2 そそくさせかせか
森のきわまできて、まっくらな木立の奥を横目に、手近な高い樹のがさがさの樹皮をガリガリひっかきながら、オオカミがどうしよっかなぁと迷っていると、ふと、となりの草やぶがガサガサっとしたので――キリっとにらみつけたら、のっそりと知り合いのクマが現れた。ツキノワグマ。
「ああ、なんだ、オオカミくんか……」
クマはなんだか極まりが悪そうに顔をでかい手でかくしつつ、まるでまぶしいみたいに視線をそらしたりする。
「クマくんじゃないか、なんだね、現れるなら花咲く森の道だろう。きみはだいたいが春まで寝てるんじゃないの?」
というのも、クマも雑食の大喰らいなので、いわばライバル。逢いたくなかったのは、おたがいさまかもしれない。
「ああ、まぁ、なんというか……」
クマはもじもじする。
「お恥ずかしながら、腹が減りすぎて眠れなくてね」
え? オオカミはびっくりする。しかしまぁ、他人ごとかもしれないが他人ごとでもない。
「奇遇だね。こっちもまぁ、そんな事情でふらふらしているところ」
オオカミは鼻息をもらす。
「胃袋がなかなかかっこつけさせてくれなくてね」
クマがうなずく。
「おたがい、苦労するな。色と光の三原色が微妙にちがうようなものだ」
「うむ。なにを言っているのだ?」
クマはなぜかひとしきり笑って、スンとおさまる。
「――ところで、知ってるかい、この森はふしぎの森なんだ。今夜は、奥にいけばいくほど、ちょっと変わったことが起こる。その代わり食べものには困らないよ」
オオカミは目を大きくする。
「へぇ、さっぱり意味はわからないが、朗報だ」
クマにしてはめずらしい。
「じゃあ、いっしょに行こうじゃないか」
「ああ、こっちはもう満腹なんで、いま帰るところでね。巣で横になろうかと……」
ふと顔をかくしていたでかい手がはずれると、クマの両目のまわりが黒ずんでいて、鼻がしらが赤くなっていることに気づいた。
「ん、どうしたクマくん、けんかでもした? 目にあるのはあざ? しかも鼻が真っ赤じゃないか……もう過ぎたけどルドルフのオマージュ?」
クマはあわてて、鼻付近をでかい手でかくして、顔をそむける。
「ああ、ちょっと、なんていうか――けがをしてね」
けがというより、鼻なんか膿んでいるみたいなグミ感があったけれど……。
オオカミが怪しむそぶりをみせると、クマは「じゃ、また四月にでも。きみもディナーを楽しんでくれよ」と言い残して、草原のほうにそそくさと去っていった。
横目で見送ると、でっかい背中の下でみょうに大きな、なにかっぽい茶色と白のしっぽがゆれていた。茶色と白……?
まァいいや、クマのことはクマの自由だ。
オオカミは胸の息を吐いたものの、空腹ががまんできないので、ディナーをもとめてせかせかと森の奥へ向かった。