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賢人装いのサンデル・クリークス



 「回収班だ。」


 真上に停止し、ハシゴが垂れる。それに乗るとハシゴが引き上げられた。


 「シャワーだ。」


 中の椅子に座る、助手席のガスマスクが彼女にシャワーをかける。液体窒素である。ヘリコプター内の温度が急激に下がる。


 「ほら、着てろよ。」


 投げられた大きな黒い服。さっき彼女が着てた服だ。フルティーノートの香りがする。メイと同じ香水だ。本人曰く香りが可愛いとは言っていた。しかし個人的にはユーリが使っていたフローラルノートとやらの香りは落ち着いてて好きだ。


 「メイと同じ香水の香りがする。」


 彼女は溜め息を吐いた。俺は何か呆れられたようだ。


 「女の前で他の女の名前を出すのもナンセンスだし、香水に関する感想もナンセンスだな。」


 「カナンにも言えることだが、顔が良くなかったら許されてないぞ。」


 「いいか?こういう時は似合ってていいねとか、それかそもそも口にしない選択をすんだぞ。香りなんてのは一番難しい部分なんだからな、髪とか服とかよりもよっぽどな。」

 

 服も髪型も香りも、それらは基本的にあと付けの装飾品でしか無い。そこになんの違いがあろうか?視覚情報からくる気品と嗅覚から感じ取る可憐さになんの違いがあろうか?

 

 「口にしない?なぜ?褒めてるならいいんじゃ無いか?」


 「匂いは視覚よりも多くの情報を齎していると錯覚する。知性よりも本能に近い感覚だからな。お前も人を好きになればわかる。」

 

 「どすれば人を好きになれる?」

 

 「なれるんじゃ無いなってるんだ。所詮、進化の過程において死の次に会得した普遍的な機能の一つに過ぎないからな。」


 そう捉えるのはあまりにも夢がないんじゃ無いか?


 「そう、単純なものか?小説でも映画でも、それを根本としたものはそれについて複雑に描写している。


 「誰も彼も、大きく捉えすぎなんだ、特別な意味を持たせすぎなんだ。ただの機能に過ぎないのに、それを大それと運命やらなんやらと言って、自己愛、もしくはエンタメ性を担保する為にその感情をデコレーションしている。」


 「眠いから寝る、食いたいから食う、それらと同質の根本的な欲求に過ぎない。にもかからず、それを高尚なもの、或いは下品なものとして意味を求める。うちにはその感覚が愚かに見える。」


 「長々と講釈垂れたが、簡単にいうと、なんとなく好きになってたから好きなんだ。腹が減ったから腹が鳴っているのと同じくな。」


 じゃあ最初からそう言ってくれよ、途中から話聞いてなかったぞ。


 「なんとなく、か。」

 

 サンデル、口は悪いが何だかんだ面倒見がよくて、スタイルも良くて顔も幼さを残していて可愛い、そしてその言動からは想像できない程賢く教養深い、各々の所作からはある種の高貴さを感じられる。


 「うちを好意に思うのは勝手だが、損をするのはお前だぜ。うちはお前の望む答えを常に提供するような慎ましい女じゃないからな。」


 根の繋ぎが丁寧だな、さっきからいつのまにか繋がって思考を読み取られている。


 「わかっているつもりだ。ただ、今まで会った人のことを考えていただけです。」


 ユーリ、たまに訛るとこがいいし、ちゃんとしてる。サンデルと違って言葉遣いは丁寧だし、サンデルに負けないくらい顔も良い。でもたまに怖い、彼女は噛み合わせの悪い歯車、目に見えて壊れているようには見えないが、いつか何かの拍子で噛み合わなくなってしまう気がする。


 「む、負けてないじゃなくてあいつの負けだ、そこに関してはな。」


 メイ、今まで見た中で、なんなら広告やアイドルを含めたとしても一番美しく可愛いと思える容姿をしている。多分同い年なので話安いし、性格も気が合う。だけど俺はまだ彼女が本心から笑っている顔を見ていない。彼女が背負い込み過ぎた人を死を俺が拭うのは難しいんじゃ無いか?


 「やっぱお前カナンよりユーリ似てるな。真面目過ぎる。」


 「真面目も何も俺は俺にできる精一杯をやっているだけだ。あとで後悔はしたくない。」


 「立派な心掛けだな。多くの人はそれができない、貴重な財だ、忘れるなよ。」


 やはりサンデルは俺を過大評価している。俺は貴方のような立派で聡明な人間から評価されるほど、人としてできてはいないし、技量も小さい。サンデルの中の俺と実際の俺は大きく乖離している。

 怖い。彼女に失望されるのが怖い。彼女の中にいる俺が羨ましい。どうすればその俺に追い縋れる?

 必死になって勉強して、人を知らなくては。その為には、言葉が必要だ。その人が心をのせられる言葉を知りたい。


 「サンデル、日本語って出来るのか?俺に教えて欲しいんです。」


 「構わないが、日本語よりも中国語とか韓国語の方が話者多いしそっちの方が役立つじゃないか?」


 「言葉は道具だ。なら、使いやすい道具で伝えてくれたら、あいつらの心のうちもわかるかもしれない。」


 「愚かだ。」


 「そのワンセンテンスでお前の浅ましさが見て取れる。」


 「あんなものただの表面でしかない、情報の一端でしかない、その事実に辿り着いて尚そこから心を汲み取ろうとする。感情なんて野性は身体に出るものだ。知性が言葉に出るのと同じようにな。」


 いきなり豪雨が降り注ぐ。凄まじい雨音であり、異常気象なのは明白だ。


 「ユーリのせいだな。あいつが暴れると周りの土地はしばらく異常気象に見舞われる。場合によってはそれが恒常化する。スフィアブレイカーってのは、そういう奴のことだ。」


 到底人に許される範囲を超えている。この世界は歪だ、単独で世界を滅ぼせる人間が七人もいる。そしてその七人で勢力均衡をつくっているのだ。この世界の命運はたったたの七人に握られている。それがどれほど、歪なことか。


 「サンデルにも出来るんですか?こういうの。」


 「うちにゃ無理だ。天候を変えたりくらいが限界だな。あんなふうに環境そのものもを破壊することはできないし、したくない。」


 いくらユーリが力を持つ存在といえど、その本質は責任感が強くて優しい等身大の女性だ。そんな彼女があんな被害を齎したことについて何も感じていないわけがない。人間らしくする、その向かう方向は人の形をしながら人でなく、人でない力を振るう己に対するアンチテーゼなのだろう。


 「姉さんはどうなんですか?」


 「そういう見方をするなら、あいつはお前よりもはるかに格下だ。」


 「でもあいつはスフィアブレイカーにも届き得た。殺すのが圧倒的に上手かったからな。」


 「ギスカナとかヴァーゼとかはわからないのか?」


 「ギスカナはない。ヴァーゼは月の光を少し操るだけの貧弱なものだった。」


 リミッターのスイッチ、それがギスカナの本質であり、肉体のリミッターを外すという感覚を持てなければギスカナは顕現しない。殆どのユーザーはその感覚をユーザーとして再誕し、生まれつき持っているが、稀にその感覚を知覚できない個体がいる。カナンはそのパターンだった。


 「すごいな、どうやってそんな...」


 「それを見つけるのがお前の役目。才能があるのだから、果たせるはずだ。カナンと同じようにな。」


 才能か、殺しの才能が俺にあると言いたいのか。多才なあなたには分かるまい、唯一持った才能が殺しである嫌悪もな。そしてそれを開花できてしまう環境にいることを、これ以外で上手くできる自信もない苦しみも、あなたにはわからない。


 「姉さんと同じようにか。」


 「でもすごいな、姉さんは。サンデルにもユーリにも慕われてる。俺には到底できない。」


 「そりゃな。だってお前謙虚過ぎんだもん。強かさなき謙虚さなんてただの弱さの現れだからな。」


 「ま、こうやって教師もどきに助言をしているが、私にもこの感覚は掴めずじまいだ。あいつは、カナンはこの感覚の調節がうまかったんだような。結局うちも賢人装いということなんだろう。」


 「だから、うちをあんまり信じるなよ、それっぽいこと言ってるだけだからな。」


 ヘリコプターが着地し、行きと同じゴンドラで帰る。少し、サンデル・クリークスと言う人間がわかった気がした。


 


 

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