5 すべすべさらさら
猛烈な嵐のような食欲が、ようやくおさまった。満腹。
オオカミのなかでは、食欲とともにすべての感情がどこかへ通り過ぎていったかのように気持ちが凪いでいた。クマへの怒りも、森への憤りもきれいさっぱり。
こんなに落ち着いたことは、これまでなかったかもしれない。
オオカミがふと顔をあげると、田んぼはどこかに消え、目のまえにさらさらと小川が流れていた。
とても情緒的な、親しくなりたての白い毛並みのクールな雌オオカミとの夜のデートに最適な感じのせせらぎだった。
オオカミはそっと歩いていって、水面をのぞいてみる――。
そこにいたのは、人間だった。
森で突然、クマに出逢ってしまって呆然としているかのような、人間の男の顔が映っていた……。
夕闇のような黒い髪をして、穴の奥のような黒い瞳をした、日本人の男である。
オオカミはふしぎの森のいろんな生きものをたいらげて吸収してきたことで、いろんな生きものをたいらげて吸収してきた人間になってしまったのだ。
顔も身体も手も足も、最後に食べ尽くした白米のおかげか、きめの細かいつるりとしたすべすべの肌をしている。
人間になったオオカミは慣れないお腹を、慣れない手でそっと撫でまわしてみる。
くすぐったいような、温かい感じがした。
すると――小川のかたすみに、白いかたまりがゆれていて……オオカミは二本足でたちあがり、それにつられるように空を仰いだ。
控えめな星々のあいだに、まんまるの月がかがやいていた。満月。
月はあふれんばかりの光を湛え、オオカミの男をまっすぐに照らしていた。
オオカミの男は、まばたきもせずに、じっと月をみつめる。
月の光が瞳にそっとさしこむ。オオカミの男の、ふしぎの森のふしぎな闇をすべて吸いこんだまっくろな瞳に、満月がそっと映りこんだ……。鍵がある。ちょっとだけ錆びついた古めかしい鍵だ。それが前方後円墳のようなかたちの鍵穴にゆっくりと差しこまれる――そのときふいに、なにかがわかりかけた。
一月の満月は、ちいさなえくぼをつくるようにして微笑するのだった。