第6話 ピンクブロンド、襲来
私が馬車に向かうと、すでに日は落ち始め暗くなりかけていた。すると道の途中でロベルト君が立っていたのだ。
「あ、ろ、ロベルト……」
「遅かったじゃないかキティ。心配したぞ? 何かあったのか?」
ワオ。王太子さまと二時間くらい一緒にいたのに、その間ずっと待ってたの? エライ根気! いやたぶんこの人の愛よね。キティに対する愛情。
でもロベルト君とは一緒になれないからなぁ。多分キティ本人だったら、やり場のない思いに泣いちゃってるかも知れないけどね。
「ゴメンね。王太子さまに呼ばれて」
「で、殿下に? 殿下になんと?」
「いやぁ彼の趣味の話」
「そ、そうか」
それからいろいろ聞かれたけど、キスのこととか隠しながら馬車へと歩いて、手を振って別れた。
うーん、悲しい。ロベルト君は私を愛してくれてるのに、私は王太子さまとキスしちゃって浮かれてるし。なんか申し訳ない気持ちで胸が潰されそうだわ。
屋敷に帰ると、母がいつものように迎えてくれた。
「キャスリンおかえりなさい」
「ああお母様、ただいま」
「どうしたの? 元気ないわね」
「いやぁ……」
う。ロベルト君のことは言えないぞ? なんとかごまかさねば。そう言えば王太子さまが変なこと言ってたな。お城に働きに来いとか。使者も来るから親に知らせておいたほうがいいわよね。
「あのぅ、お母様?」
「どうしたの?」
「今日学校でね、王太子殿下が自分の身の回りの世話をするように城に出仕するように言われたの」
「え? それって……」
すると屋敷の外に馬蹄の音。これは馬車の音だわ。なんかたくさん。お父様のお客様かな……。
お父様も驚いて部屋から出てくると、屋敷の扉が開く。そこには厳かな正装をした文官がお供をつれて現れた。手には王家の紋章が入った筒を持っている。
お父様は飛び上がって使者を上座に案内して自分は下座に平伏した。使者は筒から書状を取り出してそれを開いて言う。
「アーサー・ウェンガオルト伯。私は王家の使者、アブラーナ一等書記官である」
「王家のご使者がこのウェンガオルトに如何用でありましょう?」
「そなたの娘、キャスリンを王太子殿下の側仕えに出るよう命ずる。吉日をもって出仕するように」
「わ、私の娘が、殿下に、側仕えで、ございますか!?」
「そうだ。これは殿下よりほんの志だ」
そう言って部下に運ばせたのは金貨の入った箱……。おそらく万枚は入ってる。すげぇ!
使者は筒から取り出した書状を筒に入れ直して、それを父に手渡すと馬車に乗って帰っていった。
私は母に言葉を漏らす。
「なんか大袈裟よね~。たかだか身の回りの世話をするだけなのに」
「な、なにを言ってるのあなた」
「え?」
「これは王太子殿下が、あなたを見初めたのよ!? 近くに来て行儀見習いをしながら将来は妃か側室になりなさいってご命令なのよ。つまり殿下はあなたに惚れたの!」
え?
え?
えーーーーっ!!?
そ、そうなの? つまり婚約したってこと? マジかよ。半強制だけど、ロベルト君とはダメな今、やっぱり王太子さまよね? キスもしたし。こりゃ運が回ってきたぁ!!
「うーんしかし……」
父と母は同時に唸った。
「うちは一人娘だ」
「ええ。家が断絶するわ」
「仕方がない。王太子殿下にキティには婚約者がいると断ろう」
なんでだよ。いないよね、婚約者。それに、ロベルト君も一人息子だから候補じゃないでしょ? そしたら知らない貴族の男性を婿に貰わなくちゃならない。それは嫌ん。しかも私、婚約者はいないって王太子殿下に言っちゃったぞ?
「あのぅお父様。私、殿下に直接、婚約者はいないと言ってしまいました」
途端にうなだれる父。
「……娘を家の中に置いておきたかったのに」
理由がそれかよ。まあ娘を持つ父ってそんな感じかなぁ。気持ちはなんとなく分かる。
一晩明けて学校。気分はウキウキ。王太子さまは教室までやってきて嬉しそうに雑談してきた。時間ギリギリまでいると、自分のAクラスに帰っていったけど、ロベルト君の顔が怖い……。
「なんなの? 殿下となにかあった?」
「あのぅ……実は……」
言おうと思ったら先生が入ってきた。言えずじまい。残念。
そうかぁ。ロベルト君ルートがなくなって王太子ルート……。まぁイケメンだし、小説の趣味は一緒だしね。あんなストーリーを書くなら近くで読ませてもらいたいもの。
王太子と婚約かぁ。しみじみ思ったところで思い出した。
そう言えばアヤツ、『婚約破棄』のタグが付いていたわよね? うぉい! そしたらアタシと婚約破棄するってこと?
まあたしかに気性は荒い。小説を私に批判されて原稿投げ捨てるとかしたもんね。
ロベルト君と一緒のところを見つけて、『この浮気者がぁ! 婚約破棄して国外追放だぁ!』とかなるのかも?
あはーん、そりはイヤ。せっかくなら幸せに物語を終えたい。幸せなまま人生を終えたいよう。
これはいかん。ロベルト君とは距離を取ったほうがいいな。
それから授業が終わる度にロベルト君から逃げるようにトイレに駆け込んだ。
なんとかやり過ごせたかしら?
そう思った放課後。馬車までの道のりを急いでいるところに声をかけられた。
「あのぅ、すいません」
だ、誰? 急いでいるのに。振り返ると全く知らない女子。緑色の制服だから男爵家か豪商の娘さんだわ。
「私、下級生のミラン・クエントと申します男爵の娘です。お姉さまとぜひ一度お話ししたいと思っておりましたの」
え? え? え!?
でーたー。いくらこの小説を知らなくても、てめぇの見た目でだいたい分かるよ。タグなんて読まなくてもな! このピンクブロンドの男爵令嬢がぁっ!
『男爵令嬢』『ピンク髪』『あざとい』『したたか』『美少女』『成り上がり』『いじめられっ娘』『略奪』。
この私に近づくなーっ! せっかく王太子殿下といい感じになってきたのに。てめぇみてぇなやつがでてきたら婚約破棄からの国外追放まっしぐらじゃねぇか!
くそぅ。いくらタグが読めても避けられない運命。こいつが運んできやがる。こいつを王太子殿下に会わせたら全てが終わる!
「私、是非ともお姉さまとお近づきになりたかったんですの。私の髪の色、変わってましてピンク色でしょう? 黄緑色のお姉さまとお話が合うんじゃないかと……」
『あざとい』顔すな! それにコロリとはいかなくてよ。あなたの手口は分かってるわ。私を踏み台にして王太子さまに近付いて『むっつりドエロ』の王太子殿下を落とすつもりね!
「ミラン嬢。私、急いでましてよ」
「あ、ではお供いたします」
しつけぇ! 付いてくるなって言ってんだよ、このトンチキ!
いや待てよ? 無下に扱ったらそれこそ『王太子さま、私キティ様にいじめられたんですぅ。すぐさま縛り首にしてくださいぃぃぃ!!』『なにぃ! 処刑台を用意せよ!』ってなるかもしれない!
くそ! ふさがれた! 一緒にいてもいなくても王太子さまを寝取られてしまう!
「どうしたんだい、キティ」
「ろ、ロベルト!」
ロベルトが追って来てくれたんだわ。この際、『私ロベルトと一緒にいく約束をしてましたの。ごめんなさいご遠慮くださる?』『そうだよキミ。自分の身をわきまえたまえ』って言ってくれるかも?
「ロベルト。急いでるんだけど、この下級生の女子に呼び止められてね」
「ああそうか。キミ。キティは急いでいるんだ。話なら私が承ろう。さぁキティ、行っていいよ」
ウェーイ! ロベルト、ナイスアシスト! なんとかピンクブロンドから逃げることが出来たわ。あとは王太子さまとあの男爵令嬢を会わせなけりゃきっとうまく行く?