4話
「リーシェ、スカディーを可愛いと思うのは一般的ですか…?」
「ええ、私の友達もストラップ持ってるし、雑貨屋に行ったら必ずスカディーのグッズがあるわよ?なんで?」
誰だこの世界を作ったのは!!
…私ですね。こうも居眠りをしすぎていたら趣向が全く思いもしなかった方に向かうのですか…。
「いえ…予想外でした…。気にしないでください…。」
「そうなの…?可愛いと思わない人なんて聞いたことないけどなぁ…」
レイに大ダメージ!
「も、もうわかりました…。わかりましたから、王都へ行きましょう。」
今にもレイが死にそうな雰囲気を出しながら懇願すると、リーシェはスカディーを見て笑顔になり、嬉しそうにスカディー乗り場の受付をしに走るのだった。
「わかりません…。なぜあのようなでかい馬もどきが人気なのか…。私の知っているスカディーはもっと愛くるしい動物だったはずですが…」
レイが頭を抱えていると、受付を終えたのか、リーシェが出会ってから1番の笑顔でこちらに向かってくる。
「レイ!一番可愛いと思ってたらルルちゃんに乗れるんだって!!いつでも出られるって言ってたから、用事がなければもう行こう!」
「はい…。あ、スカディーに乗るにはお金が必要ですよね…すぐに王都で用意します。」
金貨の素材と純度を神眼で測定したら簡単に複製することが可能なのだが、人間としてしばらく過ごすならそれはやめておいたほうがいいだろう。冒険者になって少しずつ稼いだ方が周りから疑われないだろうし、王都の情報も集めやすいに違いない。
「いいよ全然!私は村と家族を救ってもらったんだから、色々恩返しさせて!」
「まぁ…恐らくリーシェには他の場面で恩返しをさせる機会があると思いますが…。ここは甘えさせていただきましょう。」
例えば聖女に接近するために使うとか…ですかね。
心の中で考える。聖女と友人ではなくても女の子同士だと言うことを使えば少しは接近することができるだろう。
「む…なんかレイが悪いこと考えてる気がする…。」
「心外ですね。僕はいつでも世界のためになることを考えてますよ。」
むぅぅ…と唸りながらリーシェが上目遣いでレイの顔を覗いてくる。恐らく一般の男性であれば理性との戦いになったであろうが、起きているときは女神たちにもみくちゃにされている時間もあるし、そもそも感情はあまりないレイには効果がない。
「リーシェ、君は少し君の周りの男性のことも考えてあげてくださいね。」
警告はしておくが、そもそもこの少女は無自覚なのであまり効果はないだろう。
そう考えていた通りにリーシェはこてんっ、と首を傾げている。
もうこの子については諦めよう。
「それはそうと、リーシェ。乗らないんですか?」
途端にリーシェの顔が満開の笑顔になる。
「乗る!早く行こう!」
この馬に…スカディーに乗るのは相当覚悟がいる。感情がほとんどなくてよかった、と心の底から思ったレイであった。
スカディーに乗ること3時間、レイとリーシェは王都についていた。
「王都というのは広いのですね」
スカディーに乗って空を飛んでいる時、建物さえ粒に見えてしまうほど大きく広がる王都を見たレイは、人類の発展も捨てたものではないな、と感心したのだ。
「王都はカスティーナ王国の人口の半分が住んでるからね。…レイって、本当に王都に住んでたの?それとも、箱入りのおぼっちゃま…?」
「大きく外から注目してみなかっただけです。僕が最後に見た王都は戦果に包まれていましたね。そういえば戦争は終わったのですか?」
「今もやってるところはやってるよ。王都の周りではやっていないだけで、他の都市ではいっぱい死者が出てる。私も早く一人前になって、戦場医として魔術を使いたいんだ。」
っていうのは建前で、本当は戦争なんて嫌だなぁ…。
そんなこと言えるわけがなかった。学院では魔術を生活に応用することよりも、戦場に行ったときや対人、対魔族など、攻撃魔術に力をいれていて、生活魔術など自分で勝手にできるようにしてくれ、という教えを受けているのだ。それに生活魔術の研究に力を入れすぎると学院の試験に力が入らなくなり、落ちこぼれになってしまう。よって、生活魔術は極める人が少なく(というかほぼいない)、攻撃魔法がより発達しているのだ。
「リーシェはいい子ですね。しかしその能力は君には似合いません。」
「ぇっ…」
「リーシェは心が優しい子なのですから、戦場ではなく王都や君の村のような場所で静かに人の役に立つのが似合っていますよ。」
「レイ…で、でも…」
2人が話していると、突然後ろから声が聞こえてきた。
「おいおい、それはだめだろぉ?」
「っ…!!」
後ろを振り返ってみると、質の良い服を着た貴族と思われる紫色の髪の青年が、4人の取り巻きを侍らせてニヤニヤ立っていた。
「なぁ、落ちこぼれのリーシェ。お前こんなとこで何やってんだ?魔力しか取り柄のないお前がまさか男を連れて歩いてるとはなぁ〜。もしかして、騙して口説いたのか?ギャハハハッ!」
「ち、ちがっ…!レイは、そんなんじゃなくて…」
先ほどまでとは打って変わってリーシェはおどおどし始めてしまう。どうやらニヤニヤ笑みを浮かべている青年はリーシェの同級生で、日常的に彼女のことを今みたいにいじっているのだろう。
――なんて愚かなのだろうか…。人間の中には他者を見下して優越感に浸る者もいたが、まさかこんなくだらないことでそれをするとは…。
「違くねえだろぉ!お前、そいつにちゃんと言ったか?自分は生活魔術しか使えなくて、魔力の持ち腐れなんですぅって!ま、その様子じゃ言ってないみたいだな!暴露しちまって悪いね!」
ギャハハハ、と取り巻きと汚く笑う彼は、着ているものは貴族のそれでも、行動や言葉は全くそうではなかった。
「誰だか知りませんが、リーシェを馬鹿にしないでいただきたい。」
レイがボソリと言うと、それまで声を上げて笑っていた紫色の髪の青年は、笑うのをピタリとやめ、レイに品定めをするような目線を向けてきた。
「お前マジカヨ…。こんな奴のどこが良いわけ?やめとけやめとけ。生活魔術なんてくだらねーもん研究してる奴はろくな奴じゃねえよ。…お前、学院生じゃなくてよかったな。そうだったらこのユリウス様に一瞬で消炭にされてたぜ」
この青年―ユリウスは、よほど自分の魔術に自信があるらしい。
「なるほど…。面白そうですね。では僕が学院に編入した際は消炭にされましょうか。―できるなら、ね。」
その瞬間、ゾクッとユリウスたちの背中を激しい悪寒が駆け巡った。
「お、お前、誰か知らねえが覚えとけ!」
ユリウスたちは三流悪党にありがちな捨て台詞を残して慌てて去っていった。
「リーシェ、大丈夫ですか?」
レイがリーシェをみると、リーシェは腰が抜けたのか、安心したのか、地面に座り込んでいた。
「あ、う、うん…。今のは…?」
「今のは単純に僕の魔力の一部を当てただけです。…少し強すぎましたかね…。加減というのは難しいです。」
リーシェは思った。ユリウスたちはとんでもない怪物を敵に回してしまった…と。
「リーシェ、今のは何ですか?」
「い、今のは…同じクラスのユリウス君で、その…私学院では全然攻撃魔術を使えない落ちこぼれで、それで今みたいに揶揄われたりしてるんだ…。でも、魔力は人より多いし、魔術演算とかなら得意で、なんとか補欠にはならずにすんでて…。ごめんね、黙ってて…。」
「なんだ、そんなことですか。気にしませんよ。というか、通常の攻撃魔術よりも生活魔術の方が攻撃に転換できます。それに気がつかないで攻撃魔術が最強だなんて言っているうちは強くなんてなれませんね。」
少しレイが怒ったような顔を作る。
実際、この世界を造ったときに生活魔術を基盤に攻撃魔術を設定したのだから、生活魔術を極めた方が本当は強くなれるのだ。
しかしそれを創造主以外が知っているはずもなく、リーシェは目を見開いたまま固まっている。
「う、嘘、本当?」
「ええ。僕が学院に編入したら君には特別に訓練してあげます。攻撃性があると言ってもリーシェが願わなければ回復魔術やものづくりなど、色々なものに応用できますから安心して下さい。」
それを聞いたリーシェは、少しまだ顔は暗いものの、気分は晴れたのかユリウスたちと会う前のテンションまで戻ったようだ。
「ようし、それじゃあレイには早く編入試験受けてもらおう!さ、学院はこっちだよ!」
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