犠法
スクリーンの夜空は三日月の照。滲む汗が不愉快だ。
「なんとかだな。」
根に集中し、マヌの接続した痕跡を探す。ここだ。
全く、甘ちゃんですね。麻酔弾を使うなんて。
こっちの方が建設的だろ。弾速が遅くなるとはいえ、確定距離が3mから2mになるくらいなら許容範囲だ。
その油断が命を狩るんだ、甘ちゃんめ。
しかし、建設的という点においては同意です。早速回収班を向かわせるので、犠法で縛ってください。
犠法?
貴方はそれを知ってる筈だ。
部位は左脚、犠言は左人脚下の段、金縛です。
「あれのことか。」
奴の腹に刺さったナイフを抜き、再び樹力を込める。不可視の刃、切先の方、少し形が崩れてる。あれの代償か。
「他人のでもできるだろう。」
奴の左脚を切り落とす。やはりこの刃の切れ味はおかしい。なにも力を入れずとも切れる。
「左人脚上の段、金縛。」
左脚から血が抜けて、空中で小さな槍となり、体中に突き刺さる。
「凄いな...」
これが犠法です。ユーザーにのみ許された、まぁゲームで言うと魔法ですね。そしてゲームと違うのが、消費するのはMPではなくユーザーの肉体ということです。
ならデメリットが無いってことか?
まぁ、そうですね。そういうことになります。強いてあげるならスタミナと人間性くらいですからね?
人間性?
当然でしょう。最大効率だからといって、人心の犠法を使う為に躊躇いなく心臓を抉り出しそれを繰り返す生物のどこが人間といえますか?
そりゃ、確かにな。
実際一番コストの低い部位ですら歯ですからね。忘れてるかも知れませんが、歯を抜くことですら割と痛い部類なんですよ。
...なぁ、犠法、教えてくれよ。
ユーリは嫌いですよ、それ。
関係ないだろ。覚えとくだけ損は無い。
犠法を知れば絶対言うと思ってました。イカれてるからね君。
悪口か?
いえ、ユーザー同士の戦闘はイカれてる方が強いのですよ。ゲームみたいにレベルがとか魔力がとかそう言うんじゃなくて、躊躇いがなくて頭イっちゃってるヤバい奴が勝つんです。
悪口だろ。
あ、最後に言いたいことだけ言って寝かせていただきますね。初陣でこいつを倒したのは誇っていい、鍛錬を重ねればスフィアブレイカーに届く筈です。はっきり言って、君は強いですよ。
では、おやすみなさい。
「切れた?」
接続が切れた。プツンと切れた。長距離で切るとこんな感じなのか。それよりもだ。
「申し訳ないな。」
詰み手に使ったとはいえ、ここの部分の下の階壊しちゃったな。あの大槌、重すぎる。一瞬出して消しただけでもこの被害。岩でも落ちてきたのか?って具合だ。
「ユーリ?」
根に反応があった。確かにそんな感じがした。
「久しぶり、ノア。」
懐かしい感覚がそこにいた。
「あ、久しぶりだな、ユーリ。」
人工的な風に靡く金髪はスクリーンの月と同じ明るさだ。
「なんかあたしのヴァーゼみたいな反応が近くにあったから気になっちゃってね。」
俺に向いてたその瞳はすぐにその寝転がってる奴に移る。
「...ユーレライナ。バカだね、あんたも。」
しゃがみ込み、その絞れた左手と脚を触る。
「左手は止火の犠定、脚は金縛か。左は自分だけど、脚は貴方ね。多分、マヌ隊長あたりに促されたんでしょ。」
あの萎んだ腕も足もほぼ治ってるなのによくわかるな。
「よく、わかったな。」
「元カレだしね。あと私、犠法使いたくなさすぎて対犠法ちょーうまいから。」
やはりマヌの言うことは間違っているな。ユーリはあまりにも人間らしい。はっきりいってまともすぎる程だ。犠法なんて本来使うべきでは無いのだろう。
「なぁ、犠法って、誰か何の為に作ったんだ?」
「四色柱、青色柱の史王アレクサンドラ・アレクセイ。彼が犠法を作った。」
四色柱、アルゴダスフィアのユーザーか。敵対勢力の技を使っていたのか。
「自ら犠牲となる法。それが犠法。人を守る為に自ら矢となる上の段、人を治す為自ら薬となる下の段。」
守るための力か。皮肉だな。ただの鏃だこれでは。
「使いようによっては、素晴らしいものになるんじゃ無いのか?」
「ありえないね。人間はそんなに良いものじゃ無い。」
ガタンと音がする。
「眠らしちゃったんだ、彼。」
大槌で壊した屋根からから這い上がる影、その白い肌は月明かりに照らせれてさらに白くなる。雪のようだと思った。
「メイ様、とても成長なされましたね。」
ユーリは彼女の元に駆け寄り跪いた。
「様はいらないから。あ、ほんとに眠ってる。」
眠ってる確証がないのに眠らしちゃったと言ったのか。むしろこの場合殺したの方が多いと思うが。
「でも意外、ノアは殺すと思ってた。」
俺がそんな薄情に見えるか?
「ノアほらあんま人に興味無いし。」
そんなにか、そんなにそう見えるのか。人に興味を持つ、今度調べてみようか。
「んじゃあたしはもう行こうかな。回収班のノグチくんが誕生日だからこいつを回収しないと。」
「ユーリ姉、もう行っちゃうの?」
ユーリの袖を引っ張って寂しそうに言うメイ、まるで姉妹のようだ。
「えぇ、またお会いできますから。それに今日は野口くんにとって大切な日なのです。」
男を抱えてユーリは暗闇の中に消えた。しかし、屋根伝に飛ぶあの後ろ姿、まるで忍者のようだった。
後日
「なぁ、スフィアブレイカーってなに?」
このゲームの操作もあらかた覚えた。勝率は5割7分、上場だ。
「単独でスフィアを破壊、もしくは制圧し得る人のこと。今は6人いて、四色柱とマヌ、それとユーリがその中に数えられてる。」
しかし、案外簡単なものだ。だが、もどかしい。自分ならこんな弾避けれるのに、ゲームの中の人はなかなかに動きがトロくてイライラする。
「確かマヌが序列一位でユーリは序列五位だったっけかな。序列二位が大黒柱の暴王ヘラクレス・デスマッチって人。」
面白い名前だな。てか強そうだ。暴王って肩書きもなんか、乱暴そうだし。
「てかアルゴダスフィアの人には史王だとか暴王とかついてるのに、うちの人らにはそう言うの無いんだな。」
向こうで味方が一人死んだな。ならこっちで2キル稼げばいい。
「あるよ。本人が気に入って無いだけでね。」
「例えば屍兵軍帥のユーリとか、新しき太陽のマヌとかね。でも本人が気に入ってないみたい。」
「あ、ほら無駄なこと考えてるから左側も壊滅してる。今のはそこの敵ほっといてでも左にカバー行くべきだった。」
あ、負けた。
「これなんで負けたんだろうな。」
自分に負けてる自覚はなかった。ただ、ポイントのリードが取れないまま負けた。わからない。このわからないが勝率5割5分の俺と勝率7割の彼女との差だろう。
「んーだって貴方のやってるゲーム違うもん。そこの認識かな。」
「認識?」
「このゲームは陣地を取る為に敵を倒すゲーム。敵を倒したいから敵を倒すゲームじゃ無い。キルにも必要なキルと不必要なキルがあるの。」
「難しいな...」
「慣れればわかってくるよ。」
陣地を取る為に、それを意識し始めてから勝率はみるみる上がり、その日のうちに勝率は6割に乗った。
2日後
この2日間、あの夜のことがずっと頭に残った。まず、犠法だ。これに関してはさっき配達された、マヌ監修お前でも分かる犠法というのが届いたので問題無いと仮定する。
次に俺の能力だ。おそらく俺のヴァーゼ、もしくはギスカナのどっちかまたは両方が不完全だ。
普通、ヴァーゼとギスカナにはある程度の関連性があるらしいが、俺のそれには関連性が無い。
しかし問題が見つかるのは良い事だ。まだまだ伸び代があるって事だからな。
「後ろからな...」
悪い癖だが、どうしてもこういうのは後ろから読みたくなる。最初の技より最後の技を知りたくなるのは人間の性だろう。
最後のページ、そこにあったのはこれだ。
人心と人脳の犠法である。そしてこれには、こうもあった。
この技はただ、滅ぼす為の技である。
「人心上の段、新身不転精。」
心臓を捧げ、心の無い肉体を作り出す。
「人心下の段、死屍累々無限連続爆殺陣。」
心臓を捧げ、巨大な一つの爆発を発生させる。
確実にこれは繋がっている。これは上の段で肉体を量産し、下の段で上の段の死体の山を利用して連続爆破を起こす技だ。なら、他の技も同じ筈。
「あった!」
左人脳上の段、縮滅。右人脳上の段、折れの棒木これ、合わせたら縮小する空間の渦が出来るんじゃないか。いいやできる。だってこの文章を見た感じ、やってることは俺のヴァーゼと似ている。特に、空間に対して作用を与え、黒い渦を発生させるとか。自分で食らって見た感じ、俺のヴァーゼも無数の渦で空間を削り取っているのだから。
「二重犠言...」
複数部位を犠牲にする犠法を同時に発動する文言。人+部位1+部位2(左右に分かれて認識される一つの部位の場合、左右の指定を外し一つの部位とする)+指定+犠法名。また指定に関しては上の段+上の段である場合、序章。上下、破章。下下の場合、急章。
つまり、さっきの組み合わせの場合...見つけた。
人脳序章、黒之渦潮
防御無視の破壊技だ。欠点としては犠法特有の直接触れていなければならないという所と使用後に0.5秒ほど意識が消し飛ぶくらいか。あとは痛み。
ここだけ直筆だ。
さて、二重犠言まで読んだなら、犠言破棄やら新犠法の開発だとか思ってるでしょう。残念ながら、どっちも不可能です。犠言に関してはボールペンを持って空中に文字が書けないのと同じで、新犠法に関しては犠法が発表されてからこの20年、2つしか作れて無いのでほぼ不可能です。まぁ、これに関しては開発者がほぼ全て作っていたのでね。
なるほど、案外融通効かないんだな。
「ちょっとだけ、やってみたいな。」
犠法の規模は捧げる犠牲に比例する。ならば、失う脳の面積を小さくすることを意識してみよう。ちょうど、目撃者も来るみたいだし。
「ノア!いま暇?」
勢いよく開けられるドア、人がドア前にそこにいたらどうするつもりだったのか。
「ノックくらいはしてくれてもいいじゃないか。」
「要らないでしょ。だって根を屋敷全体に張ってるんだから。」
正解だが、正解ではない。事実、根によってこの家のほとんどを把握してる。地下2階部分の洗面台の下にネズミが居るということすらも把握できる。しかしあの戦いの後根の方も成長した。半径120mまで安定して把握できる。つまり俺はこの家の敷地全ての状況を把握できている。
「そうかもな。」
「で、いま暇?」
「君がちょっと手伝ってくれたらすぐ暇になる。」
「じゃあ、そうするよ。」
外は曇りで光量は少ない。丁度いい。
「んじゃここから庭の方を見ててくれ。」
なんで?と言いたそうな顔をしつつも、彼女はうんと了承した。俺は急ぎ足で庭に出た。
「んじゃ、よく見といてくれ。俺はこの現象を観測できるかわからない。」
右手の指を2本立てて、先端に樹力を込める。そしてそれを、自分の額に突き刺した。
「え!?何やってんの!?」
意識しろ、できるだけ、小さくだ。そして指定しろ、できるだけ失わぬように。痛みを忘れろ、より良い成果を得る為に。
「人脳...序章、黒之渦潮!!」