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反省



 呻き声を上げる。身体が鈍い。こんなにも身体が重く感じるのはいつぶりだろうか。


 「...んっ。」


 隣からも同じような声が聞こえる。俺の腕の上で銀髪が蠢く。

 昨日、ひとしきり笑った後、適当なホテルで夜越すことにした。俺は部屋に入った瞬間に上の服を投げ捨て、ベッドに倒れてそのまま寝てしまった。

 そういや昨日は疲れた。でも、よく頑張った。全力で戦って、そして限界を越えて戦った。そしてそうしなかったら俺もメイも生きていない。それはわかってる。でも、俺は結局あいつに勝てなかった。絶対、勝てなかった。俺は弱い、あまりにも。

 確かにあいつが言ってたように、あいつを殺せるタイミングはあった。俺が正しく動けていれば勝てたかもしれない。でもそれは相手が俺を舐めている前提の話だ。最初からあいつがその気だったら、ギスカナを解くまでもなくやられている。そしてあいつの目的はメイの殺害。メイを守ると言うなら、あいつレベルが常だ。俺は強くならなくてはならない。

 にしても、ここからどうするか。メイは自分を死んだことにして逃げる気だ。だがメイが死んだ、と欺ききれるのかは甚だ疑問だ。だってメイはかなり目立つし、そして何よりよりメイを人質として、道具として使うのではなく奴は殺害すると言っていた。つまり、メイを殺す事自体に意味がある。名目上死亡という扱いで満足出来るわけがない。一つでも証拠を見つけたら躍起になって捜索するだろう。

 それに対してこちらは雑魚1匹と人間一人、支援してくれる組織も金も無い。ここからどうやって生き残る?どうやって守り切る?


 「あ、おはよう。」

 

 彼女は上半身を起き上がらせる。バスローブを身につけていた。俺が倒れた後に風呂は入っておいたんだろう。俺も入らなきゃな。

 起き上がる。上はシャツだが、下はあのズボンのままだ。最初はデニムだったのに、短パンになってる。しかも渇いた血で最悪な色に染まってる。これはもう、廃棄だな。


 「おはよう。ちょっとシャワー浴びる。」


 バスローブをトイレの蓋にの上においてシャワーを浴びる。そういえばユニットバスだったのか。しかも着替えを置く場所もない。流石に適当に選びすぎたか。

 お湯を3回転、水を1回転蛇口を回す。シャワーが温まったのを確認してシャワーを浴びる。汗も血も後も全て水が洗い流す。この肉体には傷ひとつ無かった。肉体は治せるのに、精神は治せないんだな、未だに昨日の疲れが残っている。

 根を伸ばす。そして繋げる。

 マヌ、今いいか?

 ん、やっぱ生きてましたか。その様子だとメイヒメ様も御存命ですね。

 その事なんだが、メイを死んだことにできないか?

 できないかも何も、そういうことになってますよ。

 なんだと?どう言うことだ?

 状況が分かってきたんですよ。聞きます?

 頼む。

 まず、メイヒメ様の殺害を狙う連中ですが反枢仁派閥に加えてネイチャーズが存在が浮き彫りになりました。

 ねいちゃーず?

 えぇ、反スフィア連合ネイチャーズ。まぁ今は地下帝国ネイチャーズと呼んだ方がいいでしょうか。元々は反スフィアを元に地上で活動していた組織ですが、資金難となり瓦解寸前、思想よりもパンということで金があればなんでもする組織となったそうな。

 なんでもって、何するんだよ。

 なんでもですよ。例えば一方から依頼を受ければもう一方にテロを起こしたり、スフィアから一時的にユーザーを買い取り、ネイチャーズ所属にしてスフィア間条約の穴を突いたり。今回がその形だった訳です。

 そしてこのなんでもが実に厄介でして、どこもかしこもネイチャーズを使う訳ですからとてもでかい組織に成長してしまって。もはや一つのスフィアと同じ影響力を持っている。

 そんな厄介なのにメイは狙われてるのか。

 はい。というわけでメイヒメ様には死亡したことになっていただき、軍の方で匿おうかなと。そうすれば敵はネイチャーズに絞れますから。

 軍の方で匿うって、閉じ込めるのか?

 いえ、ユーリに押し付けようかなと。そうすればネイチャーズも手を出しにくいでしょうし。

 そりゃ有難いな。で、俺はどうなるんだ?

 暫くはメイヒメ様の護衛を続けて貰いますよ。君はユーリにもメイヒメ様にも気に入られてますからね。

 暫く?

 えぇ、暫くです。

 暫くってことは、と考えているでしょう。その通り。我々は然るべき準備をした後にアルゴダスフィアと協同し、ネイチャーズを壊滅させる。君もそれに参加してもらう。

 つまり、強くなれってことか?

 はい。サンデルは厳しいですよ。

 プツン!張った根が切れた。

 シャワーを止めて浴槽から出る。やはりユニットバスは不便だな。絶対にトイレ部分が濡れる。備え付けのドライヤーで髪を乾かそうとする。びっくりするぐらい風力が弱かったので諦める。


 「ドライヤー弱かったでしょ。」


 一生懸命タオルドライしている俺を見て彼女が笑っている。


 「まったくだ。」


 彼女はベッドに座っている。俺も隣に座る。そういえば今肌身にバスローブをしているわけだが、彼女もそうなんだろうか。だとしたら、無防備過ぎないか?

 沈黙が続く。やっぱり、彼女の肌はとても白い。

 

 「...意気地なし。」


 「そりゃ、ねぇよ...」


 だって今の君のその感情に乗っかってしまったら君は完全にダメになる。本当に自分のことが嫌いになってしまうだろう。せめて、道具としてなんて、人の言葉じゃない。

 ドアを叩く音。


 「メイ、後ろに。」


 ん、この感じ。


 「いや、やっぱいい。」


 ドアを開ける。外には金髪碧眼の女と大型犬のようにデカい女がいた。


 「よぉ!ガキ!あと、えーっと白ガキ!」


 サンデルは礼儀知らずだった。でも今はその元気さがなんだが羨ましい。


 「え、えーっと。メイヒメと申します。」


 あぁ!?といつもの不機嫌な顔をした。わかりやすいっていいな。


 「うるせぇ!ガキはガキだ!」


 「サンデル...」


 ユーリが呆れていたが、俺は好きだな、その言葉。多分メイも。だってメイの望みは、願いはそれなのだから。


 「ん、ノア髪濡れたままじゃん。臭くなるよ髪。」


 ユーリはドライヤーを持ち、俺に当てた。なんだか、本当に姉みたいだ。姉さんが生きてたらこういうことしてくれたか?いや、わからないな。俺は姉さんの人となりを知らないから。


 「え、ありえん弱いじゃん。サンデル、頼んでいい?」


 サンデルはぶっきらぼうにドライヤーを奪った。なぜか彼女が使うと風量が強くなった。ヴァーゼを使っているのか?でも彼女は口を開かなかった。あと乾かし方が雑過ぎて少し痛い。


 「サンデルはヴァーゼを無言で使えるのか?」


 「師匠使えるんですか?だろ?」


 「師匠はヴァーゼを無言で使えるんですか?」


 「ちょっとの出力ならな。スマホ充電したり、こうやって電圧上げたりの日常的使用だけだ。戦いじゃつかえん。」


 便利な力だな。俺の消すだけのヴァーゼよりもずっと。いや、言ってる場合か。自分でわかってるだろ、俺のヴァーゼには先があるって。それを見てからだ、とやかく言うのは。


 「ユーリはマヌから知らされてるのか?」


 一瞬首を傾げたがすぐになんのことか理解した。


 「うん。全部ね。ネイチャーズのこともメイヒメ様のことも。」

 

 「どういうこと?」


 この場でこの状況を唯一理解してないとは彼女だけだ。説明してやればよかった。


 「白ガキ、お前のこと狙ってんのは枢仁に負けた負け犬とネイチャーズだった。」


 「んでうちらはネイチャーズを潰したい。だからうちらが動き易いようにする為に死んだことになってもらう。その間、お前はユーリの下だ。」


 簡潔な説明だった。詳しい説明を全て削ぎ落として最低限必要な説明だけを残した。もしかしてサンデルって馬鹿に見せかけて頭いいんじゃないか?


 「ふーん。じゃ、ユーリ姉は私に敬語と様使うの禁止ね。死んだことにするんでしょ?」


 ここぞとばかりに昔からの要求を突きつけた。まぁ、その方がいいだろう。この四人の中で唯一ユーリだけがメイに敬意を払っている。


 「え、そうで...そうだね。うん、メイヒ、いや、メイ。」


 「そういえば苗字はどうするの?」


 確かに。今の状況じゃ宝蔎院は名乗れない。


 「メイが決めていいよ。」


 メイは顎に手を当てて考える。


 「幽羅じゃダメ?」


 「ダメ。幽羅ファミリー私以外ろくでなし。」


 再び顎に背を当てる。


 「オルドリンとか?どうせなら名-姓にしてみたいし。」


 いいんじゃないか。


 「由来は?」


 気になったので聞いてみた。まぁ、回答は二パターンであり、分かりきってはいる。


 「本で読んだ。」


 ユーリもいいじゃんと言っている。


 「オルドリン、あぁなるほど。いいんじゃねぇか?」


 サンデルも納得。今日からメイ・オルドリンというわけか。


 「んじゃ名前も決まったところで私は二人の服買ってくるね。」


 「うちは仕事。」


 二人は部屋から出ていく。また沈黙が始まった。


 「俺、ちょっと寝ようかな。」


 ベッドに寝っ転がった。

 目を瞑る。でも寝れなくて目を開ける。彼女の両手が俺の頭を挟んで枕の両端にあった。そして仰向けになると彼女の顔がそこにあった。長い髪が重力によって落ちる。天蓋のようだった。

 赤の瞳が近づく。蠱惑的だった。でも今抱き寄せれば全てがダメになってしまう気がする。そして何より俺にはそんな勇気はない。この俺の、今の力で彼女を受け止め切れる技量はないのだ。


 「なんか左目、赤くない?」


 ドアが開く。


 「え、ごめ、いや何やってんの?」

 

 服を買うにしては随分早い帰宅だった。


 「ノアの左目、瞳の左の方、なんか赤い。」

 

 女性二人に顔を覗かれている。銀髪と金髪で色の間違えたカーテンみたいだ。どういう状況なのだろうか。


 「樹力枯渇...樹纏力のせいだね。身体が纏ってる状態に慣れてないまま再生すると樹力の残穢に妨害されて色素が抜けちゃう。」


 「でも自然に治るから大丈夫だよ。それにその程度なら問題はない。」


 「問題?」


 「うん。その色素が抜けてる部分は残穢が残ってるせいで樹纏力できない。」


 俺は根を伸ばす。接続はできても自らの根を伸ばせない彼女にはこれは秘密の会話になる。

 ユーリ、枯渇した場所、纏えなくなる以外にもあるだろ。

 その通り。察しがいいね。

 なら、メイはアルビノじゃなくて...

 その可能性はあった。私も探った。もちろんマヌもね。でも、私が探った限りじゃ彼女はユーザーじゃない。根の接続会話に関してはなぜか先天的に持っていた能力と言わざる負えない。

 マヌの方は?

 わからない。この前聞いたけど、無理でーす!分かりません!とか言ってた。でも多分、あいつは結論に辿り着いてる。

 マヌは油断ならない。


 「そっちは盛り上がってそうだね。」


 やっぱそういうところは父親と似ているな。


 「別に。ただこのあと住まいをどうするか、とかそういうことについて話してた。」


 流石に同じ体勢は疲れたのか、彼女は再びベットに座った。


 「え、うん。そうだよ、そんな話してた。」


 「確かに、家燃えちゃったもんね。ユーリ姉、私どうなるの?」


 「二人ともあたしん家で面倒みる。あの時に感情に駆られて二人を危ない目に遭わした責任があるからね。」


 責任か、あの状況を投げ出して兄を殺しに行ったことが間違いだと思っているのか?後から状況は聞いたがあの状況ではあれが最適解だった。むしろあの状況において、一番責任を感じるべきなのは俺だ。俺が弱いからユーリはあそこで拮抗させるしかなかった。俺があいつよりも強かったらユーリは心置きなく外で戦えた。


 「...いいのか?その、狭くならないか?」


 「ならないよ広いし。むしろ二人は大丈夫?階層的にめちゃくちゃ下になるし、治安もちょっと悪いけど。」


 3千人程度のユーザーと10万人の人間が住まう地下世界。スラムを除けばスフィアにおける第二都市と呼べる規模である。


 「本物の空見える?地上を見下ろせる?」


 「うん。そういう施設はあるよ。」


 それを聞いたメイの顔は今日で一番いい顔だった。でも俺から地上の話を聞いた時ほどの顔じゃなかった。やはり人の死を背負い込みすぎてる。笑うことにすら罪悪感を感じているんだろう。

 

 「いいな、むしろそこがいいな。よろしく、ユーリ姉。」


 「俺もよろしく、ユーリ。君には助けられてばかりだ。」


 「別にいいよ。それにノアの助けになれって言われてるからさ、あたし。」


 「誰に?」


 「あんたのお姉ちゃん。」


 その言葉に俺は驚き隠せなかった。俺の姉のことを知っている?あの人は何をしていたんだ。




 中央区 大統領官邸

 大統領執務室にて録音された音声


 「マヌ、いけると思うか?」


 「あぁ。アルゴダも最後の利用権を行使できて満足だろう。故にこの協定は結べる。確実にな。」


 「違う、あいつのほうだ。メイは...」


 「だからこそだ。ここから先はタイムアタックで終わらせる。」


 「大博打だぞ。俺は賛成するが、あと5年は待って勢力均衡が崩壊してからの方が確実だ。」


 「亮平、お前の言いたいことはわかる。だがこの絶好のチャンスは向こう10年は来ないぜ。」


 「何より、俺がいる。俺の強さを忘れたのか?」


 「賽を投げよう、亮平。


 「そうだな、お前とならばこの重い賽も投げられよう。」


 

 

 

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