2‐4
沈む太陽が、空を赤く染め上げる。
ゴブリンの群れに遭遇してから一行は警戒して進んでいたが、その後は何事もなく、無事に森を抜けることができた。
折れた装飾剣はあの場に捨ててきた。あれではお守りにもならない。
森を抜けるとすぐ、街があった。
外からの人間は手厚く歓迎される街らしく、入り口にいた女性からここがベギンという名だと教えてもらう。
だがやはり、そんな街は聞いたことも、見たこともなかった。
ラウダが1人首を傾げていると、ノーウィンに話しかけられる。
「うちはどこだ?」
ここがどこの街なのかは知らないが、少なくともここに自分たちの家はない。
それが分かったとはいえ、果たして何と言うべきか。ただでさえ状況がよく分からない。
「僕たち……ここの住人じゃないから……」
ノーウィンは顔には出さなかったものの、恐らくおかしいと感じただろう。
しかし彼は小さくうなずいただけ。
「ならひとまず俺たちが取ってる宿に向かうが、それでいいか?」
他に行く場所もないので、ラウダはそれに同意した。
宿屋へ向かう途中も、多くの人でにぎわう街中を見ていたが、やはり見覚えはない。
ウィダンに負けないくらい大きくにぎやかな街ではあるが、そこにいるのはパフォーマーではなく、多くの露天商。
そういえばノーウィンが、商人たちの立派な街について話していたのを思い出した。
今思えばあれはこの街の話だったのだろう。
そんな大きな街だからか、宿屋も立派なものだった。
中に入るとすぐに、色とりどりの花が、これまた豪華に模様付けされた花瓶に活けられていた。
足元にはふわふわの真っ赤なじゅうたんが敷かれており、思わず土足で入るのをためらったほど。
受付横の案内板には1階と2階とにいくつもの部屋が描かれており、地下へと続く階段の側には“レストラン”と書かれたプレートが張りつけてある。
所々には絵画も飾ってあった。
何気なく近づいて見てみたのは風景画。
絵の下に金色のプレートがある。恐らく題名だろう。
「ポート・ラザの声……」
いくつもの船と、そこで働く人々が描かれていたが、当然ラウダにとっては知らない地名。風景。
一方ノーウィンは、2人で泊まる予定だったが突然人数が増えたため、受付に報告に向かうも、手に気を失ったローヴを抱えたまま話に行ったため、対応していた相手はその間ずっと心配そうな表情をしていた。
話が終わると、ノーウィンを先頭に2階へ上がり、部屋に入る。
「2人じゃ広すぎると思ってたが、まさかこんな形で役に立つとは。ちょうど良かったな」
彼の言うとおり、部屋は2人が泊まるにしては十二分に広い。何故かベッドも4つあった。
後でノーウィンに聞いてみると、この街には買い物客が多く来るため、部屋の数はもちろん、一部屋に何人も入れるようにしているそうだ。
ベッドの1つにローヴを寝かせると、ノーウィンは大きく伸びをする。
「明日になれば目を覚ますだろう。今は休ませてやろう」
心配そうに彼女を見つめるラウダをに声をかけた直後、何かを思い出したように慌ててポケットに手を突っこんだ。
取り出したのはあのペンダント。
「勝手に持ち出してごめんな」
その言葉が届かないことを承知の上でそう言うと、そっと彼女の首にかけ直す。
持ち主の下へ帰れたことを喜ぶように石がきらりと輝いた。
ノーウィンは穏やかに微笑むと、再びラウダの方を向き食事に誘う――と同時に、ぐうと大きめの音が部屋に響く。
「そういや、今日は朝から何も食べてないんだった……」
そう言うとラウダは腹に手を当てた。
そのことを思い出したからか、安心したからか、急激に空腹が迫ってくる。
「なら、さっそく夕食にするか」
部屋を出た彼らは、先程プレートに記されていた地下レストランへと向かった。
* * *
レストラン。
広いスペースに多くの席が用意されているが、雰囲気的には大衆食堂といった方が合っているかもしれない。
とにかく少しでも多くの人を詰め込むためか、椅子のすぐ後ろに椅子があったり、見渡せば部屋の隅々に大小様々な瓶や樽――恐らくほとんどが酒類だろう――が大量に置かれているのも見られる。
あとは、少し蒸し暑い。
そんなレストラン内は多くの人で混み合ってはいたが、まだ夕食をとるには早い時間帯だからか、あちらこちらに空席が見られた。
適当な席に着くと、エプロンをつけた店員が駆け寄ってくる。
ノーウィンが適当に注文すると慣れた手つきで素早くメモを取り、足早に厨房へと戻っていった。
「そういえばラウダ」
その様子をぼんやりと眺めていたラウダは、唐突に名前を呼ばれ、慌てて視線を戻す。
「聞きそびれてたんだが、どうしてあんな場所にいたんだ?」
ラウダは言葉に詰まる。
結局この間、自分のことについて何一つとして話せていなかった。
とはいえどこからどう話せばいいものか。
1人うつむき悩んでいると、ノーウィンが慌てたように声をかけた。
「あ、いや、無理に話さなくてもいいからな」
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
人には話したくないことの1つや2つはあるというが。果たしてこれは話したくないことなのだろうか。
そう考えると自然と口を開いていた。
「……崖から……落ちたんだ」
あまり大きな声ではなかったようだが、それでも十分通じたようだ。
「気がついたらあそこにいて」
そう言いながら顔を上げると、真面目な表情でじっと見つめてくるノーウィンとセルファがいた。
「よく、分からないんだ」
しばしの沈黙。
騒がしすぎるほどにぎやかな周囲と切り離されたかのように静まり返る空間。
「災難だったな」
口を開いたのは他でもないノーウィンだった。
今の話だけで理解してくれたとは到底思えないし、理解してくれと強要するつもりもない。
「でも、生きてるだろう?」
その言葉とほぼ同時に、店員が料理を運んできた。
沈黙の空間が再び周囲と同じ時間を取り戻す。
白く大きな皿にこれでどうだと言わんばかりに盛られた料理。
肉にサラダに海鮮と、商人が集う街だというだけあって、食材も豊富なようだ。
そこから自分の取り皿へと豪快に寄せるノーウィン。対照的にセルファは少しだけ取るとちまちまと食べ始めた。
「遠慮するなよ?」
一瞬だけ忘れかけていた空腹が帰ってきた。
適当に皿に取り寄せると、口へと運ぶ。
「美味いだろ?」
口をモグモグしながらこくりとうなずいた。
素直に、美味しい。
「それって、幸せなことだよな」
ぽつりと零れた言葉がどこか意味深に響いた。
しかし今こうして無事でいること。生きていること。それはきっと幸せなこと。
それは、誰にとっても。
そんな2人の姿を、セルファが静かに見つめていた。
その後、相変わらず無言で食事をするセルファを横に、ノーウィンとラウダは他愛無い話をした。
とはいえノーウィンから一方的に話しかけてきていただけだし――ラウダにとってはその方がありがたかったわけだが――内容は料理についてや、この街についてなど。
ラウダのことについては一切触れなかった。
それが気遣ってくれているのだというのは分かっていた。だからラウダも必要以上には何も言わなかった。
さすがに朝から何も食べていないうえ、思いきり体を動かしていたので、料理が美味しく感じられる。
空き腹にまずい物なし、ということか。
ふと、ローヴのことを思う。
彼女も朝はともかく、昼食はとっていないはずだ。
明日になれば目を覚ますと言われたが、それが本当かどうかも分からない。
とは言え、ここまで親身になってくれた彼らを信用していないわけではない。
そしてセルファの言った、何かが起こっているという言葉もどうにも引っかかる。
自分はどうなってしまったのか。どこへ来てしまったのか。
ベッドに入った後もそればかりを考えていた。
「明日……聞こう……」
それだけつぶやくと徐々に重くなるまぶたをそっと閉じる。
疲れていたのだろう。
知らぬ地で、彼は静かに眠りについた。
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