閂を壊す
電車に乗り、そしてついた先。中央区の、最も中心部、そこには総省庁議事ビルと呼ばれる、スフィア内の政のほぼ全てを取り仕切る場所がある。その巨大なビルを中心として、かつてのパリの凱旋門周辺のような、円形と放射状に伸びる道路とその間にある建物という作りになっている。そう、アマテラ祭の会場はここである。
「総ビル周辺なんて久々だなあ。」
今は12時30分。昼食をとってスタジアムに行ったら丁度14時、そっからユーリとちょっとだけ話して、夜は中央区北東の方でイタリアンのレストランを予約したからそこでって感じか。そういえば最初はラーメンだったな。そしたらマヌがラーメンマジ?せめてイタリアンのレストランとかにしときましょう、予約とかもこっちでやっておいてあげるのでって言ってきたから、こっちに変えた。ありがたいことだ。だが、本来ならば俺がやるべきだ。勉強は欠かせないな。
「この辺りにはなかなか来ないのか?」
「うん。この辺の建物ってほぼ政府関係だよ。」
確かに彼女には関係ないな。
政府関係か、なるほど、マヌがこの周辺に根を密に張っている理由がわかる。でもこんな人間いて良く把握できるな。
「もしかしたらノアは将来お世話になるかもね。」
彼女は総ビルの隣に立つビルに指差す。
「ほら、あれ軍ビルついでにあっちが司ビル。もしかしたら今もマヌさん、軍ビルに居るかもね。」
その予想は外れている。さっきマヌの根に触ったがマヌは今ここにはいない。確か今は出張だとか言ってイワハスフィアに居る。
「いや、やっぱ居ないかも、そんな気がする。」
彼女は根に接続できるが、それは相手から接続した場合にのみ限る。何故なら彼女にねはないのだから。だが、にも関わらず彼女の勘はユーザーに関することだけ割と当たる。俺は根以外の何かに常時接続している、と見ているがよくわかってないし、俺如きで考えられることじゃ無いから思考の片隅に置いてる。
「正解、今イワハスフィアに居る。」
イワハスフィア、人口も多くは無く、戦略的価値も低い。二大スフィアから攻める価値なしとして放置されているスフィアである。故に、観光名所として発展し、資源や技術では無く文化と娯楽を生業とするスフィアとなった。
「バカンスじゃん。」
正直、羨ましい。サーフィンとスキーが同時にできると聞けばワクワクもする。俺は二つとも知らないが、きっと面白いものなんだろう。
「あ、あれ見て。」
人の多さがまるで波。それでも、その艶やかな銀髪も白い肌は目立っていた。見失うはずが無い。それになにより、見失っても根が場所を教えてくれる。
「チョコバナナ?」
あの露店だろうか。価格は税込360円、まぁ余裕だ。貯金は確か300万くらいあった筈だし。
「俺も食べたいな。並ぶか。」
列はそれほど長くは無く、5分くらいで俺たちが先頭になる。
「720円丁度ね。」
笑顔の素敵な眼帯の店主。待て、この感じ...ユーザーか?
左眼に眼帯、年齢は俺より一回り上くらいの、ユーリの一つ二つ上くらいの年齢だろうか。一応憶えておこう。お世話になるかもしれない。
「あ、後でmaimaiで送っとくね。今その小銭ない。」
「いや、奢りでいい。それに俺maimaiやってない。」
奢りと言っても、720円なんて端金も端金だ。枢仁からはいい給料貰ってる。それに本来ならばこのお金はすでに使われている金だ。たまたまユーリが魔法のカードで払ってくれたおかげで使われなかったお金だ。
「なんか、ごめんね。払わせちゃって。」
そんな顔をされるとむしろこっちが申し訳なく思えてくる。俺はただ、払いたかったから払った、俺のエゴってだけなのにな。
「いいんだ。腐らせておくよりは大分マシだと思うから。」
道の脇の方に避けてチョコバナナを食べる。一口目、甘い、とても甘い。この散りばめられたカラフルな装飾、これも甘い。バナナも甘い。やはり不健康なものは総じて美味しいな。ラーメンとかポテトを食べてると感じるのだが、人間の身体はとても欠陥的だ。身体の健康に良く無いものほど、心を健康にしてくれる。
「何か趣味とかに使えばいいのに。」
趣味か...一応ゲームとかそういうのはやってるが、俺がやるゲームのジャンルは基本的にサンドボックスだしな。メイがやるようなゲームは直ぐに飽きてしまう。弾が見えているのに避けれないからな。スポーツはユーザー同士でやらないとつまらないだろうし。
「趣味か、なんかないか?ゲーム以外で。」
再び人混みに飛び込む。目指す先はあの目の前のドーム。
「うーん、音楽とか?」
「ピアノとかなら教えられるよ、習ってたし。あとエレキギター。」
一つ目はお嬢様っぽかった。二つ目は、意外だった。エレキギターか、いや意外でもないな。メイは見た目こそ上品で白百合の花のようだった。でも中身はどこにでもいる、少し自分が嫌いなだけの等身大の人間だ。
そんな調子でドームに着き、事前に貰ったチケットを使って入場した。
中はほぼ満席と言った感じだ。野球の時とほぼ同じ、だが唯一不審に思ったのが、そのドームの中心に立つ人物。服装からして軍人では無い。パフォーマンスの人員なのは確かだ...いや!違う!あいつはさっきのチョコバナナの露天にいたやつだ!
「メイ、嫌な予感がする。できるだけ近くに寄ってくれ。」
いざという時に備えよう。尋常なく嫌な予感がする。だってあいつから感じる圧はユーレライナの比じゃない。
「私も...」
軍服の着た女、ユーリが入場する。そしてユーリも直ぐに異変を感じ取り、こう叫ぶ。
「下がれ!下がれと言っている!避難指示を出せ!会場全域にだ!」
「憂里大佐?」
「下がれ、それとも生前葬がお望みか?」
強い口調だ。只事では無いんだろう。
眼帯の男が口を開き、こう言った。
「焼爛奘母。」
瞬間、奴から発せられた炎の大波がドームを襲う。
俺はメイを抱き寄せる。
「喰い尽くせ!」
まず正面からくる波を止める。
「人腕破章、黄山開仙盾!」
両腕が弾ける。飛び出す血が二人を囲う小さなドームとなる。このドームは数秒間、外界と内界を分断する。
火が消える。煙が晴れる。
その光景に俺は目を見開く。本来そこにいた人達が一人もいない。地面の赤が黒に変わってゆく。
「あぁ...いやぁ...あぁ...」
彼女もその光景について絶句し、言葉が出ない。そしてその光景のその黒さ、彼女はその意味を理解した。
「いやぁぁぁぁ!!」
叫んだ。当然だろう、だって彼女の頭はその黒さが人の影であることを理解したのだから。人の溶けた跡だとりかいしたのだから。
「メイ...」
自らが犠牲となり人を守る方法、犠法。そんな由来のくせして今の彼女をなんとかすることはできないんだな。
「封印柱隊、前に!場を整えろ。」
男は笑っている。
俺とユーリは冷静だ。ユーザーだからなのか?
「やだぁ、死にたくないよ...」
50人くらいの軍服を着た人間がドームに入り、そしてドームの中心部と観客席部分を隔てるように柱を建て、直ぐに逃げていく。俺もメイを抱えて、それに続く。
扉が眼前になった時、目の前の全てが巨大な氷に囲われた。
「その女は殺せと、命令されている。」
俺と同じくらいの少年、氷のように冷たい白の髪。
「クソ...どうする?」
「どうするって、交渉でしょ。」
メイはまだ、腕の中で震えている。
「交渉?」
「あぁ、その女を渡せ。そしたら依頼金の2割を君に渡す。」
2割か、依頼金の金額によるのなら悪い条件では無いが、死んだ後にメイに責められるのもマヌになんか言われるのも御免だな。
「断る。」
「だよね。僕だってそうする。その子可愛いし、絶対依頼金の2割より価値はある。」
ん、案外なんとかなりそうな雰囲気するな?
「殺すとか、言わないのか?」
「言えないね、だって今は絶対勝てないし。」
今?そうか、ユーリか。こいつのヴァーゼは氷、ユーリは火。相性が悪い。でもドームの外出を全部凍らせるレベルのヴァーゼだぞ。ユーリはそれよりも強いってことか。なら、あの男も...
「てか逃げたいしね、君もそう思ってるでしょ。」
「あぁ、逃げたいな。」
「なよね〜。スフィアブレイカー同士の戦いに巻き込まれるのは嫌だもん。」
スフィアブレイカー同士?なら相手は...能力的に炎王ラスメラノラス・ラスメラーノ。
「だって僕も聞いてなかったしね。」
「そりゃ災難だな。」
このままあの二人が動かなければなんとかなるな。しかしそれは時間の問題か。
「そういや君、名前は?」
あの二人が動けばあいつはおそらく俺を殺しにくる。それはユーリもわかってるはずだし、ユーリもユーリで話を長引かせて、援軍の到着まで話を保たせることが二人の命を救う方法だって考えてるはずだ。
「ノア・リュンヌ。」
くそ!他人に命を握られるってのは本当に不愉快だ!
「月か。綺麗だね。俺は日向氷静。ありきたりだろ?」
瞬間、急激に暑くなった。ドームの中央では青と橙色の炎の中でスフィアブレイカー達が睨み合っている。おかしい、さっきまで体感20℃だったのに一気に温度が上がっている。喉が渇く、唇が割れる。
ユーリが何かを言うと、その髪と瞳が黒く染まる。そして、この明るかったスフィア内ですら暗くなる。まるで真夜中みたいだ。
そしてユーリは男の胸ぐらを掴み、急上昇、スフィアの天井を破壊して外界へと脱出する。一瞬だった。そしてこの真夜中の主人が何処かに行ったのか、元に戻る。
「大氷雪蓮ノ葉」
右目を氷が写る、それが見えた瞬間、瞬時に唱えた。
「喰い尽くせ」
ユーリなしでこいつと戦う?いや、俺一人でメイを守りながらこいつと戦う...やれるか!?