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いわゆる丸投げ

 仲治の開発した三式戦闘機に搭載されたNE16は最大1450馬力を発生可能だった。

 しかし、10月に暮田島に降り立った機体では出力制限がかけられ、最大出力は1200馬力程度でしかなかったが、それであっても零戦の440kmから100kmも一気に高速化しているのだから、大きな進歩である。



 少々時間をさかのぼる神聖歴1917年/皇暦20002年7月19日、仲治の試作機はリーベン南西部、玉須賀に降り立っていた。

 まだ制式化はされていないが、零戦ではすでに能力不足なので、空軍も見切り発車で仲治に増加試作を命じ、機種転換のタイミングにあった玉須賀へと試作機を送り込むという荒業に出ていた。


 玉須賀航空隊の整備主任は現れた機体を興味深げに眺め、流麗なシルエットと機首に開いた開口部を見て不意に「彗星かぁ~」という感想を漏らす。当人も何故そう思ったかはよく分かっていなかったが。


 そして、聞き慣れた九六式や零戦とは少し違う音色の排気音からエンジンについて推察していたころ、随伴する輸送機から下りてきた背広の人物が近付いてきた。


「これはこれは、整備の神さまの愛弟子と言われる志波茂さん自らお出迎えとは恐れ入ります」


 背広にそんな事を言われた志波は驚くとともに気恥しかった。


「イヤイヤ、愛弟子・・・・・・、ま、間違っちゃいねぇよ?だけどさ、そう大声で言われるとちょっとな」


 頭を掻く志波に、男は続ける。


「ここでならこの機体を任せられると思いました」


 それにまんざらでもない志波。


「そう言ってもらえると嬉しいや」


 そうにやけたが、すぐに引き締めて問う。


「コイツ、零式大艇同様の液令って訳じゃなさそうだな。随分ぶん回してるみたいだが、大丈夫なんだろうな」


 真顔になった理由はエンジン音だった。かなりの高音で、音から高回転型であることが分かった。


「ええ、なにせ、設計上4千は回すように作りましたから。このくらいまわせないと困ります」


 サラッと男が言う。


「3千3百で『こんくらい』だぁ?4千はスゲェが、今の回転を軽く見過ぎちゃいないか?」


 航空エンジンと云うのは3千も回せば良い方だった。いや、下手に高回転では振動や各部の寿命という点で不利である。零式大艇のエンジンが2千8百なのだから余計だ。


「これまでの常識を覆すエンジンですよ。排気量で馬力を稼ぐなんてスマートじゃない。NK16と同じ排気量のまま倍は出せないとエンジンとは呼べない。コイツはさらに上を目指してますよ。このままでも次期戦闘機として使える馬力を」


 そう言って嗤う。


 志波はとんでもないモノを見た気がした。


「NKの排気量で2000を目指すだと・・・・・・」


 NK16とは零戦のエンジンであり、目の前にあるのがその液令化したもの。1200馬力と聞いていた。しかし、眼前の人物はこれを序の口という。H型16気筒の排気量は25ℓ程度と記憶している志波にとって、それは冗談でしかない。


 世界的にも排気量1ℓ当たりの馬力は30程度、高性能なモノで40台、上手くやって50を目指そうかと云うのが現状だった筈。目の前の人物はそれを80以上と言っている訳だ。夢想、妄想の類と考えるのが普通だった。

 眼前のNE16が1200馬力と云うのは排気量から見れば超高性能なのだ。名機の部類だ。しかし、それを当然などと。さらに上を目指すとか、エアレースじゃないんだ、整備する人間の事を考えろとも思った。


「もちろん、志波さんでなければ扱えないレーサーに仕上げた覚えはありません。NK16と何ら変わらない感覚で扱っていただいて結構です。2000馬力でもそうするつもりでいますので」


 微笑んだ顔が非常に怖かった。志波はそれを見て顔を引きつらす事しか出来なかった。



 エンジンについてはとんでもないモノだった。


 機体は・・・・・・


「おい、シゲ」


 不意に後ろから呼ばれ、振り向くと整備の神さまが歩いて来るところだった。


「おやっさん。今迎えに行こうと・・・・」


 焦る志波をよそに、「おやっさん」はまるで気にすることなく機体を見回す。


「液令化して馬増やしたか。アレはもう限界だったからそうするしかないだろう。で、」


 そう言って、背広を見る。


「申し遅れました。私はエンジン設計主任の陽音 直(はるおと すなお)と申します。NEの生みの親と言えばよろしいでしょうか。酒寄 (さかき)整備隊長」


 酒寄は「フン」と鼻を鳴らして機体を再度見回す。


「液令高回転。レーサーじゃないんだ。扱う連中は荒くれ者、整備するのは設備の完備されたラボじゃねぇ。ウデだけで何とかやれと言っても限界があるのは知ってるよな?」


 志波の言えなかったことをズバリ指摘した。


「ええ、これは実用一点張りです。レーサーとして組むなら今でも1800は出せますので、誰にでも整備出来ますよ。コツさえ叩きこんでいただければ」


 暗に整備が難しい事を伝え、それを理解した二人も真顔で頷く。


「言うべき人間を分かってるならそれで良い」


 酒寄がそう返す。志波はこれから地獄が始まる事を覚悟するが、エンジニアの前でそんな顔を見せる気は毛頭なかった。


 さらに機体を見回す酒寄。


「厚板を貼って量産性と空気抵抗を両得しやがったか。分厚い主翼は鉄砲もガスもたんまり積めそうだが・・・・・・」


 酒寄があたりを見回す。


「それについては、私、加治 豊が」


 そう言ってひょろっとした男が口を開く。


「お前さん、暮田でどんな戦いしてるか知ってるか?足の遅い零戦で連邦軍とやり合ってる連中は、常人の3倍近く手足を動かしてるんだ。フラップを飛んでる最中に弄って宙返りしてるそうだ。コイツ、旋回性が悪くなってねぇか?」


 加治はずばりの指摘に返事が出来なかった。


「だろうな。液令化で重くなって鉄砲にガスもたんまりだ。どうやって連邦と戦わせるつもりだ?」


 見えないはずだが、そのサングラスの奥から射る様な視線を感じた加治。


「一撃離脱とか言ってんじゃねぇぞ?連邦の機体より遅いコイツでやってもエサになるだけだ。羽は頑丈らしいが、連邦機ほどの重さが無い。馬力が無い、その上で旋回も不得手じゃあ、零戦以下にしかならねぇ」


 操縦も出来る酒寄にとって、眼前の機体は全く見るべきところが無かった。


「暮田の3倍人(ニュータイプ)じゃねぇ、玉須賀(ここ)のヒヨコでも飛ばせる機体に作り直して来れねぇか?」


 それは願いや要求といった類ではなく、命令だった。いや勅命と言った方が正しかったかもしれない。


 そして、酒寄は自らが操縦して試作機を一度飛ばし、これと言った重大な欠陥が無く、操縦しやすい機体である事を体感して降り立った。


「機体自体は素直な良い機体だ。エンジンがこれからさらに良くなるなら、問題は、連邦機を躱せる旋回性だけだ」


 そう言って先ほどの勅命を念押しする。


「おう、シゲ。アレ、教えてやれ」


 そう言ってその場を後にする酒寄。


 志波は酒寄の言った内容を頭の中で検索し、硬直している背広集団へとある事を教え、硬直をほぐしてやる。


 8月10日、転換訓練が始まり、整備部隊もその習熟に余念がないその頃、ある部品が玉須賀へと届いた。


「やればできるじゃねぇか。おい!これを全機に付けるぞ。時間がねぇ、出来ねぇ奴は砂漠に放り出すぞ!」


 そんな号令の下、配備された36機に小さなシリンダーが追加装備されることになった。


 それが三式戦闘機の旋回性能を飛躍的に向上させた自動空戦フラップである。



 



 

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