2‐3
やっとのことで遺跡を後にした一行は、森の中を歩いていた。
陽の光。優しい風。鳥たちの声。足元には色とりどりの小さな花。
軽く深呼吸をすると、花の香りがすうっと体内に入ってくるのが分かる。
禁断の地と違い、温かみのあるこの森が気に入ったラウダは、あちこちに目を向け、様々な風景を堪能していた。
おかげできちんと前を見ていなかったために、急に立ち止まったノーウィンの背中にぶつかってしまう。
「痛たた……急にどうしたの?」
何事かと彼の表情を見て、驚く。
そこにあったのは先ほどまでの笑顔ではなく、何かをにらむような顔。
セルファも無表情ではあるが、心なしか表情が硬い。
「ノーウィン」
ささやくように名を呼ばれ、彼は小さくうなずく。
「ああ、分かってる……」
しかし、何を分かっているのか理解できないラウダは困惑することしかできなかった。
「な、何? どうし――」
「囲まれてる。しかもなかなかの数だ」
その言葉にぎょっとなって辺りを見回すものの、相手の姿などどこにもない。
だが耳を澄ませば確かに何か物音がするのが感じられた。
足音、草をかき分ける音――
「ど、どうするの!?」
「任せろ、って言いたいとこだが……無茶はできないかもな……」
ノーウィンは抱えたローヴと背後にいるラウダを交互に見つめると、不安そうな声で答える。
そこへ突然、まっすぐにラウダの顔面目がけて、何かが陰から飛んできた。
とっさのことにその場から動けないラウダは、腕で自分の身をかばおうとする。
だがそれより早く、硬物と硬物がぶつかる音が響く。
飛んできた物は、軽い音を立て地に落ちた。
小型のナイフだ。
そしてそれをたたき落したのも、ナイフだった。
落ちているものより、二回りほど大きく、銀色に磨き上げられているそれを両手に、セルファがラウダの前に立っていた。
「……1人で十分」
それだけつぶやくと、勢いよく敵のもとへと駆け出した。
音もなく、さっそうと駆ける様はまるで風のようだ。
「えっ、あっ!」
ラウダはというと、突然のことに驚き、言葉にならない音を発してしまう。
自分たちの周囲を囲んでしまうほどの大群相手に、少女1人が突っ込んでいくのは無謀すぎると思ったのだ。
「あいつなら大丈夫さ。見た目に寄らず強いのはお前だけじゃないんだぞ?」
ノーウィンは、にっと笑顔を見せるものの、すぐに元の顔つきへと変わった。
いくら強いことを知っていたとしても、やはり心配には違いないのだろう。
彼女が突撃するのと同時に、茂みや木陰に隠れていた敵が続々と姿を現した。
先ほど遺跡で出会ったゴブリンという名の、魔物だ。
小さなナイフを振り回し集団で襲いかかるが、彼女の方はさらりとかわし、両手に握った短剣で切りつけていく。
身軽な体は敵の攻撃を物ともせず、舞うように地を蹴る。それに合わせて緑の髪と長く白い袖が揺れた。
少女の予測できない動きにゴブリンたちは翻弄される。
しかしその一方で、残された3人を襲おうと、さらに敵が飛び出してきた。
「やっぱり無理があるか……!」
ノーウィンが攻撃態勢をとるが、両手はローヴを抱えているので塞がってしまっている。
彼女をラウダに任せてしまえばいいのだが、そうすると、もしも2人が襲われてしまったときに守りきれない。
つっと額から汗が流れる。
どうすればいいか悩んでいた時、ラウダが前へと出た。
「僕が……僕に任せて」
ノーウィンは驚きを隠せなかったが、こうするしか方法はなかった。
「……無茶するなよ」
ラウダも任せてとは言ったものの、戦ったのはさっきが初めて。むしろ怖いくらいだ。
いくら芝居で剣術を勉強したとは言え、それは魅せるため。これは生死をかける戦いなのだ。
「でも……」
守られているだけなのは嫌だった。
自分が足手まといになっているのは明らかなのだ。ならば少しでも助力を。
右腕を振り上げ、敵を正面から斬りつけた。
顔面に命中した相手は後ろへと倒れるが、その隙にも数匹が飛びかかってくる。
しかしラウダは片足を重心にくるりと回転すると、あっさりと攻撃を避け、そのまま斬った。
さらに、1歩身を退くと剣を水平に握り、突き、斬り上げる。
それを見ていたノーウィンは、そのテンポの良い戦い方に若干の違和感を覚えた。
そんなこととは露知らず、ラウダは向かってくる敵を次から次へと打ちのめしていく。
しかし、物には必ず限界がある。
ラウダの握っていた剣は所詮装飾用。本来戦闘に向いているものではないのだ。
力強く、勢いよくたたきつけたのと同時に、半ばから折れてしまった。
「こんな時に……!」
残った2匹のゴブリンが、ここぞとばかりに突撃してきた。
手元に残った柄を握るが、もう武器としては使い物にならない。
手段を失くした今、やられるしか道はない。
その時、ラウダの髪をかすめて、両側から何かが飛んできた。
耳元に空を切る音が響く。
それは2匹のゴブリンの身に直撃し、突き刺さる。そしてそのまま後ろへ倒れた。
制したのは一対の短剣。投げたのはもちろんセルファだ。
「はあ……何とかなったみたいだな」
今までの緊張をため息としてまとめて吐き出すノーウィン。
「剣が折れた時にはどうなるかと思ったけど、よくやったなラウダ」
相変わらずまぶしく笑う彼の褒め言葉に、ラウダは思わず強張らせていた表情を緩める。
セルファが短剣を回収しようとラウダの横を通り抜けるその瞬間、声が聞こえた。
「まだまだね」
確かに彼女はそう言った。
慌てて彼女の方を振り返るが、相手は何事もなかったかのように突き刺さっている短剣を回収している。無言無表情は変わらない。
「あ……ありがとう」
とりあえずお礼は言うものの、やはり反応はなかった。
「しかし……今日は異常だな……」
ノーウィンが眉をひそめてそう言うと、元通り短剣を納めたセルファが真剣な面持ちで口を開く。
「何かが、起ころうとしている……いいえ、もう起こっている……」
何かが起こっている。その言葉は何故かラウダの心をざわつかせた。