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火の粉は突然降り注ぐ

 神聖歴1917年6月25日、リーベン皇国はいつもと変わらない平和な日であった。


 暮田諸島では飛行艇が哨戒飛行を行っていた。


 飛行機先進国であるリーベンの航空機は他をリードする存在で、この時すでに四発エンジンの大型飛行艇を実用化している唯一の国と自負していた。


 リーベンにおいては西方諸国が使う神聖教を起源とする神聖歴ではなく、国内ではもっぱら皇暦を使用していた。神聖歴1917年は皇暦2002年に当たる。


 大型飛行艇は皇暦2000年に採用されたことから零式大型飛行艇と呼称され、一般には零式大艇と呼ばれていた。


 聖海に面した暮田諸島には西方戦争の影響から真っ先に配備され、この日も哨戒任務に当たっていた。


「機長、船団らしきものを発見しました」


 聖海東方で船団を見るのは非常に珍しい。リーベン近海では戦争は行われておらず、時折アレマニアやオルぺニアの軍艦やリーベンからオルぺニアへと向かう貨物船を見るくらいだった。


「よし、船団の確認へ向かう」


 機長はそう言って司令部への報告も指示して機を船団へと向けた。


「あれは・・・」


 観測員が大型双眼鏡で船団を確認する。


「艦隊のようです。アレマニア型大型戦闘艦6隻、飛行機巡洋艦らしきもの4隻、駆逐艦以下12隻」


 アレマニア型大型戦闘艦とは、アレマニアが1910年頃から建造を始めた戦艦、巡洋艦がほぼ同じシルエットをしている関係からそう呼ばれている。


 そのシルエットは塔型艦橋、2本のマスト、2本の煙突、4基の大型砲塔という構成だった。よほど近づかなければ戦艦と巡洋艦の区別すらつかず、区別がつくほど近付けば、それは相手の射程圏内という事になる。

 それほど似通っているため、戦闘において戦力を戦闘前に正確に把握する事が難しいというメリットがあった。

 ただし、北洋におけるアルピオスとの海戦では、戦艦部隊と誤認されたアレマニアの大型巡洋艦艦隊に対し、アルピオスは自国の誇る高速戦艦部隊を差し向けたがために、捕捉撃滅されるという手痛い打撃を受けたりもしている。


 飛行機巡洋艦とは、海上で飛行機を運用できる艦種の事である。飛行甲板と14~18cm程度の巡洋艦主砲を数門搭載した艦で、通商破壊や偵察、対地、対艦攻撃も行う一種の万能艦である。

 と言ってもつい最近アレマニアが開発した艦種であり、その能力は未知数でもあった。


「飛行機巡洋艦か。戦闘機を積んでいたら厄介だな。現在距離を維持して監視を続けよう」


 機長はこれ以上の接近を危険と判断した。


 零式大艇が発見した艦隊はなおも東進を続け、昼過ぎには暮田島そのものが艦載機の行動圏に入るところまで進んでおり、大艇は13時頃に飛行機巡洋艦からの発艦を確認し、基地へと通報する。


 

 リーベン皇国は非常に資源豊富な国であり、何でもあった。そして、東西の結節点であるため、東西の技術や文物が集まる場所でもあった。

 ただし、資源豊かな大地はその多くが砂漠や山岳で形成され、リーベン島自体には人の住める土地は極めて少なかった。

 リーベンにおいては何でもそろうが食糧だけが揃わないとよく言われ、西方や東方西部で主食とされる麦類ではなく、わざわざ東方から持ち込まれた収穫量の優る水稲をリーベンの気候に合うように品種改良し、主食としていた。

 リーベンには南西部の砂漠地帯と北東部の山岳地帯、そして、山岳地帯から流れ出る大河により生み出された東部や北西部沿岸部の三角州によって成り立っている。

 その三角州には多くの湿地があり、干拓と水田化にはうってつけだった。麦類が嫌う水気の多い干拓地でも水稲ならば元気に育ったので、水稲を主要穀物に選んだリーベン人の見識が伺われる。


 しかし、この時はその見識は慢心、あるいは自信過剰と呼べるものであっただろう。


 暮田島には相応の戦力が配置されていた。


 スヴェーア侵攻という事態に、リーベンもその可能性に備えたのは言うまでもない。


 しかし、リーベン政府、軍首脳陣はオルぺニアこそがアレマニアの毒牙にかかる国だと断じて疑わなかった。

 唯一、暮田諸島は中継地として侵攻を受ける可能性を考慮し、戦力増強が行われていた。


 飛行機先進国として他をリードする存在と自負するリーベンはアレマニアが飛行機搭載艦艇の開発を行い、聖海において実戦配備した事を理解しており、暮田島には世界最強と自負する零式戦闘機を配備する念の入れようだった。


 15時ごろに暮田島へと来襲したアレマニア軍機は124機。

 

 来襲をまず探知したのは沖合に浮かぶ本手櫂島の聴音機であった。


 通報を受けた粕照飛行場では自慢の零式戦闘機、通称零戦(ゼロセン)54機が迎撃に上がった。


 粕照湾を進んでくるアレマニア軍と会敵した零戦隊はすぐさま戦闘に入るが、アレマニア軍の方が一枚上手であった。


 分離して上空を飛んでいた32機のアレマニア海軍戦闘機、ファルツPf109の一撃離脱によって混乱した零戦隊はその後、編隊直掩の22機のPf109も加わった空中戦で一方的に叩きのめされることになった。


 1914年からすでに2年以上も戦争を続けているアレマニアと、伝聞情報だけで戦術を構築していたリーベンとの差はあまりにも大きく、2年前の実用化である零戦はこの時すでに時代遅れの代物と化していた。


 Pf109は空冷星形14気筒エンジンを積み、1500馬力を発生し、時速540kmの速度を出していた。機体は最先端の全金属製である。


 たいして零戦はH型空冷16気筒750馬力エンジンを積み、時速440kmでしかなかった。エンジンも重く、鋼管フレーム布張りであった。


 確かに1915年であれば、アレマニア軍の戦闘機Pf102も鋼管フレーム布張り、800馬力程度のエンジンで時速406kmしか出てはいなかったが、戦争中の2年は大きな技術的進歩をもたらすに十分過ぎた。

 対するリーベンは平時であり、その急速な進歩に追いつけてはいなかった。


 最新式と鳴り物入りで配備された零戦が敗れ去った暮田島には旧式複葉機の九六式戦闘機しか残されていない。

 攻撃機にすら追いすがれない低速機では全く相手にならず、成す術なく三波に渡る攻撃を受け、翌日には粕照湾にアレマニア軍が姿を現すことになってしまう。

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