Welcome to Underground
ユーリの車に乗るのは3回目だ。前回前々回違う所はいつも座っていた助手席には黒い箱が座っていて、俺とメイが後部座席座っている所だろう。
黒い箱の中身はあの焼け跡に残っていた思い出であり、母親の写真や炭色になったぬいぐるみ、半壊したエレキギターなどが入っている。
「運転中繋ぐないうてんのに...」
繋ぐ、根か。己の頭の中で思考する声に加えて他者の思考で他者の声が侵略してくる。それは不愉快であるし、何より集中できないだろう。だってそれは本来人間に無い機能であるのだから、人間の精神がそれに適応できるはずもない。
そして今は運転中、メーターと外の標識と周囲の車に気を配りつつ、脳内で本来無いはずの他者の声と思考を解釈して解答する。なまじ後ろに己より数段脆弱な生物たる人間が座っているとなると、気が気では無いだろう。
頭がおかしくなる。
「ノア、ネイチャーズの主領が判明した。」
ネイチャーズという組織はその組織として大きさには不釣り合いなほど漏洩される情報は極めて少ない。実際わかっている情報としては凡その規模と成り立ちくらいだ。にも関わらず、今日になってそのネイチャーズの統治者が判明した。それはネイチャーズ自身がアルゴダとアマテラの動きに感付いたからに他ならない。つまりその頭たる人物はアマテラやアステラにとって、その進める歩を立ち止まらせる可能性すらある人物という訳だろう。
「元黄色柱、鳳凰ヴェスパビーツ・メルリフェラ。スフィアブレイカーとして含めるのなら、序列4位。あたしより上。」
スフィアブレイカーとはスフィアに所属するユーザーのうち、単独でスフィアを制圧もしくは破壊し得るものであるが、そのスフィアブレイカー内での順位というのは戦力によって決定される。それには技術や破壊力が含まれるが、全てを破壊する前提の破壊力は含まれない。そしてヴェスパビーツは序列四位。つまりそれは正面切って戦うならあのサンデルやユーリよりも強いということだ。
確かに迫り来る2匹の巨人を睨める人物である。
「つまりアルゴダはこの戦いに奏王、もしくは史王を出してる。そうなればこっちもサンデルとあたしは出れないからノアかスフィアブレイカーに匹敵できるほどの軍事力を提供しなければならない。」
「で、ノアは絶対に動かせないから多分、あなたも行くことになる。」
元々わかっていたことだ。俺が人間らしく生きる為には戦はなくてはならない。それがユーザーという肉体に比べあまりにもひ弱で脆弱で惰弱な精神を持つ生き物が唯一の生存戦略である。
この肉体は社会なんて必要としていないのに、この心はそれを心地よく必要でいると酷く叫んでいる。
「わかってる。でもヘラクレス・デスマッチだっけか。その人が出できた場合は?」
「それは無いよ。断じて無い。ヘラクレス・デスマッチはアルゴダにとってビジネスパートナー。アルゴダは彼に見限られない為に己を虚飾している。だからこんなことでアルゴダは彼に頭を下げない。」
いつもマヌやユーリが言っている勢力均衡ってやつか。それを崩したく無い、つまり戦争を避けたいからアルゴダはこうも必死になっているんだろう。なら、俺が強くなってスフィアブレイカーに並び、そして勢力均衡を崩してアルゴダアマテラ戦争を可能とすることは悪なのだろう。でもメイを守り切る為には強くならなくてはならない。ジレンマだ。マヌには悪いが、丁度いい塩梅を行こうか
「マヌも同じ感じなのか?」
「マヌは違う。あの人はよくわからない。前にアマテラにつく理由を聞いてみたけど、好きなゲーム会社がアマテラにあるからとか言ってた。あとアルゴダは気温設定が低いからとかね。」
「ま、多分これは方便。こういえば政府がそのゲーム会社に金回すから、ちょっと肌寒い気がするから温度あげよってその場の思いつきでしょう。」
「実際その通りになったのか?」
「ならなかった。枢仁大統領に直前で止められた。」
わからない、それがマヌだ。ユーリから見ても、俺から見ても、政府から見ても。暗中模索にマヌを探れど、その手に残るのは雲を切った感覚だけ。そうであれば探る行為自体が馬鹿馬鹿しくもなるだろう。その結果があの人はわからないである。
「...◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️、◻️◻️◻️ユーリ◻️?」
意味のわからない言葉。聞き取れたのは名前だけだ。
「◻️◻️◻️メイ◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️。」
結局言葉など意味を持った音であり、その音自体に何ら特別なことはない。俺にとって彼女のらの言葉は鳥の囀りや狼の遠吠えと同じであり、俺がその意味を考察することを放棄すれば波と風と同意になる。
「◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️。」
俺は風は嫌いだが波は好きだ。薙ぐ風は身体を冷やすが、千波万波の快音は痛みを忘れさせる。わからない言葉が風と波であるのなら、それを理解して波の音を知りたくはなる。
「えっと、そのその言葉は?」
会話の終わりを見計らって質問した。
「日本語。ユーリが日本人名だからもしかしたら話せるのかなって試してた。」
言われてみればメイ、ユーリは俺と命名の基準が違う。俺と彼女らでは名前と苗字の位置が逆だ。これは言語によって決められているのか?それなら俺はリュンヌ・ノアなのだろうか?
「その話し方が日本語っていうのか。敬語といい何といい、言葉は難しいな。」
「ん?あぁ、ノアっていつも自分が喋ってるのって何かわかってる?」
俺はそれがどういう意味だか理解できなかった。言葉は言葉だろう。
「ノアが喋ってるのは英語。なんて言ったらいいかな、やってるゲームが同じだけどハードが違うみたいな。会話をするのが目的だけどやり方が違う?うん、そんな感じかな?」
思考を外界に吐き出すというのがゲームだとすれば、日本語や英語とやらはハードということなのだろうか?なら根による通信も一種のハードだ。
「ユーリ姉、ノア学校行かせた方がいいんじゃないかな、戦わせるよりさ。」
「それはそうだね。でも大丈夫、サンデルが何とかするよ。それにあんたも居るし。」
「あの人、なんか凋落した貴族って感じするよね。」
サンデル、彼女は只者ではない。何というかマヌと似たような感じがする。いや、マヌよりはわかりやすいが、それでも似たような感じだ。まるで常に仮面を被っているように感じる。愚か者を演じているように感じる。
「教養深い人物ではあるのだけれど、いかんせん自由人すぎてね。しがらみとか縛りとかそう言うの大嫌いな人だから、そう見えちゃうのも無理もないし、ある意味は正しいかもね。」
これだ、ユーリの評、これが一番しっくりくる。
やがて車は地下にたどり着く。そこは巨大な、巨大な駐車場だった。
「前のよりももっと広い...」
車は停止する。駐車場といっても周りには店があり、左からお弁当、アイス、唐揚げ、コンビニ、ゲーセン、ボーリング、カラオケ、とにかく多岐に渡った。
「昇降機だからね。こっから4時間自由時間なんだけど、昼とってその後何する?映画でも見る?」
この駐車場がエレベーター、なるほど通りでこんなにも娯楽施設がある訳か。
「カラオケかな。ノアが歌ってるとこ見てみたいし。」
そんなこんなで駐車場で4時間を過ごした。カラオケで歌った曲はさよならディヴェルティメント、歌い子、秋電、3月10日、幽霊アマテラである。普段聞いてた曲だが、どうやら俺はあまり高い声を出すのが苦手らしく、点数は76〜83点だった。そしてこれはユーリに教えてもらったゲームよりも上達し辛く、たとえユーザーの肉体を持ってしても難しいんだろう。でもメイもユーリもかなり上手だった。
まぁ、要練習だろう。
駐車場地の底、いや天の底に降りる。そして大きな扉を抜け、登りの道。そして数分後、そこに見えたのは、夜の摩天楼だった。
「ついたよ。ユーザーと成金の街、ようこそ地下都市へ。」