第4話 好きのかたち、愛のかたち
王太子さまを怒らせてから二週間。なんとか王太子さまとは会うことなく上手く過ごせた。
その間も、ロベルトはイケてた。カッコいいし紳士だし、さりげなく私を気遣ってくれるのが分かった。
さすが、キティの意中の人だわ。このストーリーの流れはロベルトとくっつけたがってるんではなかろうか?
私のニヤケ顔は止まらない。
しかしその日は突然きた。教室はあっという間に静まり返ったのだ。
教室に入ってきたのは真っ赤な制服の王太子さま。後ろには護衛が二人。ヤバい。あの怒らせたことが今になって祟るのでは!?
私はサッとモブ嬢の後ろに隠れたが、すぐに見つかった。ちくせう。
王太子さまは、私に数枚の紙を押し付けてきた。それに目を落とすと短編の恋愛小説だ。
すぐさま仕事モードに切り替わった私は速読ながらもじっくりと中身を拝読した。
「どうだ。今度は前のように手厳しいことは言わせんぞ?」
と王太子さまはいうものの、私の返答をドキドキしながら待っているようだった。
私は小説を読んでいた顔を上げて王太子さまを見る。そして口を開いた。
「前のように、ストーリーと文章がバラバラではありません。読んでいて心地よいです」
「で、あろう?」
王太子さまは胸を張って威張ってみせた。
「ですがそれだけです。一度読めば充分。二度読みたいとは思わない。魅力ある小説ではないのです」
「くぅぅうう!」
し、まっ、た!
またやっちまった。小説のこととなるとお世辞がいえなひ……。
王太子さまは私から原稿をむしりとると、去り際にゴミ箱に叩きいれていた。怖い。
静まり返った教室だったが、王太子さまが出ていくとクラスメイトが集まってきた。
「ねぇねぇ、王太子さまとなんのお話?」
「怒っていたみたいだけど大丈夫?」
「どうやって王太子さまとお近づきになれたのぉ?」
と好意的。ふー、よかった。
ふと気づくと、ロベルト君が寄り添って肩に手を置いていた。少しだけ厳しい顔。怒られる?
「俺が……守るから」
ひぇぇぇえええいいい!
カッコいい! これはロベルト君ルート確定!
あの瞳に宿る決意は間違いなく私のことを好き! なの? どうなのその辺。恋愛経験ないから分からない。
でも王太子のやつ。あの態度はなくね? 最初は可愛いと思ったけど、小説のことになるとカッとしやすいだろ。
立場的に無視できないからウザい。アイツ教室にまで乗り込んできて大恥かきやがって、ざまぁ!
んー。なんにしろこれからはロベルト君に集中しよう。そうしよう。
それから、放課後まで可能な限りロベルト君とお話しした。そして帰りには馬車まで一緒に行こうって言われちゃった。ウフ!
馬車が並んでいる駐車場に行くとロベルト君とはお別れ。うーん、切ない。
そこにうちの馬丁と御者がすっ飛んできた。なにごと?
「お嬢様、大変です」
「あらどうしたのかしら?」
「実は馬車の車軸が折れまして、動けない状況です」
「ま、なんてこと?」
あらやだ。じゃあお屋敷まで歩いて帰るのかぁ。結構遠いぞ?
この学校に通っている貴族の面々は領地とは別にこの都にお屋敷をそれぞれ持っている。すぐに王宮にいくためだ。
だからお屋敷はそれなりの敷地面積がある。そのために遠い。結構難儀する。
「キティ。だったら私の馬車に便乗するといい」
ロ、ロ、ロ、ロベルト君! 爽やか笑顔! 天使かよキミわぁ。
馬車のほうは使用人に任せて、私はロベルト君にエスコートされて彼の馬車に。
うーん、ステキ。ロベルト君の香りが充満しております。うふーん。ロベ君ったらぁ、この馬車でいつも学校に通ってるのね!
そうしていると、ロベ君が自分の隣りの革張りのシートを叩く。
おうっふ。やっぱりそーっすよねっ! お隣のシートに並んで座るっすよね! 嬉しい。こんな美男な少年の隣に座れるなんて! 死んでよかった! いや言ってることがおかしいか。
待たせたら悪い。ではロベ君のお隣──いただきます!
私はロベ君の隣に座った。若干の密着。ロベ君ったら、膝の上に手を置いて正面見てる。口がモゴモゴして顔が赤いぞ。緊張してるのかよぉ! おいおい可愛いなぁ。
幸せな時間は短い。お互いに照れて何も話せないまま馬車は私の屋敷の門をくぐり、敷地内へ。その時、ロベルト君が沈黙を破る。
「懐かしいなぁ、叔父ぎみのお屋敷か。よくキティと遊んだっけ」
おっと。私の知らない記憶の話だわ。その頃のお話は小説を読んでないから知らない。でも知ったかで答えるしかない。
「そうだったわねぇ」
よし。ロベ君が微笑んでる。間違ってない。すると、ロベ君の美しい唇が開く。
「あの時の約束……。俺は忘れてないよ」
キメ顔! ですが、約束が分からない! たぶんそういうことですよね? 察しました私。
キティはこの意中のロベ君に「大きくなったらお嫁さんにして!」とかそういうのを言ったに違いない!
考えていると馬車の速度が遅くなり、屋敷の前で停まる。その時、ちょうどお母様がお屋敷から出てきた。
ロベルト君は馬車を降りて私をエスコートすると、母に挨拶をした。
「お久しぶりです。ウェンガオルト夫人」
「あら。甥のロベルトじゃないの」
「実はキティの馬車の車軸が折れまして、こうして送って参りました」
「あらそうなの。聡明な甥がいて助かったわ」
その時、屋敷の扉が荒々しく開いて、血相を変えた父が出てきて母の前に立った。父よ……。
「誰かねキミは! ルビー、大丈夫か? 怪我はないか?」
「大丈夫よ。どうしたの?」
「キミぃ! ルビーと、なんの話をした!」
「アーサー。あなたの甥のロベルトよ」
「なに、ロベルトだと? ああそういえば……」
「お、お久しぶりです。叔父ぎみ」
父は母に男が近づくと、スズメバチのように攻撃的になるのね。怖い。見境ない。制服着てるんだから学生だって分かるでしょ。
ロベルト君はまた父に丁寧に今日のことを説明していた。ホントにホントにゴメンねぇ。
「では私はこの辺で。ごきげんよう。叔父ぎみ、叔母ぎみ。そしてキティ」
「ええ……ごきげんよう……」
ロベルト君が馬車に向かう背中を見送る。なんか寂しい~。ロベ君が行っちゃうなんて。
その時だった。『意中の人』のタグの後ろから新しいタグが発生して横に浮かんだ。
『悲恋』
ひ、ひ、ひ、悲恋ですと? 悲しい恋。恋が成就しないってことよね? え! どういうこと? ロベ君と、私は結ばれないってことなのぉ?