真打は後からやって来る
神聖歴1918年/皇暦2003年4月29日、暮田島には制限解除となった1450馬力エンジンが供給されはじめ、それまで完全に劣勢であった機体性能においてもアレマニアに伍する、あるいは優位に展開出来るようになっていた。
アレマニア海軍のPf109も新型が投入され、時速560kmほどであり、旋回性能は非常に良いが、三式が正規のエンジンを得て600km以上の速度を得た事でその優位に陰りが見えていた。
ファルツ社が何もせず慢心していたなどということは無い。アレマニアの真の敵はアルピオスやゴールであり、当然、それら西方列強の機体も時速600kmを超えて来てた。
しかし、速度がいくら速くなろうと、旋回性能でPf109に敵うことは無く、機体強度を生かした旋回戦で尽く打ち負かしていた。ところが、三式戦闘機はそうは行かなくなった。
Pf109の方が加速力で負ける様になり、旋回性能も互角に近い。勝てる要素が減っていた。
そして何より、アレマニアでは陸海軍の縄張り争いもあった。
聖海において主導するのは海軍。それがこれまで不文律となっていたが、その海軍が暮田島では足踏みをしている。
飛行機巡洋艦で簡単に送り込めるという事で海軍航空隊が主力であったが、それは地上の陸軍支援が粗略に扱われ、連携力不足が進攻を阻んでいると云うのが陸軍の主張だった。
すでに島の半分は抑えており、陸軍航空隊が進出するのに問題なかった。
そしてこの日、陸軍航空隊の第一陣が暮田島に展開し、リーベンとの戦いを始める。
リーベン軍でも、まずは聴音機隊が聞き慣れない音を聞き、航空基地へと警報を行った。
「空耳2より蒼牡、高度4千を400にて東進する編隊を捕捉、星形ではない排気音。新手だと思われる」
リーベン空軍は制限解除となった三式戦闘機を防空指揮所の誘導の下で発進させ、会敵させることに成功したが、敵は新手であり、かなりの高速機だった。
従来通りの旋回戦を挑む事が出来ず、自慢の610kmという高速力もまるで意味をなさない俊足だった。
「連邦の新型だ。色が違う。形も違う。長鼻の陸軍機だ!」
アレマニアでは海軍は整備性の良い空冷を、陸軍は伝統的に液令を機体に使用しており、この時陸軍が持ち込んだ機体はバッへムBa147だった。西方戦域においても主力として戦っている機体で、一見して空冷機に見える丸い機首をしているが、それは通常の機体処理とは違い、バッヘムの液冷機は環状ラジエータを機首に備え、まるで空冷エンジンがそうするような空力処理により、最小限の面積で高効率な冷却性能を実現していたからである。
バッへムBa147は倒立V型12気筒の間に20ミリモーターカノンを通し、機首に8ミリ機銃を2丁持った快速機であった。
三式戦闘機よりも50kmは速く、追撃を振り切る事も難しい相手だった。
「連邦の真打登場か」
空を眺めながら酒寄はそう呟いた。
「おやっさん、仲治と連絡が付きました。早ければ来月半ばにも持ち込めるとの事です」
志波がそこへ笑顔を見せながら飛び込んできてそう言う。
「ちと遅かったな。ブツが届くまでどれだけ生き残っていやがるか・・・・・・」
酒寄の憂鬱は消えない。
整備の神さまとまで謳われる酒寄誠太郎は元々航空技師であった。
飛行機黎明期には軍が自ら設計、開発、試作に手を出していたことから、彼も軍での飛行機開発に携わっていたのだが、飛行機が複雑化し、設計や開発が機体、エンジン、武装と半ば分業が進むと彼は開発から整備へと転向した。
彼は全てに関わっていたかったので、それが可能な整備の現場を選んだ。操縦を覚えたのもその為であった。
そんな彼は空戦にこそ参加しなかったが、アレマニアの情報を収集し、どの様な機体が暮田島にやって来るかの分析をこの数か月行っていた。
結果として、陸軍機の出現が今の三式戦闘機には致命的であることを知り、速やかな改良型の配備を望んだが、仲治からの返事は今まで遅れていた。
空軍において、階級を超えた力を持つと言われる彼でさえ、戦時体制移行による混乱で開発体制、量産体制、配備計画がうまくいっていない現状、思った通りに事が運ぶわけではなかった。
「しばらくは逆井や玄柄に任せるしかないか」
酒寄はそう言ってまた空を眺める。
志波は現場で別の問題に直面していた。
「連邦軍に効かないって、なんじゃそりゃ」
志波はパイロットからの発言に疑問で返す。
「だから、効かないんっすよ。8ミリ焼夷弾」
リーベンの戦闘機が装備するのは8ミリ機銃だった。零戦には4丁、彗星には6丁積まれている。
三式戦闘機は志波が基地内で彗星と触れ回っている関係で、暮田島の空軍関係者の間では、非公式に彗星という愛称が浸透していた。
そして、問題は新手の陸軍機に8ミリ弾が効かない事だった。
海軍のPf109であれば、火網に囲えば火だるまになっていたが、腕利きのパイロットが彗星で同じことをBa147に行っても平然と去っていくのだという。
「陸軍機はけったいな防弾性能持ってんだなぁ」
そう呆れるしかなかった。
しかし、それはリーベンが知らないだけで、西方においては8ミリ級機銃ではすでに威力不足であり、主力を12~14ミリへ移行する動きが出始めていた。
暮田島へやって来たBa147はC型。陸軍もまたリーベンにはその程度で良いと型遅れの機体を寄こしていたのだが、西方でルテニアやゴールと戦う部隊に配備され始めている新型は8mm機銃に変わって13ミリ機銃が装備されるようになっていた。
しかし、大型の13mm機銃を装備する関係上、機首には大きな張り出したコブが付き、自慢の670kmという高速力が犠牲となり、後継機開発が加速する切っ掛けとなっていた。
リーベンには関係ないが、この頃ルテニア帝国では14ミリ機銃を6丁装備した液令V型12気筒1700馬力エンジンを備えたクリリンKy3という戦闘機が配備直前であり、その出現こそがBa147に引導を渡す事になる。
「いっその事、アレが付けば状況は変わるんすけどねぇ~」
件のパイロットが見つめる先にあるのは防御陣地に鎮座する戦車であった。
「バカ言うな、戦車のたいほ・・・・・・、半寸か。積めるかもな」
そこにあったのは軽戦車、大砲と呼べるほどの武装は無く、陸軍で旧来の度量衡を引用して半寸と呼ばれる小型軽量で車載してもかさばらない、西方単位で約15.2ミリとなる大口径機銃を積んでいた。
2人乗りで本来ならば8ミリ機銃程度しか積めないそれの火力強化のために造られた半寸機銃。寸法は空軍が運用する8mm機銃と口径以外は大して違わない。改造なしに積めてもおかしくなかった。
いうが早いか、志波は有志を集めて予備機を一機掻っ攫い、武装を取り外して基地警備隊に陣中見舞いと称して大量の酒をふるまって酔い潰れさせた挙句、武器庫から予備保管されていた半寸機銃4丁を奪うと早速8ミリ機銃を取り去った空間へと取り付けていった。
「8ミリとは弾道が違うはずだが、とりあえず8ミリと同じ調整で飛ばしてみるしかない。弾がデカいから弾倉だけはどうにかしないとな。6丁付けなくて正解だったぜ」
などと変なテンションで作業を続け、有志のパイロットと図って1機故障と偽り、予備機での訓練を行わせ、秘密裏に照準器の調整まで行ってその時に備えていた。
「シゲ、最近、警備隊でネズミがうろついて困ってるそうじゃねぇか、ちょっくらとっ捕まえに行くぞ」
そう言われて青い顔をする志波の下に、運よく改造機による撃墜の報がもたらされ、文字通りに命脈を繋ぐことになるのはそれからすぐの事だった。