アマテラ祭 終幕
「な!?」
朽葉弾を左手で受け、そして受けると同時に左手を氷で切断した。
「今のは危なかったね。」
いまだに奴は、笑ってる。
「なんでだって顔してる。教えてあげようか。」
「樹纏力の調整が下手くそだったね。」
そんなことはわかってる。もうどうでもいい。それよりもここからどう攻める?どう勝つ?どうやってメイを守りながら...
「足掻いても無駄さ。」
コシキダが割れる。
「涔涔、佩颯霜颪[舞雪怜峰]」
奴を中心して氷雪の世界が広がる。
「無触、仙慈陸界!」
眼球と両腕が弾け飛ぶ。でも、これでメイは守れたはずだ。もちろん効果的には黄山開仙盾と同じである。だが重複儀言による強制最大出力だ。30秒は安全だろう。
「再生できないだろう?」
いつまで経っても暗いまま、そうか再生を氷が塞いでいるのか...なら!
「砕けないだろう?当然だ。君は気づいていないだろうが、君は今、足も腕も無いんだよ。」
突然、左目だけみえるようになった。
わかってる、これは偶々に希望じゃなくて、当然の交渉だ。
「ヴァーゼは使わないほうがいい。使ったらこの娘は殺す。」
「ん?おかしいな、あぁ。殺すのが仕事だったっけ。」
氷のような手でその結界に触れる。そしてそれは凍りついた葉っぱが一瞬にして砕けるように、結界は凍りついて砕かれ、風に吹かれた塵のように消えていった。
奴はメイの首根っこを掴んで持ち上げる。
「ノア、助けて...ノアのこと...助けて...」
紅の瞳。精一杯はやったんだけどな。足りなかったのか。本当、中途半端だな、俺って。ごめんな、メイ。
「白銀[縛]一刀」
空から銀の剣を持った女がその男の腕を両断する。
「雷帝」
左手で指を刺し、その指から電撃が出現する。その電撃は奴に当たり、そして爆発して吹っ飛ぶ。
「誰だ!お前は!!」
奴は腹部の大部分を破壊され、再生しつつ這いつくばっていた。
「うちはサンデル!サンデル・クリークスだ!!」
自信満々にでかい声で、でかい背丈で、頼もしい背中でその女は語った。
そしてその軍服をそこで脱ぎ捨てた。その姿は文字通りのビキニアーマーであり、背中には一丁のショットガンを背負っていた。
「白銀[縛]大蛇」
剣は形状を変えて、蛇となる。彼女のギスカナは液体金属だった。その蛇は俺の氷を破壊し、そしてそのまま奴に飛び込んでゆく。
「舐めるなよ!大氷雪蓮ノ花、氷創静!」
蛇は氷に包まれる。そしてそのまま氷は動き、内部の蛇を雑巾絞りにする。
「ユーリ、その穴使わして貰うよ。」
大蛇が氷と共に粉々に砕けた。
「雷帝滅砲
両腕を前に出して、ヴァーゼを使う。電撃が束となり、レーザーとなる。奴はそれを直前で回避する。しかし、レーザーは上空へと曲がり、そして雲に入る。その雲の中で電撃は拡散し、さらに雲の中で新たな雷を造り、それを電撃として回収する。
「雷昇、廻天!!」
そして再び雷は一点に集まり、彼女に降り注いだ。彼女は雷を纏っている。まるで衣のように、まるでカーディガンだ。
「おいガキ!戦争のサンデル、見せてやるよ。圧倒的な武力をな!」
俺に向かってそう叫ぶその女の顔には圧倒的自信があった。1ミリたりとも己が負けるとは考えていなかった。
俺はすぐにメイに駆け寄った。彼女はもう、眠っている。怖い思いをさてしまったな...
砕けた大蛇が液体のとなり、その液体は圧縮するように小さくなり、一つの雫となる。それを彼女は掴んだ。
「轟轟、白銀[帝王]雷龍」
纏う雷が一気に強くなる。雫が白銀の龍となる。そしてその龍は稲妻を纏っていた。まるで神話のドラゴンだ。
「吠えろ!!!白銀[帝王]雷杖!!!」
龍が弾け、そして空中で58門の銃身を造る。そしてそこから電撃を奴に向けて射出する。収束、発射、冷却、その工程を経るに1秒。されど砲門は58。無数の雷撃が奴を襲った。
「どうだ!再生も間に合わないだろう!!」
彼女の声が聞こえない。いや、聞こえている。その声が轟音に掻き消されているだけだ。これが、戦争のサンデル・クリークス。彼女が現れた時、この場は戦いではなく、戦争となったのだ。
「声も出ないか!その氷じゃ防御できないもんな!終わらせてやるよ!」
ショットガンを構える。そして引き金を引いた。
圧倒的だった。轟音と衝撃、訳も分からず死ぬ恐怖、不可避の物量、そして死体すら残らない破壊力。一つの個体において組織の戦闘の再現する。これが戦争の名を冠するスフィアブレイカーの力か。
塵が晴れる。もう、龍の咆哮はもう無い。あるのは、戦争の爪痕だけだ。
「つまんねぇ勝負だ。」
彼女の肉体から湯気が出ている。あれがヴァーゼの息切れか。
「冷却隊!」
彼女がそう命令すると白い服を着てタンクを背負った男たちが出てくる。あの砲門の一部を氷に向けて塞ぐ氷を破壊したのか。
「イエッサー!マム!」
そして男たちはシャワーのようなものを彼女にかける。一瞬でわかった。液体窒素だ。
「その、サンデル、ありがとう。」
一瞬で不機嫌そうな顔になった。
「あぁ!?ありがとうございます師匠だろぉ?」
「え、ありがとう、ございます。師匠?」
面倒くさいな、この人。
「で、どうすんだその女。」
一気にと顔と声色が優しくなった。掴めない人だ。
「そうですね...」
眠っている彼女に俺は話しかけた。
「帰ろうか、メイ。」
シラス大地のシラス層はさらに積もる。
「まだやる?兄さん。」
この世の終わりの景色に立ち尽くす二人。
「いや、終わりだな。奴が帰ってくる。」
二人は互いに、たとえ手を取り合ったとて勝てぬ、強大な存在を感じていた。マヌ・ソレイユである。彼には誰も勝てない。たとえ、この二人が彼を凌ぐ破壊力であったとしても、殺傷力で勝てない。マヌは、殺すことにおいて最強であった。
「ユーリ。」
男は左目の眼帯を投げ捨てる。そしてそれはすぐに燃えて無くなった。青い炎によって。
「葬炎!?」
その左眼には藍色の炎が宿っていた。
「あの日お前が与えたこの忌々しい炎はいまや俺の力だ。」
男は自らの執念であの消えない炎の制御権を奪い、そして左眼に封印した。
「さようなら、ユーリ。また会おう。」
背中から滅炎を放出し、バーニアのようにして飛んでいく。
彼女は2度と会いたく無い、そう思っている。
あれから2時間が経った。俺は彼女を背中に乗せて、家路を辿る。途中警察に話しかけられたが、無視をした。彼らも善意で俺に話しかけたんだろう。だって服は血まみれで破けているし。でも、傷ひとつないことを確認した彼らは、逃げていった。
あぁ、疲れた。もう今日は寝ていたい。
「...ノア?」
背中の彼女が目覚めた。まだ声色は弱々しい。無理もないな。それに俺も多分おんなじ声色をしている。
「おはよう、あいつはサンデルが倒した。だからもう、大丈夫。帰ろう。」
彼女はただ、背中で啜り泣いている。
「...私さ、最低。だってみんな死んで、怖くなって、それで、みんなのことどうでも良くなって、私だけ助かろうって、それで助けてって。」
「俺も、最低だ。結局君しか助けられなかったし、サンデルが居なきゃ誰も助けられなかった。」
あの言葉を思い出す。
「それに君は最後の最後で他人を、俺を慮った。それは、凄いことだと思う。」
「そうかな、でもそれは多分、ノアだったからだと思う。」
疲れた肉体に鞭を打ち、家路を辿る。
その先にあったのは炎だった。あんなに美しかった高級住宅街は所々燃えていた。
「まさか!」
俺は彼女を背負っているのはわかっていたが、それでも駆け出さずにはいられなかった。
彼女は振り落とされまいと力強くしがみつく。
「そんな...」
目に入ったのは炎だった。屋敷が、家が燃えていたのだ。
「あ...」
彼女を下ろす。自分の足で立ち、再びその光景を眺めた。そして彼女は、吐いた。
だけど、顔は何故かさっぱりとしていた。
「ははっ!燃えちゃった!」
彼女は笑っていた。
「もう、めちゃくちゃだな。ははっ。」
釣られて乾いた笑いが溢れる。
「ははっ、私たちほんっと最低!人が死んで!家まで燃えたのに笑ってる!」
そうだな、もう、どうでも良くなったんでんだろう。俺たち。
「あははっ!はぁ...もう、どっか逃げちゃおうかな、私。」
「死んだことにしてさ、そしたら私、狙われなくなるし、お父さんも邪魔者が消えてハッピー!」
そりゃ、違うだろ、って言う元気はもう無い。そしてそれを今の彼女に言う勇気も無い。
「そう、だな。それでも、いいかもしれない。」