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白い布で飾られた広間。美しいステンドグラスが高くそびえ立ち、色とりどりの光が舞い落ちる。

まるで世界が静止したかのような、張り詰めた空気が満ちていた。


その中央に立つのは――今と同じ、俺とレイだった。


「――カイル」


レイがそっと俺の手を取る。

その指先は温かく、それだけで胸が強く打ち鳴らされる。


彼は真剣な眼差しを俺に向け、静かに口を開いた。


「この誓いの儀式は、互いに命を懸けて守り合う契りを交わすものだ」


レイの声は穏やかで、どこまでも澄んでいた。

ステンドグラスから差し込む光が、彼の横顔を柔らかく照らしている。

俺は――その姿に、目を奪われていた。


「カイル、俺は誓う。命に代えても、お前を守る」


誓いの言葉が響いた瞬間、胸の奥が強く締め付けられる。

心臓が跳ねる音が聞こえるほど、静寂に満ちた空間で……俺はただ彼を見つめることしかできなかった。


「――お前が俺のすべてだ。だから、どんな時もお前の傍にいる」


その言葉に、胸が熱くなった。

レイの目に浮かぶ想いが、痛いほど伝わってくる。


「……俺も、誓うよ。レイ……」


気づけば、言葉が零れていた。

自分でも驚くほど、自然に口が動く。


「俺も――……」


……だが、そこで言葉が詰まる。

いや、俺も何かを誓ったはずなのに……。

なのに、その先が霞んで思い出せない。


――何を、誓ったんだ?


差し込む光が、どこまでも白く広がり……やがて、記憶の景色が薄れていった。


「――っ!」


俺は息を飲んで目を開けた。頭の中に強烈な違和感と、微かな温かさが残っている。


「……今の、なんだ?」


頭を抱えながら、さっき見た光景を必死に思い出そうとする。


「レイと、誓いの儀式……?」


あれは、俺の記憶?それともカイルの記憶?……どちらなんだろうか。

どちらでもあって、どちらでもないような……。

分からないけれど、確かにあの光景は俺の胸を締め付けるほど鮮明だった。


──レイは……命を懸けて、俺を守ると誓ってくれた。


そして、俺も――何かを誓った。


「何を、誓ったんだ……」


思い出そうとすると、頭の奥が鈍く痛む。それでも、確かなものが一つだけ胸に残る。


――レイの「すべてになりたい」と願った、あの瞬間。


「……俺は、一体……」


その時、扉がゆっくりと開いた。


「カイル、起きているか?」


低く穏やかな声――レイだ。


「レイ……」


俺は咄嗟にペンダントに手を当てた。今も静かに輝くその宝石が、何かを語ろうとしている気がした。


「――顔色が悪いな」


レイがベッドの傍に来て、俺の頬に手を当てる。冷たかった頬が、彼の手の温もりでじんわりと熱を帯びていく。


「……俺、少しだけ……思い出したかもしれない」

「何をだ?」


レイの顔が近づく。真剣なその瞳を見て、俺は小さく息を飲んだ。


「……お前が、俺を守るって言ってくれた時のこと」


それは、まだ完全には思い出せない――けれど、確かに「何か」を誓った自分がそこにいた。俺じゃないのかもしれない、俺かもしれない……けれど、思い出した。何か。

レイは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。


「そうか。……お前が少しずつでも思い出してくれるなら、それでいい」


そう言って、彼はもう一度俺の頭を撫でる。


「俺の誓いは、今も変わらない。――お前が、俺のすべてだ」


その言葉に胸が熱くなり、涙が出そうになる。

推しからこんなことを言われるなんて――いや、違う。今は推しとかじゃない。目の前にいるレイは、「俺」を――『カイル』を心から守ろうとしてくれている。


「……ありがとう、レイ」


震える声でそう伝えた瞬間、レイの瞳が一瞬だけ揺らぐのが分かった。

そのまま彼は俺をじっと見つめて、ふっと表情を緩める。


「カイル……」


名前を呼ばれるだけで、胸がドキリと高鳴った。レイは静かに俺の横に腰を下ろし、俺の手を包み込んだ。


「な、何?」


思わず身を引こうとするけれど、レイの指がそっと俺の指を絡め取る。

指先が触れ合うだけで、頭がくらくらするのはどうしてだ。


「――少しだけ、触れたい」


レイは、どこか不安げにそう言った。


「触れたい……?」


俺が繰り返すと、レイは静かに微笑む。


「お前が思い出すまで、先には進めない。けれど……少しだけ……」


そう言って、レイは俺の手を引き寄せる。指先が頬に触れ、温もりがじんわりと広がる。


「……っ」


レイの顔がゆっくりと近づく。


「れ、レイ……?」


戸惑いの声が漏れるが、レイは静かに囁いた。


「怖がるな」


その言葉と共に、彼の唇が俺の唇に触れた。


「っ……!」


触れた瞬間、全身が硬直する。けれど、レイの唇は優しく、まるで壊れ物を扱うように慎重に俺を包み込んだ。

ただ触れるだけじゃない。唇がゆっくりと動き、俺の下唇を啄むように噛む。


「んっ……」


声が漏れる。喉の奥が熱い。胸がどきどきと鳴り続けて、まともに呼吸ができない。


「っ、ちょ、レイ……ま、待って……」


必死に言葉を紡ぐが、レイの唇が、俺の言葉を止めた。


「っ……!」


柔らかい感触が広がり、頭の中が一瞬で真っ白になる。

ただ触れるだけじゃなく、レイの唇はゆっくりと動いて、俺の下唇を優しく啄む。

そして舌が、俺の唇の上を舐めた。

こ、これ……マジのやつじゃん……!

心臓の音がうるさいくらいに響く。逃げようとしても、背後はベッドの縁で、レイが前にいるせいで――完全に逃げ道がない。


「っ、ちょ、レイ……ま、待って……」


きっと俺は耳まで赤い。レイは顔を少し下げて俺を見つめる。いつもの冷静な瞳じゃない――優しくて、どこか熱を帯びた視線だ。


「……嫌か?」


レイの低い声が、耳のすぐ近くで震えるように響く。

その声が俺の首筋を撫でるだけで、背筋がぞくりと粟立つ。


「い、嫌じゃないけど……っ」


――正直、頭がついていかない。

推しに、こんな風に押し倒されて――こんな甘すぎる雰囲気で――冷静でいられるわけがない。

推しが隣に座ってるだけで死ぬのに、これ以上は無理なんだってば!

童貞を舐めるな‼……けれど、


「……じゃあ、いいだろう」


優しく囁きながら、レイが再び俺の唇を塞ぐ。

今度はさっきよりも深く、舌先が軽く唇の端をなぞる感触が伝わって――。


「んっ……!」


あまりの甘さに、反射的に肩が跳ねる。

けれど、逃げる暇もなくレイの腕が俺の背を回り、しっかりと抱き寄せられた。

抱き寄せられたまま、ゆっくりと唇の隙間を押し広げられ、温かく滑らかなレイの舌が俺の口内を探る。


「ん、ぁ……っ」


甘さが強すぎて、無意識にレイの服を握りしめる。

少しでも逃げようとするのに、舌は勝手にレイを求めてしまう。

舌の上を撫でられるたびに、意識がどんどんとろけていく――。


「……カイル」


レイが俺の舌を軽く吸い、ちゅっと音を立てて離れた。

唇が離れた瞬間、俺の体は完全に力が抜け、レイの肩にもたれかかる形になる。


「お前は、いつも無茶ばかりする」


額にそっと唇を落とされ、レイの低い声が直接耳に届く。


「お前がどれだけ自分を軽く見ても、俺にとっては――世界で最も大切な存在だ」

「っ……」


レイの言葉が、胸の奥に強く響く。

甘いだけじゃない。そこには、強い決意と愛情が詰まっていた。


「お前は、俺が守る」


「……うん」


俺は小さく頷き、そっと彼の服を握る。

ああ、そうだ。レイは俺を守ってくれている。俺だけを――。


「ありがとう……レイ」


唇がもう一度、優しく触れる。

さっきよりも軽く、けれど確かな温かさがそこにある。


レイがこうして傍にいてくれるだけで、不安も焦りも、全部消えていく気がする。

きっと俺はレイがいれば、大丈夫なんだろうな――。


「……カイル」

「ん?」


俺が顔を上げると、レイの顔が近くて息が止まる。

近い、近いって!ドアップイケメンは心臓に悪いから‼!


「これから何が起きても、俺を信じろ。俺も、お前だけを信じる」


そう言ってレイが見せたのは、どこまでも真っ直ぐで、隠しきれない強い決意が宿った瞳だった。


「……うん。分かった」


レイを信じる――それだけは迷わずに頷ける。

その瞬間、胸の中で何かが静かに、けれど確実に動き始めた気がした。


――ゴゴッ……!


突然、部屋が微かに揺れる。


「っ、なに!?」

「……やはり来たか」


レイが部屋の窓の外を見つめる。


「ちょ、え……何が……!?」


慌てる俺を横目に、レイは剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。


「敵だ。お前はここにいろ――」

「いや、待って!俺も行く!行かせてほしい……!」

「しかし、カイル――」

「レイ、俺も知りたいんだ!俺が何者なのか、何をすべきなのか!」


俺の言葉に、レイは目を伏せて、ため息をつく。そして――小さく頷いた。


「分かった。だが、絶対に俺の側を離れるな」

「……わかった!ありがとう、レイ……!」


レイに手を引かれながら廊下を進むと、屋敷全体に重苦しく緊迫した空気が広がっているのが分かった。兵士たちが慌ただしく駆け回り、剣を構えた護衛が各所に配置されている。


「どういうこと?敵って……」

「アルベルトの手の者だろう。だが、これはただの陽動かもしれない」


レイはそう言いながら歩みを止めることなく、俺を守るように肩を抱く。

その姿に、頼もしさと同時に焦りが込み上げてくる。


「――奥様!旦那様!」


そこに現れたのは、エミリーだ。相変わらず完璧なメイド姿だが、手にはいつの間にか短剣が握られている。


「……エミリー?」


俺の驚きに気づいたのか、彼女は柔らかく微笑む。


「奥様をお守りするのが、私の役目でございます」

「いや、でも……メイドだよね?」


その瞬間――エミリーの背後から、影が飛びかかった。


「危な――」

「あなた、遅いです」


――カンッ。


俺が叫ぶよりも早く、エミリーが一歩踏み出し、短剣を振るう。

刃が空を裂く音がして、飛びかかってきた敵兵が地面に崩れ落ちた。


「……えっ?」


その間、ほんの一瞬。瞬く間。


「まだまだ、おかわりが来そうですね」


エミリーは短剣を拭いながら、淡々と微笑む。

その動きに、一片の迷いもない。


「……強すぎない……?」

「何を仰いますか。奥様には守護者が必要です」


エミリーはさらりと流して、短剣を軽く回した。


「行きましょう、旦那様。敵は中庭へ集結しつつあります」

「分かった。カイル、行こう」


レイの手が俺の背を軽く押す。

エミリーは軽く先行しながら警戒を怠らない。


「……待って待って、俺が一番弱くない?絶対戦力外感すごいんだけど……!」


思わず小声で呟くが、エミリーがちらりと微笑む。


「奥様、問題ありません。あなたがここにいらっしゃるだけで、すでに最強でございます」


「え、何その意味深発言!?詳しく!」


「それは後ほど。今は、参りましょう」


冗談交じりに言いながらも、エミリーの目は真剣だった。

読んでいただいてありがとうございます!

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