由来?そんなものを聞きたいか?
「で、何か言い残す事はねぇか?」
酒寄は志波にそう問うた。志波はとにかく半寸機銃を用いれば防御の固い連邦軍機にも弾が通ると力説してとにかく命脈を繋ごうとする。
「言いたいこたぁ分かった。だがな、武器の私的拾得、無断改造、飛行計画の改ざん、挙句に私的改造機の作戦参加。いくつ軍規に違反してんだ?あぁ?」
そう言われれば目を背けるしかない。
確かにそのとおりである。
軍人は他者の命を奪う職業ではあるが、そこには最低限のルールが存在し、他者を殺してよいのは軍として命令があり、軍として支給された武器を携え、軍として支給された正規の弾薬を用いた場合のみである。
現在作戦に参加している改造機は軍の正規の武装を積んでおらず、本来は故障していない機体を故障と偽って代替機として飛ばしている。当然だが、空軍は三式戦闘機に半寸機銃の弾など支給してはいない。
これで撃墜しても私的な殺人であって軍人としての任務遂行ではない。
「それは・・・・・・」
分かっていたがやった。8ミリ機銃で墜ちないのだから仕方がないとは言えなかった。
「そうか、」
その時、事情を未だ知らない有志の一人が駆け込んでくる。
「班長!見事撃墜です!半寸使えば行けま・・・・・・」
そこまで言って固まった。酒寄が目に入ったのだ。
「ほう。罪状追加だなぁ。え?シゲ」
酒寄に睨まれ固まる2人。
「テメェら、飛んでる奴も帰ってきたら連れてこい」
そう言ってその場をいったん後にする酒寄。
戦闘機隊が帰投して、喜びに浸るパイロットの下に悲痛な顔をした整備員が駆け寄り、何事か声を掛けると彼もその場に崩れ落ちた。
事情を知らない者たちは訝しんだが、整備隊とその仲間内では時折ある事なのでそれ以上気にもされず、何なら、下手に酒寄や志波に関わらないようにそっと離れていく。
パイロットが向かった先には既に有志が集められており、首に紐を付けられた志波がそこに居た。
「なぁ、テメェら。一体何やってんだ?あぁ?正規の申請も無しに機体を改造した挙句、出撃して撃墜か。殊勝な事じゃねぇか。どうするよ、この落とし前」
ドスの効いた声で静かに酒寄が語り掛ける。誰も応える者はいない。
「やったことは面白れぇ。なるほど、8ミリじゃあそろそろ限界って訳だ。そりゃあ、よく分かった。そこでだ、一度だけ機会をやる。2日で計画書と図面を作れ、今回の正確な試験結果もだ。出来ねぇわけねぇよな?」
そう言って集まった連中を残して酒寄はその場を離れ、そして、建物の鍵を閉めた。
室内は大騒ぎとなった。そして、やれと言われたことをやるしか助かる道が無い事を悟る。
彼らは必死に作業に没頭し、きっちり2日後に酒寄が現れた時には正式な書面で揃えられた申請書、報告書、改造図面が完成していた。
静にそれらに目を通す酒寄。
「はじめっから正規の申請してりゃあ、何の問題も無かったんだ。今回だけは不問にしてやる。シゲ、お前は仲治へ行ってコレ完成させて来い。新型機をコレでもって来るのがお前の仕事だ。他の連中は改造機を元に戻せ、いいな?申請書と図面は4月18日に受け取った。報告書を受け取ったのは昨日だ。お前らは一昨日の晩からバカ騒ぎで酔いつぶれていた。このまま営倉で2日ほど寝てろ」
そう言って書類を持ち、志波の首にかかった紐を曳きながらその場を離れていく。
神聖歴1918年/皇暦2003年5月26日、暮田島には三式戦闘機B型、通称、彗星32型が皮と骨だけになった志波と共に到着するのだった。
「おやっさん、やりましたよ」
眼光だけをギラつかせた志波のその言葉に酒寄が返す。
「そうだな。改造要領があるだろう、さっさと持ってきた改造部品をあるだけの機体に取り付けろ」
その言葉に志波が崩れ落ちるが、酒寄は一切気にすることなく周りの整備隊にも同じ指令を飛ばすだけであった。
この日はちょうど、ルテニアがはじめてクリリンKy3を部隊運用した日であり、その戦果はBa147に対して完勝という、近年まれに見るものであったという。
数日のうちにその衝撃はアレマニアを駆け抜け、バッヘムを除く航空機メーカーが恐慌状態に陥ったが、バッヘム社の若き技師、オスカー・グレーナーだけは違った。
彼は大型機用にダールマイヤー・ベルツが開発していたDB604という液冷X型24気筒エンジンを16気筒に短縮したDB611、出力2100馬力を採用する機体を既に提示し終えていた。
Ky3を大幅に超える出力、そして、X型とすることでこれまでよりも大幅にコンパクトな機首に仕上げ、その空力処理はまるで空冷機と見間違えるほどであった。
そんなバッヘムBa190の計画速力は700kmを超え、ライバルであるファルツ社が後継開発に失敗するのをしり目に海軍にまで食い込もうとしていた。
ただし、アレマニアらしくない事に、あまりにもBa190を声高に宣伝しすぎた。
確かに、Ky3という時速700kmに迫る高速力と14ミリ機銃6丁という強武装、更には馬力にものを言わせた重防御への心理的な敗北感は大きく、アレマニアにはクリリン恐怖症が蔓延しだしていたのだから仕方がなかった面はある。払拭するには自国にも同等かより上の機体がある事を宣伝するしかなかったのだから。
そして、その宣伝はほぼ事実として試験での実績を積み上げていた。
そんな宣伝を伝えられたリーベンのエンジン技師、陽音直が何もしない訳が無かった。
彼は喜々としてNE24を超える24気筒エンジンの開発に没入していく。
そのエンジンはNE16が目指す4千回転を24気筒で実現し、それでいてコンパクトな上に出力は3000馬力級という、空前絶後な計画であった。
詳細こそ不明だが、宣伝のために作られた映画に映し出されるBa190の姿を見た加治豊もまた震えた。
彼はリーベン空力研究所と共に層流翼や空力形状ダクトの研究を盛んに行っていたが、Ba190にはその研究成果がもれなく導入されているように見えた。
それまで最高度の機密とされ、おいそれと実用機に導入できないとしてきた機能がすでに他国で実用化されていると見た加治や空軍では、大々的に空力技術の利用を始めることになる。
そして、三式戦闘機では理解していながら導入できなかったダクト技術を惜しげもなく導入した後継機を、僅か60日で設計するという狂騒が巻き起こされることとなった。
大々的に宣伝されたBa190。
しかし、それが暮田に現れるのはまだしばらく先の事であったが、リーベン空軍や仲治飛行機は対抗策に燃え、異常なまでの情熱と速度で、平時では考えられない予算と人員を投入して急ピッチで新型機開発へと突き進んでいた。
菱形や川北もその影響を受けてはいたが、夏を迎えるというのに寝る事も惜しみ、風呂に何日も入らない仲治と空力研究所のメンバーはいつしか臭気技能集団などと呼ばれ、関係者以外近づかなくなっていくのはまた別の話である。
そんな異常な情熱と臭気に菱形や川北が付いて行けるわけもなく、空軍次期戦闘機は自然と臭気技能集団が開発した高性能機になるという流れが出来上がっていく。