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人間らしく




 1秒後、脳の再生が完了した。記憶に残っている。なるほど、左目は見えていたが、右目は見えていなかった。左脚が動かせなくなった。両腕もか。痛みは消えていたな。そういや足や腕の再生は0.5秒だったのに、脳の再生はその2倍かかった。複雑な部位になればなるほど、再生には時間が掛かるらしい。だが、一つ疑問点として脳の完全に消したあの時よりも時間が掛かっているように感じるのは何故だろうか。脳に関しては中途半端に消すより全部消した方が再生が早いのか?


 「だ、大丈夫?」


 鼻から大量の出血。庭を汚してしまったのは申し訳ないが、成功だな。ともかく、犠牲となる部位は指定できそうだ。あとは医学書を読んで、言葉と視覚聴覚を除いた五感を司る部位を探すだけだ。そうすればデメリットが極めて少ない黒之大渦潮を作れる。


 「何を...したの?」


 部屋の窓から飛び出してきた彼女。心配させてしまったな。


 「本来脳の全部を失う犠法を半分だけに済ませる実験をしてみた。だけど失敗だな、半分じゃ払いすぎた。思考の部分も消しちまった。だけど、初めてしちゃ上々だ。」


 彼女の顔を見る。困惑そのものだった。彼女の感覚からすれば仕方がない。だって彼女は失ったら元に戻らないから。


 「...人間じゃないよ...」


 それは、そうだ。だって俺の体重は10キロだ。これは肉体が肉の見た目をした植物でできているからである。それを人間じゃないと言うのは無理な話ではない。でも、そんな恐ろしいものを見る目で言われるのは、事実だとしても辛いな。


 「ご、ごめん。ちょっと寝るね。疲れちゃった、から。」


 そう言って彼女は屋敷に戻った。


 「反応?」


 根に反応があった。いや、消えた?


 「捗ってるようですね、ノアくん。」


 目の前にそいつが飛んできた。

 根をすり抜けた?どうやったんだ?


 「黒之渦潮の反応がしたので飛んできました。いやぁ、やるとは思ってたけど、本当にやるとはね。」


 「言うほどだぞ。だって脳の一部しか犠牲にしてない。」


 「正しい使い方ですよ。」


 「ところで全部読んだんですか?」


 「まだだ。」


 ため息を吐かれた。とても露骨だった。


 「いいんですけどね、黒之渦潮までできたなら説明するのあと一つだけですから。」


 あと一つ?まだあったのか?


 「多重犠言(ポリマーシンク)複数の犠言を一つの犠言に犠言に統一し、一つの犠法とする方法です。メリットとしては犠言の短縮と犠牲部位への接触の不必要化です。逆にデメリットとしてはまず、犠牲は自身の肉体、自身の肉体としてみなせる肉体でなけりばならないのと捧げる犠牲が必ず最大となるので、威力の調整が効かなくなることでしょうか。」


 また便利そうなのを...


 「例えばそう、こんな犠言です。」


 「縛鎖天星、黒珠胎動。」


 「これは左人指下の段、縛首と左人脚下の段、金縛と人松果上の段、焼星創生。そして人脳序章、黒之渦潮と人脳破章、黒之暴風の組み合わせです。」


 「この犠法は対象を拘束し、重力を持つ無数の渦が収縮と拡散を繰り返す空間に引き摺り込む技です。」


 収縮と拡散、無数の渦、俺のヴァーゼと同じだ。


 「そう、同じなんです。君の不完全なヴァーゼとね。」


 「知ってたのか?いつから?」


 「初めからですよ。本来君のヴァーゼをもっと複雑な物でしてね。未成熟な君には空間を喰うと言う形でしかその力の一端を扱えない。」


 空間に歪みを渦として出現させ、その渦を重ね合して収縮と拡散を繰り返す空間を喰う黒い球とする。仕組みだけで言ったら割と複雑な方だ。これよりも複雑となると想像がつかない。


 「私もそうでした。私も最初は空間に対して新たな空間を与え旧い空間を弾く、という形でしかこの力を扱えなかった。」


 そういえばマヌ隊長のヴァーゼは見たことがなかった。


 「俺とあんたのヴァーゼってその、どう言う...」


 「話してもいいけど、私と君のヴァーゼ対のヴァーゼ、私のヴァーゼを知れば君のヴァーゼも想像付く。ネタバレされるよりも自分で開花させた方が面白いでしょう。」


 先に能力を知れたら、その方向に向かう努力をする。実に効率的だとは思うが?


 「そう、そこです。君のそう言うと所。君はあまりにも浪漫が無い。」

 

 根が繋がっている感覚はないのに見透かされている?


 「そうですよ、私には君の心がわかります。逆は無いですけどね。」


 なら俺の悩みも疑問も全部見透かした上で無視してるのか。


 「じゃあ、一つだけ私が解決してあげましょう。寛大なので。」

 

 「①ヴァーゼについて。②犠法の効率的な使い方について。③君の人間じゃ無いと呼ばれた内面について。」


 「③だ。ユーリにもメイにも人間じゃないと言われた。」


 奴は不気味な笑みを浮かべた。


 「じゃあ、黒之渦潮の犠言だけ唱えてみてください。」


 「...人脳序章、黒之渦潮。」


 奴は指先にあのナイフと同じ樹力の不可視の刃を形成した。そして、いつのまにか俺の視点はいつもよりも低くなっていた。

 理解できなかった。何が起きたのか。


 「みてください。君の肉体が君の頭を取り返そうと根を伸ばしている。」


 目の前にあったのは首なしの俺の肉体だった。声が出せない、首を切られたのか?


 「私達の肉体は酷く効率的でしてね。首を切られても3分は意識が持ってしまう。」


 根は俺の頭に届く寸前に空中でチリとなって消える。


 「そこでこうやって肉体から伸びる根を処理し続けるとどうなるでしょうか。」


 「効率的な君の肉体は、無理だと判断してきっと頭を作り始めるでしょう。」


 奴の言う通り俺の肉体は新たな頭を作り始めた。そして、俺の目が俺を見る。


 「命は肉体に宿るのでは無く、肉体維持の延長線上の機能でしか無い。だから、彼は君にとっての複製(スワンプマン)。でも君はそこで死ぬ。」


 「マヌ、それって俺の...」


 俺の顔をした俺の肉体を持った他人が話始めた。


 「まぁ、そう言うことですよ。」


 今度は一瞬、その腕の動きが見えた。俺のスワンプマンの首を切り落とし、この頭をその胴体につけた。


 「喚き散らせ(リヴァイアサン)


 そのスワンプマンの肉体は内側から弾けるように爆ぜた。風船のようだった。だけど風船とは違うところがある。弾ける血も骨も、緑色になって消える。


 「わかりましたか?君のしていたことはこう言うこと。そしてすでに君は四人目って訳です。」


 俺はすでに俺じゃ無くなっていた、それは知っていたがやっと現実としてそれを認識した。


 「君は三人目の君も自分で殺している。自分で自分を殺す、それも効率の為に。到底人間のすることじゃない。」


 「で、感想はどうです?それでも人脳の犠法、使いますか?」


 でも恐ろしいがこれは俺の恐れじゃ無い。この恐れは共感の恐れだ。俺は俺じゃ無い俺、スワンプマンに共感して俺は恐れた。事実、この恐れも不快感も身体に残っていない。記憶の中にしか無い。

 

 「死んでも生きれて、それで誰かを守れるのなら、迷わずそれをするだろうな。それにもう何度かやらかしてるしな、今更躊躇うことじゃ無いだろ。」


 その回答を聞いて奴は大笑いした。


 「クッ...ハハハハハッ!やっぱ!やっぱ君人間じゃないな!いやぁ、いいね!君ユーザーになる為に生まれてきたんじゃ無いかってレベルで適性がある!」


 やっぱり馬鹿にされている気がする。


 「いやぁ、そう言う訳じゃ無いんだ。ただ、なぁ。ここまでして辞める選択しない人間は君だけだ。君は絶対ユーザーとして強くなるな、私よりもずっとね。天賦の才というか、なるべくしてユーザーになったというか、先天性のユーザーと言ってもいいな。ユーリやらその辺とはもはや種族が違うレベルだ。」


 ひとしきり笑って、そしてスンッとなった。正直、スンッとした真面目な顔は男の俺でもびっくりするくらいにはかっこよかった。


 「そろそろまずいな、亮平の奴が帰ってくる。んじゃ、ドロンとね。」


 奴の肉体は糸が解けるように消えた。そうか、これは根で作った分身だったのか。


 「人間か、どうしたら人間って認めて貰えるんだろう。」

 

 結局俺は何も分からなかった。


 

 

 私は最低だ。彼の気も知らず、ユーザーですら無いのに彼に文句をつけて、人間じゃないと呟いて、怖くなって逃げた。マセてネットに逃げて、掲示板とSNSで口論して、それで大人になった気でいたんだと思う。本質は子供のままで、世間知らずのお嬢様。

 せめて、謝ろう。そして彼を知ってみよう。なんであんなに自分を大切にできないのか、それを知ろう。だって私もその類なのだから。


 「ねぇ、その、さ。さっきはごめんね。」


 庭で座り込んでいた彼に声を掛けてみた。何か深く考えているようで、ちょっと怖い。


 「あぁ、メイか。別に気にしてないんだ。俺、馬鹿だから結局わからなかった。」


 立ち上がり、振り向く彼。さっきの鼻血の後はもう消えている。顔にも地面にも、痕跡はなかった。ユーザーの死体や肉はすぐに色を失って緑となり、チリとなって消えると聞いたが、本当だとは思わなかった。


 「それもりも大丈夫なのか?設定が晴れに変わったせいで光量がさ。」


 罪悪感で暗かったから気付かなかった。彼のいう通り今は晴れでかなり眩しい。肌もこれ以上いたら痒くなるだろう。


 「中入ろうぜ。俺もちょっと風呂入りたいし。」


 「うん、でも風呂入る前にちょっとさ。話がしたいの、貴方と。だからちょっとだけ、時間ちょうだい。」


 私は自分の部屋に彼を招いた。これで四度目だろうか。一緒にゲームしたりして楽しかったなぁ、だって私にとって、二人目の友達だったんだから。

 だからこそ、彼を救ってあげたいと思った。例え彼が苦しんで無くても、偽善になっても、求めて無くても、そうしないと私は気が治らない。


 「ねぇ、ノアはさ、なんで自分で自分のこと殺すような真似ができるの?」


 ソファに二人で座る、対等でありたいからそうした。


 「できてしまったから、かな。」


 「自分で自分を殺す行為ってわかってやってた?」


 「もちろん。さっきマヌがきてさ、俺の首を刎ねて俺の身体が再生して新たに頭を作るところ見せらられた。」


 なんでそんなに恐ろしい経験を普通に語れるの?


 「...ねぇ、今の貴方は貴方が死んでも新しい貴方が貴方を継いでくれるから死んでもいいって、思ってるって認識であってる?」


 「あぁ、概ねな。勿論タダで死ぬのは嫌だ。痛みだってあるんだし。でも俺が死ぬことで誰かが守られるとかなら喜んで一度死んで、次の俺に託そう。」


 「ダメだよ、そんなの。自分のこと、好きじゃないの?」

 

 「わからないな。俺は自分のことに興味が無いのかもしれない。カナさんにもメイにも指摘されたしな。」


 なんで私がそう言ったのか、なんでカナさんがそう言ったのか、彼はそれを知るべきだと思った。


 「私は自分のこと嫌い。自分なんてどうなってもいいと思ってる。だって私、何にもできないもん。多分、私が死んでも悲しむ人はいない。なんならパパはそれを望んでいる。貴方だって私が死んだら仕事減るでしょうし。」


 宝蔎院枢仁、元の名を竹内亮平と言う。竹内亮平は自身の派閥を作り、自らが大統領となる為、当時の大統領である宝蔎院宮久に取り入る。そして彼は愛してもいなかった宝蔎院愛奈と婚約し、名を改め、宝蔎院枢仁となる。しかしそれだけでは宮久の傀儡でしかない。だから枢仁は宝蔎院を自ら乗っ取る為、宮久を毒殺した。そして彼は正当なる宝蔎院の当主として大統領となった。

 だが一つ、彼の足元揺らぐ問題があった。正当なる宝蔎院の血を持つ自らの娘が存在してしまっていた点だ。

 それが私、宝蔎院茗姫。離散してしまった元宮久派閥の残党が彼女を担ぎ上げるかもしれない、または政敵が彼女を利用するかもしれない。だから宝蔎院茗姫は死ぬべきだ。だからと言って私が変な死に方をすれば今度は真実が暴かれるかもしれない。それがパパにとっての私の存在だ。


 「そんなことはないと思う。それに君が死んだら、俺も流石に悲しい。」


 「そう、思うでしょ?私が死んだら悲しいって貴方は思うでしょ?」


 「それと同じ。貴方が死んだら私は悲しいし、死ななくてもこんなゴミ同然の私のために貴方が傷つくのも悲しい。だから、私のために自分を大切にしてよ。」


 それでどうか、ずっと友達でいて欲しい。一緒にゲームして、そんな日々が続いて欲しい。それでいつか、貴方が自分をことを大切にできるようになって、素敵な相手と結婚して、人間になって欲しい。


 「君が傷つくのは、悲しいな。わかった、俺は俺を大切にしてみるよ。」


 その言葉を聞いて安心はした。でも、彼は自分を大切にする方法を知らないだろう。だからどういうことがダメなのか、後できっちり教えてあげないと。


 「んじゃ、ゲームしようか。」

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