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アマテラ祭 下準備



 全てが焼け、溶けている。数時間前まで悠々とその空に浮かんでいた2つの球は地に堕ち、焼け焦げている。太陽は12時、天気は快晴、されど夜入りの如き暗さである。


 「兄さん...」


 その身に深い藍色の炎を宿し、黒い鎌を持った死神のような女。彼女はその男を、四肢が焼き爛れて五臓六腑が灰となったその男を見下していた。

 その眼に涙はない、光はない。何故ならその全てが熱によって消えたのだから。


 「ユゥゥリィィィ!!!」


 トドメは刺さなかった。いや、刺せなかった。朽葉弾も拳銃も、焼けて消えてしまったからだ。だから彼女は自らの炎、全てを焼き尽くす青い炎の欠片を与えた。


 「さようなら。」


 景色はさながらこの世の終わり、もしくは原始地球だ。後に残るのは、高熱によって爛れたガラスの大地だけである。

 2079年、これが史上初めて行われたスフィアブレイカー同士の戦いである。数時間のうちにゴビ砂漠の2割がガラスの大地となった。守るべき場所も人も全てを焼き尽くした戦争である。

 ネリネーサスフィアとリューセイスフィアの戦争。通称、燻る5ヶ月と3時間の青い炎戦争。

 この戦争の後、アマテラスフィアとアルゴダスフィア間に置いて、スフィアブレイカー同士の絶対不戦条約が結ばれる。


 もし、兄が弟だったらどんなに楽だったのか。もし、私が兄よりも弱かったら、どんなに救われただろうか。私は自分の強さ故にこの強さを持ってして、兄を焼き殺した。


 



 9月30日、アマテラスフィアの建設を記念した祭り、アマテラ祭。


 「いかないよ、めんどくさいし。」


 「いや、やっぱ行こうか。」


 彼女は踵を返すように返答を反転させた。


 「せっかくアマテラにいるのにアマテラ祭知らないってのも忍びなしね。やっぱ行くよ。」


 意外に快く返事してくれた。てっきり俺は、ゲームしてた方が楽しいとか私はいいからカナさんと楽しんでと言うかと思っていた。


 「それにほら、ユーリ姉さんとか私までならいいんだけど、カナさんに手を出されるのは話違うかな。」


 「俺は何も...」


 「そういうとこ。ノアはもっと自分の顔とか立場とか言動が客観的にどう見られているかを知るべきだよ。」


 俺にはそれはまだできそうにないな。


 「行くと決まったことだし、服でも買おうかな。」


 「ノアもいつまでもカナさんチョイスじゃダメだと思うよ。」


 そういうものなのか?なら...確かユーリの管理区域はこの辺だったか。ギリギリ届きそうだ。

 ノア?どうしたの?

 急にすまない。その、服を買おうと思ってていて、俺は何もわからないから、この前みたいに手伝って欲しいんだ。

 別にいいけど、さてはアマテラ祭?

 あぁ、メイとカナさんとでね。よければユーリも来て欲しいんだけど。

 行きたい、けど行けないな。ドームの方で戦勝記念パフォーマンスするからさ。まぁそれ終わったあとならちょっとだけ時間作れるかな。

 ありがたいな。それとパフォーマンスっていつやるんだ?

 14時からかな。来てくれる?

 もちろん。


 「よし、なんとかなりそうだ。」




 翌日


 ユーリの車は面白くて、空気が物体であることを再認識させられる。だけど、だ。正直、遅い。多分俺が全力疾走した方が速いだろうな。時速60キロくらいだろうか、それなのに遅く感じる。今の俺ならもっと速い速度を出せる、そう身体が教えてくれている。

 ショッピングモールに着いた。平日だというのに人が多く、あと何より同じ服を着た集団がそこら中にいる。あれらは制服と言うらしく、学校に通っているならば着る必要がある服らしい。服を画一化することで組織としての連帯感を高めたり、貧富の差を不可視化することができるんだとか。これは俺が所属している軍隊というものでも同じらしく、俺が戦艦にいた時に着ていた服がそれに当たるらしい。また、ユーザーにおいては式典時以外、改造した軍服の使用が認められているんだとか。


 「で、これは何ボルトまで耐えんのって言ってんだ。」

 

 黒い短髪の女が水着を持ちながらその店の店主に向かって苦情を入れていた。もう九月の中旬だと言うのに水着?一応スフィアにだって寒すぎず暑すぎないとは言え四季はあるんだぞ。しかもなんで水着に耐電性を求めてるんだ。


 「知りませんよそんなの、とにかく他のお客様もいるので今日の所は...」


 ユーリは呆れた顔をしてその女を見る。


 「あのバカ...」


 その女は俺たちの気配を感じ取り、振り返った。その表情は新しいおもちゃを見つけた犬のようだった。


 「ユーリ!」


 ユーリは呆れた溜め息を吐きながらその大型犬のような女を無視して店主に、うちのバカが申し訳ございませんと言った。店主はその相手がユーリだと気づくやいなや別にいいんだ気にしてないからと言った。しかしその口調は怯えている。そんなにユーリが恐ろしいのだろうか?仮にもアマテラの住人を守っている戦力なのでは無いのだろうか。


 「あれ?そのガキは?」


 一瞬考えるポーズをする。


 「分かった婚活ってやつか?ユーリ年下好きだもんな。」


 驚きの的外れさだ。びっくりした。


 「違う、この子がノア。」


 その女はまじまじと俺の顔を見る。背や俺よりも高く、おそらくマヌ並にあるだろう。そんな人にこう、顔をこんなに凝視されるとなると少し恐怖を感じるかもしれない。だが、思いの外優しい顔立ちをしている。自然と安心感を覚えるような、そんな顔だった。


 「このガキが?マヌもおかしなことするなぁ。」


 馬鹿にされてる?俺は何か貴方に悪いことをしただろうか。


 「まぁ、それなら好都合。先に自己紹介でもしとくか。」


 自己紹介?先?もしかしてこの人が!?


 「うちはサンデル。戦争のサンデルだ。」


 バカでアホとは言っていたが、こんな人がか?結構心配だ。俺はこの人を師としてみれるのか?


 「...こんな人が?と思ってるかもしれないけど、こんな人でもスフィアブレイカー。2ヶ月でスフィアを堕とした凄い人だよ。」


 俄には信じがたいな、こんなバカそうな人がこんな大きな居住空間を破壊できるのか?


 「ま、それでも私の方がずっと強いけどね!」


 茶化すようにそう言った。ユーリがスフィアを破壊か、イメージできないな。いや、確かにあの青い炎を撒けばスフィアを燃やし尽くせる気がする。やっぱイメージは湧くかもしれない。


 「ユーリ、別にうちはあんたからその兄さん代わりを取ろうとは思っちゃいないぞ...」


 彼女の反応を見るに本当っぽい。でも兄さん代わりとは一体...


 「さて、ノア。お前のことは大体聞いてる。お前のヴァーゼもギスカナもな。」


 「アマテラ祭の後、じっくり扱いてやるから覚悟しとく様に。最低でもギスカナを解くとかまではやってもらう。」


 そう言って彼女は笑いながら去っていった。嵐の様な人だった。


 「ギスカナを解く?」


 「あーそう言えばギスカナについてあんまり話してなかったね。」


 「汚い例えなんだけど、ヴァーゼを毒付きの唾だと考えた時、ギスカナって扱い的には3本目の腕なんだよね。」


 唾と腕、その例えは面白い。だって俺の中での俺のギスカナは、届かなかったものを届けさせる為の手段だ。確かにそれを3本目の腕として見るのは正しい。


 「だから人間の身体とおんなじで普段はリミッターがかけられてる。それを外すことをギスカナを解くって言うの。」


 「んでここからがややこしいんだけど、ギスカナ自体が具現化された人間のリミッターって側面を持ってる。」


 ん?わからなくなってきたぞ?


 「ギスカナを解くとギスカナも強くなるしその性質も強化される。その上で肉体のリミッターを解いた扱いにもなるから、普段の2.5倍くらい力が出る。」


 要するにギスカナを解くと言うのは火事場の馬鹿力状態になるってことか、その上でギスカナも強くなるって認識で良さそうだな。


 「つまり簡単に言うとギスカナを解くと強くなる、終わり!」


 ここで一つの疑問だ。


 「んじゃなんでみんな最初からギスカナを解かないんだ?」


 「疲れるから。あとヴァーゼとかギスカナが息切れするからかな。なにより結局朽葉弾当てたら勝ちだから落ち着いて立ち回った方が楽。」


 「それと地理省が怒る。」


 ヴァーゼとかギスカナが息切れ?聞いたことないな、だって俺のレヴィアタンは四六時中出してても息切れしなかった。


 「あれって息切れすることあるの?」


 「ある。じゃあここで問題、さっきの人はなんで水着買ってたと思う?」


 変態だからじゃないのか?


 「まだプールに入れると思ってたから?もしくは近場に温水プールがあるから?」


 「不正解。正解はあれが彼女の戦闘服だからだよ。」


 水着で戦う?頭おかしいんじゃ...いや、案外理に適ってるかも。だって俺たちの身体って、基本守る意味ないし、病気にならないし、なら身軽ってのも、理に適ってるのか?


 「彼女はヴァーゼを使い過ぎると息切れする。熱が溜まってオーバーヒートする。」


 「それで冷却し易いように水着で戦ってるってわけ。」


 確かに、理に適ってる、のか?にしても水着で戦うのはどうかと思うけどな。


 「息切れか...」


 「試しに四六時中ヴァーゼ出してみたら?」


 「それはやったんだ。でも息切れしなかった。」


 んーと言いながら彼女は考えた。目を瞑りながら考える癖があるが、歩いてる途中に危なく...ないか。どうせ根で感知できるしな。


 「じゃあ次はオンオフしてみようか。あとサイズを変えるとか。これで息切れしないとか、半日やってやっと息切れとかなら、その空間を削るヴァーゼはそこが本質じゃないってことなのかもね。」


 この考察は正だろう。実際その二つはやった。彼女の言うようにオンオフ自体では1日やっても息切れしなかった。その後日酷い頭痛を起こしたが、頭痛になってても使えたしオンオフ自体では息切れしないと考えていいだろう。もちろん精神面での疲弊はあるが。


 「あとあれかな、一つだからってのもあるかもね。本来複数個を同時に運用する前提のヴァーゼかも。」

 

 その視点は無かった、と言うより無いものと決めつけていたな。今度やってみよう。戦艦にいた時はできなかったが、今ならできるかもしれない。なんならここで小さい球を作ってもいいが、流石にここでやるのはやめておこう。いくらユーリが強いからとは言え、俺のせいでユーリを戦いに巻き込んでしまう、っていうのは違うだろう、話が。


 「無限に浮かぶね。やっぱいいヴァーゼだ。羨ましくなる。」


 「ユーリよユーリでだいぶいいヴァーゼだと思うけど。」


 「良くない良くない。あんたみたいにゴミ箱にできないし、警戒されすぎて詰み手にもならない。そもそも焼き尽くすまで消えないってのがね。」


 「いつもは対象を指定したり燃焼時間を指定してるから引火の心配はないんだけど、ギスカナを解くと完全に制御不能になるからね。」


 それって結構やばくないか。


 「それって地面に当たったら...」


 「星を焼き尽くすまで消えない炎になるよ。実際今もゴビ砂漠で燃えてる。200年後くらいにはゴビ砂漠が全部消えるらしい。ほんと融通効かない。」


 凄い事言ってないか。これがスフィアブレイカーってやつか。確かに、普通のユーザーとは違う。圧倒的な破壊能力を持っている。


 「まぁ一応私が死ねば消えると思うんだけど、流石に放火して放置はなんかね。だからノア、あんたにはめちゃくちゃ強くなって、私の後始末して欲しいんだよ。」


 んな無茶な...


 「だってあたしの火を消せるのってあんたのヴァーゼだけだからね。」


 その後、何着か服を見繕ってもらった。本来、俺の給料から出す予定だったが、金はこの魔法のカードが払ってくれると言って結局ユーリに払わせてしまった...というわけではないようで、そのカードの支払いは政府持ちらしい。どうにも、スフィアブレイカーレベルの存在を逃すのは本当にまずいらしいからこうやって手厚く囲んでいるんだとか。




 アマテラ祭当日


 カナさんは当日欠席となった。急な仕事だとか言っていた。枢仁ももうちょっと配慮してやれよと思ってしまう。


 「ごめんねー支度遅くってさ。」


 朝食をとったあと、彼女は部屋で支度をしていた。女性の身支度は長いから待ってあげるんだよ、と事前にユーリから言われていたので然程気にならなかった。それに俺にはやらなきゃならないこともある。そう、犠法だ。彼女には後ろめたいが、軽い犠法の練習は隠れてコソコソとやってた。もちろん、脳とか心臓とかは犠牲にしていない。本当は使うこと自体が良くないんだが、あまりにも犠法は便利だった。ともかく、犠法については自分なりのルールに則って練習してる。


 「気にしてないよ。」


 ドアが開く。

 黒のバケットハットにサングラス、巻かれた銀髪、金色の首飾り、カットソー、ゆったりとしたジーンズ。


 「あれ、ノア。それユーリ姉が選んだやつ?」


 サングラスをずらして、その赤い瞳が顕になる。なんだか、一緒にゲームしてた時とは別人みたいだ。まるで、ユーリを見ているときのようであり、俺はまるで、ガキに思える。


 「うん。」


 俺はその姿に呆気取られていた。だって自分と対等だと思っていた相手がずっと大人に見えるのだから。


 「通りでサブカル系な訳だ。」


 そう思うと疎外感を感じるのだ。結局、俺とスフィアの彼らじゃ産まれた世界が違うのだろう。喜びも悲しみも絶望もなかった、静かなだけの虚無、それがそれの基礎を、根っこを作った世界であり、このスフィアの人々とはそこが違うのだろう。


 「似合ってないか?」


 「似合ってるよ。」


 あれ、そういや先に似合ってるって俺が言うべきだったかもな。少なくとも、ユーリなら先に言うんだよとか言ってきそう。

 ...俺はユーリに頼りすぎているのかもな。


 「俺が先に言いたかったな。」


 「なら遡及的に扱ってあげるから、言ってよ。」


 「メイ、とても似合ってる。その、めちゃくちゃ可愛いと思う。」


 別にそう言ったからって彼女が赤面する訳では無い。でも言っておきたかった。人に対して誠実に素直でいればきっといいことがある。もう、顔も覚えていない姉がくれた言葉だった。結局、その意味を理解する前に姉は居なくなってしまった訳だが。


 「そう、ありがとう。とっても嬉しい。」


 やっぱり、君には笑顔が似合っていた。

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