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初陣



 それは10日目のことだった。使用人の奏加菜(カナデカナ)から俺はこの世界での生き方だとかマナーを教えてもらっていた。


 「ノア君、貴方人市の子じゃないでしょ。旦那様は私に説明するのがめんどくさかったんでしょうね。」


 「凄いな。なんでわかったんだ?」


 「だって貴方、自分にも他人にも興味が無いでしょ。」


 他人から見た俺はそう見えるのか。自分では自覚が無かった。


 「人市の子は人を怨むか自分を憎むか社会を蔑んでいる。貴方にはそれが無いのよ。」


 それはカナ、貴方もそうなのか?なら、彼女はネイも貴方も同じなんじゃ無いのか?


 「わからないな、俺には人市ってものがわからないんだ。俺はずっと下の静かな場所に居たから...」


 根を張って彼女から情報を抽出してもいい。だがそれは違う気がする。寂しさも嬉しさもそれは簡単にはわからないからこそ意味があるんじゃ無いか。


 「..地下30階から32階、何があるか昨日教えたわね。じゃあ33から45階は何があるか知ってる?」


 地下30階から32階は発電装置管理区だ。ならその下にあるのは当然、スフィアの心臓、発電装置だ。


 「発電装置だろ?」


 「そう、発電施設区。別名スラム。文字の上では人はいないことになってるけど、実際は人が住んでる。権利にも法律にも縛られない、社会において存在しない人間が存在している。」


 「人間市場はそんな存在しない人を売る場所、マフィアとか娼館とか、そういう場所にね。」


 「カナさん、貴方も...」


 「そうよ。私の全ては娼館に売られた。地獄だったと思う。多分、貴方が居たとこよりもね。」


 「でも私は救われた。枢仁政権になって未成年者の売春の取り締まりが強化されたからね。だから私にとってあの人は恩人なのよ。」

 

 そうかなら、俺の恩人はマヌになるのか?いや、違うな。命を救ってくれた、そう定義するのなら俺の恩人はチャノキってことになるのか。


 「恩人か、いいものだな。そういう人は俺には居なかった、それほどまでに感情を揺さぶられる人が。」


 「これから出逢うのよ、きっとね。」


 戸を叩く音、どうやら俺かカナをどっちかに用がある相手が来たようだ。


 「ノア、今日私の部屋で寝て。」


 カナはえぇ、っとびっくりして声を上げる。これは普通のことでは無いらしい、なら理由を聞くべきだろう。少なくとも、訳を問うことが教育だというのは最初に教えてもらった。


 「理由は?」


 「嫌な予感する。私の勘。」


 全神経を集中させて根を探る。完璧とは言わないが俺はこの見えない根を十分に扱えている。半径100m以内の空間を把握して理解することができる。


 「根に変化は無いな、だけど君の勘だ。今日はそうさせてもらう。」


 だがそれ以上に彼女の勘は鋭い。千里眼や未来予知とも言えるほどだ。曰く、チャノキやらユーザーが絡むことなら殆どわかるだとか。


 「良かった。んじゃ早速来てよ、ちょっと試したいことがあるからさ。」


 俺は彼女についていき、またあの部屋に入る。これで二度目だ。


 「これこれ、わかる?」


 これはテレビゲームというやつか。タコペイントという名前のゲームらしい。


 「敵を倒して陣取りする6対6のFPS。ユーザーって反射神経凄いからこういうゲームも強いのかなって。」


 ルールとゲーム内容は理解したが、自分がこのようなゲームを上手くプレイできるのかは懐疑的だ。


 「まぁ、一回やってみるから見ててよ。そしたら大体わかるからさ。」


 そもそもそれはコントローラーというやつを使ってゲームの中の人間を操作する物だろう。そのコントローラーの操作方法も知らないで、まともに動かせるものか。


 「よくやるのか?こういうゲーム。」


 バトル!と書いてある場所を選択し、次にクイックバトルを選択。


 「うん。外は眩しくて仕方がないからずっとゲームやってるかな。」


 言われてみれば確かにこの部屋は少し暗い。


 「アルビノか。その、眼は大丈夫なのか?昨日アルビノに関する本を読んで、気になってしまった。」


 「読んだんだ。眼は乱視と近視で視力も酷いけど、まだコンタクトでなんとかなってるから大丈夫ではある。」


 武器という画面でトリプルタコツボンという武器を選択した。見た目はまるで洗濯機のようであり、この図体のキャラが持つにはとてもじゃ無いが似合わない。こいつもユーザーなのか?と訝しんでしまう。


 「強いのか?この武器。」


 その時、一瞬根に反応があった。


 「OP。弾の判定がでかい上に回転率もいいから寄られても強いキャノン。弱点は見た目。」


 ノア君、聞こえてますか?

 マヌ隊長?くそ、この根こんなこともできるのかよ。よくそんな所から届くな。なんで中央区からここまで届くんだよ。


 「んじゃやるね。」


 最大円形警戒の根を張った時の半径の8倍が根の届く最大の距離です。私のそれは大体30kmくらいなので、このスフィの周辺にいる限りはこうやって通信できます。

 凄いな、俺なんて最大半径100m安定させて半径70mだぞ。


 「右下一人生き残ってるかもな。さっき弾飛んできてたから。」


 まぁ最初はそんなもんというか、やはり才能ありだ。ユーリの時もそんな感じでしたし、何より平均は半径60mくらいですからね。

 それと、ここからが本題だ。今から2分後、敵が到着する。

 敵はマフィアに雇われたユーザーだ。狙いは勿論御嬢さんでしょう。


 「やっぱ凄いね、気づかなかったや。」


 敵の名はユーレライナ・ユーライラ、違法傭兵組織の構成員です。ギスカナは致死毒を啜る(パラダイスシフト)、見た目は錆びた包丁で、その能力は傷つけた場所に花の種を植え付け、急速に成長させて対象の体力を奪う。ちなみにその花は見事な蓮華で、とても美しいのだとか。

 んなこたどうでもいい。次、ヴァーゼは?

 

 「来るな...」


 ヴァーゼは星隷聖北斗七星(セイントセブンスター)、対象に触れて両手の指を使って北斗七星を描くことで相手を完全に支配できます。

 厄介だな、というかその支配だとかなんだとかってそれってなんで効いてるんだ仕組みがわからんぞ。


 「どうしたの?」


 そういう仕組みですから、っていうのは面白くないでしょう。まず第一、こういうヴァーゼはユーザーにしか効きません。そしてなぜ、その効果がユーザーにあるのか、答えは簡単です。ユーザーは力を持った個人ですが、その前にチャノキが獲得した進化でもあります。あれはチャノキが広範囲に分布できるように獲得した、他者を利用した進化なのですよ。なればこそ、その給餌機は高性能な方がいい。それだけのことです。


 「帰ったら続きをやろう。俺の方が絶対上手いからな。」


 窓を開けて天井に出る。地上の建物の屋根とは違い、瓦では無くシングルルーフできていて、少し違和感がある。

 

 「来るか?」


 スクリーンの仮想の月を影が喰む。


 「お出迎えとは丁寧だな。」


 男の見た目は赤髪のベリーショートで、まるでチンピラのような見た目だった。だが、俺は教えられた。例外でない限り、優れたユーザーに馬鹿は居ない。

 

 「出せよ、ギスカナ。」


 ユーレライナは既に錆びた包丁を構えており、挑発するような口でそう言った。


 「いいや、ギスカナは使わない。」


 ユーレライナは顔を顰め、こう考察する。

 舐めている?いや、違う。こいつは使えないのではなく使えないのだ。そもそも俺のことを舐めているのならこうも頑なに根を切断する訳がない。ブラフだ。


 「舐めてんのか?ならその、補助輪付きナイフで俺を殺してみろや。」


 流石にお見通しか。餞別のナイフを服の下から取り出し、上着を脱ぎ捨てる。中は半袖だが、こちらの方が俺のギスカナに注意を引けるだろう。


 「あぁ、いくぜ。」


 集中。ナイフの長さを40センチに設定。見えない刃で切りかかる。しかし奴は鍔迫り合いをあえて起こし、刀長を見極める。そして二度、三度と鍔迫り合いを起こした。勿論その過程において刀身の長さは何度も変えた。しかし、それが仇となった。


 一度目、40cm、二度目、45cm、三度目、55cm。長くもなく、短くもなく。こいつは素人だな。そして上着を脱ぎ捨てたのも悪手だ。これで俺は奴のギスカナを警戒するのみだ。おそらく、奴のギスカナはこの距離での戦い方において邪魔になるのだろう。となると、槍か大剣、大槌ってのもある。つまりそれは詰み手として使うのだろう。おそらくヴァーゼも同様に詰み手だ。接触による発動と考えるのが妥当か?流石に早計過ぎるか?


 ローキックもハイキックもかわしてくるか、単純な体術で考えれば当然実践経験のあるあっちの方が上手か。だから今、奴との差を縮められるとしたらこれだ。

 後ろに跳躍して一旦距離を取り、見つめ合う。そして奴は真正面から突っ込んできた。


 「伸びろ!!!」


 ナイフに樹力を流し込み、伸ばす。音速に近い速度で10mにまで伸ばすそれは、もはや銃弾だ。そしてそれは真正面から突っ込む彼を一旦退けさせた。

 差を見つけたのだ。今そのまま突っ込まれればあのギスカナを胸に刺されて詰んでいた。だが、奴はそれをしなかった。頭を守ったのだ。つまり、差はここだ。ユーリには申し訳ないが、やるしか無い。


 「渾身を外したな!左人指、下の段縛首!」


 指を切り落とし、その指が相手の首目掛けて飛んでいく。これが犠法において最も基本的な技、縛首だ。あの素人野郎はそれすらも知らない。

 なら、ここから先は詰将棋だ。まず腕を封じて錆をつける。しかし、痛みには慣れないものだ。


 「クソ!」


 なんとか左腕で避けたが、これはなんだ!?切り落とされた奴の人差し指が入れ歯に変形し俺の腕に噛み付く、指が動かないとなると、神経を切られたか、それか毒か。なら、この札を貼り付けてから腕を切り落とす!


 「マジか!?素人のくせして判断が早えな!」


 驚きだ、その一瞬で腕を切り落とす判断をするのはな。この札、なんの犠法が込められてるのかはわからない。だがどのみち使い捨て、なら些事だ。

 腕を拾い上げ、奴の頭に向ける。


 「左人腕上の段、閃竜渾!」


 発動しない!?犠法封じの札か?これを作れるのはあいつだ!ユーリだけだ!ならこれは、ユーリの獄炎!?


 「別天神(ワカツアマツカミ)獄炎焼爛水子(ゴクエンカグツチ)。」


 これは対象を焼き尽くすまで消えない獄炎を札に込めた品だ。予想通り俺の腕から発した青い炎はすぐさま奴の腕に燃え移る。一瞬の躊躇い、そのせいで奴は手首ではなく、肩から切り落とさなくてはならなくなった。


 「右人腕下の段、止火の犠定。」


 こいつの後ろにあいつがいるんなら、だいぶ話が違ってくるな、クソが。あいつは今はマヌ・ソレイユの旗下、ならこいつもマヌの下ってことだ。ズブの素人って訳じゃないのなら、ヴァーゼの接触必須という面も再考すべきだな。めんどくせぇ。

 この萎んだ腕、切り落とすか?いや、無理だ。よくあいつ、ノータイムで腕を斬り落としたのにあんな顔してられる。


 火が消えた!?これで詰ませるはずだったのに。あの腕、萎んでる?となるとさっきの自ら指を切り落とした行動とおなじ、あれは自分もしくは他人の肉体の一部を犠牲にして発動できる技か。あれがヴァーゼじゃないのなら、おそらくはユーザーが一般的に使用する技と判断していい。なら、俺にも使えるはずだ。が、それはいま関係ないな。いま関係あるのはあの萎んだ腕をリセットしない、そのことにある。奴は躊躇っている。

 ならば、勝ちだ。詰み手を見つけた。あとはやるだけだ。

 足に力を入れ、頭を落とし、そしてあいつに飛び込む。


 「突っ込んでくる!?」


 致死毒を啜る(スパイラルシフト)を逆手持ちし、あいつの突撃に合わせてあいつの頭に刺す。頭蓋骨の硬さ、脳の柔らかさ、今手に伝わってくる。特別といえど、所詮素人か。


 「喰い尽くせ(レヴィアタン)


 「なに!?」


 黒い...球?ヴァーゼか!?正気か?こいつ俺のギスカナを消すためだけに頭を差し出したのか!?

 腹に刺さっている?ナイフか!?くそ!一旦距離を...


 「燼鏖鬼灯搥[縛封](ジンオウホオズキツイ)!」


 空中に槌!?潰される!?右に飛んで...


 「詰みだ!!」


 奴は既に銃を構えていた。俺の肉体は空中。俺は素人に、奴に詰まされた。

 右目が痛む、あぁ、撃たれたのか。


 「あ、あぁ...」


 右手で心臓の音を聞く...心臓さえ、触れれば、まだ...


 「人心の...」


 声に出ない、心臓も触れない。最後まで、なにも成せず、朽ちていく、か。

 だが、俺らしい末路と言えば、俺らしいかもな。感謝するぜ、将来有望な素人野郎。

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