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人間擬き



 「バカ!」


 勝利の後にあるのはおめでとうでも悔しいでもなく平手打ちだった。


 「人間性まで無くしてもたら、そげな化け物誰が人と言うんや!」


 「あんたほんまにイカれてるよ、なんでこんなしょーもない戦いのために尊厳まで売りに出すん?」


 終わってみてから自分の恐ろしさに気づいた。脳まで交換したらそれは以前の俺ではない、俺の記憶を持った他人になる、そう理解しながら俺は勝利のために脳みそを犠牲にしようとした。


 「そう...だな、その理屈ではわかっていたんだ。それでも、頭の中でこの戦いの性質を考えたら、自然とそうしてた。」


 「正直、冷徹だったけど冷静でなかったと自覚している。」


 「なら二度とやらないで。」


 「返事。」


 「はい。」


 「あと、ごめん。」


 その後何度が手合わせしたが、一回も勝つことはできなかった。




 「捗ってますか?えーっと、ノア君。」


 嘲るように見下ろす瞳、恐れ慄き怯える瞳。


 「まぁほどほどに。」


 「叱られたんでしょう?彼女に。」


 「君は正しいと私は思うが、少々傲慢だよ。確かに私たちの肉体は人でありながら人でない。だけど、その精神構造は変わらず、その核に自己犠牲を持っている。」


 「人でありながら人ならざる心になろうとする、その態度はいけない。そしてこの肉体も生物、人の亜種でありながら、人を超えず、人より劣らず。私たちは化け物にはなっていけないのだよ。」


 説教臭いな、そう感じていた。だってそれは気持ちの問題だろ。理論の問題だろ。生きる残るための戦いには重荷にしかならない。


 「説教臭いと感じているでしょう。では、最後にこれだけは心に留めておきなさい。」


 「もし、頭を守らないような奴に出会ったら逃げなさい。あれは獣ですから。」


 「俺じゃ勝てないって、そう言いたいんですか。」


 男は小さく笑う。


 「その発言、獣の片鱗ですよ。戦う為に闘う、どうしょうもない獣の。」


 そう言い残し男は去っていく。


 「貴方には期待しています。あと、今夜艦長室に来るように。」


 振り向いて、最後にそう言った。鼻唄は遠くなるにつれて蛍光灯のハム音に消されてゆく。


 「...なんなんだあの人。」


 マシンガンのように話題を振られた。一度殺された相手からだ。


 「ハンバーガー、食べたいな。」


 ここは航空戦艦という空飛ぶ大きな船の中らしい。それは昨日知ったし、さっき食堂の場所も教えて貰った。下とは違って、彼らにとってはこの紙切れが価値のあるものであり、これとハンバーガーを交換できるからとか。なぜと彼女に聞いたが、それはこっちでは銀行という組織がその紙の価値を保証してるからだとか、そんなことを言っていた。


 「食堂行くんでしょ?」


 食堂に向かう迷子旅、その途中で彼女に会った。さっきまでシャワーを浴びていたようで、その髪は濡れていて、そしてほんのり花の香りがする。

 人間からこんな匂いするんだと、ただ思った。花畑の無いこの世界に於いて、一番身近な花は人なのかもしれない、そう感じた。

 だけど、真に人が花の似姿となるのは、血飛沫撒き散らすその時だけだろう。


 「うん、そのつもり。」


 「んじゃ奢らせてよ。」


 「最初の任務はあれだけど、それが終わったら背中を合わせる仲間になるだからさ。」


 食堂に着き、俺はハンバーガー二つを頼み、彼女はサラダとトーストを頼んだ。食堂の角の席に向かい合わせで座る。


 「その、さっき言ってた最初の任務ってなんなんだ?」


 俺が知らないところで俺の仕事とやらが決まっていたらしい。相談もなく決めるなんて、あまりに横暴じゃ無いか?


 「宝蔎院蔎茗姫って言うお嬢様の護衛。」


 「ほうせつ、えっと、めい?なんだって?」


 「宝蔎院茗姫(ほうせついんめいひめ)アマテラスフィア大統領の娘。」


 国家というものが消失した今、空に浮かぶ球体、天空居住区(スフィア)こそが国家であるとマヌ隊長は言っていた。そしてそのスフィアの中でも多大な軍事力を持つ二大スフィアこそがアルゴダとアマテラだとか。それで俺の任務はそこの頭の娘の護衛ときた。流石に最初にしては荷が重くないか。


 「正直、荷が重いな。」


 「そんなに心配しなくて大丈夫よ。茗姫さんは仁枢大統領の実の娘じゃないらしくてね。立場上いろいろと厳重に護衛させてるだけらしいから、万が一やらかしても大丈夫。むしろ邪魔者が居なくなったとも思われるんじゃないかな。」


 俺は自分の誕生日を知らない。一番身近な人が俺が理知を持つまでに、その日を伝えられずに死んでしまったからだ。だから俺にはその親の愛情がわからない。それでも、本能的にそれが少し、悲しいものだなとはわかる。


 「それはそれで、少し...」


 「でしょ?だから面倒くさいってマヌ隊長がね。そこであんたが現れたもんだから、押し付けたんだよ。」


 「んな勝手な...」

 

 「まぁいいんじゃない?だって茗姫さん、めちゃくちゃ可愛いよ。あたしよりも100倍もね。」


 板のようなものを取り出す。その表面は光のない鏡のようであり、なそれが何を意味するものかパッとわからなかった。

 彼女が自分の顔をその鏡に映すとその鏡は光を灯し出す。そしてその中には人がいた。


 「ほら、写真。アルビノっていうの、綺麗でしょ。」


 「こんな手の込んだ額口、見たことが無いな。」


 その写真に映る着物の女性、歳は俺とおんなじくらいに見える。だけどその顔は笑ってない。まるで人形のように美しく、そして無機質だ。


 「綺麗な人だ。笑えばもっと綺麗なのに。」


 率直にただ思ったことだけを述べた。愛されていない、その先入観を無視しても俺の瞳は彼女の容姿はそう映ったのだ。笑顔が似合う女性だと思った。


 「素敵なこと言うじゃん。笑わせてあげたら?」

 

 「それは親の仕事だろ。」


 「でもやっぱ良い事言ってもそんなじゃね。拭きなよ。」


 ソースが口元についている。仕方がないだろう、こんなもの、今まで食べてこなかったんだから。


 「んでその仕事っていつから始まるんだ?」


 「明日。」


 

 

 その夜、俺は指示された通り艦長室に向かった。正直、まだあの男は怖い。一度殺された、それもあるがあの男は底がしれない。不気味なのだ。

 軽いはずの扉が重く感じる。

 中身は思いの外シンプルかつ質素であり、大きめな机一つと椅子二つ、そして和風テイストに描かれた天剣の絵画があった。


 「これは天剣か?」


 「天剣?あぁ、君たちはグランドチャノキを天剣と呼ぶのか。」


 「これはね、葛飾北斎の富嶽三十六景をグランドチャノキでAI再現した絵画です。」


 「皮肉でしょう?簒奪者の描く簒奪者だ。」


 彼の言っている言葉の意味はわからなかった。しかし、その内にある嘲り笑う声が聞こえる。まるで感覚が鋭利になったようだった。


 「不可視根による情報交換、今貴方を悩ませているものです。」


 「あれは自らしか知らない。自らの性質を真似て私達をリメイクする。繋がっているんですよ、原子サイズの小さな根っこで。」


 気持ちの悪い話だ。要は俺の心に他人が指を入れられる状況だと言うことだろう?不愉快極まりない。


 「どうやったらその接続を切れる。」

 

 「回線切りはバットマナーだ。」


 その言葉の意味を知らないのに俺はその意図を理解できた。


 「意味がわからない。が、なんと無くわかった。」


 「まぁ、どの道ユーザー同士で闘うとなれば避けては通れぬ道だ。慣れておきたまえ。慣れる時間は与えれないが。」


 なら何故彼女はあの時それをしなかった?


 「流派、かな?言うなればね。接続し、お互いの全てを知りながら戦いたい奴もいれば、隠し騙し殺しをする奴もいる。」


 「ま、彼女の場合知られて傷つくことへの恐怖だろうな。根が暗いからね。一度接続したことはあるが、殺されかけた。」


 「そりゃ、そうだろ。正直気持ち悪いぜ、お前。」


 だって俺の心はこんなにも見透かされているのに、奴の心は見透せない。いや、違うな。正確に言えば見えている。だが、見えていないんだ。浅い湖の底は容易に見えるが、海の底はどんなに強い光を当てても見えない。それと同じだろう。


 「君もきっとわからせられる時がくるさ。」


 机の収納から小さい木箱が出される。その中にはオーソドックスなサバイバルナイフが入っていた。


 「餞別だ。受け取りなさい。君の不完全なヴァーゼの補助くらいにはなるでしょう。」


 「これは樹力を刃状にする仕掛けが入っている。」


 「通常時で50cm、最大稼働で2m、構造の破損を厭わない最大稼働で10mです。」


 「ありがたいが、その仕掛けがわからんな。」


 「感覚だ。ギスカナやヴァーゼと同じですよ。」

 

 「さ、もう寝なさい。明日は早いですよ。」


 「あぁ、そうさせて貰う。」


 自分の寝床に向かう。

 色々なゴタゴタに勝手に巻き込まれて行く、面倒くさいし最悪だ。だけど絶望的では無い。少なくとも、飢え苦しみ茶の葉を喰むあの時よりも。だって今はあの油だらけの食べ物を食べて、フカフカのベッドで寝ている。人が人らしくいれるのだ。それがどれだけ幸せなことか。

 地獄は下にあって、天国は上にあると大昔の人は言っていた。高度33000ft、久しぶりに人として眠った。

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