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新生活



 夜の摩天楼、アンダーグラウンド。時刻は昼だというのに景色は夜だ。天球スクリーンが無いし、レール式太陽灯だ。壮大ながらも剥き出しの人工物。メーカネースパルテノンだろう。


 「なんか上より発展してる気がする。」


 それは明確に正だろう。アンダーグラウンドはユーザーの存在や地上からの距離、街全体の光量、上と下の間にあるスラムなどさまざまな理由で疎まれはすれど、それでも第一次、第二次産業の中心であり、言うなればスフィアにとって第二の心臓だ。


 「それにこの光量、目に優しいな。」


 ユーリの眼はメラニン色素がほぼ無い。故に俺たちよりもその景色は輝くんだろう。普段は羨ましいとは思えないが、今は少しだけ、羨ましいと思ってしまう。だって俺にとってこの暗さは陰鬱なものだ。常に清涼に澄んだ空と漂白された雲の下をいた俺にとって、ここは真逆のものであり、落ち着かない。偽物とは言えあの空も太陽も月も風も、俺にとっては必要不可欠なものだったことを再認識させられる。

 落ち着かない、しばらく身をソワソワさせていた。


 「着いたよ。」


 中心から少し左にズレたところだろうか、目の前には聳え立つ巨塔。所謂タワマンって奴だろう。俺には住める気がしない。

 エントランスを抜けてエレベータに乗る。建築物ではみたことがない数、52。そして彼女は52のボタンを押す。

 

 「ここあたしん家。」


 エレベーターから出たばかりにも関わらず彼女はそう言った。どの部屋だよ、という話である。


 「ユーリ姉も意外と豪胆だね。階ごとか。」


 なるほど、そりゃ余るよな、部屋。当然だ。この階だけで12部屋はある。これを担保しなきゃいけない政府も可哀想だ。


 「これ鍵、全部合鍵になってるから必要になったら鍵開けて呼んじゃって。」


 「5211の5212空いてるからそこ部屋にしな。あたしの部屋は5201。それ以外は趣味部屋か物置。5206と5207以外は自由に入っていいよ。家具はあとであたしが買ってあげるから部屋見て考えといて。」


 俺は5211を選び、その部屋の扉を開ける。5個の扉、横の靴箱がクローゼットだ。まず一つ目の扉、トイレだ。しかもこれ自動で動く奴だ。次に二つ目、風呂だ。この材質は大理石だろうか、めちゃくちゃ高級そうだ。俺には雲の上すぎて値段も想像つかない。三つ目はウォークインクローゼット、俺には要らない。三つ目は手洗い場だ。単独である必要あるか?

 そして五つ目、リビングとダイニングキッチンだ。しかもカウンター付き。広さは20畳くらいだろうか。次に寝室、多分こっちは12畳。天蓋付きのダブルベットでもおけそうな広さしてるな。これが金の力か。

 でも、こんなものよりも俺は俺のいたあの静かな景色の方が好きだ。強がりじゃない、はず。

 そうだ勝手に入っていいって言われた部屋に入ろう。

 廊下に出る。メイはまだ内見してるだろう。家具何を置くと考えてるんだろうか。

 5209。

 扉を開ける、目の前には重そうな扉、そしてそれも開けるとそこは雪国だった。スクリーンとこの砂のような物質で再現された世界。しかもこの砂、どんなに荒らしても平坦になっていく。穴を掘っても、数秒後には平坦だ。それにこの冷たさと食感、まるで本物の雪だ。吐く息まで白くなってる。空は澄んでいる。雲はない。穏やかな雪の平原、白うさぎでも追いかけようか。

 だけどこの空は違う。元気過ぎる。俺が知ってる空は、俺が知ってる地上の空はもっと澄んでる。死んだように澄んでる。むかつくぜ、贋作を見せられる画家もこんな気持ちなんだろうか。

 砂を払い部屋を出る。

 5208。

 次は平原だ。ムカつくぜ、こんな長閑でうるせぇ所じゃねぇ。こんな鳥の囀りも、スクリーンに写る蝶も全部蛇足だ。空も太陽も力強い。こんな蛇足だらけでうるさい世界、俺は嫌いだ。

 

 「どう、気に入った?」


 ユーリか、正直今すぐこの感情をぶつけてやりたいと思うがそれは失礼だ。結局人の好みだしな。


 「俺の知ってる風景とだいぶ違った。これはどこの、いや、いつの風景なんだ?」


 「2025年、あれがくる半世紀前の世界だよ。」


 通りで世界が汚い訳だ。図鑑かなんかで呼んだが、その時代は今の数万倍生物が居たらしいじゃないか。そりゃ騒がしいだろう。


 「...汚いとか騒がしいて思ってるでしょ。」


 根を伝って感情が伝わるのを恐れ、俺は根を完全に切っていた。それが仇となったか。


 「よくわかったな。」


 「あたしもそう思うもん。」


 「じゃあ、なんで。」


 「せめてもの抵抗だよ。あたしたちはユーザーとなったその時からあの静けさを好むように刷り込まれてる。ユーザーは個でありながらグランドチャノキの端末。思考があれに歪ませられてる。だからこうして毎日本来の地球を見て、愛着を持たせて抵抗してる。呪いだけどね。」


 「知ってる?毎日見るものを好きになるんだ、人間はね。」


 人間はね、か。その言葉のうちにユーザー入ってるか?部分的に入っているのか?それとも完全か?それとも除いたか?そう聞くのは少し憚られる。だってそれを一番気にしてるのは君だろうユーリ。俺たちと違って強過ぎるから、人間とかけ離れ過ぎてるからそう思ってしまうんじゃないか?だっ現に君は九州地方の1割を青く染めた。それが人に許されることじゃないことは明白だろう。人という形縋らなければ生きていけない、君のようなユーザーであっても。


 「なら、メイは枢仁を好きになるはずだ。」


 「例外はあるさ。それにメイはあんたのこと、相当気に入ってるみたいだけど。」


 「彼女の惰弱たる場所に付け入っただけの強盗だよ俺は。メイは、疲れてるんだ。」


 メイがもし、万全な状態であったら俺なんて見向きをされないだろう。でも俺はたまたま、自分を嫌い世界を嫌っていたメイの目の前に現れてしまった。本来盗めるはずのなかった恋心を盗んでしまった、簒奪者なのだ。


 「最低だよ、俺は。好かれて、少しいい気になってしまった。それが彼女の生存欲求と自罰意識から逃れる為の依存だと知りながら、俺は彼女を利用して自分を大切にしようと画策している。」


 景色は仮想、しかも土もゴムチップと人工芝。こんな世界になん意味があろうか。偽物だらけ、俺も、景色も。


 「カナンの弟だよ、やっぱ。聡くて立派でそれでいて脆いし、それを隠してる。」


 彼女は俺を抱擁した。突然のことで理解できなかった。でもそれでいて、どこか懐かしい感じがした。悪いものではない、いや、むしろ、ずっと俺はこうやって誰かに抱きしめて貰いたかったのだろう。

 同種の生物の体温を、鼓動を、呼吸を間近に認識することを求めるのは社会生物にとっての本能だ。なにせ俺たちは寂しければ、死んでしまうのだから。


 「だってノア、あんたはメイの苦しみを理解してる。なら同じくらい苦しいはずでしょ。」


 自然と涙は溢れていた。身体はこんなにも軽いのに、心もこんなにも安定している。でもその奥底はどこまで行っても人間だった。例えチャノキが根を伸ばし、茎を絡ませ、その脳を喰んでしまおうと、深層の部分までは届かない。支配できない。


 「...ユーリ。」


 「よく、頑張ったね。」


 やっとだ。やっとその言葉を聞けた。アマテラ祭の戦いの後、残ったのは悲しみと反省で、得たのは仮初の好意という空虚で悶々したものだった。そんな偽りの戦利品よりもその言葉が欲しかった。だって俺は頑張ったのだから。


 「ありがとう。」


 突然ドアが開いた。


 「何やってんの?」


 怒ってはいなかった、ただ疑問符を浮かべているだけの表情だった。

 すぐに抱擁は解ける。向き合ってわかる、初めて見た時よりもユーリの背は低い気がする。俺と同じくらい、170ぴったりぐらいだった。


 「いや、なにも。それより置く家具とか決まったのか?」


 メイの前でこれは恥ずかしい。何より今更孤児根性を抱えたガキだと思われるのはめんどくさい。たとえそれが事実だとしても、彼女の前でそれを露わにしたくない。そうしたらきっと、俺も彼女に寄りかかってしまうだろうし、彼女も俺に寄りかかってしまうだろう。それは健全な関係とは言えない。


 「なにもって...うん、決まったよ。大方ね。」

 

 「そっか、じゃあ一旦あたしの部屋来てよ。」


 彼女の部屋を扉が開く。その内はとても綺麗にまとまっており、観葉植物などのインテリアを置いてこの広過ぎる空間をなんとか埋めてる。あの20畳ある広大な部屋には本棚や大理石の円卓やマッサージ機を置いて程よい広さに変えてる。寝室の方は天蓋付きベッドと本棚、収納をつけ、高級蓄音機風ラジカセが置いてある。全てが高級そうでまるでメイの部屋みたいだ。俺にはわからない感覚である。


 「あたしの部屋をモデルルームとした上で、あそこのパソコン使って家具検索してリストにしといて。あたしはちょっと出掛けてくる。」


 彼女は出掛ける、俺は指示された通りに家具を検索する。彼女の部屋を踏まえた上で、と言われても俺はそれの素晴らしさがわからない。住めたら別にそれ以上いるか?誰に部屋を見せる訳でもなしに。とりあえず本棚買って、敷布団等の寝具を買って、後はなんだ?冷蔵庫と電子レンジとそんくらいか。後は何も要らないか。



 

 この下には何も無い。焼け残った灰すらも焼き尽くした。あるのはただの土と名の刻まれた墓石だけだ。こんなものに何の意味があろうか。でもあたしにとってこれは罪であり宝物だ。あたしが初めて好きになった人、あたしが初めて自らの意思で殺した人。


 「久しぶり、カナン。」


 アマテラ名誉英雄カナン・リュンヌ。スフィアブレイカーにも届き得た人。あたしに全てをくれて、あたしが殺した人。


 「ノア、いい子だよ。本当にあんたに似ててね。」

 

 「誑しなとこもね。あんたと違ってどっちもって訳じゃないけど。」


 「それにすぐに手を出してこない所も違うかな。あんたはすぐ襲ってきたし。」


 「そう思うとあんまり似てないかも。責任感あって優しくて、顔がいいくらいかな。」


 「顔は本当に似てるよ。髪伸びた時ほんとにあんたに似ててさ。びっくりした。」


 「ねぇ、カナン。あたしはどうするべき?」


 「あなたの言う通り、あたしはノアと結婚してもいいし、あたしの全てを彼に捧げてもいいと思ってる。」


 「それがあたしの罰だから。」


 「でもあんたと同じでノアはそれを絶対に拒む。」


 「可哀想だよねあの子も。重い女二人に纏わりつかれて。女難の相は間違いなく持ってるよ。本人はあんまりそう言うのに興味ないだろうに。」


 涙は出ない。その時の涙も、焼き尽くしたのだろう。

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