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騎士と勇者の一騎打ち  作者: 零珠
二、噂の狼。
9/61

遠吠えの不思議。

 


 ◇



 昼食を摂ってから山登りを始めて、更に反対側を下った。山越えを終えて渓谷に着く頃には夕焼け空が綺麗に見えている。思ったよりは早く着いた。

 土や葉を払うのもそこそこに、向こう岸へ繋がる橋に足を伸ばした。



「こんな橋じゃ落ちるんじゃないか」

「毎年、一つか二つは橋が壊れるそうですよ」

「だろうな」



 木の板とロープだけの吊り橋。何か魔法がかけられているのか、多少の風では揺れたりしない。橋は見える限りでは四つもあるが、全てこんな心許ない作りに見えた。渓谷は深く、下を流れる川の流れも早い。落ちれば一溜りもなさそうだ。


 馬車で渡ろうものなら一瞬で落ちるだろうな。どうやって行き来するんだろうか。



「何もなさそうですね……」

「夜になるまで待ってみるか」



 必ずここで何かが起きるわけじゃないのは分かってるが、失踪事件も狼の目撃も夜に多い。そもそも狼は夜行性が基本のはずだから、昼間よりは希望がある。



「狼は、殺すのは駄目って話だったよな」

「はい。殺さなければ傷つけるのも弱らせるのも構わないとのことでしたね。それが何か?」

「いや……あまり気にしてなかったが、狼を捕まえてどうするのかと思ってな」



 失踪の原因が狼だと判明していて、その上で狼を殺せ、なら分かる。モンスターやなんかを殺せという依頼はいかにも冒険者ギルドらしい。まぁ冒険者ギルドは俺の想像よりは何でも屋だったから、捕まえろという依頼がそれほど不審と言うわけでもないのだが……それはそれとして、生け捕りなんて繊細なことを、わざわざ冒険者ギルドに依頼する人間もあまり居ない。


 どちらにせよ、狼を捕まえるより殺した方が単純で簡単なのではないか。被害が増えることはないし、こちらも死なないよう配慮する必要がないのなら気兼ねなく処理できるというもの。



「コレクター、でしょうか……。白い狼は居ても、白銀の狼なんて普通は居ませんから」



 アーサーは、すっかり日が落ちて暗い闇を映す川を見つめていたが、不意に顔を上げた。



「ギルバートさん……あれを」



 指差す方へ顔を向けると、橋の向こう、ミナーヴァ帝国側の地に立つ狼が居た。


 白銀の毛は月の光を反射させ、夜だとは信じられないほどの眩さを放つ。

 通常の狼よりも何倍も大きな体付きに、鋭い赤の瞳。ただの獣とは思えない凛々しさと、息を飲むような美しさ。

 しかしその勇ましさに反し、目に見えて痩せこけており、ところどころ傷も負っているようだった。



「白銀の狼……」

「様子がおかしいですね」



 どうにか近くに寄りたい。だが無闇に近付けば逃げられるのは確実。弱っているように見えても相手は詳細が不明な個体だ。様子を探ってからでないと何があるか……いや、しかし……。



「グルルル……」



 考えあぐねている間に狼は唸るような声を上げ、弾かれたように走り出す。



「アーサー!」

「はい!」



 岸に沿って走る狼を、俺達は急いで追いかけた。しかしその衝撃で木の板が壊れ足を取られる。なんでこんなボロい作りにしたんだ!

 舌打ちをして引き抜いている間にアーサーが進むが、やはり狼の足の速さには勝てない。走れば走るほど距離は遠ざかる。


 当たり前だよな。動物の速さに勝てるくらいなら、わざわざ馬に乗ったりしない。



「アーサー! お前()()()()だろ!」

()()()じゃあないですけど、ねっ!」



 アーサーは手を真横から前方へ、指揮をするように振った。すると、指先からロープのように水流が走り、狼の体に巻きついた。水魔法、ヒュドルだ。狼は困惑している様子だったが、立ち止まるよりも素早さを活かして逃れることを選んだらしく、スピードを速めてなおも走っていく。



「“ロック”!」



 アーサーの一言で水は即座に凍りつき、狼の行動を妨げた。首、腹部、足……全身の至る所に絡みついている。どれだけ足掻いても、この氷の縄を解くことはできない。


 その間に狼に追いつくことが出来た。俺は狼の目の前に立ち、アーサーは後ろを塞ぐ。赤い瞳がこちらを睨んでいる。さて、どうしたものか……。



「コイツが依頼にあった白銀の狼で間違いないだろうな」

「恐らくは。冒険者ギルドに連れて行けば依頼は完了ですが、どうしますか?」



 唸り声をあげ牙を剥く狼。時折噛み付こうと口を開く様子からは、明らかな敵意を感じる。


 俺達が手を下すまでもなく、狼は怪我をして弱っている。檻は依頼人が用意しているようだから、気絶でもさせて縛り付けてから運んでしまえば終わり。こんな簡単に済んでしまっていいのだろうか。



「依頼は依頼だ。連れて行こう」

「分かりました」



 カバンからロープを取り出そうとしたところで、狼の様子が変わった。暴れもせず、牙を剥くこともない。随分と大人しくなったものだ、と驚いたものも束の間。狼は顔を上に向け、息を吸った。



「──ォォオオンッ!」

「なん、だっ……!?」



 天を突き抜けるような狼の遠吠え。それを聞いた瞬間、頭にもやがかかったように何も考えられなくなった。頭が痛い。思考から飛んだ何かを思い出そうとすれば火花が散ってそれを邪魔する。しかし、目の前には狼、アーサーが氷で縛り付けていて……。


 狼……? 何で、アーサーは、狼を……。


 ぐるぐると視界がぼやけて、まるで重度の酩酊状態のような感覚になっていく。


 ここは、渓谷で、月の光だけが、辺りを照らして……何かを追いかけていたような……。追いかける、何を……?

 俺は、今、何をしようと……?



「──まずい!」

「……っ!」



 アーサーの声にはっとして顔を上げた。一気に現実に戻され、脳が停滞していた分を取り戻すように動き出す。狼が氷の欠片をまとわせたまま、渓谷に飛び出すのが視界の端に見えた。



「俺が行く! 引き上げてくれ!」

「待っ……ギル──」



 返事を待たずに飛び込んだ。


 暗い中でも白銀の体はよく見えた。空中で藻掻きながら、どうにか狼を捕まえる。大きさの割に細い腹に両腕を回すが、何の抵抗もなく身動ぎもしない。顔を覗くと目を閉じ微かに口を開けていた。この状況のせいもあるかもしれないが、呼吸をしているかも怪しい。俺でさえ、呼吸なんか難しいのだから。



 何でこんなに弱ってるんだ。この様子じゃ捕まえるどうこうの前に死んでしまうぞ。それから……。



「アーサァァアーッ!」



 このままだと俺も死ぬ。


 もし薄い水の底、大小様々な石にぶち当たっては目も当てられない惨状だ。そうやってただの肉片になってなおも、魔王退治に行かなきゃならないのか?


 そうはなりたくない。五体満足で頼む。


 強烈な勢いで近付く川の水から目が離せない。あと五メートル、あと四メートル、三、二──



「“ミカアグロス”!」

「──!」



 突如、腕の中から狼が奪われた。体に何かが巻き付くのを感じる。そして次の瞬間には、サラサラ流れる川とキスしそうな距離でピタリと止まった。鼻先は川に接してる。


 少し顔を横に向けると、同様に狼が地面スレスレに浮いていた。巻きついているのは、木のようだ。



「大丈夫ですか?」

「アーサーのおかげでな……助かった」

「お気になさらず」



 風魔法で安全に下にやってきたアーサーは、俺達を川のほとりに下ろした。俺は火属性しか使えないが、彼は全属性使えるから、頼りになるなんてもんじゃない。それをたった今、本当に心の底から痛感した。……もしもアーサーが居なければどうなっていたことか。



「気を失っているようですね。呼吸も浅い。風前の灯火だ……」



 アーサーは白銀の狼の体に触れ、様子を確かめていた。狼はぐったりとしたまま動かない。元々弱っていたところに俺達が追い詰めてしまったのだろう。


 アーサーはカバンから塗り薬を取り出した。毛にまとわりつく氷を弱い火魔法で溶かし、薬を出来る限り狼の痛々しい傷に塗っていく。柄にもなく可哀想だと思うと同時に気になる点もいくつかあった。



「遠吠えの時、アーサーは何か感じたか」

「はい。酷い頭痛と、目の前が真っ白になるような……全ての思考が奪われるような感覚でした」

「俺もそうだ。一瞬で自分の状況が分からなくなった」



 あの遠吠えは、何だ?


 狼の遠吠えは、仲間とのコミュニケーションや何かしらの合図として行われるという。だから直接人間の精神に干渉する作用はないはずだ。


 もちろんこの狼が、何の能力もない、ただの狼だったとしたら、の話だが。



「依頼に期限は無かったよな」

「はい。狼を連れて来ればそれで良いと」

「なら、この狼について少し調べよう。魔王退治は急ぎじゃないしな」



 狼の遠吠え。傷だらけで弱っている理由。狼を探す依頼人の正体。狼をあえて生け捕りにしたい理由。


 そうそう、そもそも失踪事件に狼が関わっているかもしれないから探しているのだったか。忘れてたな。だが正直、失踪事件自体は俺の関与することではない。



 ただ、どんな力を持つのかも分からないこの狼を、どこの誰だか正体も明かさない依頼人に渡すなど……。そんな安全性や信憑性に欠ける行いは、騎士として認められない。


 あぁ、いや、俺はもう騎士じゃないのだから、完全に余計なお世話なのだが……それはそれ。



「盛大な寄り道ですね」

「勇者陣営じゃない時点で道草上等だ」



 俺はどうにか狼を抱え歩き出したが、すぐにアーサーの方を向いた。といっても目の前は毛に覆われて全く見えていないけれど。



「悪いが、上げてくれないか。俺一人じゃ上がれないんだ」




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