すでにそこまで来ている脅威
「百式が撃墜された?」
これまでその快速からアレマニアに墜とされることが無かった高速偵察機、百式偵察機は菱形重工が送り出した機体だった。
百式偵察機A型には零戦と同じNK16エンジンが双発で採用され、偵察に特化した細身で流麗なフォルムの機体であった。
同じエンジンを積む零戦よりも100km高速の540kmを試験の時点で発揮しており、空軍を喜ばせた。
暮田島にも戦争初期から配備され、その偵察情報は陸軍の作戦にも大いに利用されていた。
この高速偵察機は機体処理を徹底し、プロペラを換装することで容易に580kmを出せた事から、長くA型が運用されるのだが、暮田島にBa147が出現すると、それに呼応するようにNE16を装備したB型が配備されることになった。
1450馬力エンジンを持つB型はエンジンの液令化で重量が増したにもかかわらず、690kmという高速を記録し、これまで撃墜されるようなことは無かった。
それが撃墜されたことは衝撃だった。
「連邦の白い機体に狙われたらしい」
そう聞かされても、これまで白い機体など居なかったのだから誰も分からない。
「白い機体が何かわからんが、百式を撃墜するには速い戦闘機だけ用意すれば良いってもんじゃないだろ?」
そう、単に高速の戦闘機を用意してもそれだけで撃墜可能な訳ではない。
まずは単機で飛ぶ偵察機を目視のみで発見する事が難しい。
その為、この時代には聴音機が用いられており、西方戦争で大きく発展していた。
リーベンにおいても飛行機が戦力と認識され、空軍が発足した15年ほど前から開発が始まっていた。
初期に製作された九〇式固定聴音機は大きなパラボラ集音板を持った設置型施設であり、おおむねの位置を算出できる程度であったが、九八式移動聴音機ではラッパ状の聴音機を複数備え、車両に載せて移動できるように作られていた。
さらにラッパの配置を最適化した聴音機が一式移動聴音機として完成し、アレマニアの攻撃を真っ先に探知した本手櫂島の聴音機は、この一式であった。
一式移動聴音機はその集音性能にも優れ、ラッパを縦横六個を配して二人の聴音員が操作し、測定員が座標盤を操作観測した。
このようにして飛行機の音を探知して高度や距離、速度を知らせるのが聴音機の役割だが、飛行機の速度が700kmにも達するようになると、観測してわずかな時間で飛行機が到達してしまうので、基地や指揮所からかなり前進配置されることになる危険な任務であった。
これが解消されるのは電波探知機、西方でレーダーというモノが実用化されてからだが、この頃はまだ、茶円 壮大が陰極線管による映像機の開発途中であり、完成まではまだ年月を要する状態であった。
すでにアルピオスにおいて音響で電波反射を知らせる初歩的な電波探知機が開発されていたが、本格的に実用できる段階ではなかった。
そんな危険な任務を行っていたのは、耳の良い、音感のある軍楽隊であることが多かった。暮田島においても軍楽隊から選りすぐったメンバーで構成されていたほどだ。
アレマニアも粕照防衛にそうした聴音機と優秀な聴音手を配置しているのではないか。
リーベン軍ではそのような憶測が飛ぶようになっていた。
それと云うのも、この頃には菱形が開発した四式双発軽爆撃機が配備され始めていたからだった。
四式双軽はNE16を双発で装備した高速爆撃機で、百式の爆撃機仕様と言われても納得するような機体だった。
NE16双発であるため、この機体には225kg爆弾2発を爆弾倉に積んでなお、最高速度650kmを誇った。実際には通常4発搭載して出撃したので、600km出れば良い方ではあったが。
四式双軽が配備されてからは百式と組んでの精密爆撃によって橋や司令部、港湾設備をいくつも破壊する戦果を挙げているので、その対策だと考えるのが自然だった。
季節上秋に分類される神聖歴1919年/皇歴2004年9月3日、増強されつつある粕照近郊のアレマニア軍施設や港湾の夜間攻撃に四式双軽部隊が飛び立った。
暮田島において独自に1600馬力へと改造された高速機である。爆弾4発の正規装備でも、往復分の燃料に軽減すれば、その速度は650kmになる最速仕様であった。
夜間爆撃は難なく成功して無事に帰還する爆撃部隊。
しかし、戦果確認のために日の出頃に飛び立った百式がまた未帰還となってしまう。
「何かおかしいぞ。耳が良い奴がいたからって、こんなことできるのか?」
リーベン軍の間では、すでにBa190が上陸しているのではないかという憶測が飛んだ。
それしか考えようが無い状況なのは間違いない。それもそのはず、例の事件以来、正規の許可を取っているとはいえ、玉須賀飛行隊の整備員たちが真面目に整備をしている筈がない。
百式も当然の様に餌食となり、1600馬力化するのは当たり前、機体によっては着陸が困難になっているが、翼端を切り詰めている機体もある。
挙句の果てにはプロペラまで改造していたりする。
「何で、白井が墜とされるんだよ!アイツの機体は720kmは出るんだぞ!!」
そう、今朝、消息を絶った機体は整備員自慢の改造を施したうちの1機である。彗星43型でも多分墜とせない機体のはずだった。
偵察隊にも動揺が走る。
そんな中からは禁断の改造をもくろむ声が上がって来るのも当然だった。
「いっそ、百式にB型エンジン載せちまうか?750kmは固いぞ」
NE16Bは本来、N24X用のラインを間借りして生産しているので、彗星以外の機体には、既存のNE16を搭載していた。
当然、その生産は仲治ではなく、委託生産している河咲重工のモノだったので、1450馬力が正規出力だった。河咲は仲治と並ぶエンジンメーカーだったが、戦前、アレマニアからライセンス導入を行ったV型エンジンや、特異なところではエステリカから空冷V型12気筒のライセンスも得ていたが、そのライセンス先の国家と戦争状態になったがために生産を休止し、仲治のH型エンジンを委託生産する方向へと舵を切っていた。仲治のH型を生産するほどの技術力がある優秀企業ではあったが、発想が斜め上に向かう事が多いので、独自の改良型がことごとくお蔵入りという惨状も呈していた。
しかし、その河咲製エンジンを載せる百式や四式には、お蔵入りとなった改造を施せば1700馬力に出来るという裏技があった。
いや、普通は耐久性が劣るのでやらないのだが、そこは玉須賀が誇る整備陣である。
「そいつはさすがにめんどくさい。だが、やりようはあるじゃないか、1700馬力は出せるんだから、B型並みの速度にはしてやんよ」
整備隊が偵察隊へとそんな助言をすると、多くのパイロットが飛びついて来た。
その光景を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた酒寄だったが、改造申請はしっかり受理していた。
「3か月は失敗だったか。だが、仕方がねぇだろうな。今、アレを持って来られても、こんな状況じゃどうにもならねぇ」
そうため息をつくしかなかった。




