デス食卓in 宝蔎院+ユーリとノアの休日
デス食卓in 宝蔎院
気まずい、その一言に限る。カナさんの料理はとても美味しいが、空気がおいしくない。ここにいる五人、家主の枢仁、娘のメイ、俺、使用人のカナさん、そしてなぜかいるマヌ、誰一人声をあげない。
「亮へ...」
マヌ隊長がそう言いかけた時、枢仁は彼を強く睨んだ。
「その名はやめろ。」
根と根が触れ、またあの会話が始まる。
気まずすぎませんか、その親子仲が良くないとは聞いていましたが、まさかこれ程とは。帰る途中で見つかったせいでこんなめんどくさいことに巻き込まれるのなら、いっそ今日来なければ...黒之渦潮した君のせいでもありますからね。
そりゃ酷いだろ。てか俺もこんなにも何も話さないとは。ずっと食器の擦れる音しか聞いてない。
「...お父様、食事の最中にそう声を荒らげるのはよして下さい。」
マヌ、貴方のせいですからね。亮平って名前めちゃくちゃ嫌いなのパパ。
えぇ〜やっぱ聴こえてましたか。
え?私が根で会話できるって知ってたの?ノア、貴方この人に話しちゃった?
いや、話してないぞ、俺。
私は貴方が産まれる前から貴方のことを知っていた。それだけのことですよメイヒメ様。
やっぱノアから聞いてたけどちょっとというだいぶ胡散臭い人ですね、貴方は。
「ノア、そっちの会話は盛り上がっていそうだな。」
やっぱ怖いな、君の親父。
別に、気に入らなければすぐに嫌味と皮肉で冷笑する、しょうもない大人です。
そうか、君から見た亮平はそう見えているのか。
「さて、ノア。君を呼びつけたのは他でもない。」
ノア君、口で喋りながらだけど授業をしてあげましょう。スフィアブレイカー、貴方が目指す先についてのことです。
「私は戦勝記念とアマテラ祭を合わせでやろうと思っている。それに際してだ、君の蛆虫隊を使わせて貰う。加えて例の組織からも仕入れておくことも検討しておけ。」
まず、スフィアブレイカーとは何かわかりますか。
単独でスフィアを制圧、もしくは破壊し得るユーザーのことだろう?メイからそう聞いた。
メイヒメ様から聞いていたんですか、ありがとうございます、ネイヒメ様。
別に、聞かれたから教えただけ。
「またあの仕事ですか。まぁいいでしょう。」
ではどうやってなるかわかりますか?
そこまでは聞いていないな。でもそういうのって勝手についてくるんじゃないか?
はい、正解です。が、他にもなり方があります。
...実際にスフィアをブレイクすることでしょ、マヌ。
さすがメイヒメ様、正解です。が、これ以上は軍事機密、申し訳ありませんが、しばしの間接続を切らせていただきます。
「今回は戦勝ムードということある。前回よりも幾分と楽だろう。」
そして今回、亮平は戦勝記念と言っていますが、この戦争を勝利に導いたユーザーが新しきスフィアブレイカーとして登録されます。
スフィアブレイカー序列第7位、戦争のサンデル・クリークス。彼女は2ヶ月かけてアルゴタスフィアの衛星スフィアであるワーテルスフィアを墜しました、文字通りにね。
そしてノア君、彼女が君の師匠になります。
「わかりました。ですがりょ、大統領閣下。個人的な見解なのですが、これ以上の軍拡の必要性自体に私としては疑問を感じております。」
まぁ彼女はバカでアホですけど、ノア君、君ならうまくやれます。
なぜそう思う?
だって君だいぶ女誑しな気がしてきたので。ユーリの時も思ってはいましたが、メイヒメ様もとなると、そう思わざる終えませんよ。
「保険だ。彼が8人目のスフィアブレイカーになるなんてことに確固たる証拠は無い、なら並行してこちらでも別のプランを進行させてもらうのは当然だと思うが?」
突然、彼女は机を叩いた。その揺れで俺のコップは倒れ、水が溢れる。食卓に雷でも落ちたかのような衝撃だった。
「なんで!なんでこんなに豊かになったのにまだ戦うの!?」
再び、机が揺れる。次は枢仁だった。
「お前は黙っていろ!!お前に政治の一体何がわかる!」
コップはまた揺れた、今度はマヌのコップが溢れたが俺とは違いズボンは濡れなかった。まるで水が中で方向を変えたように、マヌのズボンを避けたのだ。
「わからなくていいよ!何千人も死ぬんだよ!?それにノアだって!まだ私と同じくらいで、一緒にゲームして!一緒に遊んでさ!まだそんな歳なんだよ!?それを貴方たちは戦場に駆り出して!痛い思いさせて!!」
食卓はもはや地獄だ。俺も服を変えたくて立ち上がりたいがそうはできないし、カナさんも溢れた水を拭いて雑巾を洗っているが、水道の音はひどく小さい。
「そんな人でなしになるならわかない方がずっとマシ!」
枢仁は彼女の方に歩き、頬を叩こうとした。彼女もそれを覚悟してか、目を瞑っている。このままじゃいけないと、そう思った。
叩く寸前の手のひら受け止めた。久しぶりに感じる人間の力は矮小で、その手も少し本気になれば折れてしまいそうだった。
「やめてあげて下さい、枢仁さん。」
「家族の問題だ部外者は...」
「その辺にしとこうぜ、亮平。」
「こんな父親なら家族じゃ無ければ良かった。」
目には涙が滲んでいで、俺が何かを言おうと、そう考える前に彼女は自分の部屋に逃げてしまった。
「ちょっと外歩こうぜ、亮平。俺たちだけで、酎ハイでも買ってさ。」
「護衛は...お前が居るのならば要らないか。」
ノア君、このバカはこっちでなんとかするんで、貴方はお転婆娘の方を。あとちょっとかっこよかったですよ、ズボンが濡れて漏らしたみたいになってるの以外は。
余計なこと言うな、すぐに変えてくるよ。
俺はズボンを変え、彼女の部屋に向かう。扉の向こうから啜り泣く声が聞こえる。俺は、何をするべきなんだろう。
「なぁ、メイ。今、いいか。」
物心着く頃には家族は全員チャノキの毒で死んでいた。だから、今の彼女の悲しみも、怒りも何もわからない。
「いいよ、入って。」
でも、彼女のために何かしてあげたいと思うし、やっぱり彼女が傷ついて泣いているのや嫌だ。
「エイム悪いな、なんか。」
いつものゲームをしていた。でもあからさまに下手くそで、弾も当たってない。
「弱いの、味方が。」
これは敵を倒すゲームじゃないから、そう言ったのは君だろう。でも、今君は敵を倒すために敵を倒してる。そこで戦う必要も、そいつをリスキルする必要も無い。
「ねぇ、貴方はいいの?もっと遊びたいでしょ友達作りたいでしょ。こんな私なんかじゃ無くてさ。戦いなんかせずに、サッカーとか、バスケとか...」
「俺は、いいかな。俺はハンバーガーを食べてフカフカのベッドで眠る、人間らしい、そんな暮らしができればあとはどうでも。」
「なら尚更さ、どっか逃げちゃって...」
「でも、君が泣いてるのは嫌だなって思った。」
昨日、君が言っていたことがやっとわかった。俺も君が傷つくのは悲しい。そして君だけでも無く、俺は俺が知ってる人が傷つくのは嫌だった。これは俺のことを知ってる人、メイもユーリも俺にそう思ってくれていたんだろう。でも俺はそれを蔑ろにした。それはとても残酷なことだ。だからせめて、君にそうして欲しくなかった。
「ねぇ、なんでこんな私に...」
「じゃあなんで俺はこんな引きこもりゲーム中毒のゴミを護衛してるのか、そう思いたく無いから自分を貶すのは辞めてくれよ。」
「だって事実だもん...私はゲーム中毒で引きこもりのゴミだよ...」
「そうだな、でも君が、ゲーム中毒で引きこもりのゴミだと勘違いしている君が、俺に生きることの楽しさを教えてくれた。俺にとっての恩人なんだよ、メイ。」
掠れた声が聞こえた。ユーザーの優れた聴力を持ってしても聴き取れなかった。でも根が、その感情を教えてくれる。
「違う、それは違うだろ、メイ。」
手だけ握った。それ以上のことは望まれても俺がするべきことじゃなかったからだ。
「俺は君の父親じゃない。だから、それは父親にしてもらってくれ。俺にできるのはこれくらいなんだ。」
「バカ、甲斐性なし...」
初めて写真を見た時からそうだった。笑った顔の方がずっと、素敵だと思っていた。
「やっぱ笑ってる顔の方が可愛いよ、ずっと。」
その日は彼女はそのまま寝てしまった。
ユーリとノアの休日
彼女はなんとか元気を取り戻してくれたからよかったものの、あの後仲直りできていない。そもそも前回も謝る機会が無かったせいでなぁなぁになったとか。それに、私は許す気はないし、今でも私はあんな人が父親であることが嫌だ、と彼女は言っていた。
結局何もできない、俺にできるのは事後処理だけだな。それは多分、俺が人の心だとかそう言うのを知らな過ぎるせいだろう。だからあの日から心についてだとかそう言う本を読んだ。わかったのは、マニュアル通りにはいかないと言うだけだった。理論的に把握してもその動きは流動的で、一定の規則性を示さないからベースとなる理論に当て嵌めれない。いや、そもそも流動的なものに対してこんな固定的な考えを方をしていることがそもそもの間違いなのかもしれない。柔軟かつ臨機応変に、結局は行き当たりばったりで、それをするには経験から培われる理論が必要なんだ。
俺にはそんなものは無い。まぁ、簡単に言うと詰んでいるというわけなのかもな。
「喰い尽くせ」
結局気を紛らわすにはこれがいい。庭に出て繰り返しヴァーゼを使う。本当は儀法の方が痛みもあって全てを忘れられるからそっちの方がいいんだが、儀法を使えば彼女は泣いてしまう。それを拭えるハンカチは持ち合わせていない。
「喰い尽くせ」
最初の数倍は大きくなってるとはいえ、まだ最大で直径60センチほどだ。これが直径180センチ以上になってくれれば朽葉弾を使わなずユーザーを殺せる。
「喰い尽くせ」
その時、また根に反応があった。この感じはユーリだろう。こうも根の反応が穏やかなものばかりだと、根を張っている意味を見失ってしまう。
「こんなところでヴァーゼを連発するのは、狙って下さいって言うてるようなものだよ。」
それもそうかもな。結局俺のヴァーゼは決定打になり得ない以上、詰ませるための駒に過ぎない。なら、俺のこの行為は恥ずべき行為だろう。こんな白昼堂々と自分のヴァーゼを見せびらかして、後から考えれば馬鹿みたいだ。
「あんた...髪伸びたね。」
確かに、自分で自分の髪の毛食べれるくらいには伸びた気がするな。
「歳は取らないくせに髪や爪は伸びるのか、不便な身体だ。」
俺の顔をじっくり見て、髪を触ってから自分の顎を触り、あたかも考えてますと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
「言わないの、むしろそれを治すからこそ、人間らしいって思えるんだよ。」
俺も自分の髪を長さを今一度確認した。
「じゃあ切るの手伝ってくれよ。」
その言葉を聞くと、彼女は少しの間沈黙した。
「そっか美容室とか行ったことないのか。」
彼女はポケットから俺が最初、額縁と呼んだもの、スマートフォンを取り出した。
「よし、ちょうど空いてるね。ちょっとついてきてよ。」
俺は何も言わず彼女について行った。近場の駐車場には彼女の車停めてある。その車は屋根がないタイプの車でとても高そうだった。俺は車のことを知らないからこれくらいの反応しかできない。これと同じなんだろうな、人間も、心も。
「あんたいつも髪切る時どうしてた?」
「自分で切ってたな。その辺に落ちてるガラスとか使って。」
えーと引かれた。そういえば女の髪は命だって本にも書いてあったな。女性からしてみれば命の次くらいに大事なものを粗末に扱う行為ということなのだろうか。
「危なくない?」
「手を怪我することはたまにあったな。だからいつもできるだけ短くしてた。」
「せっかくいい顔してるのに勿体無い。」
2回目だ、顔を褒められたのは。最初はメイ、そしてユーリ。お世辞なのかもしれないが、悪気はしない。でも自分の顔か、どう言う顔してたっけか。
「なぁ、そういやユーレライナってどう言う人だったんだ?その、ユーリにとって元彼?って名前の関係なんだろう?」
うわ、と苦虫を噛み潰したような表情になる。聞いてはいけないことだったのかもしれない。
「あぁバカライラね。元カレだけど付き合ったのは成り行きかな。」
ユーリは彼について語る。例えばバカだけど優しかったとか、筋は通すやつだとか。ちょっとせこいけど、面白い男だったらしい。ただ、冷蔵庫のプリンを一人で3個食うのはいただけないな。なら、そんな彼がなんで裏切ったのか。俺はそれ知りたい。
「ワーテルスフィアとエルメナススフィアの戦争、多分そのせいかな。彼にとってワーテルスフィアは故郷で、エルメナススフィアは自分を育ててくれた場所だった。そんな二つのスフィアが二代スフィアの都合で代理戦争の舞台となった。彼はそれが許せなかったんでしょう。」
「そして彼は地上に堕り、反スフィア武力団体に加入した。」
「でも、ネイチャーズもネイチャーズでゴミみたいな組織だから、それも嫌気差して、自暴自棄だったんでしょうね。兎に角自分を終わらせて欲しくて、ユーザーが護衛に当たっているであろうメイヒメ様を狙った。」
「バカライラ、だからそんな彼を止めてくれたあんたにはあたしもそれなりに感謝してるんだ。」
しばらくして、ビルが立ち並ぶ区域に着いた。入り口に比べて駐車場は恐ろしく広く、地下3回まであるのにその広さは庭込みでもあの屋敷の4倍はある。
街並みというより街づくりは地上のそれと似ているようで違う。まず、歩行者用道路が無い。全ての道路が自動車用と自転車であり、ほぼ全てのビルにビルとビルを繋ぐ橋が架けられている。また鉄道は全て地下にある。最初から最後まで計画された都市だった。
「着いたよ。」
目的地には大きな椅子が並んでおり、そこに座っている人が後ろの人に髪を切って貰っている。またこの髪を切る人は途轍もない動作で迷いなく切っている。ユーザーである俺の瞳をしても基準も動作の意味も見抜けない。
「14時30分から予約していた幽羅と申します。」
「幽羅様ですね。ご案内致します。」
「はい、お願いします。」
髪の色、みんな違う。黒と金、赤は見たことあるが青色、緑、銀色まで。髪に色を染めているのか?
俺は店員に案内され、席に座った。この大きいイスは柔らかく、その気になれば寝れそうだった。
「こんにちはユーリさん。今回はどうします?整える感じですか?」
「ごめんなさいウチキさん。今回はあたしじゃなくて弟の方。」
「へー弟さん、かっこいいですね。んじゃどんな感じのスタイルで?私としてはこう、センターパートで軽くフェザーパーマとか入れる感じでいいと思うんですけど。」
「パーマはこの子が興味持ち始めてからかな。とりあえず前髪は目の下くらいで、横はそれに合わせて、後ろは刈り上げ、ツーブロは...3ミリでお願いします。」
まるで犠言だ。俺は何か犠牲にするのか?
「え、普段そのどう言うところで切られてるんですか?」
俺の髪を触った美容師?のウチキさんはそう言った。そんな驚く程に酷い髪なのだろうか。
「自分で切っています。」
どうせなら敬語の練習もここでしてみようか。
「ではこういう所に来るのも初めてって感じですか。」
あ、あたしの弟って設定忘れないでよね。
わかってる。
「はい、ユーリ姉に勧められて。」
ウチキは鏡越しに俺の顔を吟味する。
「瞳の色と髪の色以外は結構似てる。いいですね兄弟揃って美人って。」
ウチキは俺達が兄弟だと信じて疑わなかった。でも俺の肌はあんなにきめ細やかじゃ無いし、唇だってあんなに艶やかじゃ無い。目と鼻は少しだけ似てるかもしれない。何より俺には姉がいた。姉は瞳も髪も黒で、ユーリにはとても似ていなかった。
「普段お仕事とかは何を?」
軍人って言ってもいいげど、あんた軍人としての教育受けてないからやめときなさい。やらかす前に。
んじゃなんで言えばいいんだよ。
webデザイナーとかイラストレーターとかかな。あとは小説家とか、その辺の芸術職。
「イラストレーターです。」
散髪中、度々会話したが敬語だとどうしても返しだけで終わってしまう。やはり難しい。カナさんもいい教師なのだろうか、俺の憶えが悪いのかもな。
この後シャワーをして貰い、顔剃りと眉剃りをして貰った。鏡で見た自分の顔は自分じゃ無いように感じた。
「仕上がりはこんな感じで問題ないですか?」
ウチキはユーリを呼び出してそう言った。髪型はオーソドックスなセンターパートとかいうやつで、街でたくさん見たような髪型だった。
「セットしますか?」
「じゃあ、お願い。」
ウチキは容器から何かネチョネチョした林檎の香りの液体を取り出した。それを俺の髪につけて後ろに流す。そして前髪の一部をチョロンと垂らした。この髪型、確かマヌが真面目な時にしていた髪型だ。
「こぼれ毛オールバックだっけか。似合ってるね。なんか王子様みたい。」
正直、この髪がガチガチになる感覚、嫌いだ。でも戦いになった時、髪が目に入らないというのは結構な利点になる。買っておこうか。
美容室を出てたあと、彼女にこの髪をガチガチにする奴が欲しいと告げる。確かゴンキでいいジェル売ってたね、ついでに買ってあげるよ。と言い、こう付け加えた。もしかしてメイヒメ様好きになっちゃったの?と。
メイのことは、好きだ。でもこれは恋でも愛でもない。
だって、俺にはその身を焦がすような感情を理解できない。しかしいつかはそれを知れたらいいなと願っている。
帰宅後。
「え、どっかのスフィアの王子様みたいな髪型。かっこいいねそれ。」
メイにそう言われた。だが心が温まるだけ、身は焦げない。
現在のスフィアブレイカー
序列第一位 新しき太陽のマヌ・ソレイユ
序列第二位 大黒柱、暴王ヘラクレス・デスマッチ
序列第三位 青色柱、史王アレクサンドラ・アレクセイ
序列第四位 黄色柱、奏王サザンクロス・サザンドラコ
序列第五位 屍兵軍帥の幽羅憂里
序列第六位 赤色柱、炎王ラスメラノラス・ラスメラーノ
序列第七位 戦争のサンデル・クリークス
勢力均衡 完全均衡