第3話 王太子の創りしもの
私がAクラスから逃げ帰ると、Bクラスは大変に沸いた。くそう。こっちは死ぬ思いだったんだぞ?
なんでもエリザベス嬢のアレは周知のことで、みんな『今日のエリザベス』話がご飯のおかず並みに大好きらしい。
そんな中、ロベルト君だけは心配してくれていた。
「ヒドイね。キティをそんな目に合わせるなんて。いくら公爵の娘でも許せないな!」
優し~。目もこちらをじっと見つめてらっしゃる。
こりゃやっぱりこの小説は恋愛系なんでしょうね。そんでロベルト君と王太子の間を行ったり来たりするって感じかしら。王太子とはあんまりおしゃべりできなかったけど、まぁもう一度見てみたい顔つきではあるよね。
ロベルト君はキティの意中の人だから幸せになって欲しいけど、小説だから何かあるんだろうな……。そんなイベントを想像すると怖すぎる。死ぬとか勘弁だけど、この世界観、どうなのかしら。
分からないわ~。
◇
さて本日の授業も終わり、みんな帰っていくけど私は日直の仕事をしなくてはならないらしい。
黒板を消して、黒板消しの粉を棒で叩く。機械なんてものないよね……。叩くといつまでも白い粉が出てくる。終らすタイミングが分からない。
それから教室の窓を全て閉めて、図書室に貸し出し期限の近い書籍を返しに行くと……。これ日直の仕事? かなりの量なんだけど。
まぁ台車に乗せて返しゃいいか。
教室には備え付けの台車がある。それに書籍をドンと乗せて、カラカラと音を立てて図書室へ。
入ってみてビックリ。広い! そして書籍の量が半端ない! 15メートルほどの高さがある書棚にはぎっしりと書籍が陳列されている。
近くにいた部屋を管理している先生に返す旨を伝えた。
「え? 自分で本棚に戻すんですか?」
「当たり前です。いつもやっていることでしょ? はしごから落ちないように」
そうだったのか。いつもやってたのね。つか、はしご? 天井に近い場所のも私が返しに行かねばならんと? 怖い。
仕方なしに、一冊一冊書棚に返却していく。この国のABCの作者順に並んでいる場所へと。これが重労働だし、勝手が分からないから時間がかかった。
うろうろと動き回ると、書棚の後ろに扉があり灯りが漏れている。ここにも部屋があって書棚があるのかしら?
扉を開けると、そこはテーブルが二つある部屋で、どうやら本を読んだり勉強をしたりする部屋らしい。
しかもそこには先客がいた。なんと王太子さま!
「ん? 君はあの時の白パンツ……」
そういって王太子は自分の口をふさいだ。
なぁーーーーっ!!
見たな貴様! あの転んだときに、私は貴様のタグを見てたけど、貴様は私のM字開脚の股の中身を見ていたと!
さすが『むっつりドエロ』!
いつも女の子のそこしか気にしてねぇだろー! かー! いやらしい! 今もこの部屋で何してやがった? 一人でこそこそよぉーーー!!
はっ! コイツ、立ち上がって近寄って来やがった! 逃げようにも足がすくんで動けない!
そしたら、扉を背にした私に『壁ドン』姿勢。完全にホールドされたぁー!
つか、28年生きて来て初めて壁ドンされました。男性にこんなに近づかれたのも初!
そーなのよね~。私、女友達は多くても男性と付き合った経験無し。陰キャの非リア充。それが今、この国の王子さまに壁ドンされてるぅ。
「ゴメン。君の名前を知らなかったものだから。だからこのことは誰にも言わないで欲しい……!」
うぇぇぇえええ!?
でも特徴として白パンツが出てきたらアウトだと思います。
しかしかわええ! 萌え萌えだわ!
17、18の男の子の照れた顔かわええ!
「キャスリン・ウェンガオルト」
「え?」
「私の名前、キャスリン・ウェンガオルトですわ」
そう教えると、王太子の顔がぱぁっと明るくなって微笑んだ。
かわええ。かわいさの倍率さらにアップ!
「そうか。ウェンガオルトくん。私はパトリック・ラインセインだ」
「まぁ。キティでいいですわ」
「キティ! いいのかい? そんな近しい呼び方で。では私のことはパットと呼んでくれ」
「そんないけませんわ。恐れ多い。ちゃんと殿下とお呼びします」
あら、ちょっと残念な顔……。でもまさか、愛称で呼ぶわけにもいかないでしょうに。
「それから殿下」
「なんだいキティ」
「そろそろ解放していただかないと」
そう。未だに壁ドンされたままだった。王太子さまは真っ赤な顔をして驚きながら身を離した。
「ご、ごめん!」
「うふふ。いいですわ」
ふー。心臓がバクバク言う。なんかドキドキ。この可愛い王太子さまともう少し一緒にいたいかな?
ふと王太子さまの座っていたテーブルを見ると、どうやら何かを書いているようだった。綺麗な字がびっしりと書かれている。
そういえば、王太子さまのタグに『文才』があったわね。私は元出版社の編集者よ? 呉員数先生や、村咲 紫樹先生の担当だったんだから! 目はかなり肥えてます。早速拝見させていただきましょう。
「殿下は何をお書きになってますの?」
「え? ああこれ? 実は趣味で小説をね」
「小説を? 私、読み物が好きですの、拝見してもよろしいですか?」
「え? それは願ったり叶ったりだよ。私はもっと成長したいんだ。できれば忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」
いえいえまさか。『文才』を持つ王太子さまの文章、どんなものか楽しみですわ~。
どれどれ~? ふむふむ。恋愛小説ですわね。はいはい。ほー、確かに『文才』はありますわね。ですが所詮素人。なっちゃあいない。『てにをは』はめちゃくちゃだし、ストーリーにも矛盾が。いくらいいストーリーでも大きな矛盾があると、そこが気になって頭に入ってこないのよね。
「いかがかな?」
「ふむう、という感じですわ」
「というと?」
「とても文才がおありになると感じますが、荒さも目立ち、このストーリーと文章は全く噛み合いません。片方は重く、片方は軽い。合わせるととても変なのです」
「な、なに? 私が一生懸命書いたものを!」
「それは見る人にとっては関係ございません」
言ってからハッとした。王太子さまになんと無礼なことを! 王太子さまはワナワナと震え、怒りをこらえているようだった。
「し、失礼しました。つい小説のこととなると厳しい言葉が……」
「もうよい。さがるがよい」
うっ。怒らせてしまった。
私は扉の前でカーテシーをとって退出しようとした。王太子さまは背中を向けて見ようともしなかった。
しかし気づいた。王太子さまの肩にあるタグの一つ『文才』が、縦方向にクルリと回転する。それは『文才』から『文豪』と変わったのだ。
ウソでしょ? ひょっとして王太子さまは私の言葉によって才能がレベルアップしたのでは!? しかもその人のタグは一生のことではなく変化するのだ!
私はなぜか楽しくなってきた。