がそっけなく答えると、アランは少しだけ口元を歪めた。


「そうかい? そんな風には見えないけれどね」


その言葉には、妙に不穏な響きがあった。

レイもそれを察したのか、冷え冷えとした声で告げる。


「アラン、カイルに近づくな」

「それは兄さんが決めることかい?」


アランの挑発めいた言葉に、レイの目が鋭く光る。


「俺の伴侶だ。何かを仕掛けるつもりなら、それなりの覚悟をしておけ」


静かに吐き出された言葉に、執務室の空気が一気に凍りついた。


「ふふ、相変わらず兄さんらしいね」


アランはそう言って軽く頭を下げると、踵を返した。

去り際に俺へ向けた視線が、どこか底知れないものを感じさせる。


扉が閉まると同時に、俺はぐったりと背もたれに身を預けた。


「……なんか、やっぱり面倒なことになりそうな気しかしない」


呟く俺の横で、レイが静かに息を吐く。


「心配するな。何があってもお前を守る」


その言葉に胸がじんわりと温かくなるが、やっぱり不安は拭えなかった。

アランが俺に近づく理由が、ただの興味だけで済むとは思えなかったからだ。

読んでいただいてありがとうございます!

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