第47話 他人の気持ち
第47話 他人の気持ち
「はぁ、はぁ……も、もう着替えたから! ほら見て、普段はこんな可愛いもこもこパジャマなの! だからお互いのためにもさっきのは忘れてっ!!」
「わ、分かりました……」
「それにしても……つ、疲れた〜」
アカリさんはいきなり電話を切ったかと思うと、俺が各方位に謝り倒して回っていた十分ほど後にまた突然ビデオ通話を掛けてきた。
息を切らしながらも精一杯盛れるような角度からビデオ通話を掛けてきたアカリさんは、タグの付いたままの新品だと思われる水色のもこもことした暖かそうなパジャマを着、そしてわざわざ化粧までしたのか、頬は若干朱に染まり、唇も画面越しで違いがわかるほどに潤っていた。
アカリさんの保身のためにもあのTシャツのことは触れないでおこうと思う。うん。そうしよう。
……にしてもよく部屋でブカブカのTシャツ一枚の女性を見ると、下は履いているのかどうかとばかり気になっていたが、まさかあんな風になっているとは。
「レン君? どしたの? おーい」
「はっ……すみません。少しぼーっとしてました」
先程までのアカリさんの姿を思い出していると、画面に近づいてきて手を振りながら話しかけてくる彼女に意識をはっとさせられる。
彼女は笑いながらも再び椅子に着席すると、年上の余裕を見せたいのか、からかうように言ってくる。
「あはは、レン君も意外と抜けてるところあるんだね〜」
「アカリさんほどでは無いですよ」
「なっ……」
"抜けている"という性格の面に関してはアカリさんの右に出る者は少なくとも俺の知る限りでは居ない。まぁ抜けているというか単にドジっ娘なだけだと思うが……。
それに二ヶ月も連絡をすっぽかしていた俺が人に言えたことじゃない。思い出した俺は軽く謝ると、アカリさんは「気にしていない」と軽く流してくれて、本題に移る。
「率直に聞くけど……レン君。何かあった? もしかして、私が原因だったり……するのかな?」
「そんな、アカリさんが原因だなんて……そんな事は一切ないです! 本当に。 ただ、少し込み入った事情がありまして……」
自身の胸に手を当て、自信なさげに俺の顔色を伺ってくる彼女に対して、つい粗めの口調になって否定してしまう。
アカリさんとは俺の処女作からの仲で、その時からずっと良くしてくれている。母親の居ない俺にとっては、面倒をよく見てくれ、甘えることが出来た人。そんな彼女が原因で俺が連絡手段を絶つとかはまずありえない。
だからこそ、つい立ち上がってしまったのだ。
「良かった。ひとまず安心したよ。それより、込み入った事情って……聞いても、いいかな」
「……そうですね。アカリさんには話しておこうと思います」
俺は前突然レインが現れた日から今日に至るまでの二ヶ月の出来事をなるべく詳しく、かつ簡潔に説明した。
予想外だったのは、アカリさんが終始真剣に俺の話を聞いてくれた事だった。てっきり話し出しの瞬間からお茶でも吹き出す勢いで話を遮ってくるものかと思っていたが、最後まで俺の目と目を離さずに聞いてくれた。
俺の話の途中には、特に彼女からの質問などもなく、話自体は十分程度で終わった。
「……なるほどね〜。確かに、にわかには信じ難い話だよね。ゲームの世界からヒロインたちが飛び出してきた! なんて。」
「そう、ですよね……」
当然の反応だ。こんな話、信じてくれる人なんて居ない。この世界はゲームやアニメ、漫画などのフィクションの世界ではない。実際にレインの変身を目の当たりにしたヒナはともかく、編集もCGもないノンフィクションの現実世界において、一般的に他人ひとはこんな話を信じてくれるはずがない。
きっと、 彼女の目には俺の話は言い訳にしか聞こえないだろう。連絡を忘れていたことから保身に走った男の言い訳。嘘にしてももっとマシなものをつけと言いたいはずだ。
これで終わりかもしれない。彼女が話を聞いてくれるのも、文字通り、仕事仲間であるのも。昔から何かと面倒を見てくれたアカリさんに失望されたくない。その気持ちは嘘では無い。でも、レインたちと過ごしたこの二ヶ月のこともまた、嘘などではなく現実なのだ。
「レン君……」
「……」
沈黙したまま彼女の紡ぐ言葉の続きを待つ。呼び掛けに続く言葉は……怒りか、呆れか、失望か。普段はずっと優しい彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思えないが、それさえも可能性として有り得るような状況にしてしまったのは俺自身の落ち度だ。
アカリさんが口を開く。思わず顔を伏せ、唇を噛みながら備えると、彼女の口から紡がれたのは衝撃の一言だった。
「大変、だったね」
「……?」
一瞬理解できず、顔を上げ、再び画面へと目をやる。
するとそこには、慈愛の表情で満ちたアカリさんの顔があった。
「大変だったねって……俺の話、信じてくれるんですか?」
「? 当たり前だよ。レン君が私に嘘吐いたことなんてないし。それに」
「それに?」
一呼吸間を置くと、心底嬉しそうな表情をした彼女が身を乗り出して言ってくる。
「あんなに楽しげに話すレン君、初めて見たから!」
「……」
予想だにしなかった言葉と、あまりに素敵な笑顔を魅せてくれる彼女に思わず呆気にとられてしまう。
「ははっ……」
「……? レン君?」
しばらく沈黙が続いた後、アカリさんの言葉の意味が理解出来てくると、笑いが込み上げてきた。
「あはははは!」
「ど、どうしたの? 私何か面白いこと言った……?」
「い、いや、すみません。ふふっ、ごめんなさい。笑っちゃったりして。アカリさんが面白いこと言ったとかそんなんじゃなくて……ただ、自分に呆れていただけです」
「そ、そう?」
俺がアカリさんの問いかけを否定すると、彼女はホッとしたような表情を浮かべ、胸を撫で下ろす。
俺は馬鹿だ。大馬鹿だ。勝手に人の気持ちを推し量って、決めつけて。こんな優しい人の口から出るはずもない言葉を想像して、身構えて。
レインたちと過ごして来たことで少しは変われたと思っていたが、やはり人間、根っこの部分を矯正することはそうそう出来ないらしい。
「……改めて、色々とご迷惑をおかけしました。これからは、ちゃんと忘れずに連絡とるようにします」
「うむ。反省したなら良しとします。今回の件で分かったけど、やっぱり私とレン君の連絡手段がトゥイッターしかないのが問題だと思う。だから反省を踏まえて、トゥイッター以外の連絡手段も、その……交換した方が、その…………ってあぁぁー!!」
「!? な、何ですか?!」
自分の愚かさと考えの浅はかさを反省し、内心で勝手にあかりさんの気持ちを決めつけていた事と、今回の件も含めて改めて謝罪すると、アカリさんは何か恐ろしいものを見たような悲鳴をあげ、画面越しに指を指してくる。
わなわなと震えるアカリさんの青い顔を見ながら、恐る恐る後ろを振り返ると……
「女の声が聞こえるわ……あ、ちょっとレン、その女誰よ?!」
「も、もしかしてその娘は……!!」
スマホの小さい画面から飛び出してきそうなほどの勢いで顔面をドアップにしたアカリさんが、扉を勢い良く開けてきたレインを見て固まってしまっていた。
最後まで見て頂いてありがとうございます!(´▽`)
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