戦争のサンデル・クリークス
山頂、そこからしばらく車で移動する。キャタピラ故、走破性は結構だがそれはそれとして悪路と斜面で乗り心地が悪い。
そして辿り着いた先は平野だ。地面には15センチほどのチャノキが生い茂っている。これ以外の植物がないことを見るに、ここは荒野か、荒野にしたんだろう。
そして目の前には水着の女と3mほどの箱が立っている。
「ルールは一つ。うちを6時間以内にオーバーヒートさせたらお前の勝ち。」
箱が開く、白い煙が吹き出す。その煙が下方に向かっていることを考えるに、あれは液体窒素なのだろう。
鉄と鉄がぶつかる音、そして機械の起動する音。箱が裂けるように開かれる。
白い煙が晴れる。そこにいたのは2m50cmほどの機械の巨人であった。そしてその足は針金のように細く、その半面上半身はボディビルダーのように巨大だ。下半身は女性的だが、上半身は男性的である。
背中から三対の板が現れる。その板は発熱して赤く輝く。まるで天使のようだったが、その禍々しい機械らしさは不気味である。
「雷帝鎧、うちの電気で動く鎧だ。スピードはいつもの3倍、攻撃力は据え置きだが、内部で液体窒素を循環させることによって持久力は生身の100倍以上。7時間はフルパワーで戦える。」
自慢げに話すその声にはエコーが掛かっている。あの時の説教ボイスで言われたら、そりゃ敵はビビるよな。俺だって怖い。
「ん、男なら好きだろうと思ったが、興味無しか。」
「まぁいい。うちはここから一歩も動かない。その代わりギスカナは解く。」
髪が逆立つ、肉体が痺れる。雲が雄叫びを上げる。ギスカナを解いたのだ。
鎧の中で言えば声は聞こえない、なるほど、合理的だ。
「はじめ!」
その声が届く、その時もうすでに天空にいた。
これを使うのは半年振りか。モニター越しの世界は情報過多でどうも見づらい。文字による説明のなんとわずらしきことが、景色がゲームの画面にしか見えない。ケーニヒは浪漫を知らしないのだろう。しかし、龍を使っていきなり空中に吹き飛ばしたのはやり過ぎか?いや、あいつがカナンの弟と言うならこんなもの、ジョブにすらならんだろう。
右手を掲げる。
「白銀[帝王]雷龍」
水銀の塊が龍となり、それがあいつを襲う。当然あいつも自らのヴァーゼでその龍を消す。削り取れる空間の限界は凡そ半径50センチ、形状は真球。おそらくこの空間を削り取ると言う作用、仕組み自体は犠法の黒ノ渦潮と同様だが、その渦が球となり安定して存在できているのはこの球が真球であることに由来するんだろう。無限の圧力で渦潮の渦を内部に留めている、仕組みがわかって仕舞えば積まぬことだ。あれの形状が変えられないことが確定したのだから。
「吠えろ、白銀[帝王]雷杖」
今度は左右前後から攻撃を加えてみよう。出力は最低限にし、前、右、左、後の順に威力を調整してみる。
左腕と背中に火傷。球は二つまでか。もう一回、今度は出力上げる。部位が弾け飛ぶくらいの出力だ。
「吠えろ、白銀[帝王]雷杖」
損傷は右足が砕けだのみ。三つに増えたな。この調子で威力と大きさを調節すればあいつのヴァーゼも自然と力を増すだろう。あとはギスカナだな。
地面に着地する、両足の骨が砕けるが、すぐに再生する。あの鎧は変わらず、地面の数センチ上を浮いている。最初の砲門は四つ、次は五つ、最後には7つ。そして俺も球を7つまで出せるようになった。これが修行というやつか。しかし、舐められてるのは気に食わない。
治ったばかりの足で急速接近する。いつもより早い。なるほど、再生直後は樹纏力の密度が高いと言うわけか。応用が効きそうだ、覚えておこう。
ナイフを両手に持つ。左手は逆手、右手は順手。補助輪付きは左に持ち、これで間合い外から突いてやろう。
目の前に見える輝く白銀の龍の軍団、それらは一つの棒となり、稲妻を帯びる。それらの熒熒たるやが集合し、幕状に見える。黄金のカーテン、982門の龍の口だ。
それらは一斉に、されど少しずつずれて吠える。
「喰い尽くせ!」
前面に7つの球を並べる。この半径300mの範囲において俺が唯一生存できる空間を創り出す。轟轟と鳴り響く無数の雷、鼓膜は破壊と再生を繰り返す。
近場に堕ちる雷撃によって砕かれた地面の破片が脚に刺さる。
一番下にある球を消し、わざと雷から両足を晒す。砕かれる両足、肉体を駆け巡る電流、停止する心臓。
痛い、しかしそれは一瞬だけだ。だから、忘れる。上半身と右足のみを再生する。
再生の瞬間が一番パワーがある。応用だ。1秒の空中、レーシングカーの最高速度並みの速さで歩を進める。あと150m。
左足を再生し、そして再び低空を駆ける。その巨人がはっきりとわかる。残り100m。左手のナイフを右手を切断、そして根を伸ばしてくっつける。再生による樹纏力の密度増大、これをナイフの樹力に回せれば...
「伸びろ!!!!」
めいいっぱい込める。補助輪付きから煙が上がる。最大稼働の2倍、40mの刃を形成したのだ。
その巨人は左手の掌で刃を受け止める。40m先でもわかる。俺の樹力は悉く砕かれた。
「ガキが、それは強者の戦い方だろ。」
補助輪付きの刃がぶつかる。鉄と鉄がぶつかったとは思えない砕け方、ガラスのようにその刃は砕けたのだ。補助輪付きを投げ捨て、右足の蹴り上げ、巨人の左腕に当たるそれは砕かれた。砕かれたのだ。こちらが勢いをつけて蹴り上げたにも関わらず、静止した鉄の左腕に当たった瞬間に砕かれたのだ。ガラス板を床に叩きつけたように、いとも容易く、砕かれたのだ。
「燼滅鬼灯鎚[縛封]」
空中に生まれた槌さえも容易く砕かれた、その破片が地に伏す。
「一寸でも勝てると驕ったか?一寸でも希望を見出したか?」
ダメ元の右ストレート、拳ごと消滅する。そうか、高密度の樹纏力を振動させている。
「己の力も意識も関係ない。全てが必要に応じて砕かれ打ち捨てられる。それが戦争と知れ、これがサンデルと知れ。」
両手でナイフを逆手に持ち、脳天に突き刺す。
「これがスフィアブレイカーと理解しろ。」
ナイフごと両手は砕かれる。黒い球を使うか?いや、そりゃ違うだろ。あいつは動かないと言うハンデを負っている。黒い球を使えば彼女も動かざる負えない。確かスピードは3倍だったか。なら動かないでくれたほうがマシだな。
ならやるべきことは一つ。最大火力をぶつける。
「燼滅鬼灯鎚[縛封]」
今度は巨大な槌を両腕で持つ。樹力を込めて、それを震えさせる。さっきの衝撃を再現するのだ。
「ハァァァッ!!」
ありったけを纏う、自身の樹纏力の振動で皮膚が壊れていくのがわかる。好都合だ、修復で樹力は高まる。
「ッタアアアア!!!」
飛び上がり、そしてその重量を振り下ろす。今度は右手で受け止める。だがさっきまでとは違う、拮抗している。甲高い音が響き渡る。槌を伝って身体が痺れる。そもそもの密度でも振動数でもこちらが負けてるのに、あっちは雷でさらに振動を強化してくる。
槌は遂に砕け、勢いを乗せた棒部分が地面に叩きつけ地割れを起こす。
「これが結果だ。お前は自分を壊す躊躇がないが覚悟が無い。」
この棒、中にまだ何か入ってる?
「ギスカナを解くとは、肉体のリミッターを強制的に解くこと、即ち己の肉体を壊してでも勝つ覚悟をすることだ。」
棒の外側を砕き、内を掴む。
「祭杖[縛]。」
先端の形状が長い鳥の尾となり、それが左に巻く。そして黄金色に輝く。
「パストラルスタッフか。また珍しい。」
巨人の右手を雷が纏う。
俺は後ろに飛んで5mほど距離をとる。これの使い方はわかる。
「雷帝滅砲」
稲妻の束が襲う。恐れることはない、ただ、この杖をそれに構える。それだけでいい。束は杖の先端に吸い込まれ、消える。
その杖を地面に突き刺し、突撃する。ナイフは腰にある残り一つ。
樹力で刃を形取る、案外できるじゃないか。補助輪付きのおかげか?
「射殺せ、白銀[帝王]雷弩」
クロスボウが巨人の右腕に生成される。そしてその矢は雷の束。なら、大丈夫だ。右から回り込むようにして巨人に接近する。クロスボウの照準は俺の眉間を捉えている。轟音と共に、それは放たれるが、しかし眉間にあたる直前、それは起動を変えた。そして地面に立てたギスカナに吸い込まれる。
脇腹にナイフを突き刺す、硬い。まだ硬い。ならもっと出力を上げろ。
頭を掴もうとする巨人の左手を避け、飛び上がって巨人のバイザーにナイフを突き刺す。
「いける!」
バイザーの左側を僅かに破壊する。白い煙の中、目が合った、サンデル・クリークスと。戦争と目があったのだ。
「穿て、白銀[帝王]雷槍」
右腕に槍、黒い球を、間に合わない。咄嗟にナイフを構え、込めていた刃状の樹力を平たくし、盾にする。
なんとか成功した。
盾は砕かれて右腕はぐちゃぐちゃに折れ、70mほど距離を離されてしまったがなんとか成功だ。
「ぐっ...」
損傷が複雑であればあるほど再生の時の樹纏力の密度は増す。それに加えてこれを強く振動させ、表面を荒くすれば破壊と再生を同時に行える。溢れ出る血と骨の欠片がその樹力の密度を表す。その高密度の樹力を刃の形に形成する。できるだけ薄く、硬く、鋭く。
「伸びろおおおお!!!!」
鎧を凹ませ、巨人はよろめく。貫くまでは行かなかったが、それでも上場だ。だって凹みによってパーツがずれ、胴体部分から白い煙が漏れ出している。
もう、十分だろう。
「神権賜者」
巨人を囲むように現れる13の黒い球。そこから雷の束が生じ、巨人目掛けて飛来する。轟音とそして爆発、黒い煙。
土埃を風が薙ぎ、その巨人は姿を表す。巨人からは黒い煙が生じ、そして鎧は砕ける。中から水着の女が出てきた。
わかっている。巨人は死ねど、中の女には傷一つない。だが、俺の勝ちだ。彼女をオーバーヒートさせた。
「よくやった!第二ラウンドだ。」
見えなかった。50mほど離れていたのに、一瞬で目の前にいた。いや、見える。その拳が見える。少し左に避けて...
見切った!そう思った時には、溝内に激痛があった。
「あ...ヴァーゼだけ...使えなくなるの...」
じんじんと響く激痛。いつもならすぐ消えるのに...
さっきのやつ、あれはわざと俺に拳をみえるように遅くして、本命は背中から伸ばした水銀の拳。それを溝内にあてる。そしてその拳を突き刺し、腹に残していく。腹に残った水銀は棘状になり、形状をコロコロ変えながら腹部を破壊し続ける。よく思いついたな、残酷な技だ。
「第二ラウンドはうちの勝ち。」
水銀の塊は小さくなって腹から出ていき、彼女の掌の中で消えた。
「にしても暑いな。」
衣のように煙を纏う、滴る汗がチャノキに垂れる。まるで羽衣の天女だ。性格がちょっと、あらぬ方向を向いている以外は。
「あ、お前のギスカナ、あれ解いてないぞ。」
は?確かに形状は変わったし、それに伴ってヴァーゼの性質も変わった。それに身体能力だって。
「うちにもよくわからないんだが、ギスカナと解放というよりかはそれはギスカナ自体が変わっているようにみえる。」
「ヴァーゼもそれに伴って、ん?空間を奪うと捉えれば...その限りでは...ん。」
「やっぱわからん。」
ヘリコプターの音は静寂の世界を打ち破る。