婚約者に捨てられた公爵令嬢のその後は
いつも誤字報告&諸々ご指摘ありがとうございます。
「すまないアマンダ、君との婚約を破棄させてほしい」
突然屋敷に婚約者であるこの国の第一王子ことブライアンが訪ねてきたと聞き、急ぎ準備をして客間へと向かうと、開口一番彼はそう言って頭を下げた。
そしてその隣には、同じ貴族学院の女子生徒で男爵家の少女のミラが、彼にピタリと寄り添うようにして座っていた。
彼女もブライアンと同じように頭を下げていたが、ふっと顔を上げると、涙で頬を濡らしながら切々と訴える。
「申し訳ありません、アマンダ様。私、ブライアン様がアマンダ様の婚約者だって知っていたのに、いつの間にか彼のことを好きになってしまったんです! 謝って済む問題じゃないって分かっています。だけど、この気持ちに嘘はつけないんです!!」
するとブライアンもすぐに頭を上げる。
「ミラが謝ることじゃない! これも全て私の責任だ。本当に、アマンダには悪いことをしたと思っている。君には一切の非はない。しかし私はミラと出会ってしまった。もう彼女を知らなかった頃には戻れないんだ」
「ブライアン様……」
ブライアンがミラを潤んだ瞳で見つめているのを正面で見せられたアマンダの心がズキリと痛む。
彼女は彼からあんな風に熱っぽい視線を向けられたことなど、ただの一度もなかったのだから。
二人が初めて会ったのは、婚約が決まった五年前。
アマンダの一つ年上のブライアンは、顔合わせの際、緊張する彼女に向かって、それを解すように優しく微笑みかけた。その笑顔一つでアマンダは彼に恋をした。
彼は決して派手な見た目ではなく、少し夢見心地なところがあったが、誠実で、いつもにこにこと笑顔を絶やさない優しい人だった。
頼りないところがあるからこそ、アマンダは彼を将来支える為にと、厳しい王族教育にも耐え、成績も常に上位を保ち、日々努力を重ねてきた。
ブライアンがアマンダに対して、彼女と同じような恋の炎を灯していないことは分かっていたが、彼はいつもアマンダを大切にしてくれていた。だからそのうちに彼は自分のことを好きになってくれるかもしれない。そうでなかったとしても、このまま何の問題もなく結婚できるものだと思っていた。
風向きが変わり始めたのは、アマンダが彼と同じ学院に入ってからだ。
同じ一年生として入ってきたミラとブライアンが、図書館で、彼女が届かなかった本を取ってあげたことがきっかけでいつの間に急接近していた。
趣味も読書で好みの分野も同じだったこともあり、二人はあっという間に意気投合した。
人目も憚らず本について熱く語り合う二人は色んな人に目撃され、アマンダは、婚約者でもない女性とそのように二人きりで会話するのはあらぬ誤解を招くからやめてほしい、とはっきり言ったが、彼女とはそういう仲ではないから安心してほしいとブライアンから言われれば、もう何も言えなかった。
けれどその時既にブライアンの瞳には小さな火が灯っていたことに気付いてから、遅かれ早かれこの展開は覚悟していた。
それでもやはり、悔しくて苦しくて悲しい……そんな色んな感情が入り混じり、とても言葉では言い表せないほどの暗く重い気持ちが彼女のしかかる。
アマンダは彼に選ばれなかったのだ。
けれどそんな気持ちを押し殺し、アマンダは背筋をピンと伸ばすと、毅然とした態度で二人と対峙する。
「それで、殿下は私との婚約を破棄されてどうなされるおつもりなのですか? 彼女を側妃とされるのか、もしくは私ではなく彼女を妻として迎え入れ、その補佐として私を側妃にされるのか。ですが……いずれにせよ、そのようなことをあなたのお父上でもある陛下がお許しになるはずはありません。勿論私の父についても同様です」
だが、ブライアンはある意味誠実な男だった。
「愛するミラを側妃にすることはない。だが、君を差し置いて彼女を国母とすることは不可能だということも分かっている。私がミラを選びたいと伝えた時点で、王太子にふさわしくないとその座を追われるだろう」
「ではそうなると分かっていて尚、彼女を選ばれると?」
「それも覚悟の上だ。……実際、私には王としての才はない。優秀なアマンダが私の婚約者として隣にいるからこそ、私も王太子になれたのだ。ならば、それが無くなった以上、私がこの国の王となる未来は潰える。そうなれば二つ下の弟が王太子となるだろう。この国の為にも、その方がいい。彼は私よりも優秀だ」
確かに、ブライアンに王としての器があるかと問われると、疑問が残る。そして彼もずっと、自身の身の丈に合わない王冠を手にすることに対して思い悩んでいたのかもしれない。
「それでは男爵家に婿入りという形でミラと婚姻をお考えなのですか? ですが、既にかの家は、まだ幼いですがミラの弟がおり、彼が後を継がれると聞いております」
であるならば、陛下と交渉し、王家の直轄領の一つでももらい受け、細々と領主としてやっていくつもりなのかと思っていたアマンダは、次のブライアンの台詞に思わず絶句する。
「私は……これを機に王家から除籍してもらうつもりだ。そしてミラと二人で、共に支え合い市井で生きていこうと思う」
彼が言っていることはつまり、今ある地位も何もかもを捨てるということだ。
何も望まず、平民として生きていくと。
するとミラもまた、彼の言葉に同意するように大きく頷く。
「私にはアマンダ様のように高貴な血が流れているわけでも、優秀な頭脳があるわけでもありません。私が王妃となってこの国を支えることなんて無理だって、自分が一番よく分かっています。だから私も男爵家から除籍してもらって、ブライアン様についていくつもりです」
その言葉に嘘偽りがないことは、二人の真剣な瞳を見ればよく分かった。
もしもミラがブライアンの地位やお金目当てであれば、彼が除籍してもらうと分かった時点で、すぐにでも逃げ出すだろう。元が王族だろうが、平民となった彼にはなんの旨味もないはずなのだから。
なら、本当に二人は、お互いに愛し合っているのだろう。
分かっている。人の心の移ろいなど、止められるものではない。
もしもブライアンがもっと器用な男であったなら、恋心を隠したままアマンダと結婚していたかもしれない。もしくは彼女や周囲の人間を上手に言いくるめ、アマンダを正妻とし、ミラを側妃として置いた未来もあったかもしれない。
だが全ては憶測であり、そのようなことができない、馬鹿みたいにまっすぐな人間だからこそ、アマンダは彼のことを好きになったのだ。
ブライアンは国を捨て、一人の女性を選んだ。おそらく彼は、アマンダが欲しかった、そして彼女がブライアンに与えたかった真実の愛を、ミラとの間に手に入れたのだ。アマンダの心は置き去りにして。
自分の入り込む余地などないと、改めて思い知らされた。
アマンダと過ごした五年の歳月よりも、ミラと過ごした一年足らずの方が、彼には重く、大切なものなのだ。
本当は泣き喚いて、ブライアンに縋りつきたかった。
どうして私を捨てるのか。私だってあなたのことをずっと、ずっと慕っていたのに。私を捨てないで、行かないで、と。
だが、そんなことをしても既に彼の心は決まっている。止める術はもうないのだ。
「承知いたしました。では父には私から話をしておきます」
だからこそ、叫び出したいほどの衝動を堪えながら、顔にはそんな感情をおくびにも出さず、最後まで貴族令嬢のアマンダとして耐えてみせた。
○○○○
事態はアマンダが予想した通りのものとなった。
アマンダを捨ててミラを選んだことに、陛下は大層激怒し、またブライアンの意志も固いことから、すぐに彼は廃籍され、王城からその身一つで追い出されることとなった。
そして出立の日の早朝。
誰も見送る者のないブライアンの見送りに、唯一アマンダだけが駆け付けた。
「来てくれるとは思わなかった」
アマンダの出現に目を丸くするするブライアンは、これまでのように王族のきらびやかな衣装ではなく、一般市民が着ているような衣服を身に纏っていた。見た目には元王族だとは誰も思わないだろう。
けれどもその顔は驚くほど晴れやかで、今まで見てきた中で一番生き生きとしていた。
「私は君を蔑ろにした男だ。何度謝罪しても何の意味もないとは思うが……。本当に君には悪いことをした。すまなかった!」
そう、謝ればいいという話ではない。
ブライアンは自分の気持ちを優先した。ただそれだけだ。だが、彼の気持ちを自分に向けられなかったアマンダにも責任があると、彼女は思っていた。
「もう、済んだことです。頭を上げてください。……ところで、これからどちらへ行かれるおつもりで?」
「実はまだ決めてはいないんだ。ただ、どうせなら訪れたことのない国にでも行こうかと考えている。幸い路銀はしばらくはもちそうだしな」
この日の為にと、ブライアンは密かに街でお金を稼いでいたようだ。
右も左も分からない状態で世間に放り出され、すぐに野垂れ死ぬのではと皆に思われているブライアンだが、この様子だとそうはならないかもしれないとアマンダは感じた。
たった一つを除いてすべてを失ったブライアンと、全てを持っているのにたった一つ失ってしまったアマンダ、そのどちらが幸せなのだろうか。
少なくとも、今のアマンダは、その唯一が目の前から消えてなくなる方が辛い。けれど選ばれなかった自分はついていくことはできない。
ブライアンと会うのはおそらく最後になる。
父親や、事情を知る周囲の人間には、見送りの必要などないと言われたが、彼への恋心はまだ胸の内で燻っており、自分の気持ちをきちんと終わらせるために、そして僅かな復讐心から、アマンダは今日ここに来ることを選んだ。
「それでは、私はそろそろ行くよ」
「ブライアン様!」
背を向けて歩き出す彼の名を、アマンダは呼ぶ。
振り返った彼は、初めて会った時と同じ柔らかい笑顔を浮かべていた。
本当に好きだった。
朗らかな笑顔も、話を聞いてくれる時に向けられる優しい視線も、頭を撫でてくれた温かい手も。
その全ては、次からはあのミラのものになるのだろうが、それでも、一つだけ渡したくないものがあった。
二人が清い交際だったことは知っていた。
ましてブライアンの性格だ。全ての問題が片付かない状態では、口付けもまだだろう。
だから────。
アマンダはブライアンの元へ駆け寄る。
二人の身長差はあまりない。彼女が背伸びをすれば、それは容易に届いた。
自身の唇を押し付けるだけの、雰囲気も何もない性急な行為は、二人にとって────いや、ブライアンにとって初めての口付けのはずだ。
アマンダからの有無を言わせないキスに、ブライアンは何が起こったのか分からないのか、固まっている。
その隙にアマンダは彼から離れ、これまでで一番の笑みを浮かべて見せた。
「ずっと、お慕いしておりました。……どうか、ミラとお幸せに」
アマンダがブライアンを好きだと、きっと彼は気付いていなかっただろう。いや、好意には気が付いていただろうが、きっとそれは友人の類だと。
少しくらい困ればいい。そしてミラとのキスの時、ほんの少しでもアマンダのことを思い出してくれたなら。
このくらいの復讐は許してほしい。
そう思いながら、アマンダは未だに何も言えずアマンダを見つめるブライアンの前で踵を返すと、一度も振り向かず彼の元から走り去った。
そのまま完全にブライアンから見えない場所まで来たところで、アマンダは立ち止まると、耐え切れずその場に座り込む。その顔には先ほどまでの笑顔とは打って変わり、大粒の涙が浮かんでいた。
全ては彼と共にいるために。ブライアンを次期国王として支えるために、これまでアマンダは必死に努力してきた。しかし恋心は叶わず、今ここで散ったのだ。
アマンダは顔を手で覆うと、ここが屋外だということも、淑女の振る舞いとしてふさわしくないということも忘れ、大きな声を上げて子供のようにわんわんと泣いた。
ブライアンの心に自分ではなくミラがいると気付いた時も、二人が並んで楽しそうに話している時も、婚約破棄の話をしにミラと屋敷を訪れた時も、彼との別れの時も。ずっと我慢していたのだ。
けれど一度流してしまえば、それは堰を切ったようにあふれ出て、彼女の意志では止められなかった。
涙と共に溜まっていた五年分の彼への気持ちを全て流すかのように、延々と泣き続ける。
どのくらいそうしていただろうか。
体内の水分を全て出し切ってしまい、声すらも枯れ、茫然と泣いた余韻に浸っていると、隣から声がした。
「落ち着いた?」
アマンダがゆっくりと声の方へ顔を向けると、そこにはブライアンと少しだけ似た面影の、けれど彼よりもわずかに幼い顔立ちの人物が、彼女に向かってハンカチを差し出しているところだった。
「ルイス殿下……」
彼はブライアンの二つ下の弟で、彼に代わり王太子となった、そしてアマンダの新たな婚約者候補として名前が挙がっているルイスだった。
ブライアンに会うために、また王妃教育の為に王城へ行くことが多かったアマンダは、必然彼と顔を合わせる機会もあった。時にはブライアンを交え三人でお茶をすることもあり、彼女にとっては、おこがましい表現かもしれないが、異性の友人のような、弟のような存在である。
実際そうなる予定だったのだが、ブライアンとの婚約がなくなったことでその未来はなくなった。しかし、親しい仲には変わりない。
「殿下、どうしてこちらに」
ありがたくハンカチを受け取り、顔に残る涙を拭いながら尋ねると、ルイスは苦笑する。
「だってここは王城の中庭だよ? 朝早くとはいえ、あなたが大きな声で泣いていればすぐに気付くよ」
言われて、ようやくアマンダは自分がとんでもない失態を犯したことに気が付いた。
「あ……私、なんというはしたないことを」
「大丈夫。この辺りは人払いしてもらったから。僕以外には見ていないし、誰も聞いていない」
ルイスの言葉に思わずほっと安堵の息を漏らす。
「申し訳ありません、このような恥ずかしいところをお見せしてしまいまして」
けれど彼は首を横に振る。
「気にしないで。今日が兄さんと会える最後だったから、仕方ないよ。それで、ちゃんとお別れはできた?」
「……はい」
完全に吹っ切るにはまだ時間がかかりそうだった。アマンダはおそらく、しばらくは彼の面影を無意識に探し求めるだろう。けれどそれも時間の経過とともにゆっくりと風化していく気がした。一度泣いて頭の中が少し冷静になったようだ。
「あの二人がどういう道をこれから歩むかは分かりませんが、少なくとも私は、幸せになってほしいと思っています」
最後にあのようなブライアンの心を乱すような行為をしてしまったが、あの程度で彼のミラへの気持ちが揺らぐことはないだろう。
アマンダのその言葉は本心だった。
「あなたもお人好しだね。あんな仕打ちをした相手にそんな風に思えるなんて。兄さんのこと、好きだったんでしょう?」
「ええ、好きでした。だからこそです。私も含め何もかもを捨ててミラを選んだんです。それだけ覚悟して決めたことなんですから、きちんと幸せになってもらわないと。ですが……まずは私もその幸せを探さないと、ですけどね」
心の傷は簡単には埋まらないが、それが塞がるのを待っている暇はなく、前に進むしかない。
するとルイスがじっとアマンダの顔を見つめながら、ふっと口を開く。
「じゃあ僕と一緒にその幸せ、探してみない?」
「え……殿下と一緒に、ですか?」
アマンダが驚いたように声を上げると、ルイスは目を細め、慈しむような視線を彼女に向ける。
「ねえ、覚えてる? 王妃教育が始まったばかりの頃、あなたはよくここに来て、一人で静かに泣いていたよね」
その言葉に、アマンダは過去のことを思い出す。
ブライアンの婚約者に決まってすぐにアマンダへの教育が始まったが、それは想像を絶する辛く厳しいものだった。特にブライアンが少し頼りない分、アマンダへ教育の比重が傾き、彼女は優秀だったため、更に上を目指させようと必然教師たちの熱も入った。
彼らの期待に応えようとアマンダはそれに必死に喰らいついたが、あまりの厳しさと、そして彼らからの期待の大きさに、心が押しつぶされそうになる日もあった。
けれどブライアンには、心の内を言えなかった。
アマンダは何でもできてすごい! と、彼女の、優秀さを称えるようにキラキラした瞳で見てきた彼に、弱いところは見せられなかった。それに、ブライアンの前では、誰よりも優秀で立派な彼の婚約者として隣に立ちたい。そんな気持ちがあったのだ。
だからまだ幼かった頃のアマンダは、ブライアンのいない前で、時々ここにやってきては泣いていた。
そうして一人ひっそりと涙を流していると、気付けば何故かいつも隣にルイスがいて、泣き止んだ頃合いでこうして声をかけ、ハンカチを渡してくれたのだ。
ルイスは無理にアマンダが泣く理由を聞き出しはしなかったが、あなたはよく頑張ってる、という言葉をいつも彼女にかけてくれて、その言葉で随分と気持ちが楽になったものだ。
それから月日が経ち、アマンダは幼い頃のように泣くことはなくなっていった。
「あの時、兄さんの知らないところで兄さんのために頑張るあなたに、僕は慰める言葉をかけることしかできなかった。涙を拭うことも、優しく抱き締めることもできなくて、すごく悔しかったんだ。……どうして僕があなたの婚約者じゃないんだろう、僕なら絶対に、あなたを泣かせたりしないのにって、ずっと思っていた」
ブライアンよりも深い藍色の瞳が、アマンダを捉え、熱の籠った言葉が、アマンダの中にじんわりと染み込んでいく。
「アマンダ。あなたには僕以外の人からも、たくさん婚約の話が来ていることは知っている。それに、あなたの父……ジルビス公爵は、娘を蔑ろにされたと王家に対して不信感を持っていて、余程のことがない限り王家と縁を結ぶつもりはないと言っていることも聞いている。それでもあなたを諦めたくない。だって僕はアマンダのことが────ずっと好きだったから」
「!?」
かつてアマンダがブライアンに向けていたのと同じ熱が、ルイスから自分へと向けられているのを感じる。
「え…っと、本当に、ルイス殿下が私のことを……?」
突然の告白に、アマンダは思わず動揺する。
まさかルイスが自分に対してそんな感情を抱いているとは微塵も思っていなかった。
けれど彼の表情は、冗談を言っているようには見えない。
「アマンダは兄さんの婚約者だったから。だからこれでも悟られないように頑張ってたんだよ。あなたは兄さんのことが好きだっていうのは見ていてすぐに分かったし。それでも」
ここでルイスは言葉を切ると、少しだけ頬を赤らめる。
「特にあなたと話す時なんて、頬が緩まないようにいつも必死だったんだ。だってあなたは僕のこと、将来の弟としてしか見ていないって知っていたから、僕の気持ちがバレて気まずくなるのも嫌だったんだ」
自分の気持ちに気付かなかったブライアンのことを、鈍いと思っていたアマンダ。だがそれは彼女も同じだったようだ。
けれどそんな彼の気持ちに、今のアマンダにはまだ応えられる自信がない。それなのに、この申し出を受けていいのかと思い悩む。
「ルイス殿下、お気持ちは大変ありがたいです。ですが私はまだブライアン殿下のことを忘れられません。……すぐには同じだけの想いを返せないのです」
「構わない。あなたがどれだけ兄さんを好きだったかは知っている。だから今すぐに僕を好きになってほしいなんて思っていないよ。待つのは慣れっこだからさ。ゆっくり僕のことを知ってくれればいい」
ブライアンとよく似た、けれどそれよりももっと深く、アマンダへの愛情を感じる優しい微笑みに、彼女の心が少しだけざわめく。
「何があってもあなただけを生涯愛することを誓うよ。絶対に幸せにする。だからアマンダ、どうか僕を選んで」
ブライアンを忘れられるまでどのくらいかかるか分からない。一年か、二年か、それ以上か。それでも、そんな彼への残滓を未だに抱いたままのアマンダに、ルイスは手を差し伸べている。
予感がした。彼といれば、想像しているよりもずっと早くブライアンのことが、アマンダにとって過去のことになると。
「私も、もっとルイス殿下のことを知りたいです。ですからその……これからよろしくお願いします」
そう答えれば、ルイスは一瞬瞳を大きく見開くと、すぐにくしゃりと表情を崩し、本当に嬉しそうに笑った。
それから程なくして、アマンダとルイスの婚約が発表された。
ジルビス公爵ははじめ王家に娘を嫁がせることに反対したが、ルイスが真摯な想いを彼に伝えると、娘の幸せを願う彼は二つ返事で了承した。
アマンダの中にあったブライアンへの恋慕の情は、ルイスと一緒に過ごすことで少しずつなくなっていき、代わりにルイスへの愛情が彼女の心を満たしていく。そして数年もすれば完全にブライアンへの気持ちは過去のものとなった。
その後結婚した二人は、周囲が羨むほどに大変仲が良い国王夫妻として国中で名を馳せ、四人の子供ももうけた。
二人の仲の良さは自国に留まらず他国へも広まっており、そのことを異国で耳にした、国王陛下と似た面差しの青年は、愛する妻と畑仕事に精を出しながら、二度と会うことのない二人の幸せがこれからも続くようにと、密かに願ったという。