5話
「そういえばレイは杖を持っていないの?」
リーシェがふと気がついたように尋ねる。
「杖…?君たち、杖を使って魔術を発動させるのですか?」
「ええ。よほどの天才じゃない限りは演算と魔力操作を一緒に頭の中でやるなんて脳が渋滞しちゃってできないから、私達は杖を使うのだけど…」
よく周りを見てみると、ローブを着ている魔術師はみんな多種多様な杖を手にしている。
「…それは、昔からずっとですか?」
なんとなく嫌な予感がしてならないが、聞いておかなければ常識外れな行動をして目をつけられかねない。
「いいえ、大昔は杖なんて必要なくて、詠唱も破棄で使えたという文献はあるけど、今の私たちには至難の業になってるよ。だって、[サンダー]を使うだけでも詠唱はいる人だっているくらいだし。」
「う、嘘ですよね…まさか、ここまでとは…」
「あ、で、でも、魔力が多くて演算も操作も抜群にできる人は杖なしでも使ってるよ!私も、簡単な生活魔術なら詠唱破棄で発動できるし…!」
なぜか打ちひしがれているレイを見てリーシェは慌ててフォローする。
「いいえ、これは僕の責任なのです。気にしませんよ…。そういえば君の杖は?」
リーシェと出会ってからリーシェが魔術師であるということは本人から聞いたが、杖は見たことがない。故にレイは当たり前のように魔術発動には触媒が必要ないと思っていたのだが…。
「私のは、なんだかおかしくなっちゃって速達で修理に出したの。取りに行きたいんだけど、良いかな?」
「もちろんです。リーシェの杖には興味があります。」
リーシェの杖を見て、自分の魔導書の形態を杖の形状に変形させればこの世界での常識に溶け込むことができるだろう。
2人が歩いて杖の店に向かっている途中、レイはとあることに気がついた。
「この王都、やけに銅像が多いですね。女の子の。」
そう、道には多くの同じ顔の少女の銅像がたくさんおかれていたのだ。酸化していない事を考えると、最近設置されたものだろうか。
「あぁ、それは聖女様の銅像だよ。王子殿下の御命令で王都には約1万の銅像が設置されてるの。」
また聖女だ。神の像と思われるものは取り壊されているのに、聖女の信仰を掲げるとはなかなか良い度胸をしている。
「聖女…。神殿はそれを許すのですか?」
「許さないよ!神殿と王族はもうピリピリしてる。ただ、聖女様の起こした奇跡が素晴らしいから、王族は神殿よりも聖女を重視しているの。神殿も戸籍とか魔力測定とか、後は神殿転移に役立ってるから蔑ろにはされないけど、聖女を敵視してる、っていうのは本当かな」
ナイス神殿!これで神殿に行って自分が神だから聖女を退けましょうと言っても敵視されない。
「なるほど。リーシェは神を信仰してますか?」
興味本位で聞いてみた。別に信仰していないからと言って何か罰を与えるわけでもないが。
「うん!あのね、私学院の入学試験で、すっごい緊張してたの。それで、試験で使う魔術の詠唱をど忘れしちゃって。もうダメだ…って思ったときに神様に助けてください!って頼んだら口から自然と詠唱が出て無事に受かることができたの!それからはずっと神様を信じてるよ。」
「いいことです…。これからも信仰を続けてくださいね。きっといいことがありますから。」
この少女はもしかしたら自分が神だと告げて奇跡の一つでも起こした方が使いやすいのではないだろうか。
そう考えたレイだったが、それはそれでめんどくさそうなのでやめておくことにした。
「着いたよ、ここが学院の生徒が杖を買うところ。ホーリーシュタッド!」
言われて見てみると、その店は店、というより貴族の家を小さくしたような感じの建物だった。名前の通りなんだか神聖な雰囲気を感じられる。
「さ、入ろう!私の杖を見せてあげるよ!こんにちはー!リーシェです!」
「うっせー!店なんだから静かにできねぇのか!」
リーシェが意気揚々と入っていった店の中からは怒鳴り声が聞こえる。
「いいじゃんか、ガレイもうるさいし!」
「あぁ!?てめぇの杖折ってやろうか!?」
「こら、ガレイ。リーシェさんは同級生ですがここではお客様なのですよ。失礼にあたります。」
ガレイ、と呼ばれた赤い髪の青年を宥めるように奥から細身の黄緑色の髪をした柔和な青年が出てきて声をかける。
「それに、新しいお客様もいるようですし。」
「あ、そうなの!ガレイ、ニュート、こちらはレイ!私の村に雨を降らせてくれたの!レイ、こちらはガレイとニュート。私の同級生で、落ちこぼれな私に優しくしてくれる数少ない友人。」
「初めまして。レイです。」
レイは無難に名前だけを告げるが、2人は訝しげな目でレイを見つめていた。
「お前、本当にこいつの村に雨を降らせたのか?杖を持っていないのに?」
「ガレイ、失礼でしょう…。しかし、俺もそれは気になりますね…。失礼ですがレイさん、貴方は本当に魔術師なのですか?」
ガレイに続いてニュートもレイに己の当たり前の質問をする。
「あぁ、杖ですね…。」
リーシェの杖の形状を見てから形を決めようと思っていたのだが、そんな余裕はないようだ。レイは少し考えて、自分が昔作り出した神杖の形を魔導書に適用させる。
「どうぞ。これです。」
目の前にいきなり現れた杖に驚いた2人は、その形を見てさらに驚く。
「お、お前嘘だろ!?この形、神杖じゃねえか!?」
「これは教科書で何度も見た形とそっくり…いや、同じですよ!この形を作るには特殊な技法が必要で、ザリムでさえ作ることができないのに!まさか、盗んできた…訳では無いですよね。」
ザリムというのは王国一の鍛治職人で、その器用さは誰にも負けず神話に出てくる神杖以外の神器の模様は全て復元することができた人物だ。
「ちょっと!2人とも!私もびっくりだけど、レイはそんな事をする人じゃ無いよ!」
リーシェが驚きながらも2人に言い返す。まだ出会って2日かそこらなのに、随分と信用されているものだ。
「で、ですが…」
「神か神では無いかは、君たちに判断できることではありません。それに、この杖が神杖に似ているだけかもしれないですよ。」
「そ、そうだ…が、いや、そうだな。疑ってしまってすまない。」
ニュートが反論しかけていたので、少し黙らせる。これ以上何か言うと自分の道具―リーシェが使える道具になるかもしれないガレイとニュートとの間に溝を作ってしまうかもしれない。使える駒は多い方がいいのだ。
「気にしてません。それよりも、早くリーシェの杖を見せてください。僕はそのために来たのですから。」
「あ、ああ。こいつだよ。」
ガレイが店の奥から薄いピンクの、所々に花柄の装飾がなされているシンプルな杖を持ってきた。
「魔力が溜まってたから、少しまた素材の強度を上げといた。おかしくなった原因は分かんなかった。ニュートの魔眼で鑑定したけど、異常は見られなかった。」
「そっか…。ありがとう!ガレイ!」
「あ!?い、いや、別にお前のためじゃねえし…客のためなら別になんだってするし…ゴニョゴニョ…」
「え、なんて?」
「なんでもねえよ!!」
可哀想に、彼はリーシェの無自覚魅了に毎日恋心を痛めているのか。ガレイは顔を真っ赤にさせて店の奥に消えていった。
「ごめんね、リーシェさん。素直じゃ無いから、あいつは…。俺もあいつも、仲良くしてくださいね。」
「ええ、もちろん!杖の修理ありがとう!また始業したら会おうね!」
「はい。レイさんは編入なさるのですか?」
「うん、今から試験を受けに行くんだ。楽しみにしてて!」
ニュートはレイの方をチラッと一瞥した後、リーシェの耳に向かって、
「彼には気をつけて。何か強力な力があります。」
と囁いた。彼の魔眼は優秀で大抵の魔術や人の魔力量なら瞬時に見分けることができる。そのおかげで学院では上位の成績を誇っているのだが、そんな彼の魔眼でもレイの魔力量は計り切ることができず、さらには情報が跳ね返されたのだ。
「え、えぇ。わかった…」
そんな事を知らないリーシェは、訳の分からないまま頷くしか無かった。
「待ってください、リーシェ。その前に僕は神殿に行きたいです。ここにきてからまだ神殿には行ってませんから、そろそろ行かなければ。」
「あ、わかったわ。王都で一番大きい神殿に案内してあげる。」
「では、またお越しください」
リーシェとレイはニュートに別れを告げ、神殿へと向かうのだった。
…裏口からついてくる影に気がつかないまま。
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