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ロープウェイ



 ここにきてから10日目。この生活にも慣れてきた。不便があるとすれば高層階すぎてエレベーターが長いことだろうか。なんで2階くらいにしなかったんだろうか。俺にはわからない、そんなにもあの景色に価値があるとは思えないからだ。

 そして今日は約2ヶ月ぶりに外に出る日だ。中央から西へ、電車に揺られ運ばれ辿りついたのは昇降機らしき物。どちらかと言うとゴンドラの方が正しいか。どうやら雲取山とやらの頂上に繋がっているらしい。


 「よぉ、ガキ。」


 サンデルの私兵、ガスマスクを被った白装束の軍団。ユーリよればサンデルの雷の対策するためにこんな格好をしているそうな。見た目としては悪の軍団にしか見えない。そしてそれを束ねる彼女の服は軍帽軍衣に数多の勲章、歴戦の将校雰囲気があるが、それはそれとしてその中身はおそらく水着だ。


 「おはようございます、サンデルさん。」


 軍団は続々とゴンドラに乗り込む。幅20m全長50mほどある巨大なゴンドラは軍団を完全に収容できた。中に入るとそこには長机と三段ベットが並べられており、まさに宿泊前提という感じである。奥には部隊長用の個室があり、そこら辺のホテル並みには豪華だった。

 そして俺は今その個室でサンデルと対面している。深く軍帽を被り、脚を組む。その姿はさながら歴戦の人間であり、戦争の名を冠するに相応しい。


 「サンデルさん。教えて欲しいんだ、カナン・リュンヌのことを。」


 ユーリは彼女について教えてくれなかった。いや、聞けるような雰囲気じゃなかった。姉とユーリの間にはなにか重大な確執があるのだろう。


 「カナン?あぁあいつか。あいつ...いいのか?聞いても。」


 「教えてくれ。」


 「あーっと、軍人としては尊敬できるが、どうしようもない奴だぞ。はっきり言って痴女だ。節操が無い。」


 想像と違った。もっとこう、酷い死に方をしたからとか、ユーリと敵対していたとかそう言うパターンだと思った。


 「うちも何回か抱かれそうになった。その度に痺れさしたが、ユーリはされるがままだったな。あとユーレライナも。男も女もいけるタイプの痴女だった。」


 「軍人としても、人としても結構好きだったが、そこだけはどうかと思ってたな。複数人でなんて不純だ。」


 机に置かれたチョコレートケーキを食べながら彼女は笑っている。懐かしいんだろう。でも、姉の痴情を聞かされるこちらとしてはそんな気になれない。


 「ま、お前もあいつの弟ならそうなんだろう。あっちの気はないが、女誑しなのはそっくりだ。でもあいつに比べたら大分大人しいがな。」


 「...そのそっちの部分はわかった。それで、なんでユーリと彼女の間に何か?」


 顔が一気に険しくなる。ここからだ、真面目な話は。


 「カナンを殺したのはユーリだ。勿論、訳あっての事だが。」


 その可能性も想定はしていた。ただ、想像が当たっただけだ。そしてその的中でユーリを恨むことはない。結局薄い記憶なんだろうな、俺にとって。その冷たさに俺は俺自身を蔑如に十分である。


 「瀕死の状態だった。せめてこれ以上と、ユーリは火葬した。」


 「そしてその瀕死の理由が己の判断ミスと己の兄となれば、あいつが壊れるに不足ない理由だ。」


 「ユーリの兄さん?」


 境遇が似かよれば自ずとヴァーゼやギスカナの性質も似てくる。であるならば、兄弟が同じようなヴァーゼとギスカナを持つのは当然である。まさかな、あいつが兄ってことは...ありえるな。


 「あいつの身の上話はあいつ自身から聞け。」


 彼女はコーヒーを啜る。顔が良くて身長が高いばかりに絵になる構図だが、それはそれとしてそのコーヒーは角砂糖を5個入れた激甘コーヒーだ。


 「今度はうちの番だ。お前のギスカナ、ヴァーゼはこの書類通りでいいんだな?」


 ギスカナ 超重量の巨大な槌、特筆すべき特徴はなし。

 ヴァーゼ 空間を削り取る。その性質上、如何なる手段を持ってしても防御は不可能であると思われる。


 「はい。間違いないです。」


 「食えよ。もう飽きたからな。」

 

 4分の1残ったチョコレートケーキ。結構丁寧な食い方するんだな、皿がケーキを食べたとは思えないほど綺麗だし、何よりナイフとフォークの使い方が上手だった。

 されど俺も1ヶ月前は豪邸に居た身、カナさんからテーブルマナーは教わっている。


 「丁寧だな。あいつとは大違いだ。気に入ったぜ、お前。」

 

 「顔が似てるからあっちのエネルギーは似てるんだろうがな、ははっ。」


 チョコレートのケーキの味はとてもチープで奥ゆかしさは感じない。ただ甘いだけである。そりゃ飽きるよな。


 「あんたは俺のこと動物とでも思ってるんですか。」


 「まぁな。ユーリもユーリで顔がいいし、メイに至っては傾国の美女と言ってもいい。そんな2人に挟まれて平気な男なんて、老耄か宦官だけだ。」

 

 「それとも何か?自分が枯れてますとでも言いたいのか?うちの2個下でそれは可哀想だぜ。」


 「むしろそうあった方が楽だと考えている。ユーリもメイも傷ついている、その傷に漬け込んで、良い気になるような人間にはなりたくはないだけです。」


 彼女は大笑いする。外にも聞こえそうな笑い声。そしてそれは嘲笑だとわかる。愚か者を嘲り笑う、その本質は斜に構えた冷笑だろう。


 「無産な偽善者の口ぶりだな。」


 「お前がそれ程の人間になりたいと思うのなら、傷に飛び込んで、丸ごと抱擁してやるのが技量ってもんだ。少なくともカナンはそうした。」


 「なんでも下手に謙虚に出ることが美徳だと驕るなよ。」


 「恥じない生き方をしたいと望むなら、謙虚さより強かさ、優しさより思慮だと知れ、ド三流。」


 痛烈な批判だ。説得力のある説教だ。なるほど、聡くて教養深い人物とユーリが評していたのもわかる。しかし、彼女は俺という存在を買い被りすぎだな、俺に人を愛せる技量があると?自分すら愛せぬ、自分を愛する方法する知らぬ人間が、どうして人を愛せる?どうやって人を愛する?俺は彼女の語る通りの、無産な偽善者で、ド三流なんだと思う。


 「俺はあんたの言うような立派人間にゃなれねぇよ。俺は、普通の...」


 「それが驕りだと言っている。うちはお前が普通だと思ったことはない。お前は自分すら愛せぬしょうもない男だが、それ故に簡単に狂気に身を堕とせる。」


 「狂気は正気よりも強い。カナンにはない強さが、お前にはある。だからうちはお前に期待してるんだ。」


 「お前は必ずスフィアブレイカーにも届き得るし、ユーリと白ガキを纏めて抱き上げる。」


 「進んで己を破壊する覚悟というのは、己を損なわぬ覚悟と同等の覚悟であることをユーリに証明しろ、それが当面のお前の課題だ。」


 俺の覚悟、そんなもの俺にあるのか?俺はただ、美味い飯と心地いい寝所が欲しいだけの小心者だ。

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