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ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第1話 そんなある日
4/44

1‐3

 ウィダンの街から北にある深い森。陽の光が入り込むことすら許されない薄暗い場所。


 そこは、禁断の地。


 いつから誰がそう決めたのか、何故そう呼ばれているのか。誰も知らない。

 ただ、そこでは行方不明者が出ただの、誰かが死んだだのと、そういった悪い話しか聞かない。

 だから誰も近づこうとはしない。


 好奇心旺盛な子供か、よほどの理由がある人間以外は。


 入り口には“危険、立ち入り禁止!”と書かれた看板が立ててあり、あちこちにロープが張り巡らされていた。

 しかしラウダはその看板には目もくれず、ロープをくぐり抜けた。


「いつ来ても、不気味なところだね……」


 そう言うローヴも彼に続いて森へと入り込んだ。


 ウィダンと同じ土地にあるはずなのに、明らかに違う空気が漂っていた。

 風もなく、音もない。匂いさえも。


 道なき道を歩いていく。静か過ぎて話す気も失せる。

 ただひたすら同じ景色。生い茂った木と少し湿った地面。花も動物も見当たらない。

 それでも確かな足取りで2人は歩いていった。表情は硬い。


 そうしてどれくらい歩いただろうか。


 たどり着いた場所は、底の見えない巨大な大地の裂け目。果たしてこの崖に底はあるのだろうか。

 裂け目を挟んでつり橋があるものの、いつ頃のものなのか、古い造りであるため今にも落ちてしまいそうだった。


 そんな危険な場所に、明らかに不似合いな墓が立っていた。

 木を組み合わせただけの簡素なもの。だが、凛とした姿でそこにある。


 ラウダは墓へ静かに歩み寄り、手にしていた花束をそっと墓前に供えると、その場に屈み込んで瞳を閉じ、祈りをささげ始める。


 その横顔は、どこか寂しい。


 横に立つローヴはそんな彼の様子を何とも言えない気持ちで見つめていた。

 そうして内心でそっとつぶやく。



 この墓の下には誰もいないのに、と。



 全ては7年前の今日。

 その日までラウダにはもう1人別に幼なじみがいた。


 その人物の名はティルア。

 白く雪のような肌に、柔らかな桃色の長髪。サファイアブルーの澄んだ瞳から、お人形のようだと言われていた女の子。


 そしてその日、彼女は遊びに行ったきり帰ってこなかった。


 何が起こったのか。誰も知らない。いつも一緒にいたはずのラウダは、何も語らない。

 まるでこの地のように沈黙したままだ。


 結局、彼が話したのは彼女が禁断の地の崖から落ちた、ということのみ。その事故の詳細は何一つとして、分からない。


 彼は何かを知っている。確かに何かを隠している。

 ローヴはその考えを決して疑わなかった。でなければ、こんな表情はできない。


 これは演じているわけではない。ラウダの表情そのものだ。

 だが、いくら幼なじみであっても彼の内を理解することはできなかった。


 ただ分かっているのは、毎年この日、彼女の命日の度に、誰もいない墓前に花を手向け続けているということだけだ。

 つむっていた瞳を開け、ラウダが立ち上がる。そしてコートの砂をはらうと、ローヴの方を振り返った。

 爽やかな笑顔で。


「じゃあ、行こうか」


 ローヴは内心でそっとため息をつく。この状況では何を言うのもためらわれた。

 仕方なく、彼の顔を見てうなずこうと――


 激しい音が響き渡る。

 どこにいたのか、鳥たちが木々から飛び立ち、四方八方へと飛んで行く。


 地面が揺れている。

 それもとんでもないほどに。


「ま、また!?」


 地震だ。

 だが先ほど花屋で受けたものとはまるで違う。上下左右に揺さ振られ、とてもではないが立っていられない。


「うわぁっ!」


 そのうちにローヴがバランスを崩した。

 すぐ後ろでは底の見えない崖が、ぽっかりと口を開けて待ち構えている。


「ローヴっ!」


 揺れに耐えることもかなわず、はいつくばるような形でラウダは手を差し伸べた。

 ローヴはどうにか彼の手に捕まることはできたものの、体はそのまま崖下へと投げ出され、宙づり状態になる。

 その間にも視界は大きくぶれる。地震が治まる気配は微塵もない。

 なんとか2人とも無事でいるものの、手を離してしまえばその瞬間、彼女は崖下へ落ちることになる。


 そう、あの時のように。


 身体中から汗が噴き出る。つなぐ左手にも力が込められ、汗で徐々に滑り落ちていく。

 それを食い止めようと右手も差し出す。両足を地面に食い込ませるようにして2人の体重を支える。


 不意に嫌な音を感じた。何かが砕けるような、裂けるような音。

 その不吉な音にぎょっとなり、ラウダは自分のはいつくばっている地を見渡す。

 なんと、地が裂け始めていた。この大地の裂け目がさらに広がろうとしているのだ。


 その現象についていけず、裂け目にかかっていた橋は無残にも中程で板が外れ、ロープがちぎれ、崖下へと姿を消した。

 底にぶつかる音は聞こえなかった。


 背筋にひやりとしたものが流れる。このままでは自分たちも――


 しかしその思考よりも早く、地が砕け、落ちる。

 はいつくばったラウダと手をつないだままのローヴが、激しい揺れの中、崖下へと投げ出された。


「うわあぁあああぁぁ――」


 叫び声も空しく響くだけだった。崖下へ、暗闇へ、彼女の元へ。

 全ての感覚が奪われた。何も見えない。何も感じない。


 しかし何故かは分からないが、耳元でささやかれるような感じがした。

 ただの風ではない。確かに、声。


『世界は、あなたを選んだ』


 声は旋風へと変わり、やがて闇に光が灯る。

 激しい風とまばゆい光。目など開けていられないはずだった。

 しかし、確かに見たもの。それは――


 青。


 あるはずのない色。崖下のはずなのに底には着かない。

 上なのか下なのか。はたまた右なのか左なのか。


 そこで、彼の意識は途絶えた。


 *     *     *


 ようやく揺れが治まった。

 深い森には何事もなかったかのように、再び静寂が戻る。


 砕け散った大地の側には墓と、人影。

 上から下まで真っ黒な服、というよりもマントをまとっている。

 顔には黒い仮面をつけているため、その表情はうかがい知れない。性別も定かではない。

 微動だにしないその人物は、しばらく崖下を見つめていたが、どこか遠くを見つめると、闇に溶けるように消えてしまった。


 *     *     *


「おい! ちょっと待て! どこへ行くんだ!」


 爽やかな日差しが穏やかな森を照らし出す。木漏れ日を受けた鳥たちは美しい歌を奏でている。


 そんな中を遠慮なく現れたのは、筋肉質な長身の男。

 1つに束ねている赤い長髪は、緑豊かなこの場には不似合いである。

 その背には、身長以上もある槍を装備していた。


 彼が声をかけた先では、木々があちこちで揺れていた。彼以外の人間がいれば、何か動物でもいるのではないかと思ったかもしれないだろう。


 しかし木々を飛び移っているのは、少女。


 少し濃い色の肌、夏の新緑にも似た淡い色の長髪は、2つに分け結ばれている。

 長く白い袖をはためかせ、男の言葉に返事もせず、木々を飛び移っていく。

 止まってくれる様子は微塵もない。男は大きくため息をつくと、仕方なく後をついていく。

 彼女が何をしたいのか全く理解できない様子である。


 突如、少女が木から飛び下り、すとんと着地した。かなり身軽な動きだ。

 高さが3メートル近くあったのにも関わらず、子供が椅子から下りるような感覚だった。

 しかし彼女にとっては何てことはないようだ。相変わらず何も語らず、振り返ることもなく、そのまますたすたと歩いて行ってしまった。


「何なんだ、一体……」


 そう言いつつも、他にどうしようもない男は半ば強制的についていくしかない。


 やがてたどり着いたのは、森の奥。少し開けた場所だった。綺麗な円を描くように木が生えている、不思議な場所。


「こんな所が」


 あったのか、と言う前に気づいたのは、立ち止まってこちらを見ている少女と、その傍に倒れている――


「人」


 ようやく話した言葉がそれだった。だがそれも単語に過ぎない。


 今更になってようやく、彼女の意図を理解した。

 ここに人が倒れていることを感じ、男をここまで連れてきたのだ。


 だが、何故――?


 様々な考えを頭の中で巡らせるが、そんなことをしている場合ではないと判断し、倒れている人の側へと駆け寄った。


 が、すぐにおかしなことに気づく。


 倒れた、というのは正しい表現ではないのかもしれない。

 なぜなら仰向けに、しかもご丁寧に両手を胸に添える姿勢までとっているのだ。

 まるで何者かが、そこに寝かせたかのように。


「なんだってこんな所に……」


 黒い短髪を覆っているのは赤い大きな帽子。目は静かに伏せられているが、息はある。

 その隣に屈み込んで、初めてあることに気づく。


「よく見たら……女の子じゃないか」


 てっきり少年なのだとばかり思い込んでいたため、驚きを隠せない。

 だが性別がどちらであろうと、今は関係ない。


「とりあえずどこか安全な所に連れていくべきだな」


 少女の方を振り向くと、彼女は静かにうなずいた。

 同意の合図を確認した男は、謎の少女を抱き抱えようとして、顔をしかめた。

 動きを止めたまま、一点を見つめる男。

 さすがに違和感を感じたのか、少女が声をかける。


「……どうしたの?」

「これ……」


 抱き抱えるはずみで、少女の手が胸から離れた。

 そこにあったのは青いペンダント。


「これ……」


 もう1度同じ言葉をつぶやくと、少女の首からそっとそのペンダントを外した。

 陽の光を受けて、青くきらめく石。逆さしずくのペンダント。

 どこかで見たような気がした。だがそんなはずはない。この少女とは初対面なのだから。


 その時だった。


 突然緑髪の少女の表情が険しくなる。

 まるで獣のように、鋭く何かを察知し、その方向をにらんだ。

 赤髪の男も同様に同じ方向を向いていた。ここからは遠いが、何かが起こっている。


「今日は、色々ある日だな……」


 抱き抱えかけた少女をゆっくりと再びその場に寝かすと、すぐさま立ち上がり、背にある武器を確認する。そして鋭い表情の少女の方に向き直った。


「その子頼んだぞ!」


 それだけ言い残すと、彼は森のさらに奥へと走り去ってしまった。


「あ……」


 少女は厳しい表情を止め、男の背が消えた方向を見つめる。

 頼んだ、と言われても一体どうすればいいのか。横たわっている少女よりも、彼女の方が明らかに背は低い。男のように抱き抱えるわけにもいかない。

 とりあえず他に手段もないので、少女は相手の手を取り自らの右肩を貸した。


 だがそこで動きが止まった。


 眉間にしわを寄せて、未だ目を伏せたままの彼女の横顔を見つめる。


 何かが起こっている。いや、起ころうとしているのか。

 予感がする。

 考えることを止めると、今度は自身の左手を見つめた。

 そこにはぼんやりと輝く、何かがあった。


 これから始まることを予感する何かが――

第1話読んでいただきありがとうございます!


「面白かった!」「続きが気になる!」など、少しでも思っていただけましたら、是非ブックマークや評価にて応援よろしくお願いします!


一評価につき作者が一狂喜乱舞します。

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